第388話 拘束衣


 地下施設に巣食う化け物を殲滅する方法をあれこれと考えたが、有効な対抗策を見つけることが出来ずにいた。例えば相手が『玩具の兵隊』のような小型の個体なら、今までの方法で問題なく相手に出来るが、変身能力を持ち、常に姿を変える化け物を無力化する方法は分からなかった。

 施設に被害をだす可能性はあったが、いっその事、威力を制限した反重力弾で始末するのも良い手段なのかもしれない。大樹の森で戦闘になった異界の化け物のように、すり潰しても細胞が再結合して個体の形状を取り戻すような、一種の不死性を持つ化け物でもなければ反重力弾で殺せるはずだ。

 しかしそれが出来たところで、施設のあちこちにいる化け物全てを処分できる訳じゃない。施設内に張り巡らされたダクトや、封鎖されていて人間が近寄れなくなっている場所にも奴らが潜んでいる可能性があるからだ。


『ねぇ、レイ』とペパーミントの声が聞こえる。『ついこの間、拠点付近で未知の放射性物質を回収したのを憶えてる?』

 廃墟の街で緑色に発光する不思議な鉱石を回収したことを思い出す。

「襲撃者たちが拠点に対して出鱈目に行った砲撃で、拠点周辺に残された汚染物質のことだな」

『ええ。それでね、未知の物質を調査したら、驚くような事が判明したの』

「勿体付けずに教えてくれるか」

『即効性は無いけれど、それでもあの汚染物質は、人擬きすらも殺す事が出来るの』

「それは……」

『すごいでしょ? でもそれと同時に、レイに対してもすごく危険な物質だったことが判明したの』

「それは調べなくても分かるよ。あの未知の鉱石は放射性物質だったんだろ?」

『それだけじゃないの。あの鉱石には、レイの体内にあるナノマシンを停止させる機能が備わっているの』


『アンチナノマシン?』とカグヤが驚いてすぐに反応する。『それは確かに危険で厄介な物質だね。兵器として運用されたら、オートドクターを使用した治療にも影響が出る』

 驚いているカグヤとは対照的に、ペパーミントは冷静に話を続けた。

『レイの体内にあるナノマシンは、オートドクターを使って注入される使い捨てのナノマシンと違って、レイの肉体と共生しているの。つまり必要な栄養素が得られる限り、ナノマシンは際限なく自己増殖を繰り返す。そうやって血液や身体の損傷によって失われていくナノマシンを補充して、肉体の機能を維持している。だから未知の汚染物質を体内に吸収したとしても、しかるべき処置を取れば、ナノマシンの機能も回復するし、レイの身体にも異常は起きない』

『でもナノマシンが停止している間、レイは再生能力を失って、普通の人間と変わらない状態になる』

『そうね。未知の物質を化学兵器として加工する案もあったけれど、使い所を誤れば、自分たちを窮地に追い込む事になる。だから製造は中止することにしたの』


「どうして急にそんな話を?」と私はペパーミントに訊ねた。

『施設の空気循環システムを使って、その汚染物質を施設全体に散布すれば、居住区画内だけじゃなくて、ダクト内に潜む肉塊も処理できると考えたからよ』

「そうだな……人擬きを殺せるんだから、あの奇妙な生物も殺せるかもしれない。でもその代償に、俺も大きな痛手を負うことになる可能性がある……」

『そういうこと。それに化学兵器を効率的に散布するには、施設を完全に封鎖しないといけなくなる』

「けどこの施設の何処かに、外に繋がる穴が開いている」

『そうね。その穴をどうにかしない限り、例えレイが子供たちを連れて施設から脱出できたとしても、鉱石を加工して製造した化学兵器を使用することは出来ない』

「どの道、化学兵器とやらには期待できないのか……」

 私はそう言うと、広場に設置されていた水飲み場の排水設備に視線を向ける。排水管の中にも、あの奇妙な肉塊は潜んでいるのかもしれない。変幻自在に姿形を変化させられる生物の身体なら、何処にでも隠れることは出来る。


『施設の外部に通じる穴を閉じることは出来ないの?』とカグヤが質問した。

『もちろん出来るわ。と言うより、施設が正常に機能していれば、管理システムによって作業用ドロイドたちが問題のある場所に派遣されて、施設の修復を行うことになっている』

「そう言えば……」と私は思い出しながら言う。「五十二区の鳥籠にある地下施設で重力子弾を使った時、作業用ドロイドが破壊された壁の修復を行っていた。この施設でそれが実行されないのは、システムに問題があるから?」

『ええ、異界の領域に通じる『門』が開放されている間は、施設の管理システムがセキュリティロックダウン状態になるの』

「その状態だと作業用ドロイドは動けないのか」

『施設の安全が確認できなければ、各区画の間に設置された隔壁も本来は操作できないようになっているの。そして『門』を閉じて空間の歪みを正さない限り、セキュリティロックは解除できない』


「異界に通じる『門』をどうにかしなければ、地下区画に広がる脅威から逃れることも出来ない……」

 私は溜息をつくと天井のモニターに目を向ける。雪を降らせていた曇り空は、いつの間にか暗くなり始めていた。化け物が巣穴から這い出し、狂気の行進を始める時間が迫っている。

「問題は山積みだな」

『難しく考えるからよ。ひとつずつ問題を処理していきましょう。重要なのは子供たちの安全でしょ?』

 ペパーミントの言葉に私は頷いた。

「そうだな。まずは子供たちを連れて地上に向かうことを優先しよう。イーサンたちと合流した後に、異界に繋がる『門』と、施設に巣食う化け物をどうするか決めよう」

『ところで、粘土板は回収してくれた?』とペパーミントは話題を変える。

「ああ、問題ないよ」

 私はそう言うと、地面に置かれていた粘土板と土偶に視線を向けた。

『良かった。その粘土板は『瀬口早苗』の探索隊が、異界の神を探した末に辿り着いた異界の果てで見つけたものだから、きっと神々に関する重要なことが記されていると思うの』

「だと良いんだけどな」


 そう言って、ふと広場の中央に視線を向けると、白いジャケットを着た少年がぼんやりと立っているのが目に入った。しかしよく確認すると、それはジャケットでは無く、拘束衣と呼ばれる袖の長い衣服で、自傷行為などをする精神病患者の腕を拘束するのに用いられるものだった。

 その異様な少年は裸足で、拘束衣の間から流れ出した真っ赤な血液が足元に広がって血溜まりをつくっていた。そして少年の頭上には、カグヤが子供たちを識別する為に貼り付けていたタグが無かった。

 少年は明らかに子供に擬態した『何か』だった。


 私は視線を素早く動かしてチハルの姿を探す。

「チハル、そのまま子供たちを輸送ヴィードルに乗せて、安全な建物まで避難してくれ」

 表情の乏しい子供たちと一緒にいたチハルは、耳元で聞こえた私の声に反応すると、カグヤの指示でやってきた輸送ヴィードルに子供たちをひとりずつ抱いて、急いでコンテナに乗せていった。

『レイラさん、敵ですか?』とチハルが言う。

「あいつが見えるか?」

 チハルはきょろきょろと視線を動かすと、広場の中央に佇んでいる不思議な少年に目を向けた。

『……初めて見る子です。広場に投影されたホログラムでしょうか?』

「いや、恐らく化け物どもが人間のフリをしているんだろう。戦闘になるかもしれないから、チハルは子供たちと急いで広場から離れてくれ」

『分かりました……あの、援護は必要でしょうか?』

「ありがとう。でもハクがいるから大丈夫だ。チハルは子供たちの事だけを考えて行動してくれ」


 チハルが子供たちを乗せた輸送ヴィードルを先導しながら、広場を離れていくのを確認しながら私は言った。

「カグヤ、警備用ドローンの半分も子供たちにつけてくれ、残りは俺の援護を頼む」

『了解』

 広場の周囲を警備していたドローンが飛んでいくのを見ながら、私はライフルのストックを引っ張り出し、素早くシステムチェックを行った。あの奇妙な少年は、ドローンの警戒網をくぐりぬけて接近してきたようには見えない。広場の何処かに肉塊が使用する移動経路があるのだろう。広場の中心に立つ異様な少年の背後に視線を向けると、そろりと近づいてくる白蜘蛛の姿が見えた。

「ハク、合図をしたら化け物の動きを封じてくれ」

『うん、まかせて』

 ハクの幼い声が内耳に聞こえると、私はライフルを構えながら少年の側に近づいていく。すると何の前触れも無く少年の頭部が破裂し、頭髪のついた肉片や骨片が放射状にばら撒かれる。私は薄桜色をした脳の一部を踏まないように足を止める。


 破裂した少年の頭部に代って首の断面から現れたのは、出来損ないのアニマトロニクスで造られた剥き出しの恐竜の骨格だった。金属製のフレームからは切断されたケーブルが垂れ下がり、薄い鉄板で出来た瞼がついた義眼は、真っ赤に発光しながら瞬きを繰り返す。

『やあ! 玩具の街にようこそ! 今日はとっておきのショーを君たちの為だけに用意したんだ! 怪我をしないように、楽しい旅の間は座席から立ち上がったり、手足をトロッコの外に出したりしないように充分気をつけてね。怪我をしたら、とっても痛いからね』

 アニマトロニクスが口を動かす度に、騒がしい駆動音が聞こえていた。


『やあ! 僕は――』

 正直、そのセリフにはいい加減うんざりしていた。だから同じ言葉を言わせるつもりは無かった。ハクが化け物の足元を糸で雁字搦めにすると、私は化け物の口を塞ぐように小型擲弾を撃ち込み、少年の頭部についたアニマトロニクスを破壊した。どうやら今回の化け物は、攻撃の通用する実体を持っているようだった。しかしそれが意味するのは、より多くの肉塊で化け物の身体が構成されているという事でもあった。


 爆発の衝撃で金属片や小さな部品が周囲に散らばると、私は異変に気がついた。先程まで地面に転がっていた肉片や脳の一部、そしてアニマトロニクスの部品が熔けだすようにしてドロドロの液体に変化していった。そしてそれらは気色悪い昆虫や、数え切れないほどのムカデやゴキブリに変化し、私に迫ってきた。

 私は後方に飛び退くと、弾薬を火炎放射に切り替え、気色悪い昆虫を焼き払い、動きを見せない少年に警戒の目を向けた。すると頭部を破壊されていた少年の首の内側から、赤黒い肉が盛り上がってきて絞り出されるように噴出すると、それは拘束衣を着ていた少年を包み込んでいく。


『気味が悪いね』

 カグヤはそう言うと、ドローンに指示を出しレーザーガンによる一斉射撃を行った。肉塊となっていた少年だったものは、熱線を受けると、ぬめりのある体表から蒸気が立ち昇る。しかしそれは肉塊の表面を焼いただけで、効果があるようには感じられなかった。

 その光景を眺めていると、肉塊が青白い電光を全身に帯びていき、そして凄まじい衝撃波と共に破裂した。その瞬間、電光を帯び発光する無数の肉片が周囲にばら撒かれた。ハクはすぐに反応し、建物の壁面に飛んで攻撃を避け、私もハガネの液体金属で大盾を形成し攻撃を防いだ。玩具の兵隊がライフルから何かを撃ちだす際にも、同様の攻撃方法を使用していたかもしれない。威力には大きな差があるようだったが。


 身体の周囲を覆っていた肉塊を失くした少年は、初めて目にした時と同じ格好で立っていた。しかし少年を中心にして広場の地面は派手に破壊され、破裂した何かの配管からは蒸気が勢いよく噴き出していた。

「今までの奴らと違う」

 私はそう言うと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いて、弾薬を貫通弾に切り替え、少年の胸部に向かって凄まじい質量を持った弾丸を撃ち出した。すると今まで顔を伏せていた少年は私に顔を向け、そして瞼を開くと弾丸を素手で受け止めた。衝撃音と共に少年の手は螺旋を描くような激しい衝撃でぐちゃぐちゃに破壊されるが、瞬時に元通りに再生した。


 少年は真っ赤に発光しながら微かに蒸気が立ち昇っていた瞳で、再生された自分自身の手を見つめたあと、その手の平を私に向けた。と、次の瞬間、私は凄まじい衝撃を受けて数十メートル後方の建物に向かって吹き飛ばされ、勢いよく背中から衝突し、壁を破壊しながら建物の中に転がっていった。


 酷い耳鳴りがして、遠くから誰かの声が聞こえた。網膜には体内情報をモニターしている図が表示され、腹部に重傷を負ったことが表示されていた。私は震える手を持ち上げて何とか傷口に触れる。防弾ベストは衝撃で破壊されていて、直接傷口に触れることが出来た。

 その傷口は熟れた果実のように柔らかく血液に濡れていた。触れた瞬間、激しい苦痛を感じた。ナノマシンによって痛みが制御され、その痛みが錯覚だということは理解していた。しかし痛みを認識した脳は、何も考えられなくなるほどの想像を絶する痛みを私に感じさせた。


 理不尽な痛みに対して激しい怒りが込み上げてくるが、私には耐える以外に出来ることは無かった。どうして化け物に対してすぐに反重力弾を使用しなかったんだと何度も後悔しては、激しい痛みでどうでもよくなり、また後悔が浮かんでくる。

 すると薄闇の向こうで物音がして、私は頭を持ち上げて音の聞こえた方向に目を向けた。そこには真っ白な拘束衣を来た少年が立っていた。彼は能面のような表情で私を見つめると、無残に破壊された壁を跨ぐようにして歩いてきた。そして倒れていた私にゆっくり腕を伸ばした。


 心が折れてしまうような、そんな死の恐怖から逃れようとして私は無様に身体を動かそうとした。しかし右腕以外に身体を上手く動かすことが出来なかった。そこにハクがやってきて、目に見えない速度で脚を振り抜いた。ハクの鉤爪によって少年の頭部が切断されると、少年は身体の動きを止めた。が、切断され落下途中だった頭部は、地面に触れる前に少年の身体に吸い寄せられるようにして取り込まれ、瞬く間に修復される。


 ハクは驚いて後方に飛び退くと、強酸性の糸を次々と吐き出した。少年は無数の糸の塊を受け、身体の至る所が灼け、熔けた皮膚から蒸気が立ち昇っていた。しかし少年は瞬く間に傷を修復させると、腕をゆっくり持ち上げて手の平をハクに向けた。すると少年の熔けた拘束衣の奥に見えていた皮膚を透かして、真っ赤な光が蒸気を伴って腕の先に向かって移動しているのが見えた。その瞬間、私は曖昧模糊とした頭で状況を理解した。あの化け物は『ハガネ』のように、受けた衝撃を体内に取り込み、そしてその衝撃を反射することで攻撃を行っているのだ。


 ハクに対してそんな危険な攻撃を許す訳にはいかなかった。唯一まともに動かすことの出来る右腕を少年に向かって伸ばすと、液体金属を操作して鋭い槍を形成し、少年の腕を刺し貫いた。化け物の胴体から離れた腕は眩い電光を放ちながら落下し、そして凄まじい衝撃波を発生させながら爆発した。

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