第239話 地下鉄道 re
トンネルに案内してくれた銀色の〈マンドロイド〉から、シールドを生成する機能のついた指輪型端末を受け取ると、我々は格納庫に設置されたテーブル型昇降機を使って地下にあるトンネルに向かうことになった。
ミスズとナミ、そしてヌゥモ・ヴェイとヤトの一族で編成された小隊も一緒だったので、我々はそれなりの人数になっていたが、問題なく昇降機に乗り込むことができた。
地下に続く通路は、地面を掘り進んでつくられた傾斜のある大きな縦穴で、周囲の壁は灰色のコンクリートのような建材で補強されていたが、所々ひびが入り、壁が崩れ茶色い土が剥き出しになっていた。天井に設置された赤い非常灯の薄明りの中、植物の根が垂れ下がっている場所も確認できた。
昇降機は壁に敷かれたレールに沿って、ゆっくり下降し続けた。蒸れた土と植物の青臭さに顔をしかめてフルフェイスマスクを装着すると、縦穴の先に見えてきたトンネルに視線を向ける。
昇降機が広い空間に到達すると、トンネルの照明が徐々に灯されていくのが見えた。トンネルの壁は先ほどの縦穴と異なり、しっかりしたコンクリートで補強されていて、軌道車両の線路が敷かれているのが見えた。まさか地下鉄道になっていると思っていなかったので、私は少しばかり驚くことになった。
我々はちょうど線路の中間地点にいて、片一方は防壁が設置された森に続いていることが分かっていたが、反対側にも線路が延々と続いているのが見えた。
「この線路が何処に続いているか分かるか?」
カグヤに
『森の子供たちの街につながってるんだよ』
「聖域から直接、鳥籠〈スィダチ〉まで行くことができるのか?」
『できるよ。今はその通路を封鎖しているけどね』
「封鎖? 何か問題が起きたのか?」
『特に問題は発生してないよ。街の地下施設につながるように建設したんだけど、呪術師たちはトンネルを使用せず、昔から森のなかを移動して聖域に来るんだ。だから無駄な電力を消費しないためにも、トンネルは封鎖したんだ』
「山に籠って修行する修験道でもないんだから、森の民も普通にトンネルを利用すれば良かったのに」
『それが……』と、マーシーは困ったように言う。
『森の子供たちは……というよりは呪術師たちだね。彼女たちは儀式の一環として、森を移動しているみたいなんだ』
「危険な森を通って、聖域に向かうことを儀式の一部にしたのか?」
『最初の――つまり最古の呪術師たちは戸惑いながらも列車を利用してくれていたけど、いつからか森のなかを移動して、森の点在する集落でお祭りのような儀式を行いながら、聖域に来ることが呪術師たちの習慣になって、それが儀式化されていったんだ』
カグヤの操作するドローンが姿を見せると、彼女の声が内耳に聞こえた。
『〈母なる貝〉の存在を神格化するために、呪術師たちが意図的に儀式に取り入れたのかもね。お祭りをすることで、自分たちの存在意義も高められるだろうし』
カグヤの言葉にマーシーは同意する。
『そうだね。一時期、呪術師たちが聖域にお供え物を持ってくるようになって、大変だったけど』
『どんなお供え物を貰ったの?』
『動物の死骸や宝石かな』
「彼らの意図は分かるけど、たしかに扱いに困る品だな」
『うん。だから結局、トンネルは使われなくなったんだ』
「このトンネルを掘ったのは、マーシーだったのか?」
『街につながるほうは私の判断だよ。〈建設人形〉があるからね、そんなに難しいことじゃない』
「建設人形か……それはまだ動くのか?」
『すこし整備は必要だと思うけど、〈小型核融合電池〉がいくつかあれば問題なく動く』
「その建設人形は何処に?」
『このトンネルだよ。街につながる線路の拡張工事が終わったあと、そのままにしておいたから』
昇降機が完全に停止すると、我々は車両基地に向けてトンネル内の一本道を歩いた。空気は若干籠っているようだったが、我々が地下に下りてくる前からトンネル内の換気設備が動き出したので、地下に溜まったガスの心配をする必要はないみたいだった。
ちなみに、ハクたちを迎えに行ったイーサンとエレノアの反応がすぐ近くにあることが確認できていたので、ハクたちともすぐに合流できそうだった。
「あの」指輪型端末を見ていたミスズが遠慮がちに言う。
「このトンネルは安全なのでしょうか?」
『安全なはずだよ』マーシーが答える。
『車両の運行に問題が出ないように、トンネル内の各所に動体センサーが設置されていて、つねに侵入者がいないか監視してるんだ』
「今の声は?」ミスズが困ったように首をかしげる。
「さっき話した〈母なる貝〉を管理してきたマーシーの声だ」
「管理ですか……?」
「ああ、宇宙船を……正確には輸送船だけど、ソレを動かすための人工知能みたいなものだよ」
『人工知能じゃないよ』マーシーがすぐに否定する。
「うん?」
ミスズがさらに混乱して眉を寄せると、カグヤの声が聞こえた。
『マーシーはね、ウミと同じ種族だったんだよ』
「ウミですか……」
ミスズは何かを考えて、それから慌てて頭を下げた。
「えっと、よろしくお願いします」
『うん、よろしくね』
しばらく線路に沿ってトンネルを進むと、イーサンたちと合流することができた。彼らは大樹の根元に掘られた避難通路を通って、地下までやってきていた。どうやら避難通路はトンネル内に数箇所用意されているみたいで、そこにも昇降機が設置されているとのことだった。ただ現在はほとんどの場所が昆虫や危険な生物の侵入を防ぐために、厳重に封鎖されているようだった。
ハクたちをこの場所まで連れてきたイーサンとエレノアに感謝していると、私の姿を見つけたハクがいそいそと近づいてきた。
『レイ、みつけた』
ハクは触肢で私を引き寄せると、長い脚で抱きつく。
「問題なかったか?」
『ん。もんだい、ない』
ハクはそう答えると私を背に乗せて歩き出す。機嫌が良いみたいだ。
「たくさん遊びましたからね」ハカセが言う。
ハカセは相変わらずライフルを杖のように使って歩いていた。
「ハカセのことを聞いたよ。旧文明期には有名人だったみたいだな」
「大昔のことです」ハカセはカラカラと笑う。
「それを知って、不死の子はどう思いました?」
「そうだな」と、ハクを撫でながら言う。
「そんなすごい人物と仲間になれて、誇らしいよ」
「誇らしいですか?」
ハカセは意外そうな顔を浮かべたが、やがて微笑んでみせた。
列車は四角い箱型の車両で、資材を運ぶための貨車を牽引している。その貨車には空っぽのコンテナが積載されていて、ハクやマツバラが連れている巨大なトンボも入ることができそうだった。ちなみにマツバラだが、自分の見ている光景が未だ信じられない、という顔をしていた。
「聖域の地下に旧文明の遺跡があることは、おそらく誰も知らないだろうな」
このトンネルの存在は、呪術師たちによって意図的に〈森の民〉の歴史から抹消されたのかもしれない。呪術師たちの意図は分からないが、それが必要だと考えたのだろう。
「このトンネルを使えば、時間をかけずに、あっという間に〝防壁〟の近くまでいくことができる」
私の言葉にマツバラは驚きの表情を見せた。
「まさか。数日掛けて移動していた道程を、そんな短時間で移動できるのか?」
「こいつは高速で移動する乗り物で、危険な地形や生物を避けて移動できるからな」
「すごい乗り物だな」
マツバラはそう言うと、銀色の鈍い輝きを放つ車両を眺めた。
我々が装備の最終確認を行い、車両に乗り込むと、マーシーの遠隔操作によって列車は動き出した。旧文明の技術が使用された車両は、重力場を利用して動くものだった。そのため、我々が想像していたよりもずっと早く目的の場所に辿りつけそうだった。
車両内は黒いクッションが敷かれた座席以外、白を基調とした清潔で明るい作りになっていた。地下鉄道だからなのか、車両には外の風景を見るための窓はついていなかったが、何故か天井だけはサンルーフになっていて、薄暗いトンネルを見ることができた。
両開きの乗降口扉の上部には多目的表示ディスプレイが設置されていて、列車の前方の景色と共に、列車の速度と現在位置が表示されていた。そのディスプレイを眺めたあと、座席のそばにある手すりに掴まりながら、車両後部にあるコンテナに向かう。
コンテナの積み込みハッチが開いたままになっていて、ハクは凄まじい速度で流れていく光景を眺めていた。重力場によって車両が
コンテナの奥に目を向けると、マツバラがトンボの長い腹部に寄りかかるようにして床に座っているのが見えた。トンボはハクの近くにいるからなのか、それとも元々大人しい生物だからなのかは分からないが、その場を動かずにじっと流れていく景色を眺めていた。
そのトンボの変異体が、ツノのような装置でマツバラとつながっていることは知っていたし、襲われることがないと分かっていたが、それでもスズメバチのような恐ろしい頭部を持ったトンボの変異体を見ると、近づくことを
『レイ』ハクの幼い声が聞こえる。
『とても、はやい』
床をトントンと叩いて興奮しているハクの姿に思わず笑顔になる。
「ハクは、もちろん列車は初めてだよな?」
『ん、はじめて』
「薄暗い地下じゃなくて、地上を走る列車だったら景色を楽しめたんだけどな」
『ハク、これ、すき』
「建設人形が使えるようだったら、マーシーに頼んで地上にも線路を敷いてもらうか」
『しく』ハクはよく分かっていないのに腹部を振って喜ぶ。
「それにしても早いな」
『ハクより、はやい』と、ハクは真面目な声で言う。
「そうだな。この車両はハクより速い」
それからマツバラを呼ぶと、イーサンとヌゥモ・ヴェイ、そしてミスズとナミを交えてこれからのことについて話し合った。危険な地域での作業になるため、私とハクは修理を行うペパーミントのそばで護衛を行うことになり、傭兵団の隊長でもあるイーサンの指揮のもと、ヌゥモとヤトの戦士たちがシールド生成装置周辺の警備を行うことになった。
カラス型偵察ドローンを連れてきていたので、マツバラのトンボと一緒に空から監視ができるので、奇襲を受けることはないと考えていたが、〈混沌の領域〉が近くにあるため、油断はできないだろう。
ミスズとナミ、そしてエレノアも周囲の警戒にあたることになるが、彼女たちはできるだけ私のそばにいてもらうことになる。もしも
そういった事態に備えて、ミスズたちにはいつでもペパーミントの護衛を引き受けてくれる場所にいてもらう必要があった。
「不死の子よ」とハカセが言う。
「私に協力できることはありますか?」
「正直、これは俺たちの問題だから、ハカセを巻き込むようなことはしたくないんだ」
「気にする必要はありません。私も一緒に戦いましょう」
「いいのですか?」とエレノアが驚く。
「もちろんです」ハカセは微笑む。
「我々は〈混沌の領域〉が広がることは阻止しなければいけません。そこに私の自由選択はないのです」
『もしかして』とカグヤが言う。
『それも神々によって守護者たちに与えられた使命なの?』
「ええ、そうです」ハカセはうなずく。
「各都市の管理を行う者たちがいるように、〈混沌の領域〉が広がらないように任務に就いている者たちがいます」
『だから人造人間たちは〝守護者〟と呼ばれているの?』
「あるいは、そうなのかもしれませんね」
「……あの」ミスズがハカセに訊ねる。
「この先にも、防壁を守る守護者がいるのでしょうか?」
「ミスズさん、残念ですがそれは私にも分かりません。第二世代、そして第三世代を含めれば、我々はとても多く存在しています。そして彼らの任務についてすべてを把握している者はいません。たとえ〈データベース〉であったとしても、その事実は変わりません」
「そうですか……」
「大丈夫だよ、ミスズ」ナミが言う。
「その何とかって奴がそこにいなくても、きっと私たちで何とかできる」
「そうですね」ミスズは力強くうなずいた。
「頑張って任務をやり遂げましょう」
列車が止まったのは線路の最終地点だった。そこには使われなかったまま放置された鋼材や、輸送用コンテナが並んでいた。しかし我々を驚かせたのは、使用可能な資材ではなく〈
マツバラは慌てて振り香炉を探すが、もちろんこの場所には持ってきていなかった。慌てるマツバラの姿は少し滑稽だったが、彼の気持ちはよく分かる。
〈御使い〉は人間に似た姿をしているが、人間と同じ思考を持つとは限らない。それに人間を簡単に殺せる腕力を持っている。慌てないことのほうが不自然だった。
その〈御使い〉は櫛状の長い触角と、綺麗な形の乳房を揺らしながら近づいてきた。
『一緒に、行く』と、彼女は言う。
『あなたを、守る』
「どういうことだ?」
彼女に訊ねると、マーシーの声が内耳に聞こえた。
『その子も一緒に連れて行ってあげて』
「俺たちに危険は?」
『絶対にないよ』彼女は断言する。
『本当は他の子たちも一緒について行ってもらおうと考えていたけど、何が起きるか分からない状況で聖域を離れるわけにもいかないからね。だからせめてその子だけでも一緒に連れて行って』
マーシーの言葉にうなずくと、〈御使い〉の複眼を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます