第111話 ヤマダ re


 建物に反響する銃声が聞こえると、廃墟の街に目を向けた。断続的に聞こえていた戦闘音は落ち着いていて、レイダーギャングの残党を狩っているヤトの部隊が発する銃声だけが廃墟の街に木霊こだましていた。


 無法者のレイダーギャングとの戦闘は、我々の勝利で幕を閉じようとしていた。ヤトの戦士たちからの報告で、部隊に数人の負傷者が出たことが分かったが、完勝と言ってもいい結果だった。それに心配していた負傷者も軽傷だったのか、各部隊に配属していた衛生兵によって治療がすでに行われていた。


 破壊されずに残った機械人形には、敵戦闘員の死体を回収させていた。遺体を放置しておくと廃墟の街を彷徨さまよう人擬きのえさになるだけでなく、危険な伝染病を発生させるかもしれないからだ。それを防ぐためにも、すべての遺体を焼却処分することにした。危険なレイダーギャングがいなくなった地域を、人擬きや昆虫の変異体であふれさせたくなかった。


『レイラ殿』と、内耳に女性の声が聞こえた。

「どうした?」と、〈アーキ・ガライ〉の通信に答える。

『敵の物資が保管されている建物を発見しました』

「わかった。すぐに確認に向かう」


 通信を切ると、アーキ・ガライから送られてきた建物の位置情報を確かめる。

『こっちはいいの?』

 カグヤの声が聞こえると、ウェンディゴの陰に入って女性たちの身体からだを洗っていたウミと、それからいそがしそうに手伝っていたミスズを見る。

「ここで俺にできることはないと思う。レオウも残ってミスズたちの警護をしてくれているし、少し留守にしても問題ないだろ」


「どこに行くんだ、レイ?」

 身体からだに合っていない大きな戦闘服を着ていた〈ヤマダ〉の声が聞こえる。

「戦利品を頂きに行くんだ。それにレイラだ。さっきも名前を教えただろ」


 ヤマダは略奪者たちに捕らわれていた女性のひとりで、数日前に捕まっていたにもかかわらず、略奪者に乱暴されることなく、監禁されるだけで済んでいた。それはヤマダに魅力がなかったからではなく、運命の巡り合わせによるモノだと分かった。


 彼女が言うには、略奪者たちはこの数日の間に連続して隊商を襲撃していたようだった。つまりヤマダにかまっている時間がなかったというわけだ。


 ヤマダの言葉は信じることができた。彼女は黒髪に黒い瞳をした地味な容姿の女性だったが、その瞳には彼女の芯の強さと知性が見て取れたし、鼻から頬にかけて広がるそばかすも彼女の魅力を引き立てていて、決して魅力のない女性ではなかったからだ。


「戦利品……? もしかしてこの戦闘は、レイダーギャングが溜め込んでいた物資が目的だったの?」

 ヤマダそう言うと、まだ完全に乾いていない黒髪を揺らした。

「いや、戦利品はオマケだよ。戦闘は個人的な報復だ」

「へぇ、報復か」とヤマダは大袈裟おおげさに驚いてみせる。「なら、レイは傭兵団の隊長なんだね。私はてっきり組合が編成した討伐隊だと思ってた」

「傭兵団?」


 彼女は戦闘服のそでをめくると、私に黒い瞳を向ける。

「え、違うのか? レイは個人的な恨みで大規模な軍団を動かしたんでしょ?」

「大規模じゃないよ。連れて来た戦士たちは三十人もいない」

「三十人! たったそれだけで、あんなに沢山たくさんいたレイダーを倒したのか。レイは何者なの?」

「スカベンジャーだよ」


「スカベンジャー……? どこかの鳥籠の御曹子おんぞうしじゃなくて?」

「そうだよ。スカベンジャーだよ。それより御曹子おんぞうしなんて言葉、よく知っているな。ヤマダは何処どこかで教育を受けていたのか?」

「そんな言葉、誰でも知ってる」とヤマダは胸を張りながら言う。


「どうだろうな。俺が知っている連中は、まともな言葉も話せなかったよ」

「そう?」とヤマダは黒髪を揺らす。

「でもレイが本当にスカベンジャーなら、周りの人間が言葉を知らないのも無理ないかな。スカベンジャーは誰でもやれる仕事だし」

 それからヤマダは手で口を押さえた。


「ごめんなさい。レイを馬鹿にするつもりはなかったの」

「気にしてないよ。スカベンジャーは〈ゴミ拾いのネズミ〉なんて呼ばれ方もされているからな」

「でも、ごめん。余計な一言だった。それで……これからレイは何をするの?」

「言っただろ、戦利品を確認しに行くんだ」


「私も一緒に行ってもいい?」

「いいけど、なんのためについてくるんだ」

「レイの手伝いだよ」と、ヤマダは目を細めながら言う。

「レイは私の恩人だ。死ぬまで尽くすつもりだ」


「どうして?」

「だって命を救ってもらったんだ。恩は返さなきゃいけない」

 彼女はそう言うと、サイズが合っていないカーゴパンツを持ち上げながら、私のあとについてくる。

「ヤマダは隊商が襲われたときに、レイダーたちに捕まったんだよな?」

「そうだけど、それが?」


「俺たちについてきて楽をするつもりなのか?」

「違う! そんなことは考えてない」

「家族は?」

「いない、もう私だけだ。育ての親は襲撃で殺された」

 私は立ち止まると溜息をついた。


「すまない。さっきの言葉は無神経だった」

 そう言って頭を下げた。

「気にしなくていいよ!」と彼女は慌てる。

「この数日間、私ずっと泣いてたんだ。眠れないくらい泣いて、みんなのこと思い出して、それでまた泣いて、そうやって私は、あの地獄のようなおりの中で過ごしてきた。だからもう泣くのは終わりにする。今はレイや戦士たちのために何か手伝いができないか考えてる」


 ヤマダはしばらく口を閉じて、それから頭を横に振った。

「ううん、それだけじゃない。私は生きたいんだ。生きていい思いをいっぱいして、この数日間の地獄を忘れたい」

 私は立ち止まると、しばらく彼女の顔にある火傷の痕を眺めた。


 ヤマダは私の瞳を見つめて、それから言った。

「以前、知り合いの商人が言ったんだ。自分たちよりもずっと強い組織に遭遇して、抵抗できないまま捕らえられたら、そいつらに協力しなさいって。どんなことをしてもいい、びれば命だけは助けてもらえるからって」


 彼女は急に口を閉じて、それから気持ちを落ちつかせるために息を吐いた。

「でも私はそれがいやだった。そんな生きかた真っ平ごめんだ。私は抵抗し続ける。自分の居場所は自分で決めるんだ」

『この子の考えかた、私は好きかもしれない』

 カグヤの言葉に私は同意した。

「そうだな」


「うん? レイも嫌なことがあったの?」

 ヤマダの言葉に頭を横に振る。

「いや、こっちのことだ」

 私はそう言うと、また歩き出した。


 目的の建物の前にはヤトの戦士が立っていた。

 青年は私の姿を確認すると、胸の前で握った両拳を合わせた。

「お疲れさま」と、私も拳を合わせて挨拶をする。「アーキは?」

「こちらです」

 礼儀正しい青年は我々を先導した。


 派手なネオンで飾られた建物の内部は薄暗く、他の廃墟がそうであるように、雑多なゴミで溢れていた。さかびんつまづきそうになったヤマダに手を貸しながら、我々は廊下の突き当りを曲がって広い部屋に出る。部屋の前にはアーキ・ガライが座っていて、退屈そうに鈍色の長髪を編んでいた。


「レイラ殿!」と彼女は慌てて立ち上がる。

 アーキ・ガライはすらりとした綺麗なスタイルの持ち主で、首元からは青竹色のうろこが見えていた。

かしこまらなくていいよ。普通にしてくれ、アーキ」

「はい。それで……こちらが物資の保管部屋です」


 彼女の視線の先には鉄格子によって閉ざされた部屋があって、木箱に詰まった弾薬箱や銃器がいたるところに置かれているのが見えた。


「鉄格子は開かないのか?」

「はい。その〈端末〉とやらをいじらないとダメみたいなんですけど、私たちには何が何だかさっぱりで」

 彼女はそう言うと、撫子なでしこいろの瞳をヤマダにちらりと向けた。

「開くか確認するよ」


 鉄格子でふさがれた扉の横に設置された端末に触れる。

『生体認証が必要なタイプだね』

 カグヤの声が聞こえると、薄暗い部屋に視線を向けた。

「アーキ、建物にいたレイダーたちは?」

「全員殺しました」


「死体はどうしたんだ?」

「機械の人形に運ばせました……マズかったでしょうか?」と、彼女は不安そうにする。

「いや」と私は頭を振る。「問題ないよ。死体があったら便利だっただけで、なくても何とかなる。そうだろ、カグヤ?」

『うん、任せて。これくらいのシステムなら簡単に侵入できる』


 タクティカルグローブを外すと、素手で端末に触れた。〈接触接続〉を行うと、カグヤはあっと言う間に格子状の扉を解錠した。

「ありがと、カグヤ」

『どういたしまして』


 それから戦闘を終えて集まってきていたヤトの戦士たちと一緒になって、物資を確認することにした。部屋には物資以外にも、大量のIDカードが保管されていた。二枚ほど確認したが、おそらく略奪者の被害に遭った者たちが所持していたカードだろう。


「これはいいものなのか?」と、アーキがひとり言葉をこぼした。

 彼女が手に持っていた狙撃銃を確認する。そのライフルは〈旧文明期以前〉の銃だったが、私の知る限り性能が高く信頼性もある狙撃銃だった。ジャンクタウンにある軍の販売所でも、結構な値段がする銃だと記憶していた。


「気に入ったのなら、それはアーキにあげるよ」

「いいのか!」とアーキは驚いた。「いえ、いいのでしょうか?」

「ああ、構わないよ。今回の戦闘で得た戦利品は、元々みんなで分ける予定だったし」

「しかし我々は、レイラ殿から沢山の装備品を支給されています」


「そうだな。でも、ヤトの戦士は俺の個人的な報復に付き合ってくれたんだ。分け前は必要だろ?」

「ですが……」

「急に言われても困るよな……。それなら戦利品についてはレオウと相談して、どうするか慎重に決めるよ」

「わかりました」

 彼女はコクリとうなずいたが、狙撃銃はしっかり胸に抱いたままだった。


 戦利品の中には厳重に、それでいて丁寧に梱包された品もいくつかあった。

「隊商の目玉の商品だったんだ」とヤマダが言う。

「あれはヤマダの隊商が運んでいたモノだったのか?」

「うん。私たちが所属していた隊商で、一番儲けがある商人の品物だったんだよ」


 私は腕を組んで考える。

「これを俺たちが奪っていったら、後々なにかの問題になるか?」

「ならないよ」と、ヤマダは頭を振る。

「レイダーの襲撃から逃げ出せた傭兵も何人かいたから、商人組合や鳥籠には商品が奪われたって報告がされていると思う。だからそれはもう誰のモノでもない。そもそも廃墟の街でスカベンジャーが得た取得物しゅとくものは、拾得者しゅうとくしゃに帰属するって、組合でちゃんと定められた権利があるんじゃないの?」

「詳しいんだな」

 彼女は肩をすくめる。


 物資の見張りをアーキ・ガライの部隊に任せると、私とヤマダはウェンディゴに戻るため、廃墟の建物を出た。大量の物資はあとでウェンディゴに積み込むことになる。機械人形が略奪者たちの縄張りから回収しているのは死体だけではなく、彼らが使用していた銃器や物資も含まれていた。それらを売却することができれば、多くの利益を生み出すことができるはずだ。


「ヤマダは今まで何を?」

 私がたずねるとヤマダは目を細めて、ゴミや瓦礫がれきで埋まる通りを眺める。視力が悪いのかもしれない。

「育ての両親と一緒に隊商に参加して、廃墟の街で交易をして生計を立ててきた……」


「教育は両親から?」

「そう。よくある話だけど、私は元々孤児こじだったんだ。両親に拾われるまで道端で生活してた。だからスカベンジャーがどういう人たちの集まりなのかもく知ってる。私も幼い頃はゴミを拾って生きてたからね」


「孤児を引き取って育てるなんて、ヤマダの両親はきっとすごくい人たちだったんだな」

「うん」と彼女は微笑む。「とても大切な人たちだった」

「どこかの鳥籠に家があるのか?」

「ないよ。色々な鳥籠で商売しながら、廃墟の街を行ったり来たりしてたから」

「大変な生活だな」


「大変だけど、スカベンジャーよりはいくらか安全だよ。大きな隊商には護衛が沢山たくさんつくからね。だから襲われる心配をしなくてもかった……」

「そうだな」

「今までは安全だったんだ。今回がダメだっただけ」とヤマダは鼻水をすする。

 殺された両親の事を思い出したのだろう。彼女は突然大きな涙を頬にこぼした。


「気休めを言うつもりはないけど」

 私はそう言うと、通りの向こうからやってくる不格好な〈警備用ドロイド〉をあごで指した。その機械人形は略奪者の足をつかんで、引き摺るようにして死体を運んでいた。

「ヤマダの両親を殺したレイダーも、あんな風に糞を貯め込んだ肉袋に変わった。連中のことを思い出して震える必要もないし、悪夢なんて見なくていい。全部終わったんだ」


「そうだね」

 ヤマダはうつむくと、自分に言い聞かせるように言った。

「全部終わったこと……」


 私は立ち止まるとヤマダの頭に手を置いた。

「勝手かもしれないけど、ヤマダの復讐は俺たちが代わりにげた。だからこれからは前を見よう。ヤマダも言っただろ。生きていい思いがしたいんだって」

「そうだね」とヤマダは長いそでで涙をいた。


 ホログラム広告がまたたく看板を見ながら歩くと、ヤマダがポツリと言う。

「レイは不思議だね」

「何が?」

「だって普通の人は復讐に意味なんてないって言うでしょ?」

「意味はあるさ」


「例えばどんな意味が?」

「心の平穏だよ。もう復讐の対象にわずらわされることがない。死んだ人間にできることなんて何もないんだから綺麗に忘れられる。一種のケジメだよ。区切りになるんだ」

「そうだね……もう襲われることはない」

 彼女はそう言うと、歩道に横たわる略奪者の死体を眺めた。


「でも」と私は言う。

「ヤマダが両親のことを大切に思って愛していたのなら、無理に前を向いて、両親のことを忘れる必要なんてない」

「愛していたのなら……?」


 私は立ち止まっていたヤマダの側に引き返した。

「ヤマダの心は壊れているんだと思う。ヤマダだけじゃない、レイダーに捕らわれていた女性たちの心も壊れている」

「壊れている?」と、まるで人形のように彼女は私の言葉を繰り返した。

「心が痛みにえられないから、だから平静を装ったり、無感情になったりしている」


 強い日差しからヤマダを守るように、彼女の前に立った。

可哀想かわいそうだけど、両親を失う以前のヤマダには戻れない」

「もう戻れない?」と、彼女は首をかしげる。


「そうだ。失った人間が大切なほど、その記憶は頭から離れなくなる。だから以前のように笑えなくなるし苦しむ、泣きたくなくても涙を流す。今のヤマダみたいに」

 私はそう言うと息をついた。

「でも皮肉なことに、人間は痛みを忘れる生き物だ。どんなことも忘れてしまう。大切だった両親のことも忘れるときがくる」


「忘れない」とヤマダは頭を振る。

「忘れたくない」

「もしも……もしもヤマダに痛みを背負い続ける覚悟があるなら、両親のことはいつまでも覚えていられる」

「覚悟?」


「痛みから逃げなければ、心の痛みと共にヤマダを育てた両親の思い出を忘れずにいられる」

「痛み……」

 彼女の瞳から大きな涙がこぼれる。


「でも、その胸の苦しみから逃げたら、大切な記憶の全てを一緒に失うことになる」

「大切な記憶……」

「そうだ。ヤマダをゴミめから拾い上げた大切な人たちの記憶だ」

「私が痛みを受け入れたら、本当にお父さんやお母さんことを忘れないで済むのかな?」

「俺はそう信じているし、そうあるべきなんだ」


 そのとき、ふと胸が苦しくなった。

 自分の中の、ずっと深くて暗いところから何かが込み上げてきた。それは余りに突然で、その激しさに自分でも驚いたくらいだった。感情の波に囚われそうになると、私は必死に衝動に耐えた。眩暈めまいにも似た不快感に瞼を閉じた。


「俺は何から逃げたんだ」と、思わずつぶやいた。

「教えてくれ、カグヤ……俺は何から逃げたんだ」

 それはきっと大切なモノだった。胸が締め付けられて苦しくて、叫び出したくなるほどの痛みが胸の奥で渦巻うずまいていた。

 俺は一体、何を忘れてしまったんだ?

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