第104話 青年 re


 地上ではいそがしそうに働いている〈ヤトの一族〉を多く見かけた。彼らは私の姿を見つけると、胸の前で両拳を合わせる挨拶をしてくれた。


 残念なことに、まだ戦士たち全員の名前を把握はあくできていなかったので、軽い挨拶を返しただけだったが、いずれは戦士たちの名前を覚えて話をしてみたいと思っていた。ヤトの一族が見てきた異界での数々の体験や、めずらしい生物について純粋な興味があった。


 建設機械によって――まるで地面から生えてくるように建てられる構造物を眺めていたヤトの青年と話をしたあと、ハカセがたがやした畑を見ながら保育園の裏手に回る。すると暇そうに情報端末を眺めているナミと、地面に座らされている青年がいるのが見えた。


 青年の背後には長い鉄の棒が地面に突き刺さっていて、その鉄棒につながれた鎖で青年は足を拘束されていた。


「お疲れさま」

 私の言葉にナミは驚いて、すぐに挨拶してきた。

 ナミが動くたびに青年はビクビクと身体からだを動かして反応していた。ナミに蹴飛ばされたことを思い出しているのだろう。


「あとは任せてくれるか」

 ナミの撫子なでしこいろの瞳を見つめながら言うと、彼女は遠慮がちに言う。

「拷問に立ち会うのはダメか?」

「拷問なんてしないよ、それにナミを邪険に扱うつもりはないけれど、ほら、ナミがいると怖がって何も話さないだろ」


 私とナミが話す言語を理解できない青年は、ひどく困惑しているみたいだった。

「そうか……ではレイラ殿、私は皆のところに戻るので、用事があったらすぐに私を呼んでくれ。何処どこにいても駆けつける」

「ありがとう、ナミ」彼女の純粋な厚意こういが嬉しかった。


 ナミがいなくなると、ミスズとヤトの族長であるレオウ・ベェリが姿を見せた。

 レオウの後ろにはヌゥモ・ヴェイがいて、彼は目線を伏せたあと私に挨拶をした。

「わしらも話を聞いていってもいいかな、レイラ殿」と、レオウが渋い声で言う。

「構わないよ」

 私はそう言うとミスズに視線を向けた。


「ハクの様子を見てきました」

「ハクは退屈していたか?」

 私の言葉にミスズは苦笑いを浮かべた。

「それが……ヤトの戦士たちにちょっかいを出して、仕事の邪魔をしていました」

「それは困った……ハクに注意しないとダメだな」


「若い連中もハクさまに構ってもらえて、逆に嬉しく思っているだろう。どうかな、レイラ殿。ハクさまを自由に遊ばせてはもらえないか?」

 レオウはそう言うと静かに頭を下げた。その際、黒檀こくたん色の綺麗なうろこが見えた。

「もちろんだよ」と私は彼の態度に少し慌てた。

「そうか」レオウは笑顔を見せた。


「さて」

 私はそう言うと青年に目を向けた。それから彼が逃げないように使用していた鉄棒を地面から引き抜くと、結束バンドできつく縛っていた彼の手足も自由にした。青年の身形は決していいとは言えなかった。赤茶色のり切れた戦闘服に老竹色おいたけいろのポンチョ、泥に汚れたスニーカー、それに薄汚れたメッセンジャーバッグ。


 青年が身に着けていたのはそれだけだ。ボディアーマーもなければ予備弾倉を携帯するためのベルトポケットや、接近戦で最も頼りになるコンバットナイフのたぐいも装備していなかった。青年が所持していた武器は、ずっと古い時代の草臥くたびれたアサルトライフルだけだった。


「それで、お前はどこの組合から依頼を受けたんだ?」

 青年は顔を青くして周囲に視線を向けた。〈人造人間〉であるハカセや、〈深淵の娘〉のハクを警戒しているのかもしれない。

「じゃ、ジャンクタウンの……しょ、しょ、商人組合だ」

 ややあって青年はそう言うと咳込んだ。


「飲むか」

 綺麗な水が入ったペットボトルを差し出した。

 青年は緊張して身体からだをこわばらせる。そして額から汗を流して唾を飲みこんだ。

「い、いいのか?」

 私がうなずくと、青年は震えた手でペットボトルを受け取った。


「毒入りじゃないから、安心して飲んでくれ」

 彼は毒という言葉に反応して激しくむせた。

「大丈夫でしょうか?」と、ミスズは青年を心配した。

 私は肩をすくめると、青年が落ち着くのを待った。


「か、金払いがいいから、い、依頼を、う、受けただけだ……」と、青年は私に黒い瞳を向けた。「だ、だから、あ……あ、あんたたちと敵対する気は、は、はじめからなかったんだ」

「そうだろうな」


「ほ、本当だ、し、し、信じてくれ。あ、あんたのことや、こ、この場所の事は誰にも言わない。だ、だから帰してくれないか」

 緊張からなのか吃音を起こしていた青年はかすかに身体からだを震わる。


「レイラ殿」とレオウが言う。

「このまま帰すには、その者は知り過ぎたのではないか?」

「……そうだな」

 私は溜息をついた。厄介な問題だ。こうなると分かっていたのなら、もう少し考えて青年に対処するべきだったのだ。


「な、なんだ?」と青年は慌てた。

「そ、その人は、な、なんて言っているんだ?」

 青年は翻訳機能が付いた端末を所持していないので、ヤトの言葉が分からないのだ。

「た、頼む! お、俺を殺さないでくれ、し、知っていることは、ぜ、ぜ、全部話した!」


「大丈夫だ。殺したりはしない」と私は頭を振る。

「な、なら、帰してくれ。た、頼む!」

「それはできない」

「ど、ど、どうしてだ!」


「お前は知り過ぎた。拠点の位置や仲間のこと、それから大きな白蜘蛛のことも」

「く、蜘蛛……」と青年は震えた。

「お、俺が組合に、ほ、報告すると思っているのか?」と青年は抑揚のない声で言った。「お、俺は組合に殺されかけたんだぞ、ほ、報告なんかに行くものか!」

「組合に報告しに行かなくても、お前が生きて街をうろついていたら噂になる」


「い、生きてってどういうことだ。な、何が言いたいんだ?」

「襲撃のあと仲間が周辺一帯を調べたんだ。襲撃者はひとりも生き残っていなかった」


 砲撃が止んでしばらくすると、ヤトの部隊が廃墟の街に出ていって、襲撃者の生き残りを探した。しかし生存者はひとりもいなかった。後方で砲撃を行っていた者たちは、れ出した強力な化学兵器で粗末な防護服が溶けていて、そこから侵入した毒ガスを吸って死んだ。


 襲撃者たちがおとりに利用したと思われる者たちの遺体も見つけた。彼らの所持品と、それから死に方が青年の仲間と同じだったことから、いずれも毒の入った栄養剤を飲んで死んでいたことが分かった。


「な、なら、お、俺は……ど、どうなる?」

 青年は私の顔をまじまじと見た。

「お前が生きていることが発覚すれば組合の人間に捕まって、十中八九この場所で何が起きたのかを無理やり報告させられるだろうな」

 私はそう言うと、鉄板やら何やらを肩にかついでハクの巣に向かうヤトの戦士に目を向けた。


「く、クソ!」と青年は地面を殴りつけた。

「だ、だから、お、俺は初めから、い、い、嫌だったんだ」

「何が嫌だったんだ」

「だ、だってそうじゃないか! か、簡単な調査依頼で、た、たんまりと金がもらえるんだ。そ、そんなの怪しいじゃないか」


「依頼を受けたときに、ほかにもおかしなことはなかったか?」

「お、おかしなこと?」

「そうだ。組合の金払いについてあんたは怪しんだ。他に何か気がつかなかったのか?」

 青年はしばらく考えてから、やがて胸元に手を入れて何かを探した。


「探しているのはこれか?」

 レオウがくしゃくしゃになったタバコのパックを青年に投げた。

 青年は慌ててそれを受け取ると、レオウに頭を下げた。

「あ、ありがとう」と青年はレオウに言った。

「なに気にするな。それにそいつは元々お主のモノだ」


 レオウの言葉を聞いたあと、青年は私に目を向けた。

「か、彼は、な、何て言ったんだ?」

「気にするなって、そう言ったんだ」

「そ、そうか……」と青年はうなずいた。

「す、吸ってもいいか?」


「ああ、好きにしろ」

 青年はタバコを一本口にくわえてライターを探した。それからタバコのパックに入っているライターに気がついて、取り出すと火をつけて一服吸った。自分自身の行動が我々に注目されているのに気がついているのか、気恥ずかしそうにしていた。


「あれは火を点けて吸うモノだったのか、わしはてっきり噛むものだと思っていたが」

 レオウは興味深そうに言った。

「異界にもタバコくらいはあったんだろ?」と、私はレオウにたずねた。

「あったが、あんなに綺麗に包まれたモノは見かけなかったな」


「一本もらえるか?」

「あ、ああ、も、もちろん」

 青年は戸惑っていたがタバコを手渡してくれた。私はそれをレオウに渡した。


 レオウがタバコをくわえると火をつけてあげた。

「うむ……」と。レオウは難しい表情をした。

不味まずいのか、親父」

 レオウの後ろに立っていたヌゥモが心配してたずねた。


「いや、独特な苦みはあるが。不味まずくはない」

「気に入ってくれて良かった。今度、ジャンクタウンに行ったらお土産に買ってくるよ」

「レイラ殿には貰ってばかりだな」

 レオウはそう言うと、困ったような顔をした。

「気にしないでくれ、好きでやっているんだ。それに一族にはこれからも力を借りたいと思っているんだ」


「それは我らにできることか?」

「ヤトの一族が得意なことだ」

「そうか」

 レオウは残忍な笑みを浮かべた。


「あの……レイラ?」

 ミスズの声に反応して青年を見ると、彼は顔を青くして震えていた。

「大丈夫だ、お前をどうにかする相談をしていた訳じゃない」

 レオウの表情を見て勘違いしたのだろう。

「そ、そうか」と青年は震えながら言う。

「よ、よかった」


「さっきの話だけど」と私は言う。

「あ、怪しい、に、人間を見たんだ」と青年は言う。

「せ、せ、背広を着ていた。す、すごく高そうなやつだ」

「他には?」

「よ、傭兵組合の人間もいた」


「どんな奴らだ?」

「と、鳥籠同士の争いを、せ、専門に引き受けている、よ、傭兵団だ」

 私が何も言わず青年を見つめていると、彼は慌てながら続きを口にした。

「ゆ、有名な、よ、よ……傭兵団だ。きょ、強力な毒を戦闘で使用する、や、奴らだ。依頼主と敵対した組織を、お、女子どもがいても、て、徹底的に、ぎゃ、虐殺してきた凶悪で、こ、怖い奴らだ」


『たぶん、レイの狙撃で死んだ連中のことだね』

 カグヤの言葉にうなずくと、青年にたずねた。

「他に何も見なかったのか?」

「わ、わからない。な、何も見なかった。そ、それだけだ! 頼む、し、信じてくれ」


「落ち着け」

「あ、怪しい依頼なのは分かっていた。で、で、でも俺にはどうしても、か、金が必要だったんだ」

「家族が病気に?」

 私は素っ気無く言う。どうせ作り話なのだろう、と。

「ち、違う」と青年は頭を振る。


「なら、何が?」

「お、俺は組合に所属していないんだ」

「意外だな」と私は興味なさそうに言う。

 青年は私を睨んで、それからすぐに目をせた。


「じゃ、ジャンクタウンの市民権が得られるって、そ、そう言われたんだ」

「誰に言われた?」

「く、組合だ。しょ、商人組合に所属させてくれるって」

「IDカードも持たないチンピラに商人組合が市民権をくれると、本気で信じたのか?」

 私の言葉に青年は肩を落とした。

「お、俺たちは、は、はじめから何も持っちゃいない。な、なら信じてみるのも悪くない」


 私は懐から栄養剤の瓶を取り出し、青年に見せた。

「こいつは商人組合から貰ったんだな?」

「い、依頼主から、し、し、試供品を貰ったから、い、依頼を受けた人間は、ぜ、全員飲んでいけって」


「お前はどうして飲まなかったんだ?」

「そ、それは……」

 私は瓶をしまうと青年の言葉を待った。

「……か、金だ。そんなにいいものなら金になるだろ? だ、だから売ろうとしたんだ」


「嘘だな」

「う、嘘なんかじゃない」

「分かるんだよ」と、私は自分自身の瞳を指差しながら言った。

「ぎ、義眼なのか……?」


 私の瞳が発光したからだろう、青年はそう口にした。

「う、嘘を見破ることができる、ぎ、義眼も存在するのか?」

「ああ。だから嘘だって分かる」


 私はそう言ったが、瞳の義眼ではなく異界で獲得したモノだ。敵意の他にも相手の感情を読める。いや、むし些細ささいな感情の変化をとらえて理解することが、本来の瞳の使い方だったのかもしれない。いずれにせよ彼が嘘をつくと、視覚情報としてそれが私に伝わるようになっていた。


「奴隷だったのか?」

「ち、違う!」と青年は叫んだ。

「お、俺は、ど、奴隷なんかじゃ、ど、奴隷じゃない!」

「でもお前の扱われかたはまるで奴隷じゃないか」


 実際、彼が仲間だと言っていた人間の死体を確認した。彼らが身に着けていた装備はどれも高価なモノで、目の前にいる青年とは大違いだった。

「の、飲むなと仲間に脅されたんだ……」と青年はうつむきながら言う。

「それで、そいつに栄養剤を盗られた?」

「そ、そうだ……」


「そいつは死んだんだろ? なんで浮かない顔をしてる」

「こ、孤児だった、お、俺に仕事をくれたから」

「仕事をくれたね……」


 青年がいいように働かされて搾取さくしゅされていただけにしか見えないが、俺が気にする問題じゃない。人にはそれぞれのかかえている問題がある。青年にもきっと事情があったのだろう。


「それで組合は〝試供品〟とやらを依頼主から手に入れたんだな?」

「そうだ! こ、交易関係にある、と、鳥籠からだって、い、言っていた」

「それは何処どこの鳥籠だ?」

「そ、それは――」


『レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『外に出ていたヤトの一族が、人擬きと遭遇したって』

 私は網膜に表示されるカラスからの映像を確認した。

「レイラ。私が対処してきます」とミスズが言う。


「分かった。ハクの巣から出ていくときには、ナミを一緒に連れて行ってくれ。彼女は頼りになる」

「わかりました」


 ミスズのハンドガンなら人擬きを確実に殺せる、だからこそミスズは〈ヤトの一族〉に加勢しに行きたいのだろう。心配だったが、ナミがついていれば大きな問題は起きないだろう。

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