第71話 襲撃者 re


 猥雑わいざつとした廃墟の街に雲の切れ間から日の光が降り注いで、地上に明暗をつくり出す。川向うに見えていた高層建築群の間でホログラム広告の光がまたたいて消えると、その明暗がさらにクッキリと感じられる気がした。


 高台にあるバンカーに視線を向けると、もくもくとした白煙が風によって川の上に流れているのが見えた。その川に沿って視線を動かすと、兵器が格納されている構造物と同様のモノがいくつも並んでいるのが確認できた。強力な遠距離攻撃に、白い円柱による絶対防御。川をさかいにして、そこは一種の要塞と化していた。


 暖かい風が吹いた。途端にひどく蒸し暑く感じるようになった。

「暑いですね」と、ミスズは眉間にしわを寄せて額の汗を拭っていた。

 私はうなずくと建物の屋上を見回しながら言った。

「この場所でやれることはもうないから、ウェンディゴに戻ろう」


『兵器の破壊を諦めるの?』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

「土手沿いに近づかなければ、攻撃を受けることがないからな」

『人擬きに襲われてあんなに苦労したのに、簡単に諦めちゃうの?』

「今回ばかりは仕方ない。それより鳥籠を見つけることに専念しよう」

「そうですね。まずは依頼を優先しましょう」と、ミスズも納得してくれた。


「ハクはどうする?」

『ハク。いっしょ、いく』

 白蜘蛛は可愛らしい声で返事をすると、触肢しょくしで床をトントンと叩いた。

「それなら、一緒にウェンディゴに行こう。どこかに行かないでちゃんとついて来てね」


『ん。わかった』

 ハクは行動の予備動作として身体からだを低くすると、勢いをつけてとなりの建物に向かって一気に跳躍ちょうやくした。

「またどこかに行っちゃいましたね」と、ミスズが困ったように言う。


 帰り支度を進めていると、廃墟の街から銃声が聞こえた。

『レイ、ウェンディゴが襲撃されてる』と、カグヤの緊張した声が聞こえる。

 ミスズと目線を合わせると急いで移動を始めた。

「状況は?」


『ウミが周囲の警戒をしていたから、攻撃される前に相手を見つけることができた。だから大事にはいたっていないけど……』

「相手が何者か分かるか?」

『ウミの機体に搭載されているカメラアイからの映像を表示する』


 階段を下りながら、網膜に投射される映像を確認する。

 映像には瓦礫がれきに身を隠しながら応戦するウミと、旧式のパワードスーツを装着した男性が二人確認できた。作業用の旧式パワードスーツは戦闘用に改造されていて、装甲として溶接ようせつされていた鉄板には派手な塗装がされていた。


 映像を拡大表示すると、近くの廃墟に潜んで狙撃している襲撃者の存在も確認できた。タクティカルゴーグルを使って映像を確認していたミスズが言う。

「相手はレイダーギャングでしょうか?」

「わからない。装備がしっかりしているから、レイダーには見えないけど……」

「それなら傭兵でしょうか?」

「スカベンジャーの可能性もある」


「だとしたら、狙いはウェンディゴですね」

 彼女の言葉にうなずくと、崩れかけていた階段でつまづかないように、足元に注意しながら言った。

「急ごう。ウェンディゴにはジュリもいる」



 高速道路の高架下に近づくと激しい銃声が聞こえてくる。

「ウミ、そっちの状況を教えてくれ」

『問題ありません。いざとなればウェンディゴで踏み潰します』

 凛としたウミの声と、その言動のちぐはぐさに困惑する。

「そうか……もうすぐ掩護えんごに入る。それまで無理しないでくれ」


 高架橋から崩落した瓦礫がれきに身を隠すと、ウミに向かって射撃を行っている襲撃者たちの様子をうかがう。

「ミスズ、ここからは連中に動きを感付かれないように静かに行動しよう」

「わかりました」彼女はコクリとうなずいて、それから遠慮がちに言った。

「あの……えっと、彼らの攻撃の意図を確認しなくてもいいのでしょうか?」


「組合に所属する同業者だとしても、すでに攻撃されているから確認する必要はないよ。それに、ウミも連中に警告したはずだ」

『もちろん警告はしました。彼らは聞く耳をもちませんでしたが』

 ウミの声が聞こえると、ミスズはホルスターからハンドガンを引き抜いて、シールドの膜を展開しながら気持ちを切り替えた。

「なら、仕方ないですね……」


 二手に分かれると、外套がいとうの〈環境追従型迷彩〉を使って、狙撃手が潜んでいた建物に侵入した。身を低くして外から聞こえてくる銃声に耳をそばだてる。建物は薄暗く苔や生い茂る草で足場が悪かった。


 けれど激しい銃声で足音を消せるので、とくに問題はなかった。階段を上がっていくと、草や泥は見なくなり、代わりにゴミが目立つようになる。壁の至るところに描かれた卑猥ひわいな落書きを横目に見ながら、狙撃手がいる部屋に向かう。


 窓枠に銃身をのせて照準器を覗いていた男性の背中を見ながら、ボディアーマーの胸元からナイフを抜いた。それから狙撃手が発砲するのを待った。男性がウミに向かって発砲すると、短い距離を一気に駆けて男との間合いを詰めた。そして男の口元を片手で塞ぎながら、もう片方の手で男の首にナイフを突き刺した。


 背後から接近している間、男性は私の存在に一切気がついていなかった。だからナイフが首元に突き刺さったときにも、きっと状況を理解していなかったのだと思う。自分の死が訪れたことも、あるいは気がついていなかったのかもしれない。


 喉元から血液が流れている間も男性の頭を支配していたのは、これから手に入れられるかもしれない大型ヴィードルや、戦利品のことだけだったのかもしれない。でも、もちろん私には彼が何を考えていたのかなんて分からない。彼はすでに死んでいて、それを知る術も永遠に失われたからだ。


 男性をその場に寝かせると、彼が使っていた狙撃銃を拾い上げて弾倉を確認した。

 狙撃銃はいいものだった。細部まで丁寧に手入れがされていて、取り付けられていた照準器はジャンクタウンにある〈軍の販売所〉で買える装備としては、最上位に位置する部類の代物だった。


 それは電子装置によって制御されていて、標的用のタグをつけてくれるだけでなく、風や距離の計算も行い、標的に対する狙撃の補助をしてくれるモノだった。けれど、それらの機能は私に必要のないモノだった。カグヤの支援が得られたし、その照準器はゴテゴテとしていて重たく、狙撃の障害になりかねなかった。


 それはともかくとして、その狙撃銃を使って襲撃者たちに対処することにした。ボルトハンドルを操作して薬室に弾薬を送り込むと、照準器を覗き込みながら息を深く吸い込んだ。工事現場で見られるような、ヘッドライトが付いたヘルメットを被っていた襲撃者の頭部に照準を合わせると、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。


 着弾を確認するとボルトハンドルを素早く操作して、ワヒーラから得られる情報をもとに、次の標的に向かって銃身を向ける。パワードスーツを装着していた男性は、仲間が撃たれたのを見てすぐに物陰に姿を隠した。


 重機関銃による制圧射撃が止まると、ウミは瓦礫がれきの陰から飛び出してパワードスーツを装着した男性に向かって駆けた。男が弾倉の装填を終えて建物の陰から身を乗り出した瞬間、ウミは男の顔面目掛けて拳を振り抜いた。戦闘用機械人形の拳を受けた男性の頭部は変形し、グシャリと潰れた。


 別の建物に侵入して、襲撃者に対処していたミスズから通信が入る。

『レイラ、こちらも終わりました。もう安全です』

「了解した。残りの敵は……」

 誰にともなくつぶやいたときだった。


「降参する!」と、襲撃者のひとりが両手をあげながら建物の陰から姿をあらわした。

『どうするの、レイ?』

「ウミ、そいつを拘束してくれ。話を聞きたい」

 視界の端に表示されている索敵マップを見て、他に襲撃者がいないことを確認すると、狙撃銃を肩にかけて建物から出た。



「で、あんたらは何者なんだ」

 枯茶色の迷彩服を着た男性が地面に両膝をつけて、後頭部で手を組みながら言う。私は男の質問を無視して言った。

「なぜ俺たちを攻撃してきたんだ?」

「俺たちはスカベンジャーだ。お宝が目の前にあるんだ。動かないわけにはいかないだろ」

「その車両には所有者がいた」


「知らないな、人間はいなかったんだ」

「警告したはずだ」と、私はウミを見ながら言った。

「機械人形の言葉を信じる馬鹿はいない」と、男性は地面に痰を吐いた。「そうだろ兄ちゃん?」

「信じるべきだった。そうすればお前の仲間は死なずに済んだ」

「だろうな」彼は他人事のように鼻を鳴らした。


 襲撃者は仲間の死に対して何かを思うことがないのか、平然とした態度を見せていた。

「この辺りで何をしていたのですか?」

 ミスズが男性にたずねると、男は下品な笑みをミスズに向けた。

「何をしていたかって? いいか、姉ちゃん。俺たちはスカベンジャーだ。どこで何をしようが俺たちの勝手なんだよ」


「ですが、この場所はとても危険です」

 ミスズは男性を睨みながら気丈に言った。

「土手沿いに並ぶ円柱のことを言っているのか? たしかにあれは危険だな。連れのひとりが発射された光弾に溶かされたからな」


「柱に近付いたのか?」

 男性は異様に突出した目をギロリと私に向けてから言った。

「川向うの鳥籠に行くのが俺たちの仕事だったからな」

「仕事? それはどんな仕事だ」

「さぁな」

 男性はニヤリとミスズに視線を向ける。

「どうだ、姉ちゃん。このあと俺と楽しまないか? あんたも好きものなんだろ?」


 ミスズは困ったような表情を見せると、私は男の顎をライフルのストックで殴り、倒れた男の髪を引っ張って頭を持ち上げる。

「どんな仕事だ?」

 男性は口の中を切ったのか、自身の血液で咳込んだ。

「姉ちゃんはお前のモノだったのか、悪いな」


 私はうんざりすると、男性の髪から乱暴に手を離すと立ち上がった。

『殺しますか?』

 ウミが平然と聞いてきた。私は肩をすくめると男に言った。

「お前が馬鹿にした機械人形に殺されたくないのなら教えてくれ。なんの仕事で、どの鳥籠を探していたんだ?」


 男はへらへらとした笑顔を私に向けるだけで何も言わなかった。

『どうするの? レイ』

 カグヤの言葉に私は頭を振った。

 正直、もう男性に対して興味がなくなっていた。


「ウミ、死んだ男たちから装備を回収してきてくれないか?」

『承知しました』

 ウミは男性の側に落ちていた紫色に塗装された派手なライフルを拾い上げた。


「待ってくれ!」と、血液が混じった唾を吐きながら男が言う。「そいつを取り上げられたら、この廃墟の街では生きていけない!」

「なら、教えてくれ。お前たちは何をしていたんだ?」

「クソ!」と男は声を荒げた。「医療関係の遺物に関する依頼を受けたんだ」


「レイラ」

 私はミスズにうなずくと男性にたずねた。

「誰から依頼を受けたんだ?」

「背広を着た気取った男だ」

「依頼内容は?」


「遺物の回収に決まってんだろ。おい、もう充分だろ。俺の銃を返してくれ!」

 私は予備に持っていたハンドガンを男に渡した。

「こいつで我慢しろ」

「ふざけるな!」

「ふざけてないさ。お前は俺たちを襲撃した。この場で殺されないだけ、俺たちに感謝するべきなんだ」


「クソ、クソ、クソ! 川向うにある〈兵器工場〉から〈オートドクター〉を回収するのが俺たちの仕事だったんだ!」


 〈七区の鳥籠〉が兵器工場だと聞かされても、私はとくに驚かなかった。ジャンクタウンを出るときに、〈七区の鳥籠〉について〈イーサン〉から情報を得て知っていたからだ。しかし、鳥籠が川向うにあることは知らなかった。さすがのイーサンでも〈七区の鳥籠〉には近づかなかった。〈兵器工場〉は厳重な警備が敷かれていて当然なのだ。


『これは厄介な問題だね』と、カグヤが言う。

「もういいだろ。そいつを寄越せ!」

 男性は私の手からハンドガンを引っ手繰ると笑みを浮かべた。

「油断したな!」

 男性はハンドガンを私に向けて引き金を引いた。

 けれど弾丸は発射されなかった。


「弾薬を装填した銃を渡す訳ないだろ」

 男性は茫然ぼうぜんとした表情を浮かべると、ミスズに襲い掛かろうとした。

 しかしそれも失敗に終わる。男がミスズに触れる寸前、彼の腕が胴体から離れて地面に転がった。


「えっ」

 男は痛みを感じていないのか、音もなく目の前に降りて来た白蜘蛛を驚愕しながら見つめた。

『スズ、だいじ、やわらかい』

 ハクはそう言うと、男の顔に糸の塊を吐きかけた。


 男性は苦しさに耐えられずに、残った片方の手で糸を引きはがそうとする。が、男の手は、まるで画像を早送りするような速度で溶けていった。指が溶けて体液が地面に流れ落ちると、苦しさにもがいていた男も一緒に倒れた。


 どうやらハクが吐き出したのは、強酸性の糸の塊だったようだ。男の顔からはひどい臭いがする蒸気が立ちのぼり始めた。


「ハク、えっと……ありがとうございます」

 目の前で起きた凄惨な光景に戸惑いながらも、ミスズはハクに感謝した。

『ん。スズ、まもる』

 ハクはそう言うと、鉤爪がちらりと見える脚先で地面を叩いて、また何処どこかに行ってしまう。


 男性が発する臭いに耐えられなくなると、男の足首を掴んで遠くまで引きっていった。

『連中も私たちと同じ依頼を受けていたみたいだね』

 カグヤの言葉にうなずく。

「そうだな。それにしてもまいったな」

『うん。川向うに鳥籠があるなんて聞いてない』

「さすがに今回は諦めないとダメかな……」

 ミスズの側に戻ると、ウミが回収してきた装備をウェンディゴに運んだ。


『レイラさま。こちらの装備も回収しますか?』

 ウミがパワードスーツを引きりながらやってくる。フレームが損傷していないか確認してから私は言った。

「そうだな。損傷もないみたいだし、血液を洗い流したら使えるかもしれない」


「塗装も直さないとダメですね」とミスズは言う。

 桃色の塗装がされたアサルトライフルを見ながら私はうなずく。

「簡単に発見される危険をおかしてまで、なんでこんなに自己主張しているんだ?」 

『なんでだろうね』と、カグヤも呆れていた。


「パワードスーツをまた入手できたね」と、ジュリが微笑む。

 いつの間にかウェンディゴから降りていたジュリに驚きながら言う。

「どうして出て来たんだ?」

「戦闘は終わったじゃん」


「終わったじゃんって……」私は溜息をついた。

「でもたしかに、パワードスーツは貴重な戦利品だ」

 廃墟の街で入手していたパワードスーツのことを思い出した。あのときは持ち帰れなくて建物屋上に隠していたが、ウェンディゴを手に入れてから回収していた。まだ使用していなかったが、いずれジャンクタウンの整備屋に預けて使用できるように調整したかった。


 ウミはパワードスーツから襲撃者の死体を引き剥がしてから、ウェンディゴのコンテナに運んでいった。襲撃者の装備の中から使えそうな物をすべて回収してから、ウミと協力して死体を遠くまで運んだ。


 それから人擬きを引き寄せないように、襲撃者たちの死体を焼却する。それが終わるころには日が暮れ始めていた。私たちはこの場所で野営することに決めた。

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