第103話 拠点 re


 この世界には〈不死の導き手〉と呼ばれる教団が存在する。教団の教義については謎が多く、信者がどのような活動をしているのかは広く知られていない。しかし教団が〈守護者〉として知られている〈人造人間〉を神として信仰していることは有名だった。


 信者たちは神である〈守護者〉に似た存在になることを望み、みずからの肉体を神へのささげモノとしていた。肉体を捧げる行為は〈守護者〉と同様の機械の身体からだを手に入れ、昇華しょうかするための儀式でもあった。


 儀式のために信者は特殊な装置に己の脳波パターンを記憶させたあと、機械人形の身体からだに転送しているらしい。肉体を捨てることが神に近付く唯一ゆいいつの道なのだと、彼らは本気で信じているのだ。


 以前、廃墟の街で重傷を負い、死にかけていた教団の信者を救おうとしたことがあった。結果的に彼女を助けることはできなかったが、死にぎわにネックレスを受け取っていた。よほど大事なモノだったのだろう。それは銀の鎖に通された〈記憶装置〉だった。


 〈記憶装置〉は小さな細長い筒で、最初は何が記憶されているのかも分からなかったが、異界に存在する不思議な図書館で出会った〈司書ししょ〉のおかげで、装置に記録されている情報を確認することが可能になった。私はその〈記憶装置〉を使って、より高い管理権限を得ようとしていた。


 警備室に入ると大小様々なディスプレイが目に入った。ディスプレイには何も表示されていなかったが、我々が部屋に入ると同時に部屋の照明がいて、ディスプレイに施設内に設置されていた監視カメラからの映像が表示される。


 映像は施設全体のモノで、地上の敷地内の映像から地下施設の入り口や通路、武器庫や車両格納庫、そしてリビングルームの様子が映し出されていた。本来は寝室に使用されている部屋の映像も表示できたが、それは特定の管理者権限がなければ見られないように設定していたので、ディスプレイに表示されていなかった。


「地上にいる族長や、みんなの様子が見える。レイラ殿、これは〈千里眼せんりがん〉の能力者が作り出した魔法の鏡なのか?」

 大袈裟おおげさに驚くナミに、ジュリが呆れながら言う。


「そんな訳ないだろ、監視カメラの映像がディスプレイに表示されているだけだよ」

「かんしかめら? ジュリ、かめらとはなんだ?」

「それはあれだ……見たままの風景を撮る機械だ」

「機械? 鉄でつくられた複雑なカラクリのことか?」

「そうだ……そういうモノだ」


 ジュリは説明に困っているのか、助けを求めるようにミスズに視線を向ける。

「もしかして〈ペパーミント〉がくれた機械と同じことができるのか」

 ナミはそう言うとベルトポーチから情報端末を取り出した。

「そうだよ。その端末でナミはよく動画や写真を保存してるだろ? 監視カメラも同じようなことをするんだ」


「これもカメラなのか……」

 ナミはカード型の情報端末をジュリに向けると、彼女の写真を撮って保存する。

「これは素晴らしいモノだな」

「ナミはどんな写真を保存してるの」と、ジュリはひょいとナミの端末を取り上げた。

「レイとハクの画像しかないじゃん?」


 ナミは端末を返してもらいながら言う。

「当然だ。〈深淵の使い手〉とハクさまは私の英雄だからな」

「よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるね」

「どうしてだ? 言わなければ気持ちは伝わらないぞ。それともジュリは精神感応が使える能力者なのか?」


「せいしん……かんのう?」とジュリは顔をしかめた。

「念話だ」

「できないよ。情報端末を介さないで遠くの人間と会話ができるのは、インプラントパーツを脳に埋め込んだ一部の人間だけだよ」


「そうなのか……。それなら、ジュリも気持ちはちゃんと伝えないとダメだぞ」

「分かってるよ」

「よかった。私には大切な友がいたが、気持ちを伝える前に死んでしまったからな」

「えっ」と、ジュリは驚いて急に気まずそうにした。


「お友達を亡くされたのですか?」と、ミスズがナミにたずねた。

「そうだ。世界の最果てで〈秩序の守護者〉に斬り殺されたのだ」

「そうですか……それは残念です」

「どうしてだ?」ナミはあっけらかんと言う。

「彼女は戦士として死ねたんだ。それも〈秩序の守護者〉と戦えた栄誉と共に死んだんだ。残念なことなんてひとつもない」


「その死に対する考え方は〈ヤトの一族〉共通のモノなのですか?」

 ミスズは〈ヤトの一族〉が持つ独自の文化や、きたりに興味があるのだろう。

「そうだ。あれは偉大な戦いだった。〈深淵の使い手〉とハクさまが――」

 語り出したナミを横目に、私は警備室の機材に目を向けた。


 ディスプレイの前には警備員のための白い机がいくつか並んでいる。その長机に備え付けられているコンソールにスイッチのたぐいは見られない。施設を管理するさいの操作のほとんどは、机上に投影されるホログラムで行うことができるからだった。

 どうやらシステムの根幹部分にかかわる大事な機械だけに、信頼性の高いスイッチやレバー等の装置が使用されているようだった。


 部屋の中央に置かれたデスクに近付くと、そっと手をのせた。冷たい感触と共に静電気に似た軽い痛みを手のひらに感じる。どうやら問題なく〈接触接続〉できたようだ。コンソールの横に専用の差込口があらわれるのが見えた。


 私は手元にある蜜柑みかん色の筒に視線を落とす。

「〈記憶装置〉をそのまま挿し込めばいいのか?」

『うん、そうだよ』

 銀の鎖から蜜柑色の小さな筒を外すと、差込口に近付けた。


「施設のシステムに障害が起きる可能性は?」

『〈不死の導き手〉が持っていたモノだから、一応マルウェアのたぐいがないかチェックしてあるから大丈夫。安全なはずだよ』


 〈記憶装置〉を差込口に挿し込むと、装置はそのまま差込口の奥に引き込まれた。それからき出しだった差込口はデスク内に収納されて、境目さかいめが分からないくらいにピタリと閉じられた。


 机上にホログラムディスプレイが浮かび上がると、システム権限が更新されたことが表示された。管理権限の更新は私の名で行われていた。異界の図書館の〈司書〉である〈キティ〉のおかげだ。私はあらためて彼女に感謝した。


 カグヤが施設の設定を変更すると、ホログラムディスプレイに施設の全体マップが表示された。地上に続くエレベーターから始まり、旧式の〈警備用ドロイド〉が配備されている施設入り口が確認できた。


 拠点の入り口は二箇所あって、保育園の建物内にあるエレベーターからの入り口と、敷地内にある駐車場からヴィードル等の車両で出入りできる昇降機が設置された入り口がある。マップには両方の入り口が表示されていた。


 施設に入る際にかならず通る場所に簡易型の除染装置が設置されていて、駐車場入り口から車両保管庫へと続く通路には、人間のための装置以外にも車両専用の除染装置が設置されていた。今まで閉鎖されていた隔壁かくへきの先には、やや規模の大きな〈医療区画〉が存在していて、重度の汚染に対応する除染室が用意されているようだった。


 旧式の〈警備用ドロイド〉が配備されている施設入り口の除染室を通ると、通路は二つの道に分かれている。片側を進むと小規模な〈居住区画〉が用意されている。リビングルームや寝室、シャワールームなどがある。ちなみに武器庫兼作業室に使用している場所は元々倉庫だった。


 通路に戻ってもう片方の通路を進むと、〈車両保管庫〉にたどり着くようになっている。車両保管庫の先は簡易除染室につながっていて、その先には地上に続く車両用の昇降機がある。


 〈居住区画〉には寝室に使用できる部屋が複数用意されていて、その通路の先に閉鎖された隔壁かくへきがある。どうやら隔壁の先はエレベーターになっていて、地下に〈娯楽施設〉や機械人形などの整備を行う施設があるようだった。その中でも〈医療区画〉は規模が大きく、複数の部屋がある〈居住区画〉を越える広さがあった。


「もう隔壁かくへきの先に行けるようになったのか?」

 少し興奮しながらカグヤにたずねる。

『うん、行けるよ。ウミを誘ってみんなで見に行こう』



「なんだか緊張しますね」

 エレベーターに乗り込むとミスズが言う。

「そうだな」と私は微笑む。

『施設に取り残された人間が、閉鎖された区画で人擬きになってたらヤバイね』


 カグヤの言葉にジュリは顔を青くして家政婦ドロイドの手を握る。

「カグヤの冗談だよ。そんなことになっていたら、システムが報告してくれる」

「でも、通路の先はずっと閉鎖されていたんだろ?」

 ジュリは不安そうに私を見上げた。


『記録によれば、今まで一度も使用されなかった区画だから閉鎖されていたみたいです』

 エレベーター内に設置されたスピーカーからウミの声が聞こえると、ジュリはホッと息をつく。

「それなら楽しみだな」

 家政婦ドロイドがビーブ音を鳴らすと、頭部ディスプレイに表示されていた女性が微笑むのが見えた。


 目的の階に到着すると、まずフロアガイドを確認する。

 〈娯楽施設〉には映画を楽しめる〈シアタールーム〉に、バスケットコート三面分ほどの広さの〈運動場〉があるようだった。その他にも〈ゲームセンター〉やら、幼い子どものための〈遊戯室〉も用意されていた。


「見てくれ、ミスズ。こんなに広い訓練所があるぞ」

 ナミが運動場の中央に立つ。

「たしかに訓練所に見えますが、そこは運動場ですよ」

「訓練所と何が違うんだ?」

 ミスズが首をかしげると、カグヤの声が聞こえた。

『訓練所か……。運動場を訓練所に改修するのはいい考えかも』


 〈ヤトの一族〉が射撃訓練をするときには地上で行っていたが、銃声の問題もあり常に周囲を気にして訓練が行われていた。銃声は人擬きや略奪者を引き付ける危険があったからだ。しかし地下にある運動場を訓練所に改修すれば、そういった問題から解放されるかもしれない。


「カグヤ。この運動場を訓練所に変更することは可能か?」

『可能って?』

「建材の搬入のための人員や、その他もろもろの物資の用意が必要だろ?」

『建材は必要だけど、作業する人はいらないよ』

「どうしてだ?」

『だって地上に建設機械があるでしょ』


「地下の施設でも使用できるのか?」

『できるよ。もともとあの機械は、この施設を建設するために使われたモノだって説明したでしょ』

「そうだったな」と、私は覚えていたフリをした。


「それなら、すぐに訓練所に変更できるか」

『うん。改修に必要な建材のリストができたらレイに送るから、〈ジャンクタウン〉にあるヨシダのジャンク店で建材を入手して』


「なぁ、レイ」とジュリが言う。

「そのリスト、俺も確認していいか?」

「もちろん、あとで一緒に確認しよう」


 〈ゲームセンター〉には体感型のゲームが多数設置されていた。スペースシップのレースゲームやガンシューティング、それにリズムゲームもあった。また、それらのゲームで獲得できる景品が大量に保管されている倉庫も確認できた。

「すげぇ」とジュリは目を輝かせていた。

 正直、私も同じ気持ちだった。


 幼い子どものために用意された〈遊戯室〉の床には、やわらかなクッション材が敷かれていて、大量のぬいぐるみやオモチャが置かれていた。その他にも仮眠室や清潔な洗面所、それにトイレがあって、オムツの交換台も設置されていた。


 ウミは〈遊戯室〉にやってくると、不格好なドロイドのぬいぐるみを拾い上げて、興味深そうに揉みこんでいた。ぬいぐるみのやわらかな詰め物の感触を楽しんでいたのかもしれない。


 〈シアタールーム〉には巨大なスクリーンが設置されていて、座り心地のいいリクライニングシートが十数席用意されていた。

「なんでもありだな」

 足元で働いていた自律型掃除ロボットを見ながらつぶやくと、カグヤが同意してくれる。

『個人が所有するシェルターにしては、驚くほど設備が充実してる』


 施設全体に行き届いた管理も異常だった。ずっと閉鎖されていた区画だったにもかかわらず、〈娯楽施設〉全体がまるで昨日今日につくられたかのように綺麗だった。掃除ロボットは至るところで仕事をしていたし、施設の空気も常に新鮮なモノが送られてきていた。


 エレベーターに乗り込むと我々は階下に向かった。

 そこは施設で暮らす住人のための本格的な〈居住区画〉があって、大きな厨房に食堂などがあった。一見、上階にある〈居住区画〉と変わらなかったが、それは私の思い違いだった。規模は小さいが〈食糧プラント〉に関連する設備があったのだ。それはすぐにでも稼働できる状態で、種があれば作物を育てることができそうだった。


『やっぱり核防護施設なだけあって、一通りの設備は揃えられているみたいだね』

「食糧プラントもあるから、自給自足も可能だな」

『うん。閉鎖された環境でもストレスを溜めないように、娯楽施設も大袈裟おおげさなくらいに、ちゃんとしたモノだった』

「階下に機械人形や車両の整備ができる場所があるのか?」

『うん。レイがずっとほしがっていた整備室だよ』


 整備区画はもはや工場と呼べるモノだった。

 〈七区の鳥籠〉にある〈兵器工場〉で見かけた装置も設置されていて、機械人形の整備以外にも色々なモノが製造できるようになっていた。そして製造に使用される資材は、すべて施設の〈資材保管庫〉にあるモノを使用するようになっていた。


「レイ、見て!」とジュリが私に向かって手招きした。

 彼女が見せてくれたのは、〈兵器工場〉でも見かけていた火器を整備するために使用される特別な装置だった。所定の位置に銃器を入れると、自動で小銃を整備してくれて、専用の改造パーツが造れる機械だ。

「この機械があるってペパーミントに教えたら、きっと驚くよ」とジュリは微笑む。


『レイ、この場所にも〈車両保管庫〉につながる昇降機があるみたいだよ』

 カグヤの言葉に反応して、視界に表示されていたフロアガイドを確認する。たしかに整備区画の奥に昇降機が設置されていた。床がそのまま昇降機として機能するタイプのモノだった。


「車両保管庫に昇降機の入り口なんてなかったと思うけど?」

『壁の向こう側にあったんだよ。地図を確認してみて』

 カグヤに言われるまま地図を確認すると、たしかに壁の向こうに昇降機が設置された空間があることが確認できた。


「この階には、他に何があるんだ?」

 機械人形用の整備機械を眺めながらカグヤにたずねた。

『銃器や弾薬が製造できるラインに、機械人形専用の整備室、それと車両の整備所もある』

「階下には何が?」

『医療区画がある。研究施設にもなっていて、完全なクリーンルームだからみんなで行くのは止めておこう。今度レイと私だけで確認しに行こう』


「そのほうがいいな。階下にはまだ何かあるのか?」

『リアクターやら施設の重要な設備が置かれている機械室がある。それ以外には、施設の管理者のための部屋があるみたい』


 管理者専用の部屋はやたらと豪華な造りになっていた。部屋の様子を表現するなら、高級ホテルのスイートルームを想像すればいい、そこで見たモノや、あると思うモノは大抵用意されている。


 高価なソファーに絨毯、大きなベッドに大きな浴室。さらには壁や棚の裏に隠された銃器の棚まであった。けれど最も驚かされたのは、壁の全面を使用して作られた巨大な水槽だった。水槽内にはイカや蛸、見慣れない深海魚まで泳いでいたので、ひょっとしたら水槽じゃなくて、海に直接つながっているのかもしれない。


「レイラ殿、あれは異界の魚だ」とナミが言う。

 水槽の側にいたナミのとなりに立つと、水槽のずっと奥にサメに似た大きな魚が泳いでいるのが見えた。そのサメの下半身には大量の触手しょくしゅが生えていた。

「どうして異界の魚がこんなところにいるんだ?」と、ナミは首をかしげた。

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