第195話 地下都市 re


 あの奇妙な空間で体験した不思議な感覚を咀嚼そしゃくしようとつとめていると、下降かこうを続けていたエレベーターの周囲が素通しのガラスに変わり、施設の居住区画が見えるようになる。


 地下につくられた広大な空間に街をすっぽりとめ込んだような、そんな不思議な景色が目の前に広がる。岩石がき出しの天井には、膨大な数の照明装置が設置されているのが見えた。


 その光景は〈砂漠地帯〉の鳥籠〈紅蓮ホンリェン〉で見たモノにも似ていたが、広大な空間を利用してつくられた居住区画は整然せいぜんとしていて、建物が乱雑に積み重なる〈紅蓮〉とはまた違う景色を作り出している。


 碁盤ごばんの目のような都市には薄桜色の建築物が並び、いくつかの建物は十二階建てほどの高さがあり、天井に向かってそびえていた。


 私はヴィードルの残骸に腰掛けると、ゆっくりと流れていく景色を眺める。

「想像していた場所とは、まるで違うところだった」

「レイはどんな施設だと想像していたの?」と、街の様子を眺めていたエレノアが微笑ほほえむ。

「そうだな……。拠点の地下施設みたいに、もっと閉鎖的な空間かと思っていた」


「地面を掘り進めながら、小さな部屋をいっぱいつくったような施設ですか?」

「ああ、そんな感じだ。だけどこの場所は〈紅蓮〉と同じで、巨大な空洞をそのまま利用して街をつくりあげている」


「そうですね」と、彼女は遠くに見える建物に視線を向けた。

「これだけの都市を地下につくることができた旧文明期の人々は、私たちが想像することもできない驚異的な技術を持っていた」

「俺もその事を改めて実感しているよ」


 遠ざかっていく天井を見ていると、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『建設のときに出た大量の土砂は、海岸を埋め立てるために利用したのかな?』

「そうなのかもしれない」


 土砂の行方ゆくえも気になるが、この施設を管理する人間がいない状態が続いたにもかかわらず、天井が崩壊していないことも気になった。巨大な構造体がいくつも地面から伸びているのが見えた。おそらくそれは天井を支えるための支柱のようなモノなのだろう。しかしこれだけの空間を支えるには、明らかに構造体の数が足りていないように思えた。


 視線を動かすと、旧文明期特有のシンプルで無駄をはぶいた建物の間に道路がかれているのが見えた。道路脇には何台かの車両が止められていて、あたかも所有者が近くにいて、すぐにでも動き出しそうな状態で車体が保存されているのが確認できた。


 しかしそれと同時に人間の気配が感じられない都市は、ゴースト・タウンのような不気味な静けさに支配されている。イーサンは軽装甲機動車の残骸を足場にすると、超小型の記録装置を使って街の様子を撮影していく。


「なにか気になることでもあるのか?」

 イーサンにたずねると、彼は撮影を続けながら答える。

「旧文明の遺跡に関する情報は貴重で、滅多めったに表に出ることがない。だからスカベンジャーや傭兵に荒らされていない施設の様子を記録した映像は、いい値段で取引できるんだ」


「たしかに需要じゅようはありそうだけど……廃墟の街にそんな物好ものずきがいるのか?」

「ああ、旧文明に関するモノならなんでも欲しがる〈コレクター〉がいて、彼らは自分たちの楽しみのためだけに遺跡の映像や遺物を探しているんだ」

「道楽か、相当な資産がなければできないことだな」


「まぁな」とイーサンは苦笑する。

「探索のときに使用する資料として傭兵組合が情報をほしがることもあるが、コレクターが支払う以上の大金を用意できないから、傭兵組合が入手するのは難しくなっている」


「なにがコレクターたちにそこまでさせるんだ?」

「さぁな。収集した遺物や映像を展示している博物館を個人的にやっている知り合いがいるが、旧文明に対する情熱はすさまじいモノだからな」


「博物館があるのか?」

 私が困惑する様子を見て彼は苦笑する。

「レイの拠点の近くで闇市を開いている連中がいるのは知っているか?」

「ああ、ジャンク品を手に入れるために何度か行ったことがある」

「そこにも博物館があるんだ」


「廃墟の街にあるのか?」

「あのあたりは〈シズル〉の名で知られているレイダーギャングが仕切っていて、鳥籠ほどじゃないが、ある程度の安全が確保されているんだ。だからスカベンジャーも頻繁ひんぱんにやってくる」

「ジャンク品や遺物を手に入れるのに打って付けの場所なのか」


「それに、金さえキッチリ払っていれば連中が干渉してくることもないからな」

「レイダーギャングはジャンク品に興味なんてないか……なら、その映像は相当な金額で取引できるんじゃないのか?」

「それなりの値段で取引できるが、こいつは今回の作戦の情報提供者にゆずることになっているんだ」


「情報提供者でもあるのか、さすがに顔が広いんだな」と、思わず感心する。

「そのコレクターも道楽で遺物を収集しているのか?」


「いや、やつは研究者を自称してる」と、イーサンは遠くに見える支柱のような構造体に記録装置を向ける。「なんでも彼の祖父は旧文明の施設で暮らしていたらしい」

「情報提供者は施設に収容された人々の直系の子孫なのか?」

「俺も気になって同じ質問をしたが、どうやら違うらしい」


「違う?」と私は顔をしかめる。

「でも何処どこかの施設の人間だったんだろ?」

「彼の祖父は、この施設の住人だったんだ」

「だった?」


「〈五十二区の鳥籠〉を管理している一族がこの施設を発見したとき、施設はすでに放棄されていて無人だったようだ」

『無人?』と、困惑するカグヤの声が聞こえた。

『つまり現在の鳥籠の住人は、あとになってこの土地にやってきた入植者でしかなかったってこと?』


「そうだ。鳥籠を支配している一族は自分たちのことを旧人類の末裔まつえいだとうそぶいているが、彼らは入り口付近に残されていた端末を偶然見つけて、それを使って施設を利用する権限を手に入れただけなんだ」

『幸運の持ち主だね』


 イーサンは記録装置からケーブルを伸ばして、それを自身のタクティカルゴーグルにつなげる。それから端末を操作しながら言った。

「俺もそう思うよ。たとえ利用できるのが居住区画の一部だけだったとしても、地上に広がる〈汚染地帯〉の近くで暮らすより、よっぽど安全な場所だったからな」


『居住区画だけしか利用できなかったんだ……。だからこれだけ広大な施設なのに、彼らは地上に出ていくことを選んだんだね』

「施設の大部分の設備を使えなかったからな、それなら使用許可を手に入れることができた〈製薬工場〉の周りで暮らすほうが便利だと考えた人間がいたんだろう」

『そっか……色々と複雑なんだね』


「でも彼らの子孫は違った」と、イーサンは足場にしていた車両の残骸から飛び降りる。「地上の生活しか知らない次世代の子どもたちは、施設の話を親や祖父から聞かされるたびに、想像が膨らんでいったんだろう。だから旧文明の施設や遺物に異常な執着を持つ〈コレクター〉が生まれる原因になった」


「その内のひとりがイーサンの情報提供者か……彼は祖父から聞いていた施設の本当の姿を見たかったのかもしれないな」


『住人は施設に戻ろうと考えなかったのかな?』

 カグヤの質問にイーサンは首を振る。

「鳥籠を支配している一族がそれを許さなかったんだ」

『鳥籠の資産をここに隠していたから?』


「それもあるが、本当の理由は分からない。それに、最初に端末を発見した人間は施設の警備に関わる特定の権限を手に入れていたんだ。だから誰も逆らえなかった」

『そしてその権限は一族が引き継いできたんだね。でも特定の権限ってなんだろう?』


「さぁな」イーサンは頭を振る。

「さすがにそこまでは教えてもらえなかったが、その権限のおかげで、彼らは鳥籠の資産を安全な場所に保管することができるようになった」


 下降を続けるエレベーターは、建物の間を通って地面に到達しようとしていた。しかし鉄柵に囲まれたその場所はエレベーターの終着点ではなかった。地面に設置された巨大な隔壁かくへきが開いていくと、エレベーターはその穴に吸い込まれるようにして更に地下に向かう。


 上方で隔壁かくへきが閉じると周囲は薄暗くなるが、四方を囲む壁の照明によってすぐに明るくなる。下降するエレベーターから見える壁は、つるりとした銀色の鋼材で覆われていて、かがみのように磨き上げられた壁面パネルには、この場に似つかわしくない車両の残骸やゴミが光の反射によって映り込んでいた。


 金属の壁で囲まれた空間を抜けると、エレベーターは巨大な隔壁かくへきの前で静かに止まる。我々の目の前にある金属製の厚い壁が左右に開いていくと、まるで地下駐車場のように無数の柱が立ち並ぶ細長い空間が見える。


「ここから先は歩いていくことになりそうだな」と、私は立ちあがりながら言う。


「この先はどうなっているのか見当もつかない。装備の確認だけはしっかりしてくれよ」と、イーサンはライフルの状態を確認しながら言う。

「そうですね」と、エレノアも手早く装備の確認を行う。


 安全確認を行うウミのサポートをしながら、ずっと気になっていたことをたずねた。

「ところで、俺たちが奴隷商人から手に入れた生体情報は何処どこで使うんだ?」


『生体情報なら、もう使ったよ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『案内ロボットに奴隷商人の生体情報を認識させたから、このエレベーターを動かすことができたんだよ』


「そうだったのか……」

『そうだよ。説明したでしょ?』

「悪い、聞いてなかった」

『なんだかさっきから変だよ。バイオモニターから受信するデータにもエラーが出てたし、その間のログも確認できなかった』


「言っただろ、キティが会いに来てくれたんだ」

『そんな魔法みたいな出来事をでっちあげる理由がないのは知ってる。だからレイが言ったことは信じるけどさ……本当に時間が止まったの?』


「止まったんじゃない。正確には体感時間が遅くなったんだ」

 溜息をつきながら説明したあと、太腿のホルスターからハンドガンを引き抜いて、ウミを掩護えんごできる位置まで移動する。


「さっきの異界の猫に関する話だけど」とイーサンの声が聞こえる。

「警備システムに接続するために端末を見つける必要があることは話していたが、それが何処どこにあるのかまではレイたちに話していなかった」


『本当に施設の最深部に向かう予定だったの?』

「その予定だったが、レイが手に入れたシステム権限のおかげでその必要がなくなった」

『なら異界の邪神が言ったことは本当なんだね』


「邪神じゃない、キティだ」と、すぐに訂正した。

 するとカグヤが操作する偵察ドローンが音もなく飛んでくる。

『でも、異界の図書館を管理する触手の生えた巨大な猫なんでしょ?』

「そうだけど悪い存在じゃない」


『本当に安全な存在なのかな?』と、カグヤは疑わしそうな声を出す。

『レイの話を聞く限りでは、結構邪悪な存在だと思うけどな……』

「そんな印象を与えるような話はしてない」

『でも知識を得るためなら、どんなことだって平気でできちゃう雰囲気はあるよね?』


「異界の猫のことも気になるが、今はこの施設の探索に専念しよう」とイーサンは言う。

「レイの話が本当なら、危険な生物が〈混沌の領域〉からやってきている可能性もある。その場合、俺たちは施設の警備システム以上に厄介な化け物を相手することになる」


『そうだね……』とカグヤが言う。

『警備システムはまだ私たちに反応してないけど、それはどうしてなの?』


「奴隷商人の持つ権限で立ち入ることのできる区画にいるからだ」

『私たちが目的にしてる端末は、奴隷商人でも入れない場所にあるんでしょ?』


「そうですね」とエレノアが答える。

「ですから、まずは警報システムに侵入する必要があります」

『その端末がある場所は分かってるんだよね?』

「もちろん」とエレノアは微笑む。


「それも情報提供者から得た情報なのか?」

 私の問いにイーサンはうなずく。

「そうだ」

「信頼できる情報ってわけか」


「勝算があるからこそ、苦労して警備システムを騙すための端末を入手してきたんだ」

『台風だったもんね』とカグヤが言う。

「あれはダメだ」と、イーサンは頭を振る。

「あの嵐の所為せいで何度か死にかけた」


『大変だったみたいだね』

目星めぼしをつけていた軍事基地は、そこを警備していた機械人形がまともに機能してなかったから楽だったんだけどな」


『廃墟の街はあっと言う間に水に呑まれちゃうからね』

冠水かんすいしていていつもの道路は使えないし、浸水した建物からは人擬きが溢れ出てくるし、最悪だったよ」とイーサンはうんざりしながら言う。

『台風のときには拠点にこもってるのが一番だね』


「ウミ、待ってくれ」

 しばらく通路を進んだあと、私は立ち止まる。

「カグヤ、あれがなんだか分かるか?」


 視線の先に見えている物体の輪郭りんかくを赤色の線で縁取ふちどると、拡張現実で浮かび上がるタグを貼り付ける。

『キャリーケースかな……待ってて、確認してくる』

 偵察ドローンは〈熱光学迷彩〉を起動して、姿を隠しながら通路の先に飛んでいく。


 カービンライフルを構えたイーサンが私のとなりに並ぶ。

「あちこちにリュックやらカバンが転がっているな……」

『衣服に生活用品だね』とカグヤの声が聞こえる。

『居住区画がこの先にあるみたいだし、施設から出るときに置いていったんじゃないのかな?』


 警戒しながら通路の先に向かうと、本道から外れるように続いていた通路に視線を向ける。そこで本来は閉鎖されているはずの隔壁かくへきが開いているのが確認できた。カグヤの言うように、隔壁の先は居住区画になっているようだったが、その周辺には住人が残したと思われる荷物で散らかっていた。


「ずいぶんと急いで出て行ったみたいだな」

 イーサンはその場にしゃがみ込むと白いワイシャツを拾い上げる。

「まるで何かから逃げていたみたいですね」

 エレノアは隔壁かくへきの先を覗き込みながら言う。


「レイ、この先を確認しに行くのか?」

「居住区画に何があるにせよ、安全確認はしたほうがいいと思う」

「なら行くか」

 ワイシャツをその場に捨てると、イーサンは隔壁かくへきの向こうに歩いていく。

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