第180話 娯楽施設 re


 しかし〈秘匿兵器ハンドガン〉の改良に関しては、期待していた成果を得ることはできなかった。


 海岸に巣食う〈魚人〉たちと争い、苦労して入手した軍の端末を使って、制限付きだったが軍の〈データベース〉に接続することが可能だった。けれど旧文明の秘匿された歴史同様、暗号化された情報が多く、〈第二種秘匿兵器だいにしゅひとくへいき〉に関する情報は手に入れることはできなかった。


 より多くの情報を得るには、軍高官のアクセス権限を取得するか、上位権限を持っていた人間の端末を入手する必要があった。


 しかしそれでも簡単に情報を入手できるわけではないらしい。アクセス権限を持っていた人間の端末を操作するため、生体情報やパスワードが必要になるのだ。もしも上位権限者が生体情報でのみ端末にアクセスできるように設定していた場合、端末を見つけ出しても意味がないのだ。


 けれど悪いことばかりじゃない。いくつかの貴重な情報を手に入れることができた。テキストメッセージに添付てんぷされたファイルをなんとはなしに開くと、軍と企業の共同研究によって開発、製造された装備の設計図が見つかった。


 そのひとつが小型の〈電動ガン〉だ。それは〈旧文明期以前〉のスパイ映画に出てくるような、小型のハンドガンに似た形状をしている超軽量の電動ガンで、超小型の鉄球を旧文明期以前の戦闘機の四倍の速度で撃ちだすことができた。


 電動ガンは強力だが、射撃のさいの反動もすさまじいものだった。手の中で電動ガンが破裂したような反動が射撃のたびに発生して、射撃の命中精度も悪かった。その所為せいなのか、電動ガンが部隊の装備として正式採用されることはなかったみたいだ。


 しかしそれでも暴徒鎮圧のために警察組織で採用されたモデルが存在していて、その設計図も残されていた。電動ガンは改良され威力はわずかに抑えられ、ホログラムの照準器にレーザーサイトが標準搭載されていた。ペパーミントに製造された試作品を見せてもらい、作業場に用意されていた試射場で電動ガンの試射を行った。その結果、拠点警備を行っている〈警備用ドロイド〉に装備させることに決めた。


 機械人形なら関節部の駆動系に改良を加えるだけで、電動ガンの反動に簡単に対処することができるからだった。そしてもうひとつの利点があった。電動ガンに使用されるエネルギーも、機械人形の〈小型核融合ジェネレーター〉があれば安易に確保できることも決め手になった。


 それから戦闘服の生地きじを改良するための情報も手に入った。それは特殊なゼラチン状の物質についての情報で、そのゼラチンにひたした繊維は、柔軟性と通気性を維持しながら、強い衝撃を受けたさいには銃弾すら受け止めるほどの強度を発揮することが可能になるモノだった。


 けれどゼラチン状の物質は、特殊で複雑な製法で製造され、その設備の多くが現在は〈オートドクター〉の製造に使われているため、ゼラチンの量産を行うことは難しかった。


 しかしペパーミントはそのゼラチンの製造法が、バイオジェル製造のためのヒントになるかもしれないと考えて研究を続けると言っていた。〈装甲ゼラチン〉と呼ばれる素材と〈バイオジェル〉にどんな因果関係があるのかは分からないが、研究の成果を期待することにした。


 それから思わぬ収穫もあった。〈砂漠地帯〉で入手できる特殊な鉱石の製錬方法についての情報も記載されていた。


 爆撃によって形作られたクレーターが今も多く残る繁華街から、埋め立て地に向かって広がる〈砂漠地帯〉は、廃墟の街と異なる生態系がつくられ、危険な変異体も多く存在する。その一方で、砂漠に埋まるようにして旧文明期の建築物が多く残されていて、それらの建物付近からは特殊な鉱石が採掘できることが確認されていた。


 面白いことに軍の端末で手に入れた情報によれば、それらの鉱石は地球上に存在しなかった物質で、ある日を境にして突然地球上に出現したモノだという。軍に所属する研究者は、それらの鉱物が異界からもたらされたモノだと信じていた。軍が鉱石の研究をしていたことも驚きだったが、旧文明の人々の間で異界の存在が受け入れられていたことも驚きだった。


 旧文明の人間が〈禍の国〉について調査していたことは知っていたが、調査の目的は謎のままだった。〈混沌の領域〉につながる〈転移門〉を偶然に見つけたのかもしれないし、意図的に空間のゆがみを発生させて、異界の研究をしていたのかもしれない。いずれにせよ、現在の人間に分かることはほとんどない。


 軍の端末に関しては、引き続きペパーミントとカグヤが解析を進めるそうだ。軍の〈データベース〉で使用される暗号は複雑だったので、これ以上の成果は期待できなかったが、諦めるにはあまりにも貴重な情報だった。


 ペパーミントの作業場に遊びにきたジュリと入れ替わるように、私は作業場を離れ、エレベーターに乗り込んで上階に向かう。娯楽施設がある階でエレベーターが止まり、音もなく扉が開くと、白い蜘蛛の大きなぬいぐるみをいたミスズが視線の先に立っていた。彼女は何故なぜか顔を赤くして、表情を隠すようにぬいぐるみに顔を埋める。


『どうしたの、ミスズ?』

 カグヤの質問に、彼女は申し訳なさそうに答える。

「いえ、あの、今日は訓練が休みだったので……」

『うん?』


 ミスズが言いたかったことをさっして、思わず頭を横に振る。

「遊んでいたことを恥ずかしがる必要なんてないんだよ」

『恥ずかしい? どうして休みの日に遊ぶことが恥ずかしいことなの?』

 カグヤの質問に私は苦笑する。


 そこにすらりとしたスタイルを持つナミが、鈍色にびいろの髪を揺らしながら姿を見せる。

「ミスズは真面目な子だからな。他の子たちが戦闘訓練や拠点の警備をしているときに、自分だけ施設で遊んでいたことを申し訳なく思っているんだよ。今日だって私が無理やり連れてこなければ、きっと遊びにこなかった」


 ナミはそう言うと、ミスズの手を引いてエレベーターに乗り込む。

『そんなこと気にしなくてもいいんだよ』とカグヤが言う。

『ミスズが頑張ってるのはみんな知ってるし、それを言うなら、レイは毎日休んでるようなモノだし』

「たしかに」と私はうなずく。 


「いえ」とミスズは頭を振る。

「レイラは毎日忙しそうに動き回っているので、遊んでいるなんて思いません」

『ミスズはいい子だね』と、カグヤはクスクス笑う。

『レイは面倒事から逃げるために、別の面倒事に首を突っ込んでるだけだよ』


「それで」と、カグヤを無視してミスズにたずねる。

「そのぬいぐるみはゲームの景品なのか?」

「はい」とミスズは笑顔を見せた。

「ハクに似ています」


「〈深淵の娘〉にしては、だいぶ可愛らしいぬいぐるみだけどな」

「お尻に赤い斑模様まだらもようがあれば、ハクそっくりです」


「そう言えば」と、思い出したようにく。

「娯楽施設はちゃんと稼働しているのか?」

『してるよ』とカグヤが答える。

『訓練ばかりじゃなくて、みんなにも休息は必要だからね。娯楽施設の管理はヤトの子たちが率先そっせんしてやってくれてる』


「率先して管理?」

『うん。〈シアタールーム〉の掃除をしたり、倉庫にある景品をクレーンゲームに補充したりしてる。施設は完全に自動化されていて本当は人の手を必要としないんだけど、ついでに遊んでいけるからみんな仕事を楽しんでやってる』

「それは良かった」


「レイラ殿はこれから何処に行くんだ?」とナミが言う。

「地上に行こうと思っている」

「地上? 今日も探索に行くのか?」

「いや」と私は頭を振る。

「サクラが連れていた昆虫の様子を見に行くんだ」


「そうか……」とナミは残念そうにする。

「一緒に探索に行きたかったのか?」

「……そんな感じだ」

「数日後に砂漠地帯に行くかもしれないから、そのときはナミの力を借りることになるかもしれない」


「そうか!」と彼女は笑顔を見せる。

「そのときは私に任せてくれ! 私はレイラ殿の一番の戦士になりたいからな」


「そんなに気張きばらなくても、ナミはすでに立派な戦士だよ。ミスズを警護しながら、きっちり自分の仕事もこなしているし」

「そう思うか?」と、ナミは撫子色なでしこいろの瞳を私に向ける。

「思うよ。だからナミも訓練のない日は、ミスズや他の子たちと遠慮せずに遊んでくれ」


 二人と別れると、人気ひとけのない廊下を歩いて地上に向かうエレベーターに乗り込んだ。

 拠点にはペパーミントの他に、もうひとり〈人造人間〉が滞在している。


 我々は彼のことを〈ハカセ〉と呼んでいたが、正直、彼について知っていることはほとんど何もなかった。昆虫の変異体の観察を趣味にしていて、数十年も飽きることなく蜘蛛の研究を続けていたことくらいしか分からなかった。


 そのハカセは、白蜘蛛のハクを研究するために我々と一緒に拠点で生活をしていた。と言っても、とにかく遊ぶことを第一に考えるハクが拠点にとどまっていることは少なく、ハカセは多くの時間を畑の管理に費やしていた。

 畑はハカセが拠点の土を改良しながら自身でたがやしたもので、最近は新たな働き手として我々の仲間に加わった助手と共に、楽しく畑仕事をしていた。


「れ、レイラ、き、今日はどうしたんだ?」と、畑に水をいていた青年が言う。

「ハカセは来ているか?」

「は、ハカセは、い、今、大きな昆虫のところにいる」


「そうか」と青年の黒い瞳を見つめる。

 彼の名前は〈ヨウタ〉で、以前は〈ジャンクタウン〉で暮らしていたが〈IDカード〉も持たない浮浪者同然の生活をする最底辺の住人で、我々の拠点を襲撃した傭兵部隊の生き残りでもあった。


 我々の捕虜になったヨウタの処遇について決めかねている間に、彼はハカセの畑仕事の手伝いをするようになっていた。ヨウタは人生の大半を奴隷どれいのように搾取さくしゅされて生きてきた人間だったので、自由でありながら、働けば食事にありつけるという生活を気に入り、雑用として雇ってくれないかと頼んできた。その申し出を断る理由はなかったし、ハカセが面倒を見てくれるということだったので快諾したのだ。


「なぁ、ヨウタ。ここでの暮らしには慣れたか?」

「う、うん。も、もう慣れた。さ、さ、最初は怖かったけど、い、今は大丈夫」とヨウタは笑顔を見せる。

「それならよかった」


「れ、レイラには、か、感謝してるんだ」

 ヨウタは短い髪に手を置きながら、真面目な顔で言う。

「いきなりどうしたんだ?」


「し、知っておいてほしかったんだ。き、拠点のみんなは、こ、こんな俺にも、ふ、普通にせっしてくれる」

「感謝ならハカセにしてくれ。ヤトの戦士がヨウタを受け入れたのは、ハカセが仲間として接してくれと頼んでくれたからなんだから」


「そ、そうだな。ち、ちゃんと感謝してる。で、でも、れ、れ、レイラにも感謝してるんだ。い、今は、生きるのが楽しいから……」

「そうか……」

「う、うん」ヨウタはそう言うと、ふと思い出したように言った。

「し、仕事が残ってるんだ。こ、今度、またちゃんと話をしよう」


「ああ」と私はうなずいた。

「必ず時間をとるよ」


 入場ゲートから外に出たあと、ハクの寝床に向かって歩く。外壁が崩れていた廃墟を利用したハクの寝床は、白銀に輝く糸がそこかしこに張り巡らされていて、大量のガラス片や、光を反射して輝くゴミやガラクタが糸に吊るされ、建物に貼り付けられていた。


 姿見ほどの巨大なかがみの破片の前に立ち止まると、ぼんやりと鏡の中の自分を見つめる。背後に映る蜘蛛の糸を見ていると、まるでおとぎ話に出てくる魔女の森に迷い込んだような気分がしたが、あながち間違っていないとも思う。ハクは恐ろしい森の魔女たちよりもずっと恐ろしい生物の血筋なのだから。


「不死の子よ」とハカセの声がする。

「私はここです」


 声が聞こえた方向に視線を向けると、修道士が着るようなローブを身にまとったハカセが巨大なカブトムシの側に立っているのが見えた。私はハクが集めてきたガラクタを避けながらハカセの近くに向かう。


「ハカセ、調子はどうだ?」

「やっと正しい配合が分かりました」

 彼はそう言うと、大きなバケツに入っている液体を指した。

「それは?」


「彼が好むように配合した砂糖水です」と、ハカセはカブトムシの甲殻を撫でる。

「彼が暮らしていた森にだけ生える木から取れる〝樹液〟に限りなく似せた液体ですが、飲んでくれて安心しています」


「ハカセに苦労をかけたみたいだな」と私は言う。

「カブトムシの食事のことなんて、まったく頭になかった」


 ハカセの紺色の頭蓋骨が笑うようにゆがむ。

「不死の子よ、気にすることはありません。私は楽しんでやっていますから」

「ありがとう、ハカセ」あらためて感謝してからたずねた。

「ハカセはこのカブトムシが生息する森のことを知っているのか?」


「ええ、以前、昆虫の研究をするために〈大樹たいじゅの森〉に行きましたから」

「大樹の森……? それは山梨県に広がる森のことか?」

「ええ。その森で暮らす多くの部族が、あの森を〈大樹の森〉と呼んでいます」

「大樹の森か……」

 その深い森のことを想像しようとしたが、上手うまく想像することができなかった。どのような場所なのだろうか。


「……そう言えば、ハカセは自由に他県に行くことができるんだったな」

「はい。我々〈人造人間〉は管理区域を離れることはできませんが、特別な許可を持っている者は例外なのです」

「それでハカセも自由に移動できるのか」

「ええ」と、ハカセはうなずいた。


「実はハカセにお願いしたいことがあるんだ」

「不死の子が私に頼み事をするのは、久しぶりのことですね」と、彼は瞳をチカチカと発光させる。


「このカブトムシがやってきた森に行くことになるかもしれない。そのときには、ハカセにも同行してもらいたいと考えているんだ。ハカセの知識はきっと俺たちの助けになってくれる」


「もちろん構いませんよ。私にとっては願ってもない申し出です。久しぶりにあの森の様子が見たいと思っていたんですよ」

 ハカセはそう言うと、頭蓋骨をゆがませてニッコリと微笑ほほえんで見せた。

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