第211話 歩兵用ライフル re


「これが日本とアメリカの軍隊で正式採用されていた〈M14-MP2歩兵用ライフル〉」

 ペパーミントはそう言うと、保護カバーに収まっていたライフルを作業台にのせる。

「MPはマルチパーパスの略で、文字通り必要に応じて、その場で弾薬の切り替えが自由に行えるようになってる」


『多目的ライフル?』カグヤの操作する偵察ドローンが飛んでくると、ライフルにスキャンのためのレーザー照射を行う。『レイのハンドガンと同じことができるってこと?』


 ペパーミントは頭を横に振ると、紺鼠色こんねずいろのフード付きツナギの大きなポケットに手を入れる。

「残念だけど、レイが使っている〈第二種秘匿兵器〉には及ばないわ」

『ミスズのハンドガンみたいに、機能が制限されているの?』

「そういうこと」


『ふぅん……。ねぇ、これって以前ペパーミントが話してた人擬きを殺すことができる武器だよね?』

 カグヤの言葉に、黒髪に青い瞳、そして人間離れした美しさを持つ女性が答える。


「ええ。ライフル弾に小型擲弾こがたてきだん、それに散弾や自動追尾弾も使えて、どの弾薬でも人擬きを殺すことが可能になっている。もちろん、弾薬消費量の少ない通常弾でもあの化け物を殺すことはできる」


 ライフルを手に取ると、コンテナ内の白い空間に向けてライフルを構えてみせた。黒を基調としたライフルの外装には、重要な機構を保護する白磁色はくじいろの装甲がついている。その所為せいなのか、ずっしりとした重さが感じられた。


 消音器が標準装備されているだけでなく、光学機器を専門に扱う日本企業〈センリガン〉の射撃統制装置を備えた光学照準器が取り付けられている。

 ライフルは短銃身で、その銃身の長さに合わせた短いハンドガードがついていて、引っ張り式のコンパクトなストックは銃身のバランスが考慮された設計になっていた。


「アメリカ軍が戦闘でつちかってきた銃器製造技術と、他国では絶対に真似できない日本で独自開発された優秀なソフトウェアを搭載していて、信頼性の高い傑作銃よ」

 彼女の言葉にうなずいたあと、もう一度ライフルを構える。

「弾薬の選択はどうやってやるんだ?」


「情報端末に専用のソフトウェアをインストールする必要があるけれど、基本的に難しい操作は必要ない。それに各自の端末にライフルを登録するときには、生体情報の登録が必要になるから、たとえばライフルを奪われてしまっても他者に使用される心配がない」


 ライフルをテーブルにのせると、気になっていたことを質問した。

「整備と弾薬の補充はどうするんだ?」


「従来の火器のように毎日整備をする必要はないわ」

 ペパーミントがそう言うと、ひとつに結んでいた綺麗な黒髪が彼女の背中で揺れる。

「ライフルには修理機能と自己診断プログラムが搭載されているから、滅多なことがない限り故障する心配はない」


『滅多なこと?』と、カグヤが質問する。

「意図的に破壊しようと試みたり、銃そのものを押し潰したり、それから……」と、彼女は腕を組んで天井を見つめる。「切断されたりしてもダメね」

「少しの砂や水では壊れないってことか……」


「ええ。複雑な機構を備えたライフルだから、過酷な環境でも運用に支障が出ないように最大限の考慮がされている。開発には長い時間をかけていて、その間に得られたデータをもとに改良が加えられて今の形になっているの。だから故障の心配をする必要がない。でも万が一壊れるようなことがあったら、私のところに持ってきてほしい、絶対に自分でいじろうとしないでね」

「了解」


 それからペパーミントは保護カバーの下に隠れていた白銀色に輝く弾倉型のブロックを手に取る。

「弾薬の補給はこれで行う」


『それって旧文明期に使用されていた〈鋼材〉?』と、カグヤがたずねる。

「そう。ナノマシンと一緒に旧文明の〈鋼材〉を高密度に圧縮したモノよ」


「ナノマシン?」と私は疑問を口にする。

「弾薬の種類を選択できるようになっているでしょ? 選択した弾薬が発射される直前に目的の弾薬を生成するために、特別に調整されたナノマシンが使われるの」


「その技術もハンドガンと同じなのか」

「そう」とペパーミントはうなずいた。「だけど秘匿兵器のように、瓦礫がれきから〈鋼材〉をそのまま取り込んで弾薬を生成することはできないの」

「だから専用の弾倉が必要になるのか」


 ペパーミントはうなずいて、それから言った。

「既存の弾薬も使用することはできるけど、その場合、あの化け物を殺すことはできないかな」

「そこはハンドガンと違うのか」

 私が所持しているハンドガンは、人擬きを殺すために専用の弾薬を必要としない。


「通常兵器と秘匿兵器を一緒にすることがまず間違いね。そもそも〈重力子弾〉なんて恐ろしいモノが、簡単に扱えることが異常なの」

「そうだな……。それで質問なんだけど、秘匿兵器って具体的にどんな兵器なんだ?」


「知らないわ」ペパーミントはきっぱりと言う。

「文明崩壊のキッカケになった紛争以前にも使われていたみたいだけど、その目的は私には分からない。兵器工場で製造できるのは〈第三種秘匿兵器〉までだったし、製造には物凄ものすごい時間と資源を必要とする」


「〈第三種秘匿兵器〉……ミスズのハンドガンと同じだな」

「ええ。でも今は、それを製造するための権限すらないんだけどね」


 カグヤが疑問を口にする。

『兵器工場の管理をしていたペパーミントでも、分からないことがあるんだね』


「私は他の〈人造人間〉から見たら産まれたばかりの赤ちゃんと変わらないの。年齢だって見た目以上にない。私がこの世界に誕生したときには、すでに文明は崩壊していたし、世界についての知識だってレイとあまり変わらない」


 インゴットにも似た白銀に輝くブロックを受け取りながら言う。

「そう言えば、ペパーミントは今まで自分のことを話してこなかったな」

「レイは私に興味がないから」と、彼女はワザとらしく頬を膨らませた。


「そんなことないんだけどな」と、弾倉を眺めながら言う。

「そう」

「なら拠点に戻ったら二人でゆっくり話をしよう」

「どうせ二人じゃなくて、〝三人〟なんでしょ?」

 私は口をへの字にして肩をすくめた。


「ところで、このライフルは俺が使ってもいいのか?」

「それはレイのライフルよ。〈ヤトの一族〉を含め、イーサンとエレノアにも同様の小銃を渡してある。そのときに使用方法も説明したし、カグヤを介して〈データベース〉に生体情報の登録も済ませてある」


「そうか……ミスズには?」

 ペパーミントは溜息をついた。

「心配しなくても、ちゃんとミスズとナミにも渡してある」

「助かる。ありがとう、ペパーミント」


「どういたしまして」と彼女は微笑む。

「でも、今回ライフルを支給できたのは、この遠征に来ている部隊だけだった。拠点に残ったヤトの戦士たち全員のための装備はまだ確保できていない」

「鉱物資源が足りなかったのか?」

「そう」


 鉱物資源は〈砂漠地帯〉で建設途中の採掘基地で入手したモノだった。イーサンの協力を得ながら、採掘基地の建築が急ピッチで進められている。採掘基地周辺の調査も同時に行われていて、作業用ドロイドの警備はイーサンの傭兵部隊と、特別に編成されたヤトの部隊に任せていた。


 台風の影響をほとんど受けることのない奇妙な〈砂漠地帯〉が幸いして、なんとか資源の採掘を始められていたが、本格的に採掘ができるのはまだまだ先になりそうだった。


 採掘基地のすぐそばにある砂に埋もれた高層建築物で、〈老人〉と呼ばれる変異体の反応を何度かとらえていたが、あの化け物が建物を出て採掘基地を襲うようなことはなかった。そのことも作業を速めている要因だろう。


 このままあの化け物には建物内にいてもらいたいと考えていたが、変異体の考えていることなんて誰にも分からない。だからこそ万全の備えをしなければいけない。


 ライフルに生体情報を認識させて初期登録を行う。

『〈M14-MP2歩兵用ライフル〉が、■■■■所属〈レイラ・■■■〉用に登録されました』


 合成音声による女性の声が聞こえたあと、視界のすみに、弾倉を装填する方法がアニメーションで表示される。弾薬装填を意識すると、外装の一部が展開して弾薬となるブロックを装填することができるようになる。


『各種弾薬の選択が可能になりました』

 事務的な声のあと、弾薬オプションが表示される。


【選択可能弾薬】

 通常弾〈炸裂弾頭〉

    〈非炸裂弾頭〉

 ライフル弾〈炸裂弾頭〉

      〈非炸裂弾頭〉

      〈徹甲弾〉

 ショット弾〈標準散弾〉

      〈焼夷散弾〉

      〈スラッグ弾〉

 自動追尾弾〈標準弾頭〉

      〈徹甲弾〉

 火炎放射

 小型擲弾こがたてきだん


 表示された各弾薬の残弾数を確認する。弾倉となる専用のブロックは高密度に圧縮された鋼材なだけあって、残弾数にはそれなりの余裕があるようだった。


「選択できる弾薬は限られているんだな」

「だから――」と、ペパーミントは私に綺麗な青い瞳を向ける。

「レイの秘匿兵器と一緒にしないでって言ってるでしょ」


「そうだったな」と私は苦笑する。「すまない」

「それで、感想は?」


「実際に撃ってみないと分からないけど、取り回しに関しては問題なさそうだな。銃身のバランスもちょうどいいし、カービンライフルだから室内の戦闘にも使えそうだ」


「そう。良かった」そう言ってペパーミントは、紺色のずっしりとした弾倉を作業台にゴトリとのせる。「これはレイが使用する秘匿兵器のために用意した弾倉だよ」


 それはハンドガンを〈狙撃形態〉として使用可能にする弾倉だった。

「ありがとう」

 素直に感謝したあと、弾倉を拾い上げてベルトポケットに入れる。


「相変わらず一度の射撃しか行えないけど、何もないよりマシだから」

 ペパーミントの言葉に私は頭を振って、それから言った。

「今はそれで充分だよ」


「専用の弾倉を製造できるようになればいいのだけれど……」

 彼女は難しい顔をして、保護カバーがのっている作業台を見つめた。


「軍の端末を見つけられるチャンスはあると思う。だから根を詰めなくても大丈夫だ。それに今でもペパーミントの支援には感謝している」

「本当に?」

「ああ、本当に感謝してる」

「そう」ペパーミントは、はにかみながら素っ気無い口調で言う。


「さっそく試し撃ちをしてくるか……」

「予備の弾倉は今回の遠征のために相当な数を用意したけど、あまり無駄撃ちしないでね」

「分かってる」


『ねぇ、ペパーミント』とカグヤが言う。

『ヤトの子たちは、ちゃんとライフルを扱えるのかな?』


「大丈夫よ」とペパーミントは落ち着いた声で返事をする。

「射撃訓練で使っていたライフルと形状や重さに大きな変化はないし、彼らは天性の戦士よ。すぐにライフルの扱いに慣れてくれる」

『そうだね……分かった。ありがとう』


 ペパーミントにもう一度感謝すると、ウェンディゴの後部ハッチから外に出た。

 専用のハーネスを使って胸の中心にライフルを吊り下げると、大樹たいじゅに目を向ける。

「さて、何処どこに行こうか……」


 カグヤの偵察ドローンが飛んでくると、私の周りをくるくると浮遊する。

『イーサンたちやアルファ小隊が警備していない場所を見て回ろうよ』

 網膜に常時投射されているインターフェースを操作して、拡張現実で周辺地図を表示させた。すると周囲の警備を行っているヤトの戦士や、イーサンたちの位置情報が確認できるようになった。


「野営地の警備は完璧みたいだな」

『うん。池のほうに行ってみる?』

「明日には森の奥に向けて移動を開始するから、今日のうちに偵察しに行ってもいいのかもしれない」


『カエルには気をつけようね』

「そうだな――」と口を開いたときだった。

 背後から伸びてきた白い何かに抱きかかえられてしまう。


『レイ、どこいく?』と、幼い女の子の声が聞こえる。

「見回りだよ」と、ハクのふさふさとした脚に手を置く。

「ハクも俺たちと一緒に来るか?」


『ん、いく!』

 ハクはそう言うと、私を抱きながら歩く。

「自分の足で歩いていくから、大丈夫だよ」


『えだ、たかい』

 ハクの脚がしめ樹木じゅもくを仰ぎ見る。

「あの枝まで行きたいのか?」

『ん。えだ』


「あそこには何もないと思うけど……」

『たのしい、かも?』

「わかった。でも周囲には昆虫の反応がいっぱいあるから、注意して登ってくれ」

『ん、まかせて』と、ハクは機嫌のいい声で答えてくれる。


「ハク、ここで降ろしてくれ」

 糸を使って地上から六十メートルほどの高さまで一気に登ると、ハクは太い枝の上に私を降ろし、自分はさらに高い場所に行ってしまう。目線を下に向けると、ウェンディゴとワヒーラの姿が小さく見えた。


「カグヤ」と、みきつかまりながら枝の先にいる生物を見る。

「あれが見えるか?」


 ケムシにしか見えない大型犬ほどの体長を持つ生物が数十匹、一箇所に固まるようにして集まっているのが見えた。ケムシの枯草色の体表は、半透明の白い体毛で覆われている。

 カグヤの偵察ドローンは機体を変形させると、レンズをチカチカと発光させる。

『無闇に近づかなければ、とくに危険じゃないってサクラが言ってたよ』


「分かってる」

 実際、地図上で確認できるケムシの反応は、安全をしめす青色の点で表示されていた。

「俺が見てほしいのは、そのケムシの先にいる生物だ」


 カグヤのドローンは、ケムシのそばまで飛んでいく。

『もしかして、あのサルみたいな生物のこと?』

「そうだ」と、少し離れた位置にある樹木じゅもくの枝を睨みながらうなずく。


 そのサルの変異体は獅子ししのたてがみのような、ゴワゴワとした黒茶色の体毛に全身が覆われていて、毛のない顔の前面は青色の皮膚をしていて、鼻は狼のように長かった。


『あれは〈森の民〉の子どもたちをさらって、頭から食べるのを一番のごちそうにしてる危険な生物だって言ってたよ』


 カグヤの言葉にうなずくと、ライフルのストックを引っ張り出し、肩の付け根部分にしっかりとあてる。

「ならやつ住処すみかに戻って仲間を連れてこられないように、この場で始末しよう」


 サルの青い顔に照準を合わせると、弾薬を〈ライフル弾〉に切り替えた。引き金を引くと乾いた小さな発砲音がしてサルの頭部が仰け反る。


 すかさず銃身を動かすと、体毛で覆われたサルの胸部に銃弾を二発撃ち込む。サルはそのままバランスを失って落下していく。ライフルの命中精度は高く、反動も驚くほど軽かったし、薬莢も吐き出されない。このライフルなら、どんな戦闘でも我々を優位にしてくれるかもしれない。


 視線の先を拡大して死骸を確かめたあと、周囲に他のサルがいないか確認する。

『どうしてこんなところにサルがいるんだろう』

 カグヤの言葉に私は首をかしげる。

「どういうことだ?」


『ハクが近くにいるのに、それを気にしている様子がなかった』

「〈混沌の領域〉からやってきた生物なのかもしれないな」

『どうして異界?』

「あっちの世界の生物はハクにおびえたりしない」

『たしかに……』


 光学照準器を覗き込みながらサルの姿を探す。

『レイ』

 ハクの声が聞こえたかと思うと、網状あみじょうの糸に捕まったサルが、突然目の前に垂れ下がる。私は驚いて後退あとずさり、枝から足を踏み外して転落しそうになる。


『レイ、あぶない』と、ハクの脚に背中を支えられる。

「ありがとう、ハク」


 私は口から心臓が飛び出るほど驚いていたが、ハクはまったく気にしていなかった。

『みて』

 ハクは網の中にいるサルの死骸を小突いた。

『へんなの、つかまえた』


「あのサルだな……。こいつはハクを襲ったのか?」

『さる? ハク、おそった?』

「ハクが襲ったのか?」

『ん。つかまえる、じょうず』


「さすがだな、ハク」

 サルの死骸を確認すると、首が皮一枚でつながっている状態だった。

「他にもサルはいたか?」


『さる、それだけ』と、ハクは大きな眼を私に向ける。

「そうか……。カグヤ、このサルの情報をイーサンたちと共有してくれるか?」

『了解。みんなに警戒するように伝える』

 サルの開いた口から覗く太く鋭い牙を見ながら、私はそっと溜息をついた。

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