第112話 炎 re


 レイダーギャングの縄張りから機械人形が回収してきた遺体は、彼らの本拠地として使われていた建物と一緒にすべていた。略奪者たちが建物の地下に溜め込んでいた遺体と、それからミミズにも似た奇妙な変異体も燃やした。火炎放射によって炎は瞬く間に建物全体を包み込んでいった。


 略奪者に捕らえられていた女性たちは、ウェンディゴと一緒に建物から離れて風上に移動していた。しかし彼女たちの視線は、黒々とした煙が立ち昇る建物に向けられていた。燃える死体の山を茫然と眺める女性たちが何を考えているのかは、私には分からなかった。ただ、その光景が彼女たちの中で何かのケジメになってくれたらと私は願っていた。


 死体の処理が一段落つくと、私はヤトの戦士たちと一緒に機械人形が集めてきた略奪者たちの装備を仕分けしていく。暴発しないように銃器からは弾倉を抜いて、薬室内に弾薬が残っていないか確認してから木箱に詰め込んでいく。


 略奪者たちが自作していたパイプライフルや値段が付かないような粗末な銃はゴミ同然の価値しかないが、拠点の〈リサイクルボックス〉で資源にできるので持ち帰る。それから略奪者たちは、型式は古いが信頼性のあるアサルトライフルを大量に所持していた。


 彼が使用していた装備は、ただの略奪者の集団が持つモノにしては、ずいぶんとしっかりした装備だった。数百人の集団が分裂せずに、組織内で紛争もなく、秩序をもって行動していた理由がなんとなく理解できた。


 おそらくこの地域は隊商やスカベンジャー、それに加えて廃墟を移動する人間たちを襲撃するのに適していたのだろう。つねに戦利品にありつける略奪者たちは互いに争うことなく、一個の集団としてまとまることができていたのかもしれない。


 戦利品として入手した小銃の状態は、お世辞にもいいとは言えなかったが、拠点の地下にある設備室を使えば、簡単に銃の整備が行えたので、大した問題になるとは思っていなかった。


 ヤマダも手伝いたいと言っていたので、私は彼女を側に置いて一緒に作業を行った。働いているほうが余計なことを考えずに済むからいいのかもしれない。ヤマダは目を細めながら黙々と作業を行っていた。


 銃器が詰まった木箱をウェンディゴに積み込む作業は、すべて機械人形にやってもらった。作業が終わると機械人形を一箇所に集めて、カグヤと一緒になって機体の状態を一体一体、丁寧に確かめていった。状態のしに関わらず、動ける機械人形は全て拠点に持ち帰る予定だった。


 状態がいい機械人形は拠点で整備を行い、まともな状態に戻してから拠点周辺の警備に使うつもりだ。拠点周辺には廃墟を利用した白蜘蛛の巨大な巣があるが、その巣も完璧で安全という訳ではない。


 前回の拠点に対する襲撃同様に、化学兵器による攻撃を受けたら対処ができない。そのため、ハクの巣の周りも整備していくことに決めていた。周辺一帯に監視カメラを設置して、廃材を利用してバリケードを築く。そこに警備用の機械人形を配置する。

 拠点の警備システムの処理能力があれば、問題なく警戒網けいかいもうが築ける。そのことはカグヤと一緒にシミュレーションしていて確認できていた。


 状態が悪い機械人形は、残念だけど拠点の建築機械で処分することになる。

 機体は使用できないが、せめて資源は〈リサイクルボックス〉で回収するつもりだった。それらの資材は機械人形の整備に役立つはずだ。〈アーキ・ガライ〉が発見した大量の物資も、機械人形に指示を出してコンテナに積み込ませた。それが終わると機械人形もコンテナに収容していく。


 ウェンディゴの黒いコンテナも万能ではなく積載量に限界があるので、機械人形は綺麗に整列させて壁際に並べた。機械人形の集団が作る隊列は壮観そうかんだった。レイダーギャングによって不格好な改造が施されていなければ、もっと格好がついたのかもしれない。


 それからヤマダをミスズに預けると、残党狩りを続けていたヤトの部隊と合流した。レイダーギャングは数百人の集団で、その多くを殺していたが、今でも建物に立てこもり、抵抗を続けている者たちがいた。


 略奪者たちは作業用の大型パワードスーツを装着していて、どこからか持ち出した重機関銃を手に再び戦闘を始めていた。


 ヌゥモとナミは現在も手分けして略奪者たちを追撃していた。戦闘がすべて終わったと思っていた矢先の報告だったので、正直驚いたが、レイダーギャングは殲滅せんめつしたかったので、レオウにミスズたちの護衛を頼むと、私も残党狩りに参加することにした。


 ヤトの戦士たちと合流すると、部隊を二つに分けて、片方の部隊と共に敵が立てこもる建物に侵入するために地下道に向かった。〈ワヒーラ〉から得られる情報によって、建物が地下でつながっていることが分かっていたからだ。


 隠密行動を得意とするヤトの戦士で編成された部隊は音もなく移動した。文字通り、彼らは幽霊のように瓦礫がれきや廃材の間を移動して先導してくれた。


 略奪者たちが立てこもる建物に続く地下道は、歩行者のために設けられた地下横断歩道の一部だった。瓦礫がれきに埋もれてはいなかったが、地下水が流れ込んでいて環境は最悪だった。しかし水が汚染されていないだけかったのかもしれない。


 道路標識から投影されるホログラムを横目に、我々は地下道を静かに進む。

『レイの〈重力子弾〉で建物ごと吹き飛ばせばかったね』

 ひどい悪臭がする汚水に太腿までかりながら、カグヤの言葉にうなずく。

「そうだな……。けど連中は人質がいるって言っていた」

『レイはギャングの言葉を信じるの?』


「ヤマダが言っていただろ、連中は捕まえた人間を何処どこかの建物に連れていっていた」

『目的の建物が、その場所だって考えてるの?』

「そうだ」

 ヌメリがある物体を踏んで足をすべらせて、思わず汚水の中に倒れそうになる。


「レイラさま!」

 ヤトの若者が差し出した手をつかんで、なんとか汚水に倒れ込まずに済んだ。

「ありがとう。アレナ」と私は素直に感謝した。

 手を差し出してくれた青年は〈アレナ・ヴィス〉だった。ヤトの一族が使う古い言葉で、〈硝子の砂〉を意味する名前を持つ青年だった。


 アレナ・ヴィスはヤトの一族の男性の中では、身体からだが小さいほうだった。もちろんそれはヤトの一族と比べた場合のことで、人間の平均的な成人男性よりもずっと背は高かった。部族の基準でめぐまれた体格は持ち合わせていないアレナだったが、その身体しんたい能力のうりょくはヌゥモやナミにも劣っていなかった。


 特に暗殺や隠密の腕は他の者から抜きん出ていて、レオウからの信頼も厚い青年だった。それを示すようにアレナが率いる部隊は、ミスズが行うルームクリアリングの訓練で常にトップの成績を残していた。


「もう少しの辛抱です、レイラさま」とアレナは緋色ひいろの瞳を私に向けた。

「すまない、足手まといになっているな」私は自嘲気味じちょうぎみに言う。

「いえ、問題ありません。レイラさまのことは我々が支援するので」

「助かるよ」

「はい」

 言葉は少ないが優しい青年だ。


 建物に続く鉄の扉は腐食していて原型を留めていなかった。腐食した扉で手を怪我しないように気をつけながら無理やり押し開けると、我々は暗闇が支配する空間に入っていった。


 建物に侵入すると、地上で待機していた〈ワヒーラ〉から得られる情報を確認しながら進む。ガスマスクのフェイスシールドには、ナイトビジョン等の機能はなかったが、ヤトの一族の瞳は暗闇でもく見えるようだ。我々はショルダーライトを使うことなく、薄闇の中を移動する。


 猫ほどの体長があるドブネズミの死骸が浮かぶ汚水を越えた薄明りに、上階に向かう階段が見えていた。

「レイラさま、ここは私が先行します」とアレナが言う。


 〈ワヒーラ〉から得られる情報で、階段の陰に潜んでいる男の輪郭線がハッキリ見えていた。アレナはまるで幽霊のように男の側に忍び寄ると、男の喉をスパッと引き裂いた。男の喉元から噴き出した血液に汚れることなくアレナは階段を上がり、もうひとりの戦闘員を音もなく殺した。殺された略奪者たちは、一言も言葉を発することなく死んでいった。


 ゴミで散らかる廊下を進みながら部隊の最後尾につくと、クリアリングが終わった部屋を確認していった。部屋の中にいた略奪者たちはわずかな抵抗もできずに撃ち殺されていた。


 ヤトの戦士は消音器が取り付けられたサブマシンガンを使用していた。通常時なら消音器に効果を期待できなかった。しかし上階で重機関銃を乱射している略奪者のおかげで、銃声に気づかれることなく、我々は順調に各部屋を制圧することができた。


 上階に向かう前に確認した部屋は悲惨ひさんだった。血液にドス黒く染まる部屋は、略奪者たちが捕らえて連れてきていた人間たちを拷問し殺すための部屋だった。

「この建物で間違いなさそうだな」


 檻から連れて来られた人たちは確かにこの場所にいた。黄ばんで汚れたマットレスが広い部屋のあちこちに無造作に置かれていて、そこには半裸のまま横たわる人間の死体が放置されていた。


『最悪』

 カグヤの言葉にうなずくと、縛られた状態で腹を裂かれていた男の死骸を眺める。

「快楽のための殺しか……」


 男性の腹部から引っ張り出された腸は、まるで首巻のように男の首に巻き付けられていた。部屋には大量の拷問器具があって、それらの器具で殺された人間の多くが放置され、天井から吊るされていた。ガスマスクをしていたので分からなかったが、恐らく部屋には恐ろしい悪臭が立ち込めているのだろう。


 背中で手を縛られていた死体には、酷い拷問の痕が見て取れた。彼女は衣類を身に着けていない状態で椅子に座らされていた。首は切断されていて、自身の股の間を見つめるように、太腿に挟まれた状態で置かれていた。その死体の側にアレナが立っていた。


「異界では様々な種族を狩ってきました」と、アレナは幼い少女の死体を見ながら静かに言う。「蜥蜴人や妖精族、人間も多く狩り殺してきました。そして同時に、彼らの残酷な一面も見てきました。しかし子どもをこんな風に、快楽のためだけに殺す種族は多くありませんでした」


『連中は獣にも劣る畜生ちくしょうだよ』とカグヤが言う。

「そうですね、女神さま」とアレナ・ヴィスは言う。

「子どもを殺めるような恥ずべき行いは、常人には到底できないことですから……」


「人間以外にこんなことを好んでやるのは、どんな連中なんだ?」

 私の問いに、アレナはすぐに答えてくれた。

「大半が妖精族でしたが、竜と人間の合いの子は彼らよりもずっと残酷でした」

「竜と人間の合いの子か」と私は頭を振る。「……どんな人種なのか想像もできないな」


「余興に奴隷の親子を使う化け物です。母親にナイフを持たせ、赤子の首を切断しろとささやく、そんな化け物です」

 アレナ・ヴィスは忌々しそうに言葉を吐き捨てると、ゆっくり息をついた。

「いきましょう、レイラさま」

 私はうなずくと、地獄のような部屋をあとにした。


 上階では窓際に陣取り、建物の外に向かって射撃を行う略奪者たちであふれていた。彼らの標的は建物を包囲していたヤトと機械人形の戦闘部隊だった。


 我々は素早く行動して室内の略奪者たちを確実に撃ち殺していった。ヤトの戦士たちは弾薬が尽きると、素早くナイフを抜いて、近接戦闘で略奪者たちを殺していった。厄介だったのはパワードスーツを装着した男たちだった。三体のパワードスーツのマニピュレーターアームには重機関銃が取り付けられていて、彼らはそれを滅茶苦茶に乱射していた。


「アレナ!」と、私は銃声に言葉を掻き消されないように声を上げた。

「部隊を後退させてくれ、あいつらは俺が仕留める!」

 アレナがうなずいたのを確認すると、ハンドガンの弾薬を切り替えた。


「カグヤ、威力を調整してくれるか?」

『了解。私たちが攻撃に巻き込まれないで、建物にも影響が出ないギリギリのラインまで調整する。だから絶対に外さないでね』

 ハンドガンの上部にホログラムで投影された照準器が浮かび上がると、銃身の形状が変化していった。銃身内部に紫色の光の筋が走るのが見えた。


 銃口の先の空間がゆがんで周囲を薄暗くしていく。私は壁からわずかに身を乗り出すと、略奪者たちの中心に向けて引き金を引いた。撃ち出されたのは紫色に発光するプラズマの小さな球体で、ニヤケ面を見せる略奪者の中心に向かってゆっくり飛んでいった。


 重機関銃による圧倒的な優位性、あるいは破壊の快楽に酔っているのか、パワードスーツの側に発光体が近づいてきても、彼らは少しも関心を示さなかった。


 発光体は中空で静止すると、金属を互いに打ち合わせたときのような甲高い音を周囲に響かせた。その瞬間、発光する球体を中心にして、すべてのモノが空中に浮きあがった。パワードスーツを装着した略奪者や、戦闘で死んだ者たちの死体、周囲の瓦礫がれきやゴミも浮き上がる。重機関銃から発射され続けていた弾丸も中空に静止した。


 驚いた表情をみせる略奪者のひとりと視線が合う。次の瞬間、耳をつんざく甲高い音が響いた。そして中空に浮かんでいたモノが、発光する球体に向かって引き込まれ、ひとつの物体に圧縮されていった。


 しかし威力を制限していたからか、それはゆっくりと行われていった。ひしゃげたパワードスーツのフレームに手足を潰されて、男たちは悲鳴をあげ、苦しみながら圧殺されていった。


 最後に残ったのは高密度に圧縮された紺色の球体で、それは地面に落下して鈍い音を立てた。そのさい、物体の重さに耐えられなかった床が抜けて、大きな音を立てながら階下に落ちていった。


「終わったか、カグヤ?」

 私は物陰から出ると、周囲を確認しながらたずねた。

『終わりだよ。アレナたちも巻き込まれてない』

 カグヤの言葉の通り、身を隠していたヤトの戦士が次々と姿を見せた。

『待って、レイ。部屋の奥にひとり隠れてる』


 錆びた骨組みだけになったイスが、山のように積み重なるように部屋のすみに放置されていた。積み上げられたイスの間にできたわずかな空間に、男が隠れているのが見えた。頭だけを隠し、こちらに尻を向ける男の足首をつかんで引っ張り出した。


「待ってくれ! 殺さないでくれ!」

 スキンヘッドの男は額に金属パーツを埋め込んでいて、そこについている複眼を開いてみせた。

「俺を生かせば役に立つぞ! 俺はIDカードの偽造ができるんだ!」

 私は顔をしかめて、顔中にピアスをしていた男を見た。


「ほら、見ろ! IDカードだ」

 男はそう言うと、腰に吊るしていたポーチから大量のカードを取り出した。その際、男のポーチに入っていた物体が床に落ちた。

『乾燥した人間の舌だ……』と、カグヤがつぶやいた。


 私は右手首から刀を出現させると、躊躇ためらうことなく男の腹に突き刺した。

「待ってくれ!」と、男は尚も叫んだ。

「俺は偽造ができるんだ。システムをだませるんだぞ!」


 脳に埋め込んだマイクロチップで痛みを制御しているのか、男が痛みを感じている様子はなかった。しかしそれもほんの一瞬のことで、男の腹から刀を抜くと、男は急に顔を青くして大量の汗を掻き、身体からだを硬直させて倒れると大量の血液を吐いた。


「ヤトの毒は強力だ。間違って自分を斬らないように、しっかりヌゥモと稽古をしないとダメだな」

『そうだね』

 男の顔には大量のこぶができて、それが破裂するとうみと血液が周囲に飛び散った。男はまだ意識があるのか、目から大量の血液を流しながらあえいでいた。


「アレナ、階下にある死体と一緒に建物を燃やすから退避してくれ」

 私がそう言うと、アレナは頭を下げた。

「レイラさま、何か手伝えることはありますか?」


「大丈夫だよ。周辺にレイダーの残党がいないかだけ確認してくれ。敵がいなかったら、そのままヌゥモかナミの支援に向かってくれ」

「わかりました」

 アレナ・ヴィスがいなくなると、私は古びた建物に火をつけた。


 天井が崩れ、炎の中で倒壊していく建物を眺めたあと、日がかたむき始めた廃墟の街をひとり歩いた。それから射撃の的にされ、殺された人間の死体が大量に放置されていた広場に向かうと、死者に手を合わせた。


 死んだ者たちにしてあげられることはもう何もないが、彼らのかたきが死んだことを報告したかった。例えその行為に何の意味がないとしても。

 それが終わると、広場の遺体もまとめて燃やした。

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