第133話 工場群 re


 紺青色こんじょういろに輝く海を横目に、大型軍用車両の〈ウェンディゴ〉は埋立地に向かって移動を続けていた。旧文明の人類が残した広大な工場群を左手に見ながら、放置車両で混雑する高速道路を進む。


 赤茶色に腐食した放置車両は骨組みだけを残して、ほとんどの部品が持ち去られているようだった。経年劣化しない特殊なゴムで製造されたタイヤは当然として、運転席すら持ち去られていた。得体の知れない雑草に覆われたフレームだけが、物悲しく道路に並んでいる。


 ウェンディゴはそれらの車両を踏み潰しながら進む。するとクレーンや巨大なアームの先にバケットが装着された大型作業用車両の姿を多く見かけるようになる。目的の工場が近いのだろう。邪魔になる車両を容赦ようしゃなく乗り越えながら高速道路を下りていく。


 工場の探索に同行するのは、ミスズが率いる〈アルファ小隊〉の面々だけの予定だった。拠点に対する小規模な襲撃も鳴りを潜め、拠点周辺も落ち着きを取り戻していたが、まだ安心することはできなかった。だから〈ヤトの戦士〉が中心になって行っている拠点の警備に穴ができないように、今回は少人数で探索する予定になっていた。


「それで」と私はあきれながら言う。

「どうしてナミがここにいるんだ?」

 ナミは大きな胸を張ると、それが当然のことのように言った。

「私はミスズのそばにいなければいけないからな」

『この子はどうしてこんなにも得意げなんだろ?』

 彼女の態度にカグヤも呆れてしまう。


「ミスズはレイラ殿の家族だからな。部族の優秀な戦士が守るのがきたりだからな」

「だから指揮しなければいけない部隊を放って、ウェンディゴのコンテナに隠れて無断で俺たちについてきたのか?」

 ナミの撫子なでしこいろの瞳を見つめると、彼女は言葉に詰まる。

「それは――」


 ナミの本当の名前は〈オンミ・ノ・ソオ〉で、ヤトの一族が使ういにしえの言葉で〈波の音〉という意味を持つ。我々は自然と彼女のことをナミと呼び、彼女もそれを受け入れていた。


 私は溜息をつくと、〈戦術ネットワーク〉を使って彼女が拠点に残してきた部隊の状況を確認する。

「ここまで来たら仕方ないな……。それにナミはこの世界に来てから、ずっとミスズの側についてくれていた。今さら、部隊長をやってもらうのも無理があった」

「そうだ。無理があったんだ」

 ナミは何度かうなずいた。その際、彼女の身体からだを美しく見せるピッチリとしたスキンスーツの首元から、空色の綺麗なうろこが見えた。


 ヤトの一族は異界の神とされる〈大蛇ヤト〉の眷属けんぞくであり、肉体にヘビの特徴を多く持っていた。戦士たちの皮膚の一部は、それぞれが異なった色合いを持つ細かなうろこに覆われている。


 そのうろこ身体からだの全体にあるわけではないようだったが、首筋から肩口にかけて綺麗なうろこが見える。戦士たちの全身がどうなっているのかは興味があったが、さすがに裸になって見せてくれとは言えなかった。


 それから特徴的だったのが左目のすぐ下、左頬から首筋にかけてかすかに分かる程度に白いうろこがあることだ。男女関係なく同じような模様のうろこを持っていた。それはまるで繊細で優しい感性を持った絵描きが筆で描いたような、印象的なヘビの模様を創り出していた。


 私はあれこれと考えたあと、彼女に対してやや強引に言った。

「ナミにはミスズの部隊の副長を務めてもらう。異論はないな?」

「ないぞ」と彼女は微笑ほほえんだ。


 ナミの綺麗な顔立ちを見ながら溜息をつく。

「それなら、部隊での役割をミスズたちとしっかり話し合ってきてくれ」

「わかった」ナミはそう言ったあと、目をせた。

「ワガママが過ぎたな。すまない、レイラ殿」


「いや。気にしなくてもいいよ。それよりヤトの一族が俺に示してくれる敬意けいいに感謝しなければいけない。ナミもミスズを大事に思ってくれているからこそ、今回の探索についてきてくれたんだろ?」

 彼女は何も言わず、ただうなずいた。

「ナミにも感謝している。けどナミは感情的に過ぎるところがある。行動を起こすときには、一度立ち止まって冷静に考えてほしい」


「冷静に?」と、彼女は眉を寄せる。

「そうだ。いつでも正しい選択ができる訳じゃないからな」

 いや、違うな。と私は頭を振る。

「間違えることのほうが圧倒的に多い。だからこそ、本当に自分が正しいことをしているのか、一度立ち止まって考えなければいけないと思っているんだ」


「レイラ殿も間違えるのか?」

「間違える。だからこそ正しい選択ができるように努力をしている」

「そうか……」

 他人の事をどうこう言えるほど私は立派な人間ではないが、感情に流されてしまうことで、どうなるのか痛いほど知っている。だからこそナミには気をつけてほしかった。



 工場の入場ゲート前は、さらに多くの放置車両で混雑していた。


 ゲート付近に投影されていたホログラムの警告表示を無視するように、ウェンディゴは工場内に侵入していく。敷地内に停止した状態で放置された大量の〈作業用ドロイド〉の姿が見えた。それらの機械人形は工場内の何処どこかに移動する途中だったのか、道路の端に引かれていた白線の上で規則正しい列を作っていた。


「あの機械人形も回収するのですか?」

 ミスズの質問に私は頭を横に振った。

「機械人形の主要な部品はすでに持ち去られたあとだけど、機体は拠点の〈リサイクルボックス〉で再利用できる。だから回収したいけど……」


「けど?」とミスズは首をかしげた。

「まず目的の建物を探索したいと考えているんだ。だから機械人形をどうするのかは、そのあとに決めよう」

「そうですね……思わぬ収穫があるかもしれませんし、コンテナの積載量も考慮しないとダメでした。ちょっと浮かれていました」

「実は俺も期待しているんだ」と、彼女の言葉に思わず笑みを浮かべる。


 経年劣化によってくすんでしまっている黒と黄色の塗装が施された〈作業用ヴィードル〉の車列を抜けると、巨大な煙突に押し潰された二十メートルはありそうな〈建設人形〉の骨格が横たわっているのが見えてきた。


 その〈建設人形〉の周囲には作業用ヴィードルの残骸が放置されていた。それらの車両は、建設人形の上にかぶさる瓦礫がれき退かすために使用されたモノなのかもしれない。建設人形の骨格には青々としたツル植物が絡みついていたが、骨組み自体は旧文明の〈鋼材〉特有の紺色の輝きを放っていた。


 しばらく工場内を進むと、灰色の巨大な建物が視線の先に見えてきた。〈人擬き〉は建物内に潜んでいるのか、周辺一帯にその姿は確認できない。建物の壁には巨大な穴がぽっかりと開いていて、周囲に瓦礫がれきが散らばっている。その瓦礫がれきから顔を出すように、大穴の周囲にはツル植物が絡みついていて穴をふさいでいた。


「ウミ、ここで止まってくれ」

 するとウェンディゴを動かしていた〈ウミ〉のりんとした声が車内のスピーカーを通して聞こえた。

『承知しました。各種センサーを使って周囲の安全確認を行います』


 ウミは横浜の海岸を探索中に見つけた特殊な人工知能のコアに宿やどる〈生命体〉で、旧文明期に活躍した兵器として知られていた。南極海の底から回収されたとウミは話していたが、彼女の詳細については分かっていない。


 ウェンディゴが動きを止めると、我々は装備の最終確認を行う。それからミスズたちを車内に待機させると、ひとりで車両を降りた。手早く周囲の様子を確認したあと、建物の外壁にできた大穴に向かって焼夷手榴弾しょういしゅりゅうだんを放り投げる。ツル植物の間に入った手榴弾は激しく発光して、またたく間に植物を焼き尽くしていった。


 まばゆい光が消えて炎が自然に鎮火ちんかすると、アサルトライフルを構えながら建物内に侵入していく。激しい炎によって炭化して触れるだけで崩れていく真っ黒な植物の間を通り、建物に入ると天井に向かって出鱈目でたらめに乱射した。


 それから何もせず待った。しばらくすると建物の至るところから人擬きのうなり声や叫び声が聞こえてきた。建物内の人擬きが目覚めたことを確認すると、また適当にライフルを乱射した。それから外壁の穴を通って建物の外に出る。


「ウミ、準備してくれ」と、建物を離れながら言った。

 するとウェンディゴの白い装甲に収納されていた重機関銃があらわれる。


 外壁に開いた横穴を通って数十体の人擬きが我々のもとに駆けて来るのが見えた。ウミは重機関銃の掃射でまたたく間に化け物の大群を肉片に変えていった。

『ここまでは順調だね』とカグヤの声が内耳に聞こえた。

「そうだな。でも、そろそろ来るころだろうな」


 重い足音が聞こえてくると、予想通り〈巨人型〉と呼ばれる人擬きの大型個体が姿を見せた。その人擬きは三メートルほどの黄土色の巨体を持っていて、皮膚がなく筋繊維が剥き出しになっている手足は丸太のように太く、腐敗ガスによって腹部は風船のように膨らんでいた。


 その化け物は腕を交差すると、重機関銃の弾丸を防いでみせた。変異を繰り返して硬質化した前腕の骨を使って銃弾を無力化しているのだろう。


 ウェンディゴの車体上部の装甲が左右に展開すると、二メートルはありそうな細長い角筒があらわれる。なんの特徴もない白色の角筒は、ウェンディゴの車体に収納されていた〈電磁加速砲レールガン〉だ。


 その砲身がゆっくりと動くと、重機関銃の弾丸を防いでいる化け物に照準を合わせる。レールガンに向かってエネルギーが集中的に供給されると、砲身の周囲に放電による電光が発生するのが見えた。そして高密度に圧縮された鋼材がすさまじい速度で撃ちだされた。


 人擬きはレールガンの一撃を受けると、破裂するように数十メートル後方に吹き飛ばされ、道路を転がりながら放置されていた車両に突っ込んだ。

『ウミ、ナイスショット!』

『ありがとうございます、カグヤさま』


 大型個体の千切れた手足を見ていると、レールガンの射撃音によって目覚めた人擬きの奇声が工場内に木霊こだました。建物の上階に視線を向けると、大量の人擬きが外壁に開いた穴から降ってきていた。人擬きは折り重なるように地面に落下すると、手足を乱暴に引き千切りながら集団の間からって出てくる。そしてウェンディゴに向かって駆けてきた。


 ウェンディゴは重機関銃による攻撃を継続し、瞬く間にそれらの人擬きを肉片に変えていった。山のように重なっていた人擬きに焼夷手榴弾を放り投げたときだった。道路の向こうから複数の大型個体が向かってきているのが見えた。


「ウミ、また〈巨人型〉だ。三体ほどいるみたいだけど、やれるか?」

 するとすぐにウミの凛とした声が聞こえた。

『お任せください』

 そうしてウミは建物からい出してきたほとんどの人擬きと、どこからともなくやってきた大型個体をまたたく間に処分してみせた。


 我々が行った戦闘は、ウェンディゴを所有しているからこそできる強引な戦闘だった。費用対効果の極めて低い、弾薬を多く消費する戦い方だった。それは拠点地下の整備所で弾薬を大量に製造できるからこそ可能な戦い方でもあった。


『ねぇ、レイ。全滅できたと思う?』

 カグヤの言葉に頭を振る。

「少し待機して様子を見よう。その間、カグヤは建物内の探索をしてくれるか?」

『了解、行ってくるよ』


 私が背負っていたバックパックから、球体型のドローンが出てくる。ハニカム模様の装甲を持ったドローンは私の周りをぐるりと飛行すると、〈熱光学迷彩〉を起動して、まるで消えるように風景に姿を溶け込ませた。機体の周囲に重力場を発生させて飛行するドローンは、周囲の色相を瞬時にスキャンすることによって、環境に合わせて姿を消してみせたのだ。


『行ってくるよ、レイ』

「ああ、気をつけてくれよ」

 カグヤが操る偵察ドローンは姿を消したが、その輪郭線は拡張現実で網膜に投射されていたので、問題なく位置を把握することができた。


 ウェンディゴのコンテナが開くと、ミスズがアルファ小隊と共に姿を見せた。

「準備はできているな、ミスズ?」

「はい。大丈夫です」

 ミスズの琥珀色こはくいろの瞳からは不安は見て取れなかった。

「ナミも人擬きしかいないからって油断しないでくよ」

「わかってる。ミスズのことはしっかり守ってみせる」

 ナミはそう言うと、レーザーライフルの電源を入れた。


 それから私はヤトの戦士たちを見ながら言う。

「カグヤが偵察ドローンを使って、建物内の詳細な地図を作製してくれている。その情報は常に俺たちを有利にしてくれる。ガスマスクのフェイスシールドに投射されている情報の確認をおこたらず、マスクの機能を生かすような戦いをしてくれ」


 戦士たちはうなずくと、各々が装着していたガスマスクのフェイスシールドを展開した。ヤトの一族は拡張現実などの視覚情報を得ながらの戦いに慣れていない、だから戦いを通して少しずつ慣れていくしかなかった。


「レイラ」とミスズが言う。

「うん? どうした」

「あれは何でしょうか?」

 ミスズが指差ゆびさした先に人間の集団が確認できた。


「マズいな。よりによって工場で人間と鉢合わせになるとは……」

「レイダーギャングでしょうか?」

 ミスズはそう言うと、ガスマスクの形状を変化させた。マスクがミスズの頭部全体を覆うと、二本の尖った耳がちょこんと生えるのが確認できた。まるでウサギの耳だが、高性能なセンサーを搭載したアンテナのような役割を持っているのだろう。


「外見からしか判断できませんが、おそらくレイダーギャングです」

「連中はまだ俺たちに気がついていないな」

「はい。……すぐに攻撃しますか?」

 私はミスズにうなずいて、それから言った。

「十人に満たない集団だ。包囲して一気に叩こう。ミスズはアルファ小隊を指揮して連中の側面から攻撃してくれ、俺がおとりになる」


 アルファ小隊は道路を離れて、配管が複雑に張り巡らされた通路に入っていった。戦士たちの動きに無駄はなく、慌てず冷静に行動できていることが確認できた。

『ミスズたちに任せて大丈夫なの?』と、カグヤの声がした。

「ああ、問題ない。連中は重機関銃の射撃音を聞いて、漁夫ぎょふを得ようとしているいやしい集団だ。ヤトの戦士を率いるミスズをどうにかできるとは思えない」


『それもそうだね』

「ところで、そっちは順調か?」

『うん。もうすぐ偵察を終えて戻るよ』


 しばらくするとミスズから通信が入った。

『レイラ、所定の位置につきました。いつでも攻撃できます』

 私は道路の真ん中に立つと、集団に向かってライフルを適当に掃射した。

 距離があるので銃弾が命中するとは考えていなかった。連中の注意が引ければよかった。


 集団の何人かはすぐに私の姿を確認して、大声で何かをわめき立てた。私が逃げるようにウェンディゴまで後退こうたいすると、連中は警戒することなく私に向かって駆けてきた。


 略奪者たちがウェンディゴまで半分の距離まで近づいたときだった。道路脇の構造物から間隔の短い射撃があって、略奪者たちは抵抗することもできずに、その場にバタバタと倒れていった。


『レイラ、終わりました』とミスズが言う。

 ウェンディゴの動体センサーを起動して周囲に動きがないか確認したあと、彼女に返事をした。

「さすがだな、ミスズ。今から合流する」

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