第184話 荒事 re


 奇妙なけものれから襲撃を受けた翌日、我々は〈砂漠地帯〉から一時的に撤退することを決めた。保育園の拠点に対する襲撃が収まっていない段階で、貴重な戦力をいて管理しなければいけない拠点を増やすのは愚策ぐさくでしかなく、自分の行動が軽率で考えなしだったことは認めなければいけなかった。


 戦力の強化を急いでいるからだと言い訳することもできたが、とにかく今は鉱物資源の採掘を諦めるしかなかった。建設予定の基地を守れるだけの戦力が用意できたときに、また戻ってくればいいのだ。


 〈作業用ドロイド〉と建設に使用した機材をウェンディゴに積み込むと、すでに完成していたカマボコ型の建物を砂漠に残し、我々は廃墟の街に戻ることにした。


 廃墟の街がそうであるように、〈砂漠地帯〉にも我々が想像もできないような危険な生物が潜んでいる。我々はまず、敵の存在を知ることから始めなければいけない。自分たちが相手にしなければいけない脅威が、どんなモノなのかをできるだけ詳細に。


 結局のところ、どれだけ強力な兵器を手にしたところで古の神々が実在し、魔法のような現象が当然のように存在する世界からやってくる生物に対して、我々はあまりにも無力だった。


 基地の建設予定地に戦闘用機械人形を残していくことになった。機械人形に与えた指示は周辺一帯の偵察をすることだけだった。無駄なトラブルを回避するために、戦闘行動は攻撃を受けそうになった場合、あるいは攻撃を受けた場合にのみ許可した。


 〈環境追従型迷彩〉の機能を備えたポンチョを装備させていたので、多くの状況で戦闘を避けられると考えていた。


 それ以外にも建設予定地周辺に設置された動体検知センサーと監視カメラを使って、周辺一帯に生息する生物の調査も行う。とくに老人型の変異体と遭遇した建物内には、どのような現象が起きても観察が行えるように各種センサーを配置し、徹底した監視を行うことにした。



 遠ざかる砂丘を眺めていると、ウミの声が聞こえる。

『レイラさま、人生には晴れのときもあれば雨のときもあるんです。昼のあとに必ず夜が来るように。でも、私たちはどんな夜も乗り越えられます』

「そうだな」と思わず微笑ほほえむ。

「ありがとう、ウミ」


 上手くいかないことばかり続いていたが、いいニュースもあった。拠点で眠り続けていた〈蟲使い〉のサクラが目を覚ましたのだ。彼女がなんのために我々に会いに横浜まで来たのか分からない状況が何日も続いていたが、これでようやく彼女が何を考えていたのか分かる。


 サクラとは直接会って話をすることになる。とりあえず今は、ウェンディゴのコンテナで作業を行っていたペパーミントに会いに行くことにした。


 コンテナは旧文明期の〈空間拡張〉技術によってバスケットコート四面分ほどの広さが確保されていた。壁や天井は白くぼんやりとしていて、まるで異空間に入り込んだような不思議な気分になる。


 その無機質で不確ふたしかな白い空間は、コンテナ内部に設置された特殊な装置で発生させた空間のゆがみを利用して、空間が確保されているようだった。〈重力場生成装置〉同様、空間拡張に使用されている膨大なエネルギーは、ウェンディゴのリアクターとコンテナの真っ黒な装甲板から取り込んだ大気の熱や日の光によって常に充電され確保されていた。


 装備の点検をしていたミスズたちを横目に、ペパーミントの姿を探す。彼女はカーテンで仕切られた簡易的な作業場にいて、機械人形から取り外した脚部パーツを整備していた。


「ペパーミント、すこし話をする時間はあるか?」

「なに?」


 彼女は機械人形の関節部の外装を取り外して、ケーブルを保護するためのチューブを点検していた。風に運ばれた砂礫されきが外装内に入り込んでいるようで、彼女はウエスを使って関節部に付着した砂を余分なオイルと一緒に拭き取っていた。


「時間があるときで構わないから、こいつを調べてほしいんだ」

 作業台の上に球体状の情報端末を載せる。端末は手から離れた瞬間にはキューブ状の端末に変化する。


「旧文明の貴重な端末ね。こんなもの何処どこで見つけてきたの?」と、彼女は変形する端末を手に取って眺めてから言う。

 やっと目を合わせてくれたペパーミントの眸を見ながら言う。

「老人の変異体と遭遇した場所だ」

「砂漠の廃墟ね。どうしてそんなところに端末が?」

 彼女が端末に触れると、ホログラム映像が投影される。


 光の加減で色彩を変化させる美しい髪に青い瞳を持つ幼い男の子の立体映像が、夕暮れに染まる世界と共に浮かび上がる。男の子の背後には公園のような場所が映り込んでいて、彼は幼い女の子と楽しそうに何かを話していた。


「バイバイ」

 可愛らしい発音で男の子が言うと、女の子が手を振って答えた。

「バイバイ、ルイ」と。


 ルイと呼ばれた男の子が砂場を離れてこちらに駆け寄ってくると、ホログラムの隅から大きな手があらわれて男の子の手を取る。


「ダディ!」

 子どものはずむような声に男性が答える。

「どうしたんだ?」

「ルイね、お城を作ったんだ」

「それはすごいな」


「おーとまちっくじゃなくて、ちゃんとルイがつくったんだよ。ヒカリちゃんは僕があーちすとになるって言ってた」

「ルイはアーティストになる素質があるのか」

「うん! それでね、ダディ!」

「うん?」


「ルイ、ヒカリちゃんに手を握られたんだ!」

「ルイはカッコいいからな。きっとその子はルイのことが好きになったんだ」

「そうかな?」

「きっとそうだ」

「それは困ったな」と、男の子が嬉しそうな笑顔を見せた。


 ホログラムがまたたいて消えると、ペパーミントは私にジトっとした視線を向ける。

「これは何?」

「わからない。だから調べてもらいたいんだ」

 ペパーミントはひとつに結んだ綺麗な黒髪を揺らす。


「他人の生々しいプライベート映像を見るのは苦手なの」

「見てほしいのは動画じゃないんだ」と、私は端末を手に取る。

「この端末はロックされていて、情報にアクセスできないようになっているんだ」


 私から端末を受け取ったペパーミントは困ったように眉を八の字にする。

「拠点のコンピュータは軍の端末を解析するのに多くのリソースを割いている。その状態でこの端末も解析するとなると、拠点を警備をしている機械人形の管理システムに影響が出て、警備に支障が出るかもしれない」


「ダメか?」

「ダメじゃないけど……戦力強化を優先するなら、まずは軍の端末の解析を優先したほうがいいと思う」

「なにか他に方法はないか?」


 ペパーミントはゆっくり頭を横に振る。

「この世界は私たちの知らない多くの謎に満ちている。わずかな知識を少しずつ手に入れることでしか私たちは前に進めないの。あれもこれも簡単に手に入れることはできない」


 彼女の言葉に思わず溜息をつく。

「〈データベース〉に解析してもらえれば、問題はすぐに解決するんだけど」

「その〈データベース〉を操作する権限がほしいから、端末を調べたいんだけどね……」


『レイ』とカグヤの声が内耳に聞こえた。

「どうした?」と、すぐに返事をする。

『イーサンから連絡があって、〈五十二区の鳥籠〉が仕掛けている襲撃に関して話がしたいから、明日、拠点に来るって』

「襲撃に関する話?」


『うん。何か解決策が見つかったって』

「それが本当なら嬉しいことだけど」

『だけど?』

「荒事に飛び込むことになりそうだ」


『トラブルはいつものことだよ。それより拠点に対する襲撃がなくなることのほうが、今は重要だと思う』

「たしかに我慢の限界はとうに過ぎている」


「ねぇ、レイ」とペパーミントが言う。

「うん?」

「私と話をしている途中だったでしょ?」


「すまない、失礼だったな」と、素直に謝る。

「別にいいけど。レイはカグヤと話をするとき、周りが見えなくなるよね」

「まさか」と私は頭を振る。

「なるの」


『どうしたの、ペパーミント?』とカグヤが言う。

『もしかして、私に嫉妬してる』

 揶揄からかうようにカグヤが笑うと、彼女は私を睨む。


「別にどうでもいいけど、端末は調べておく」

 そう言うと彼女は私に背中を向けて手元の作業に戻った。

「どうしたんだ?」と、機嫌が悪くなったペパーミントにたずねる。


「別に何も、忙しいからあとにしてくれる。〈作業用ドロイド〉が砂漠でも問題なく動けるように、機体を改良しないといけないし」


『なんだか感じ悪いね』

 カグヤが小声で言うと、ペパーミントは作業を続けながら言う。

「あなたがそれを言うの?」


『レイラさま』

 ウミの声が聞こえると、はからずも助け舟になったウミからの通信に飛びつく。

「どうした?」


『センサーが複数の動体反応をとらえました。統率の取れた動きから、訓練された傭兵部隊だと推測できます』

「すぐにカラスを飛ばして確認する。ウミはウェンディゴをこの場に止めてワヒーラを出してくれ」

『承知しました。〈環境追従型迷彩〉を起動して停止します』


 コンテナの後部ハッチが開いたのを確認すると、ミスズの作業を眺めていたカラスを側に呼んだ。カラスはトントンと床をねるようにして近付いてくると、翼を大きく広げて空に向かって飛んでいった。


「レイラ、敵ですか?」と、ミスズが不安そうな顔を見せる。

「戦闘は極力避けるつもりだけど、もしもの場合に備えて装備の用意をしておいてくれ」

「わかりました。すぐに準備します」


「ナミ」タンクトップに下着姿で休んでいたナミに言う。

「戦闘になるかもしれない。ナミはミスズと一緒にヴィードルで出撃してもらうけど、何が起こるか分からないから、装備だけはしっかりしてくれよ」

「任せろ」

 誰に教わったのかは知らないが、ナミは親指を立てて答えた。


 拡張現実で表示される〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確かめると、黄色と青が目立つ戦闘服を着た集団の姿が見えた。

『やっぱり傭兵かな?』とカグヤが言う。

『なんだか戦隊もののヒーローみたいだね』


「戦隊?」

『日本の特撮ヒーローアクションだよ。知らないの?』

「知っているけど、戦闘になるかもしれないんだ。今は集中してくれ」

『分かってる』


「それと、ペパーミントとも仲直りしてくれよ」

『別に喧嘩してないよ。彼女は少し独占欲が強いんだ』

「そんな風には見えないけど」


『やっぱり嫉妬深いのは、パートナーを必要とする第三世代の〈人造人間〉だからなのかな?』

「どうだろう」

『それより見て』

 カグヤは集団の最後尾にいた傭兵の姿が観察できる位置にカラスを誘導する。そこには全身を黒い装備で揃えた集団がいた。


「あの黒ずくめの集団、どこかで見たな」と、私は思い出しながら言う。

『〈ジャンクタウン〉の商人組合が雇ってた傭兵たちだよ』

「商人組合は〈五十二区の鳥籠〉とつながりがあるんだったな……」


 二十人ほどの集団は黒いタクティカルヘルメットに、口元を覆い隠すガスマスクを装着していた。彼らは黒を基調とした揃いの戦闘服を身につけていて、タクティカルスリングで肩に吊るしていたレーザーライフルも黒に塗装されたモノだった。


『集団から別れるみたいだね』

 カグヤが言うように、黒ずくめの傭兵たちは武装集団の側を離れて、高層建築群が建ち並ぶ区画に消えていった。


「マズいな」と、砂漠に残った集団を見ながら言う。

「連中、こっちに向かってくるぞ」


『戦闘用に改造されたヴィードルも確認できるから、できれば戦闘は避けたいけど……』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、コンテナ内を見回してアーキ・ガライの姿を探す。


「アーキ」と、ライフルの整備をしていた彼女に言う。

「戦闘になるかもしれない。適切な狙撃位置をカグヤに探してもらうから、戦士たちを連れて狙撃位置で待機してもらってもいいか?」


「了解、すぐに出ます」

 アーキは立ち上がると、すぐに戦士たちに声を掛ける。

「建物内を移動するさいは、人擬きに注意してくれ」

「大丈夫です。私たちに任せてください」

 彼女は綺麗に編み込まれた鈍色にびいろの長髪を揺らす。


 私も外套を羽織はおると〈環境追従型迷彩〉を起動してコンテナの外に出る。


 黄色と青が目立つ戦闘服を着た武装集団は、姿を隠していた我々の側を何事もなく通り過ぎようとしていた。しかし廃墟内に潜んでいた人擬きを見つけた傭兵によって事態が急変する。青を基調とした派手な戦闘服を着ていた傭兵は、人擬きに変異したばかりだと思われる化け物を地面に押し倒した。


 女性の面影が残る人擬きは太腿から胸にかけて大きな火傷の痕があって、眼窩がんかや口の中にうじが湧いているのが見えた。


 傭兵は笑いながら人擬きの頭部に弾丸を撃ち込んだ。不死の化け物はピクリと震えただけで、銃撃に関心をしめさなかった。その人擬きが四つんいになって起き上がろうとすると、傭兵は化け物の手首を撃った。手首の先を失った人擬きは、顔からグシャリと地面に倒れる。


 傭兵が下品な声で笑っているときだった。傭兵の背後にある瓦礫がれきの陰から、急に別の人擬きがあらわれて傭兵の首に噛みついた。傭兵は驚いてライフルを乱射し、跳弾ちょうだんした弾丸がウェンディゴに直撃する。その際にシールドの表面に発生した青い波紋が傭兵たちの目に入る。


「待ち伏せだ!」

 何処どこからともなく傭兵の叫び声が聞こえた。


 私は身を隠していた建物の陰から身を乗り出すと、目の前にいた男の後頭部に銃弾を撃ち込み、そのすぐとなりに立っていた女性を蹴り倒して背中に数発の銃弾を撃ち込む。ウェンディゴにちらりと視線を向けると、人擬きに組み付かれた男もろとも、化け物を踏み潰しているのが見えた。


 ミスズが操縦するヴィードルが飛び出してくると、戦闘の準備が整っていない傭兵たちに向かって重機関銃による掃射を行い、傭兵たちの身体をズタズタに破壊していく。


 周囲に飛び散った内臓やら血液を横目に見ながら、ワヒーラから受信する索敵マップを確認して、それからカラスに追跡させていた黒ずくめの傭兵たちの様子を確認した。彼らにも銃声は届いているはずだが、派手な服装の傭兵たちに無関心なのか、黒ずくめの集団がこちらに戻って来る様子はなかった。


「カグヤ!」

 瓦礫がれきの隙間に潜り込むと、傭兵たちからの一斉射撃いっせいしゃげきをやり過ごす。

『どうしたの、レイ?』

「ドローンを操作して周囲の警戒をしてくれ。人擬きや昆虫の動きが気になる」

『わかった』ベルトポーチから偵察ドローンが出てくると、すぐに光学迷彩を起動して姿を隠した。


 轟音が聞こえると、物陰から顔を出して音の正体を確認する。どうやら敵対者たちの武装ヴィードルに向かって、ウェンディゴがレールガンによる攻撃を行っているようだ。そしてそれが決め手になったのか、戦意を失った傭兵たちが散り散りになって逃走を始めた。


 背中に無数の義肢ぎしを装着した傭兵は、しかし逃げずに立ち止まると、無数の義手が手にしたライフルの銃口とロケットランチャーをこちらに向ける。けれどロケット弾が発射されることはなかった。〈貫通弾〉の直撃を受けた傭兵の身体からだは、空中で螺旋らせんを描くようにバラバラになって砂漠に飛び散る。


 敵は完全に戦意を失っていたが、我々は容赦ようしゃしなかった。ひとりも逃がすことなく敵を殲滅せんめつすることにした。傭兵のなかには無数のインプラントで人体改造しているものもいたが、軍用規格のヴィードルと秘匿兵器を相手にするには荷が重すぎた。

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