第48話 深淵の娘 re


 ヴィードルで接近すると多脚戦車はその場に止まった。しかし我々に対して敵意はないのか、砲身がこちらに向くことはなかった。


 くすんだ灰色のデジタル迷彩が施された複合装甲を持つ多脚戦車には、後付けされたと思われる砂色の装甲板が取り付けられていた。その装甲には戦車の本体には見られない錆が浮いていた。


 補給を受けることなく廃墟の街を彷徨さまよっていた戦車の装備は、どうやら使い尽くされていて、多連装ミサイルランチャーや機関銃等の弾薬も残っていないように見えた。しかしビーム兵器が使用できる多脚戦車は、その状態でも我々にとって脅威であることに変わりはなかった。


 黄色いレインコートを着た子供型の〈守護者〉である〈アメ〉が、戦車の砲身に座っているのが見えた。一見して人間にも見えたが、それは〈守護者〉が人間と同様の骨格を持っているからなのだろう。


 皮膚に覆われていないき出しの骨格は、旧文明の特殊な鋼材で造られていて、それは強度があり適度な柔軟性を備えていてとても軽い。まるで歩く骸骨がいこつのような外見をしている〈守護者〉は、基本的に人間と敵対することはない。でもだからと言って油断できる相手でもなかった。


 戦闘を生業としている組合の傭兵たちですら、〈守護者〉を相手に戦うのはきびしい。〈守護者〉は敵対した相手がなんであろうと殲滅せんめつしてきた。それが人間の暮らす〈鳥籠〉であっても変わらない。


 どのような理由があって〈守護者〉と敵対したのかは分からないが、彼らの攻撃によって壊滅かいめつした鳥籠は数多く存在していて、その噂は〈守護者〉の存在を不可侵のモノに変えていた。彼らを神としてあがめる宗教団体があらわれたことも不思議じゃない。


 もちろん、すべての守護者が人間にとって脅威になるわけではない。

 私が以前、廃墟の街で遭遇そうぐうした〈守護者〉は人間に興味がなく、蜘蛛くもの変異体の観察を趣味にしていたし、私を窮地から救い出してくれた〈アメ〉や〈カイン〉のような非敵対的な〈守護者〉もいる。ジャンクタウンにいるときには、行商人の護衛役を買って出た〈守護者〉がいたという噂も聞いたことがあった。


「こんなところでなにしてるの、レイラ」

 戦車の砲身に座っていたアメは幼い女の子の声でそう言って、日の光を浴びて白銀色に輝く頭蓋骨を私に向けた。彼女の義眼は赤く発光していた。


 ヴィードルの防弾キャノピーが開くと、私はアメの瞳を見つめながら言った。

「〈二十三区の鳥籠〉に行った帰りだよ」

「第二十三核防護施設か……本当に行ってきたんだね」と、彼女は笑みを浮かべた。

 本当に〈アメ〉が笑みを浮かべていたのかは私に分からない。守護者の頭蓋骨には筋肉や皮膚がないから表情の判別が難しいのだ。けれどパーツのわずかな変化で、私にはそう感じられた。


「ひと悶着あったけどな」と、私は苦笑する。

「それで、なにか分かったの?」

「〈不死の子供〉って呼ばれる存在が〈データベース〉に対するなんらかの権限を持っていたことは何となく分かった。けどそれだけだよ」


「〈不死の子供〉については、ほとんどの情報が秘匿されているからね」

『どうして秘匿する必要があるの?』と、カグヤがアメにたずねた。

「カグヤもひさしぶりだね」

 アメはそう言うと、ミスズに向かって手を振った。

「あの、えっと……」と、ミスズは困ったような表情を見せる。「私はカグヤさんじゃないですよ」


「そうなんだ。私はてっきり、カグヤがここに来てるんだと思ってた」

「彼女はミスズで、俺の相棒だ」

 ミスズのことを紹介すると、アメは納得して、それからうなずいた。

「あぁ、ミスズね。分かった。もう間違えないよ」


『それで』と、カグヤは質問する。『どうして〈守護者〉は、〈不死の子供〉について教えてくれないの?』

 アメが口を開いて、なにかを言おうとしたときだった。砲塔に取り付けられていたレーザー探知装置がなにかに反応してかすかに動いた。


「我々ニは、その権限がナいからダ」

 機械的な合成音声が聞こえると、頭部に特徴的なシカのツノがある〈カイン〉が物陰から姿を見せた。カインは表情のない赤色のお面を装着していて、黒色の古びたロングコートを着ていた。その隙間から見える骨格は白く輝いている。


 一般的な〈守護者〉は鈍い銀色の骨格を持っていたが、アメとカインは他の守護者と異なっていた。その違いにどのような意味があるのかは分からない。けど想像はできる。カインとアメは多くの〈守護者〉を従えていた。おそらく軍の階級や、それに準ずるなにかしらの立場の相違が彼らの間には存在しているのだろう。


『また権限だ』と、カグヤがうんざりしながら言う。『その権限は誰が決めたの?』

 カグヤの言葉に同意すると、彼らに質問をした。

「まさかカインたちも、〈セラエノ〉とかいう〈データベース〉の意思に従っているのか?」


「セらエノとは関係なイ。我々は自由だからナ」と、カインは答えた。

「そうだったな。なら〈不死の子供〉について話しても、なにも問題ないんじゃないか?」

「ソれはマた別の話だ。そレよりも、探してイた物を見つケられタのだな」


「探し物? 〈不死の子供〉についての情報なら進展なしだよ」

 私がそう言うと、カインは素早い身のこなしでヴィードルに飛び乗った。急に目の前に近づいてきた守護者に驚いてミスズは身体からだを強張らせた。

 カインはミスズの様子を気にすることなく、彼女に赤いお面を近づけた。


「イや、ナにか違う。何者ダ、何処かラ来た?」

「ミスズです……東京の――」

「東京ダと?」カインはミスズの言葉をさえぎると、ヴィードルの側を離れた。


 彼は考え事をしているのか、腰の刀に手を置いた。

「奴ラは何を企んデいる……」

 カインの言葉に反応してアメが頭を振った。

「カインが何を考えているのか大体分かるけど、それはダメだよ。東京は私たちの管轄外なんだから」

「ワかってイる。……ミスズと言ったナ、目的はナんだ」


 ミスズは戸惑いながらも、施設を出たときの話をした。

 自分を残してほとんどの仲間が死んでしまったことや、作戦指揮官が死んでしまい作戦の詳細も分からず、施設に帰ることができなくなってしまったことも話した。特殊な個体を施設に連れ帰ることが、ミスズたちの任務だったこともカインに話した。

「お前たチを釣り餌にシたのか……」

 カインは何か重要なことを知っているのか、ミスズの話に納得して黙り込んでしまう。


「ずっと気になっていたんだけどさ」アメはそう言うと戦車の砲身に立って、両手を広げるようにして重心のバランスをとりながら、そのまま先まで歩いて行った。「偶然、居合わせただけだと思っていたんだけど、ずっと見張られているみたいだね」


 アメが見ている方角に視線を向けたが何も見えなかった。上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉に指示を出して、周囲を確認してもらったが怪しいものは見つけられなかった。


「なにか見えますか、レイラ?」

 ミスズの問いに私は頭を振った。

『アメには何が見えているの?』とカグヤが質問した。

蜘蛛くもだよ」

 アメの言葉を聞くと、カインはすぐに動いた。


 彼は廃墟の外壁に飛びつくと、あっという間に屋上まで登ってみせた。

『あの蜘蛛くも……〈深淵しんえんむすめ〉だな』

 ずっと高いところにいるカインの声が内耳に聞こえた。壊れた発声器からではなく通信音声だったからなのか、カインの声は普通に聞き取れた。

「すごく特別な〈深淵の娘〉だよ」と、アメが返事をした。


「蜘蛛……もしかして、白いやつか?」

 私がそう言うと、アメは驚いて声を上げた。

「レイラはあの蜘蛛のことを知ってるの?」

「少し前に遭遇して戦闘になったんだ」

「よく生き延びられたね」

「噛まれて血を吸われたけど、何とか生き延びたよ」


「血を吸われただけ……?」アメは顎に手を置いて何かを考えて、それから納得した。「そう言えば、レイラは〈不死の子供〉だったね」

「血を吸われたことに何か意味があるのか?」

 私の質問に返事をしたのはカインだった。


『深淵の娘たちの生態について知られていることは少ない。そして残念なことに、我々が保有する情報を人間に開示する許可は得られていない』


「廃墟の街に生息する蜘蛛の変異体は、すべて〈深淵の娘〉と呼ばれているのですか?」と、ミスズがカインにたずねた。

『厳密に言えば〈深淵の娘〉は蜘蛛くもではない。しかし……そうだな、あの蜘蛛に似た生物だけがそう呼ばれている』


「真っ黒い体毛を持っていて、腹部に赤いまだら模様もようがある特別な蜘蛛のことを〈深淵の娘〉と呼んでいるんだよ」と、アメがカインの説明を引き継いだ。「深淵の娘は、そこらへんで見かける蜘蛛よりも圧倒的に戦闘能力が高くて、それに彼女たちは集団で狩りをするんだ。だから敵対したら、私たちでも厳しい戦闘になる」


「その〈深淵しんえん〉は、なにを意味しているんだ?」と、私はアメにく。

「空にある宇宙だよ」

「まさか宇宙から来たって言うのか?」

 アメは頭を横に振ると、レインコートのフードを揺らした。

「私たちにも色々と複雑な事情があるんだ。だから話せないこともある」

 アメはそれ以上、蜘蛛について話さなかった。


『どうするの?』

 カグヤの言葉に私は肩をすくめた。

「わからない。本当に俺たちが遭遇そうぐうした蜘蛛なのかも分からないし、話を聞いた限りじゃ俺たちの分が悪い」


 白い蜘蛛は廃墟の街に溶け込むような能力を使っていて、カラスの眼でも蜘蛛の姿を見つけることができなかった。

『一度拠点に帰ろうよ』と、カグヤは言う。

「そうだな。日も暮れるから急いだほうがいい」

 コンソールを操作して、最適化された経路を地図に入力する。


「もう行くの?」と、アメが首をかしげた。

「ああ、あの蜘蛛に攻撃されたくないし、もう日が暮れそうだ」。

「そっか、拠点に造った防壁があれば安全だしね。気をつけて帰るんだよ」

 ミスズは振り向くと、私に困った表情を見せた。


「どうして拠点のことを知っているんだ?」と、私はアメにたずねた。

「防壁を建てるには、専用の〈建設機械〉を操作しなくちゃいけないからね」

「あの建設機械はそんなに貴重なモノなのか?」

「そうでもないよ。街のあちこちにあるし、まだ動く建設人形のほうがずっと貴重だよ。問題は、それを動かすことができる人間がいないってこと」

「〈データベース〉に関する権限か……つまり、俺じゃないと機械は起動できない。そういうことなんだな?」

「うん。そういうこと」


「モう、行くノか」と、建物から飛び降りてきたカインが言う。

「行くよ。カインたちはどうするんだ、蜘蛛くも退治でもするのか」

 カインはシカのツノを左右に揺らして否定した。

「深淵ノ娘たチには関わらナい」


「そうだったな。それじゃ俺たちは行くよ」

 カインはうなずいた。

「神々ノ望みのまマに」

「バイバイ、レイラ」と、アメが手を振る。「カグヤとミスズもね」



 山のように建ちはだかる高層建築群を避けて、大通りから狭い路地に入った。故障して同じ映像を繰り返すホログラムの広告看板のまたたきの中に飛び込んで、壁面を移動して建物の屋上に出る。


 建物屋上には、まるで獲物を探して水中に首を入れている鳥のような恰好をした戦闘機の残骸があった。損傷が酷かったが、使える部品が残っているのかもしれない。私は場所を忘れないために地図にしるしを残しておいた。


 建物から建物へと飛び移る。

 そこで人擬きが巣にしている建物に侵入して、建物屋上まで避難してきたが帰れなくなり、そのまま餓死がししたと思われるスカベンジャーたちの遺体を見つけた。彼らには悪いと思いながらも、使えそうな装備や物資は回収していく。彼らには必要のないモノだし、雨風にさらしておくには惜しい。


 彼らの持ち物の中にはコンピュータチップのたぐいと、警備用ドロイドのテーザー銃が二挺ちょうあった。それなりの値段で売れるモノなので回収する。機械人形用のチップセットは、静電気対策の施された小さな箱に丁寧にしまい、テーザー銃は使えることを確認してからヴィードルの小型コンテナに収納した。


 ミスズが操縦するヴィードルは、高速道路から飛び出して建物に突き刺さるようにして停止していた大型バスを足掛かりにして、ツル植物に覆われた巨大な航空戦艦の上に着地する。そして脚の先から爪を出して、すべり落ちないようにして進んでいく。


「レイラ、あれが見えますか?」

 ミスズは、折れ曲がるようにして横たわる航空戦艦の残骸のすぐ近くを指差した。

なにかあるのか」

「草に覆われていますけど、あれも航空機だと思います」

「近くで見て見よう」


 全長一メートルほどのムカデが這う雑草の中を、ヴィードルで慎重に進み目的の場所に向かう。

『本当だ。航空機っぽいね』

 カグヤの言葉に私は頭を振る。

「翼も短いし、宇宙船にも見えるな」


「宇宙船ですか?」

 ミスズは首をかしげて黒髪を揺らした。

「〈タケミカヅチ〉があるんだ、小型の戦闘艇があっても不思議じゃない」

「タケミカヅチって、シンの宇宙戦艦ですよね」

「そう言えば、あの戦艦がまだ飛べるのかシンに聞くのを忘れたな……」


 ヴィードルを降りると、草をかき分けるようにして謎の航空機の側に向かう。

「草に覆われているけど、損傷も少ないし船体の装甲に劣化も見られないな」

 機体は旧文明の特殊な鋼材で造られているからなのか、経年劣化による損傷は確認できなかった。

『修理すれば動くかもしれないね』と、カグヤが言う。

「地図にしるしだけ残して、本格的な調査は今度だな」

『そうだね。蜘蛛が気になるし』


「まだ追ってきていますか?」

 ミスズは不安そうに背後に視線を向けた。

『わからない。蜘蛛の擬態能力が優れているのかもしれないし、私たちに見つけ出す能力がないだけなのかもしれない。でもとにかく〈守護者〉が警戒する相手なのは確かだよ。早く拠点に帰ったほうがいい』


 周囲を警戒しながらヴィードルを走らせて大通りに戻った。しばらく進むと、保育園の敷地を囲むように建つ防壁が見えてくる。その防壁は旧文明期の鋼材が建材として使用されていて、高さは五メートルほどあり、厚さは三十センチほどあった。


 ミスズは、保育園の敷地につながる入場ゲートの前でヴィードルを停車させた。すると壁の上部が開いて収納されていた装置がまばたきするように開いて、瞳のような赤いレンズからレーザーが照射されてスキャンが行われる。


 本当はそんな手間をかける必要はない。カグヤの遠隔操作で門の開閉ができるようになっているからだ。生体情報のスキャンが終わると、防壁に縦筋の亀裂ができる。それから門はゆっくり開いていった。


 ヴィードルが門を通り過ぎると、境目が分からないほどに門はピタリと閉じられた。保育園敷地内に敵対する生物が侵入することはほぼ不可能なので、敷地内の索敵は行わず、そのまま駐車場に入った。

 カグヤの操作で地下に続く隔壁かくへきが開くと、ミスズはリフト内にヴィードルを進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る