第113話 偽物 re


 レイダーギャングに対する報復を目的とした作戦行動は、ギャングの壊滅によって無事に達成することができた。徹底的に行われた残党狩りのおかげで、略奪者たちを縄張りから逃がすことなく、殲滅することもできていた。


 もしも〈カラス〉と〈ワヒーラ〉の眼をくぐって逃げられた者がいたとして、物資も持たない手負いの状態で、人擬きが徘徊する廃墟の街を生き残れるとは思えなかった。


 〈ヤトの一族〉が持つたぐいまれ身体しんたい能力のうりょくは現代の戦闘でも大いに役立ち、部族の戦士としての素質もあいまって、我々は戦闘においてつねに相手よりも優位な状況に立てた。相手は戦闘訓練も受けていない素人に毛が生えた程度の集団だったが、それでも〈ヤトの一族〉が持つ実力は充分に証明された。


 圧倒的に数の多い集団を楽に相手できたのだ。初戦でこれだけの戦果を残せたことはほこりに思ってもいいことだと考えていた。


 我々が拠点に向けて出発したのは、レイダーギャングを壊滅してから三日後のことだった。時間をかけて略奪者たちの残党狩りを行ったからでもあったが、理由はそれだけではなかった。保護していた女性たちが我々に慣れるための時間を、少しでも与えたかったからだ。


 略奪者に捕らわれていたのに、それから少しもたない間に、狭いコンテナのなかで沢山たくさんの人々と一緒に過ごすことでより多くのストレスを受けてしまう事態を懸念したのだ。


 だから女性たちには我々が無害な集団で、彼女たちは救われたのだという実感を持ってもらう必要があった。そしてそれは言葉で説明するだけでは難しい。重要なのは時間をかけて、ゆっくり受け入れてもらうことだった。


 苦痛の日々は終わり、身体からだを伸ばして眠ることができる環境があって、えに苦しむこともないのだと、すべては終わったのだと理解してもらう必要があった。


 地区一帯の略奪者を殲滅するという目的は達成できたが、私は暗然あんぜんたる気持ちを抱えて日々を過ごしていた。そしてそれは例えば、略奪者が民間人に行った残虐な行為に対して、気持ちが引っ張られて落ち込んでいるとか、そういうたぐいのことではなかった。


 冷たい言い方かもしれないが、略奪者たちがどれほど残酷で、目を背けたくなる残虐な行為を平然と行っていることは、当然のこととして周知されていて今更いまさら驚くようなことでもなかった。

 私を憂鬱ゆううつにしていたのは、私が失った記憶についてだった。


 記憶を、それから人生そのものを見失ったことについて、私は責められるべきだと思っていた。責めるってことはつまり、抱えていた何かしらの痛みや責任から逃げ出した自分の不甲斐ふがいなさに対して、私は責められるべきだと感じていたのだ。


 今の私にとって何よりも必要だったのは真実で、それはきっと私にしか見つけられないたぐいのモノだった。しかし残念なことに……そう、非常に残念なことだけれど、私には何ひとつとして思い出すことが出来なかった。



 海岸に近い保育園の拠点周辺は、以前の静けさを取り戻していた。

『レイ、おかえり』と〈深淵の娘〉であるハクが言う。

 彼女はウェンディゴに飛びつくと、嬉しそうに車体を叩いた。その度にウェンディゴの車体にはシールドの青い波紋が広がる。


「ただいま」と、私は壁を透かして見えていたハクに言う。

『ん。レイ、まってた』と、ハクの声ははずむ。


 ハクは腹部をカサカサと振ってウェンディゴの前に跳び出すと、拠点まで我々を案内してくれる。ハクの迷路のような巣は、ハクのその日の気分で変わる。

 我々が歩いて拠点に向かうための移動経路はそのままにしてくれているが、その他の場所は複雑に変化していた。そのため、ウェンディゴが拠点にある格納庫に向かうさいには、ハクの助けが必要になっていた。


 ハクはウェンディゴの進行方向に邪魔な糸があると、触肢しょくしに糸をひっかけて素早く糸を退かしてくれていた。縦横無尽に糸の間を移動するハクはとても機嫌がいいのか、落ち着きなくウェンディゴに振り返っては、腹部をカサカサと揺らしていた。


「ただいま、ハク」とミスズが微笑む。

『スズ、おかえり。ハク、あそぶ』


 ミスズと早く遊びたいのか、ハクは急いでウェンディゴの移動経路をつくっていく。ハクの巣を移動する間に、〈ヤトの一族〉が廃墟の建物を利用して作った監視所を確認することができた。それぞれの監視所にはヤトの戦士が立っていて、彼らは我々の姿を見つけると、胸の前で両拳を合わせて挨拶をしてくれた。


 出迎えに来てくれたのは拠点に残っていたヤトの若者たちと、〈人造人間〉の〈博士〉、それに〈ジュリ〉だった。彼女はウェンディゴから降りてくる我々を満開の笑顔で迎えてくれたが、私がジュリに声をかけることなく、ヤトの若者たちに囲まれる姿を見て少しばかり不機嫌になる。


 しかしそれも一時のことで、コンテナ内に彼女を連れて行って大量の戦利品を見せると、ジュリは笑顔になった。現金なものだ。しかしそれはジュリの可愛い一面で、そのままの子どもらしい彼女でいてほしかった。


 保護した女性たちは当分の間、拠点で世話をすることになった。彼女たちの大半は襲撃で親類を殺されていて行き場がなかった。帰る家がある者たちも、今は静養が必要だと感じていた。いずれ彼女たちの体調がくなったときに、それぞれの家に送り届けようと考えている。彼女たちの意思は最大限、尊重するつもりだ。


 拠点の秘密について彼女たちに知られることは心配していなかった。彼女たちは拠点内部のことを知ることができても、拠点の場所やハクの巣の秘密は知らないのだから。


 それから保護した女性たちは一度、〈ジャンクタウン〉で診療所を開いている〈クレア〉に見てもらおうと考えている。クレアは医療組合に所属している医者で、私は彼女のことを信頼していた。


 彼女たちのことは、まだ〈ジャンクタウン〉に連れて行くことはできないので、クレアに拠点に来てもらうことになる。すでに〈ヤン〉や〈リー〉と一緒に何度か遊びに来てくれていたので、とくに問題はないだろう。


 たぶん、私が彼女たちにしていることをイーサンが知ったら、彼は呆れてしまうのかもしれない。たしかに私がやっていることは、偽善ぎぜんと呼ばれても仕方のないことなのかもしれない。救いを必要としている人間は沢山たくさんいるのに、一部の人間だけを救っても意味はない。


 でも、言い訳かもしれないが、私は救える命は救いたかった。責任があるなんて思ってはいない。ただのエゴなのも分かっている。それでも私は彼女たちにもいつか、本心で笑ってほしかった。その日は来ないのかもしれない、でも私がそう願うのは自由だ。


 我々が拠点に帰った日の夜、ささやかな戦勝祝いが行われた。拠点地下の居住区画にある広い食堂に皆で集まって、戦勝祝いをすることになった。酒も少量だったが出すことにした。ヤトの若者たちは、ささやかな宴会を大いに楽しみ喜んでくれた。


 今回、遠征に参加できなかった者たちは、仲間の武勇伝を聞き、戦闘に連れて行ってもらえるように、これからは一層訓練に身を入れると誓っていた。


 印象的だったのは一族の長である〈レオウ・ベェリ〉が、部族の若者が喜ぶ姿を見て、心からの笑顔を浮かべていたことだ。感情の変化をとらえることができる私の瞳に映るレオウからは、まぎれもない喜びの感情がれていた。


 レオウにとって部族がどれだけ大切なのかく理解できたし、その大切な部族を――敵対していたとはいえ、多く殺害してしまった私の世界に来ることを決断した彼の覚悟の重さも再認識できる夜になった。



「これで終わりかな?」と、ジュリが腰に手をあてる。

 私はジュリと、それからヤマダと一緒にウェンディゴのコンテナで作業していた。

『小銃の仕分けが終わった木箱は、もう機械人形に運ばせるね』


 カグヤの言葉にうなずくと、旧式のアサルトライフルが詰まった木箱を最後にもう一度確認して回る。それから機械人形に運ぶように指示を出した。拠点の地下にある整備所に運ばれる小銃は整備が行われて、そのあと売り物として再度ウェンディゴに積み込むことになる。


 ちなみに機械人形にも整備が行われることになっている。〈警備用ドロイド〉の設計図はすでに入手していたので、まずは略奪者たちに改造されていた機械人形を元の状態に戻す。


 装甲として取り付けられていたマンホールのふたや、人骨は取り除かれ、整備所で新たに製造される装甲パーツを装着して、駆動系に問題がないか念入りにチェックされる。人工知能には拠点防衛用のソフトウェアがインストールされることになる。


 〈アサルトロイド〉の設計図は所持していないので、機体の整備を行うときには、部品や装甲の製造はできない。元々軍で使用される機体なので、データベースから得られる情報も限られていた。だから、とりあえず整備だけを行い拠点の警備についてもらうことにした。


 整備しても使えそうにない機体は、地上の建設機械に飛び込んでもらった。なんだか飛び降り自殺を強制しているようで気が引けたが、それらの機械人形には、新たな機械人形製造のための資源になってもらった。


「あと確認していないのは、あそこにまれてるやつだけだね」

 ジュリはそう言うと、積み上げられていたアタッシュケースを指差した。

 そのアタッシュケースのひとつを手に取って確認したが、ケースは施錠せじょうされていて開かなかった。


「それはね」とヤマダが言う。

「専用の端末にパスワードを入力しないと、開錠かいじょうできないようになっているんだよ」

「ヤマダはそのパスワード知っているのか?」

「ううん」と、彼女は頭を振る。


「ヤマダの姉ちゃんも知らないのか」とジュリは腕を組んだ。

「どうにかして開くことはできないのか?」

 私は肩をすくめて、それからヤマダにたずねた。

「その専用の端末は?」

「端末は隊商を護衛していた傭兵が持っていたから、レイダーたちに破壊されたか、捨てられているかも」


「なんでそんな重要なモノを護衛に持たせているんだ?」

 ジュリが呆れながら頭を振ると、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『リスクを分散したかったのかも。商品を奪われても、鍵がなければケースは開かないでしょ? チャンスがあれば、ケースはいずれ奪取できるし』


「今回は無意味だったみたいだけど」と私は言って、それからハッとしてヤマダにあやまった。

「すまない。深い意味はないんだ」

あやまらなくてもいいよ。悪気がないって、ちゃんと分かってるから」


『開いたよ』と、〈接触接続〉でケースを開いたカグヤが言う。

「ありがとう。パスワードは何だったんだ?」

『わからない』

「それでどうやって開いたんだ?」

『開くようにシステムに変更を加えただけだよ』


 アルミ製のアタッシュケースの中には、触り心地のいい厚手の布が丁寧に畳まれて入っていた。

「布……? なぁ、ヤマダ。これが何か分かるか?」

「えっと、たしか……」ヤマダは目を細めると布を見つめた。

「貴重なマント……ですね」

 布を広げると、たしかに外套がいとうだった。


「何か特別な機能が?」

「ごめんなさい、私には分からない」

「それなら確認してみるか」

 私はそう言うと、ヤマダと一緒にアルミ製のアタッシュケースを次々と開いていった。


「全部、同じマントだな。なぁ、レイ。こいつを着てみてくれよ」

 ジュリにかされるようにして、身体からだ全体を包み込むそでのない外套を羽織はおる。外套というよりポンチョのようなモノで、非常に軽かった。

『ねぇ、レイ。動かないでジッとしていて』

 カグヤの言葉にうなずくと、ジュリとヤマダに見つめられながらじっと立っていた。


「おい! レイの身体からだが透けてるぞ!」ジュリが大袈裟おおげさに驚く。

 胸元に視線を落とすと、たしかに外套がいとうがまるで透けるようにして周囲の風景を布の表層に映し出していた。

『〈環境追従型迷彩〉だね』とカグヤが言う。


 どうやらその外套がいとうは、周囲の色相を瞬時に認識して、環境に適応できるカモフラージュパターンを生成する旧文明期の技術を採用した代物しろものだったようだ。


「迷彩効果がある装備……それは高価な〈遺物〉だよ!」とジュリは目を輝かせた。

「でもこいつは市場に出せないな」と、私は外套のすそを揺らしながら言う。

 少しの揺れなら問題がないのか、布の表面は瞬時に移動先の景色を読み取って、違和感なく再現していた。しかし早い動きには対応できないのか、カモフラージュパターンの再現が遅れる。


「レイが使うのか?」

「レオウとも話したんだけど、今回の遠征で活躍したヤトの戦士たちに褒美として何かを与える予定だったんだ。だからこの外套は褒美に回す。俺とミスズはすでに同じような外套を持っているし」


『そうだね』とカグヤが同意してくれる。

『貴重な遺物は戦闘での優位性を高めてくれる。せっかく手に入れた遺物なんだから、自分たちの戦力強化に使おうよ。レイと敵対している組織に買われて使用されたら、なんだか馬鹿みたいだし』


「そうだな……」と、ジュリも真剣な面持ちでうなずく。「カグヤ姉ちゃんの言う通りだ。売り物はいっぱいあるし、兄ちゃんたちに使ってもらおう」

『でも全員の分はない、だから誰にあげるか決めないといけない』

 カグヤの言葉に私はしばらく思考する。

「まずは他の品も確認しよう。決めるのはあとだ」

「それもそうだな」と、ジュリはえらそうに言う。


 積み上げられたアタッシュケースの中から小さな箱を手に取った。

 金属のフレームに高級感のある革でつくられた小さな箱は、それだけでも相当に高価なモノに思えた。小さな箱は当然のようにパスワードで施錠せじょうされていたが、カグヤが難なく開いてくれた。


「注射器? どうして注射器が」とヤマダは首をかしげた。

 ケースの中には厳重に梱包された注射器が入っていた。

『レイ』とカグヤが反応する。

 私はどこかで見たことのある注射器を手に取る。


「それって、もしかして〈オートドクター〉なのか?」

 ジュリの言葉にカグヤが答える。

『私も驚いたけど、入れ物だけを丁寧に模倣もほうして作った偽物だね』

「なんだ、偽物か」

 ジュリは注射器に対する興味を一瞬でなくした。


「なぁ、ヤマダ。この品物の出所でどころが分かるか」

「出所は分からないけど、販売先は分かるよ」

 ヤマダは目を細めて注射器が入っていたケースを睨んだ。

「どこなんだ?」

「たしか中華街っていう場所にあるっていう〈鳥籠〉だったよ。高値で売れる品だって、商人に自慢げに箱を見せられたのをく憶えている」


『中華街か……。最近、どこかで中華街の噂話を聞いたような気がする』

「俺も聞いたよ」私はそう言うと、偽物の注射器を小さな箱に戻した。

「こいつの中身が何か分かるか?」

『濃縮された栄養剤なのは分かった』


「栄養剤? ナノマシンなしで体内に注射しても平気なモノなのか?」

『わからない。詳しい成分は拠点地下の医療施設で調べられるかも』

「けど知識がある人間は拠点にいない」

『そうだね。私もさっぱりだし』

「それならさ」と、ジュリが話に割り込んできた。

「ペパーミントを呼ぼうよ、きっと助けになってくれるよ」


「ペパーミントが来てくれると思うか?」

 私がそうジュリにたずねると、ジュリはコクリとうなずいた。

「大丈夫だよ。毎日端末で話をしてるし、工場もだいぶ落ち着いたって言ってたし」

「そっか……。なら、ジュリに任せるよ。もしも拠点に来てくれるようだったら、彼女のことを迎えに行こう」

「うん」

 ジュリは満面の笑みを見せてくれた。


『でも』とカグヤが言う。

『どうして中華街の鳥籠は、偽物の〈オートドクター〉なんかほしがったんだろう?』

「偽物だって知らなかったんじゃないのか、鳥籠の偉い人が〈オートドクター〉を必要としているって、イーサンが言っていただろ」


『彼らはあせっているのかな?』

「他の鳥籠と戦争を始めようとするくらいには、あせっているんじゃないのか?」

『それほどに深刻な問題なら、私たちはもっと注意しなければいけないね』

「分かってる。そのための戦力強化だ」

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