第72話 兵器工場 re


 川向うには盛土による高台が数箇所あることが確認できた。その高台にはバンカーにも似た構造物があって、砲身をこちら側に向ける兵器が設置されていた。


 高台の先に視線を向けるが、それ以上先の風景は確認できない。距離がそれなりにあることが関係しているのかもしれないが、風景が不自然にかすんでいることも気になる。意図的に視界を利かなくして、川向うにある〈兵器工場〉を隠蔽しているのかもしれない。


 すぐとなりでづくろいしていたカラスに向かってうなずく。カラスは首をかしげたあと、建物の縁から空に向かって飛んでいった。

「カグヤ、異変を感じたらすぐにカラスを退避させてくれよ」

『分かってるよ』と、彼女の声が内耳に聞こえた。



 日が昇ると共に我々は高速道路の高架下から移動して、危険な土手沿いを離れた。ウェンディゴのシールドは充電が完了していて安全に廃墟の街を移動することが可能になっていたが、以前まで感じていた安心感はもうなかった。

 当たり前のことなのかもしれないが、ウェンディゴのシールドは絶対ではない。強力なシールドを搭載とうさいしていても防げない攻撃は存在する。


 それから私はウェンディゴを離れて、ひとりで高層建築物の上階までやってきていた。

 ウェンディゴは建物の陰に入って、〈環境追従型迷彩〉を起動してその存在を隠蔽している。ミスズを連れて来なかった理由はいくつもあるが、簡単に説明するなら、彼女の精神を気遣きづかってのことだった。


 人擬きとの戦闘や人間の襲撃者との戦闘が頻繁に起きていた。ナノマシンによって、精神が安定するように保たれている私と異なり、生身の人間であるミスズの精神にかかる負担は大きい。


 ミスズは常に笑顔をみせてくれる子だった。それはミスズの美徳かも知れないが、何かに悩んで、苦しんでいる姿を彼女は他人に決して見せようとしない。だから彼女が何を感じているのか私には分からなかった。


 そしてまともな人間は、人を殺したあとに笑ったりしない。ミスズもその笑顔の奥に苦しみを抱えているはずだ。もう少し早く対応できていたらとも思うが、この世界の人間の考えに染まり過ぎていて、ミスズが隔絶された世界から来たことを忘れていた。


 ミスズが暮らしていた東京の施設では、人々は戦前と同様の考えを持って生きていた。ミスズは普通に学校に通い、普通の暮らしをしていた。それは例えば、ほしいものがあれば殺して奪えばいい、なんて誰も考えない世界だ。

 ミスズが兵士になるべく育てられ軍事訓練を受けていたからと言って、彼女が今まで穏やかに生きてきたという事実は変わらないのだ。


 だからせめて今日はミスズをウェンディゴに残してきた。彼女は残ることを嫌がり私がひとりになることを気にしていたが、我慢してもらうしかない。休日だと思って、ジュリと遊んでもらうことにした。



 ずっと遠くに見える〈カラス型偵察ドローン〉の姿を眺めたあと、カラスが見ている映像を拡張現実で表示されているインターフェースで確認した。

「ここまでは順調だな」

『もう少し高度をあげてみるよ』

 カグヤはそう言うとカラスに新たな指示を出した。


 建物が密集し複雑に絡み合う猥雑わいざつとした風景を眺めていると、土手沿いに近付いてくる者たちの姿が見えた。めずらしいことに、その集団は自動車を使用していた。

 車両は大きなピックアップトラックで、荷台には武装した人間が何人か乗っていた。トラックの後方にはヴィードルの姿も確認できた。集団は勾配を上がると、土手沿いに並ぶ白い柱に近付いた。


『あの白い柱が危険なことを知らないのかな?』

 私はただ黙って連中がやろうとしていたことを観察する。


 トラックの荷台から武装した人間が降りてくると、荷台に寝かされていた女性を地面に引きり倒した。緑色に髪を染めた女性は汚い身形みなりをしていて、全身に派手な刺青をしていた。得体の知れない武装集団は抵抗する女性を白い柱の側に連れていった。


「何をするつもりだ?」

『レイダーギャングの処刑かな……あっ、柱を見て、レイ』

 円柱に視線を向けると、柱の付け根から光の輪のようなモノが出現するのが見えた。それは柱の頂部にある装置の上までゆっくり上がっていき、空中に静止した。


 武装した集団は女性の背中を蹴ると、柱の向こう側に彼女を倒した。女性は土手の坂を転がり、そして柱から放たれた閃光を受けて、生い茂る草と共に蒸発した。柱の頂部で静止していた青白く輝く光の輪が収縮すると、女性に向かって光弾を撃ちだしていたのだ。そしてそれはほんの一瞬のできごとだった。


 武装集団はそれを見て腹を抱えて笑っていた。もちろん私のいる場所まで彼らの笑い声は聞こえてこなかったが、聞きたくなかったので気にしなかった。


 髪の長い女性がヴィードルから降りてくると、笑っている男のひとりを殴って何か指示を出した。殴られた男は小走りでトラックの側に行き、荷台からワイヤーを引っ張り出した。それから白い柱の側まで向かうと、柱の向こうに出ないよう気をつけながら、器用にワイヤーを柱に巻き付けた。


 集団が柱から離れると、トラックは一気に加速して土手の坂を下り、道路を真直ぐに進んだ。しばらく進むとピンと伸びたワイヤーと共にトラックは前進しなくなる。が、なおもアクセルを全開で踏んでいるのか、トラックは左右にふら付いてタイヤからは黒い煙が出ていた。


「柱を倒す気なのか?」

『うん。でも、ダメみたい』

 白い柱の付け根に光の輪が生じると、集団は異変に気がついて騒ぎ出した。その集団の中から柱の側から逃げ出す者も現れた。しかしトラックは柱を引き倒すために加速を続け、柱に負荷をかけていた。


 白い柱の頂部で光が瞬くと、トラックは荷台の一部だけを残して、運転手もろとも融解ゆうかいして道路に広がった。

「連中、これからどうするつもりなんだ」


 集団は土手沿いに集結して何かを相談し始めた。

『やっぱり柱は人間を通さないための装置だね』

「俺は通れたけどな」

『もしかしたら〈不死の子供〉の血液が関係しているのかも』

「どうして俺の血なんだ?」と私は顔をしかめた。


『分からないけど、レイの血液が特別なのは分かってるでしょ?』

「ハクがほしがるほどだからな。特別なんだろう」

『その特別な血液に、旧文明期の装置が反応したのかも』

「たしかにスキャンされていたけど……」


『レイ、人擬きだ』

 土手沿いの集団に視線を向けると、先ほどのトラックの騒ぎを聞きつけた人擬きが、付近の廃墟から大量に溢れ出してきていた。それらの人擬きは武装した集団に向かって駆けだした。武装集団は人擬きに対してすぐに攻撃を開始したが、しかし数が違い過ぎた。


 五十を優に超える人擬きが一斉に集団に襲いかかった。

 不幸なことに反撃のための銃声が、さらに多くの人擬きを集めることになっていた。人擬きの波に呑まれた集団から何とか抜け出せた者の中には、他に選択肢がなく、柱の向こう側に仕方なく逃げる者もいた。そういった者たちは白い柱から放たれた光弾を受けて、背後から追いかけてきた化け物と一緒に溶けていった。


 人擬きの騒ぎにいち早く気がついた集団のリーダー格だった女性も、ヴィードルで逃げようとしたが、大量の人擬きにしがみつかれて、車両の制御を失って建物に衝突した。女性はなんとか操縦席から出てくると、人擬きに向かって射撃を開始した。


 私は狙撃銃を手に取ると、建物屋上で腹這いになって足を開いた。

『どうするの?』

「彼女に慈悲じひを与えるんだ」

 偉そうに言うと、ライフルのストックに頬をあてながら照準器を覗き込む。


『あんな最低な連中なのに?』

 略奪者の女性に対して行った仕打ちについて話しているのだろう。

「殺された女性も同じ穴のむじなだろ。それに、そんなことを言い出したら切りがない。この世界には最低な連中しかいない、この世界が最低なようにな」


 狙撃に使うライフルは襲撃者から奪ったものだ。状態がよく、型も新しく性能がいい。ライフルを入手したときに取り付けられていた照準器は邪魔だったのですぐに外していた。代わりに自分が愛用していたシンプルなモノを取り付けていた。


 ゆっくり息を吐いて、照準を女性に合わせる。

 彼女はアサルトライフルの弾丸が尽きると、そのライフルで人擬きを殴り始めた。けれど終わりは近づいていた。傲慢ごうまんな考えかもしれないが、生きたまま喰われる苦しみを味合わないように、私は彼女に安らかな死を与えることにした。


 ボルトハンドルを操作して、弾薬を薬室に押し込んでハンドルを倒した。

『いつでもいいよ』

 カグヤの支援によって、最適な位置にターゲットマークが表示された。私はその印に合わせて引き金を引くだけでよかった。反動はそれなりにあったが、私は照準器から視線を外さなかった。弾丸が女性に命中すると、血煙と共に桜色の脳が砕けた頭蓋から飛び散るのが見えた。


 立ち上がると、周囲の状況を確認する。

 私がいる建物には人擬きはいなかったが、用心するに越したことはない。この建物は建設途中のモノだった。そしてだからこそ、この建物は人擬きの巣にならなかったのかもしれない。餌になるような人擬きがいなければ、巨大な昆虫もやってこない。幸いなことに建物入り口も封鎖されていたので、略奪者が拠点にすることもなく、建物はずっと無人のまま残されていた。


『大丈夫、周囲に敵の反応はないよ』

 ワヒーラから受信している索敵マップを確認していると、カグヤがそう言った。

「武装集団はどうなった?」

『全滅だよ』

「結局、あいつらは何がしたかったんだ?」


『さっきの行動は私刑とかじゃなくて、あの柱が本当に人間を通さないのかテストするためにやったんじゃないのかな?』

「それはそれで最悪だな」

『うん。それで思ったんだけど、あの集団も〈マリー〉からの依頼でこの場所に来ていたんじゃないかな?』


「その可能性はあるな」

『依頼を受けた人間は、他にもまだいると思う?』

「報酬が高いから、いるんじゃないのか」

『私たちと協力できたらいいのにね』


「まともな連中なら協力することも考えられるけど、今まで見てきた連中にろくな人間はいなかった」

『問答無用で襲いかかる襲撃者に、レイダーギャングを笑って殺す武装集団か……たしかにまともじゃないね』


 ずっと遠くの空に見えていた黒い点を見ながら建物の縁に座るとカグヤにたずねた。

「カラスから受信する映像に変化はあったか?」

『白い柱はカラスに対して攻撃はしなかったけど……ダメだね。画像が乱れて、ハッキリ風景を確認できない』

「意図的に見られないように妨害していると思うか?」

『その可能性はある』

「何とかできないのか?」

『やってみる』


 拡張現実で表示される俯瞰ふかん映像えいぞうを視界いっぱいに拡大すると、カグヤが画像処理してくれた画像を確認する。

「あれが〈七区の鳥籠〉か」

『うん。外見は工場だね……少し警備が厳重過ぎるけど』


 高い防壁に囲まれる兵器工場の周囲には、確認できるだけでも数十体の警備用機械人形の姿が見えた。それらはアサルトロイドや重武装の機体だった。

「あれはなんだ?」

『うん?』

 工場の母屋だと思われる建物の近くにある物体を拡大する。


『攻撃ヘリコプター……かな?』

「ダメだ、映像が乱れていて分からない。サーモグラフィーに切り替えられるか?」

 映像が切り替わると、灰色の世界にヘリコプターの機影がくっきりと見えた。

「攻撃ヘリだな。廃墟の街で実物を見るのは初めてだ」

『そう言えば、廃墟の上空を飛行しているヘリは全然見かけないね』

「でも、存在しない訳じゃない」


 映像を一旦いったん引いて、鳥籠の敷地を囲む防壁を拡大表示する。防壁には自動攻撃タレットが設置されていて、各種センサーで施設の監視を行っていることが確認できた。映像をさらに動かすと、複数の多脚戦車の姿が見えた。

『無人機だね』

「自律型の戦闘車両まであるのか……」

 映像が切り替わると、無人機だと思われる軍用規格のヴィードルも確認できた。


「正面からの侵入はできそうにないな」

『ひとりで鳥籠に向かうつもりだったの?』

「柱の先に行けるのが俺だけだからな」

『ほかの道を探そうよ』

「例えば?」

『地下とか』

「地下ね……」

 私はそうつぶやくと空を仰いだ。


 曇っていない空を見るのは久しぶりだった。その青い空のずっと高い所に、爆撃機らしきものが飛行しているのが見えた。


「カグヤ、準備はできているか?」

『本気なの?』と、戸惑うカグヤの声が聞こえた。

「本気だ。ここに来る前に、そのことは散々話し合っただろ」

『そうだけどさ……』

「兵器工場の近くに爆弾を落としてくれ」

 何でもないことのように言った。


『あの距離だと、私たちにも被害が及ぶかもしれない』

「被害が出ないように、ウェンディゴは移動させた」

 周辺一帯の状況が見られる地図を確認しながら言う。

『たしかに旧文明期の建物なら、衝撃で生じる爆風の勢いを弱めてくれるかもしれないけど……』


「大丈夫だ。やってくれ」

『本当にいいの?』

「ああ」

『強引に過ぎると思うけどな……』


 はるか上空を飛行する爆撃機の進路がゆっくり変わっていくのが見えた。

『投下するよ』

「了解」


 カラスの退避も済ませていたし、ハクも土手沿いにいなかったので問題なかった。近くに人間が生活する集落がないことはすでに確認していた。付近に生物がいるとすれば、それは略奪者か人擬きだけだった。初めから気にすることなんて何もないのだ。


 それに、爆撃機の攻撃が成功するとは考えていなかった。

 そして私の考えた通り、白い円柱に光の輪が出現した。


 興味深いことに、今回は複数の柱に同じ現象が起きた。中空に静止した光の球はやがて互いに引き寄せられて、ひとつの大きな発光体になると、遥か上空の爆弾に向かって撃ちだされた。そして光弾は爆弾を跡形もなく消し去った。


 私は進行方向を変えながら飛行する爆撃機を眺める。

『ダメだったね』とカグヤが言う。

「だから言っただろ、心配することなんてないって」

『なら試す必要もなかったんじゃないの?』

「確証がほしかったんだ」


『なんのために?』

「距離だよ、カグヤ」

『円柱を破壊しようとしてたの?』

「〈重力子弾〉であれが破壊できないか考えていた。でも、もう諦めたよ。あれだけの距離があっても迎撃されるんだからな」

『そうだね』と、カグヤは呆れていた。

「やっぱり地下だな。兵器工場につながるトンネルがないか探してみよう」

 ライフルを拾い上げると、ウェンディゴに戻るための準備を始めた。

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