第34話 守護者 re


 雨にけむる高層建築群を仰ぎ見ると、暗い通りに視線を落とす。

 アサルトライフルを構え、建物上階からの攻撃に警戒しながら、常に道の端を歩いていた。偵察を行ってくれる〈カラス型偵察ドローン〉は、この激しい雨では満足に能力を発揮できない。


 だから自分自身の目と、それからカグヤから得られる情報をもとに慎重に動く。建物の下を移動するときは立ち止まっていては危険だ。いつ攻撃を受けても対処できるように、常に身体からだを動かすことを意識する。


 数時間後、トラブルもなく目的の建物にたどり着けた。

 守護者がいるとされていた建物は、これといった特徴のない六階建ての建物だった。〈旧文明期以前〉の建物なのか、経年劣化による損傷がひどく今にも崩れそうだった。


「カグヤ、この建物で合っているんだよな?」

『情報通りの建物だよ。でも困ったことがひとつある』

「どうしたんだ?」

『たくさんの機械人形が建物を警備しているみたい』

「どうして分かるんだ?」

『機械人形に使用される〈超小型核融合ジェネレーター〉の反応が複数確認できた』

「稼働している機械人形がいるってことか……それは厄介だな」


 ライフルのハンドガードに片手をえると、周囲に警戒しながら建物に入っていく。人体改造によるモノなのかハッキリとしないが、特別な瞳のおかげで、薄暗い室内の様子もハッキリと認識できた。人の気配はない。長い時間をかけて堆積たいせきしていったほこりと泥、それに用途のないゴミで溢れた室内を進んでいく。


 機械の駆動音に反応して、横倒しになった机の陰に身を隠した。

 姿勢を低くして音が聞こえた方角に銃口を向けると、薄暗い部屋の奥から旧式の〈警備用ドロイド〉の無骨な姿があらわれた。太い胴体に細長い手足の機械人形、装備は出力が制限された暴徒鎮圧用の〈テーザー銃〉だけだ。

 それなりの銃弾は消費するが、倒せない相手ではない。


「カグヤ、やっぱりあの警備用ドロイドは破壊しなきゃダメか?」

『無傷で手に入れたい気持ちは分かるけど、今回はハッキングできないよ』

「どうして?」

『これは予想だけど、機械人形は守護者の支配下にあると思うんだ』


 機械人形の頭部にあるひとつ目のようなカメラアイに照準を合わせる。

「それで?」

『守護者が持ってるシステム権限が優先される』

「そう言えば、守護者は完全自律型の多脚戦車を制御できるだけの権限を持っていたな」

『うん。だから――待って、レイ』


 引き金から指を外すと、足音が聞こえる方角に視線を向けた。薄暗い部屋の奥、階段を下りながら姿を見せたのは黄色いレインコートを着た子どもだった。

 正確には、以前、廃墟の街で遭遇して、追跡されたことがある子供型の〈守護者〉だ。当時は襲われたと勘違いして反射的に攻撃したが、守護者からの反撃はなかった。


「あの黄色いレインコートを着た子どもには見覚えがある」

『私も』と、カグヤが素っ気無く答えた。

「どうする?」

『いつでも逃げられるように、準備だけはしておいて』


「あれ?」と、幼い声が聞こえる。「誰かと思ったら、不死のお兄ちゃんじゃん。こんな所でなにしてるの?」

 幼い女の子の声で問いかける子どもの頭部は、金属製の頭蓋骨そのもので、首をかしげる様子は何処どこか不気味でおかしかった。

「ちょっとした依頼を受けて、このあたりの様子を見に来たんだ」と、咄嗟とっさに返事をした。


 守護者からのれ馴れしい態度に戸惑いながらも、彼女に対して敵意がないことを見せるためにライフルを肩に提げると、ゆっくり立ち上がる。

 それでも右手は太腿のホルスターの側に置き、いつでもハンドガンが抜けるように準備しておいた。たかが拳銃の弾丸で、旧文明期の特殊な鋼材で造られた守護者の骨格にダメージを与えられるとは思っていなかったが。


「そうなんだ……その依頼って、もしかして私たちと関係すること?」

 人を素手で簡単に殺せるとは想像もできない、そんなあどけない声で守護者は私に問いかけてきた。

「そうだ。近くにある鳥籠の住人が、守護者の存在に不安を抱いている」

「私たちに襲われちゃうって考えてるのかな」

「そんなところだ」


「無闇に襲ったりしないよ」

「なら、この場所でなにを?」

「どうしようかな……」と、子どもの守護者は金属の指をあごに当てた。「お兄ちゃんになら教えても構わないかな。ねぇ、私についてきて」

 軽快な足取りで階段を駆け上がる守護者のあとを、私は困惑しながらついていく。


 襲われるかもしれないという不安はなかった。どうしてなのかは分からないが、守護者は私に対して攻撃の意思を持っていなかった。無防備な背中まで見せている。けれど私は油断しないように努めた。


 守護者の能力のおかげなのか、建物内のいたるところに配置されていた機械人形は、私に無関心で攻撃をしてくるようなことはなかった。


「アメだよ」

 突然とつぜん、振り返ると守護者は私にそう言った。大きく崩れた建物の外壁から侵入してくる雨をけながら、私は彼女に質問した。

「雨? たしかに雨脚は強くなっているな、それがどうしたんだ?」


「違う、そうじゃない。名前のことだよ。私はね〈アメ〉っていうんだ。お兄ちゃんは?」

「あぁ、悪い。勘違いした。俺はレイラだ」

「れいら……レイラ。うん? レイラ! ひさしぶりだね」

「ひさしぶりといえば、たしかにひさしぶりだ。いい出会い方だったとは言えないけど」


「うん?」と、彼女は首をかしげる。

「なんでもないよ。それよりよろしく、アメ」

「うん! それで、その子は?」


 アメの言葉に、私は思わず足を止める。

「その子って、誰のことを言っているんだ?」

「誰って、レイラとつながってる子だよ」


『私のことが分かるの?』と、カグヤはひどく驚いた。

「分かるよ」まるでそれが当然のことのようにアメは言った。

『声も聞こえてるみたいだね……私はカグヤ』

「うん。よろしくね、カグヤ」


 錆びたドラム缶からは煙が立ち昇り、炎は部屋の中をオレンジ色に染めていた。ドラム缶の周囲には汚らしい格好をした男女の死体が数体転がり、その中心に胡坐あぐらをかいている守護者がいた。

 赤色のお面に特徴的な二本のシカのツノ、古ぼけたロングコートの隙間から見える骨格は白く輝いている。


 そこにいたのは、以前、私を窮地きゅうちから救い出してくれた守護者だった。しかし部屋にやってきた我々のことを彼は見ようともしなかった。そこで気がついたが、周囲の薄闇のなかにも数体の守護者の反応があった。


 守護者もソレを持っているのかは分からなかったが、〈超小型核融合ジェネレーター〉らしきモノからのわずかな反応が確認できた。これだけ近づけば、いやでも彼らの存在は感じ取れる。守護者と敵対していないことに安堵あんどしながら、赤色のお面を装着した守護者に近づく。


「カイン、お客さんだよ」と、アメが言う。

 守護者たちにはなにかしらのつながりがあるのか、アメは赤いお面を装着した守護者に対して親しげに言葉を投げかけた。


 シカのツノを持つ守護者は、腰に差した刀をさやごと腰から抜いて見せると、それを杖代わりにして立ち上がった。

「どうシた、アメ」機械的な合成音声で〈カイン〉は答える。

「レイラを連れて来たよ。ほら、知ってるでしょ?」

「なンの用だ、レイら」

 カインの視線は、錆びたドラム缶の中で踊る炎に向けられたままだった。


「偵察の依頼を受けたんだ。鳥籠の住人が守護者の存在におびえている」

 私は肩をすくめながらそう言った。

「依頼だト? 貴様はどうシて、ソんな依頼を受けタ」


「仕事だよ。報酬もそれなりに貰えるんだ。それに個人的にたずねたいことがあったんだ」

 真っ赤で特徴のない、のっぺりとしたお面でカインの表情は分からなかった。

「私の知らなイことは訊ねるナ、私は答えらレない。私ガ知っていルことも訊ねるナ、私は答えなイ」

「なにも質問するなってことか?」

 カインは何も言わず、ただうなずいた。


『どうするの、レイ?』とカグヤが言う。

「わからない」

 私はそう言うと、ガラスのない窓の外を眺めた。


 ずっと遠くに見える超高層建築群の壁面に、お辞儀をする巨大な日本人形のホログラムが投影されて、雨に煙る廃墟の街を明るく照らした。


 その巨大なホログラムが瞬き消えると、私は口を開いた。

「廃墟の遊園地で死にかけていた俺を、どうして助けてくれたんだ?」

「深刻な問題を抱えているみたいだけど、〈不死の子供〉だからだよ」と、アメが答えた。


 私はアメに視線を向けて、それからカインに視線を戻した。

「かまワない、神々は我々が自由に生きるこトを願い、我ラが種を創造した。アメが話したいと言うノなら、それもマた自由ダ」


「守護者を創造した神とは何者だ?」

 私の問いにカインは何も言わなかった。

「不死の子供とは何者なんだ?」と、私はアメにたずねた。

「君たちの言う、旧文明期の人類だよ」


「どうして俺が〈不死の子供〉だと?」

「うん?」と、アメは首をかしげた。「だってレイラは不死の子供でしょ?」

 私はカインに視線を向けたが、彼は何も言わなかった。


「分かった。質問を変えよう。この場所で守護者は何をしていたんだ?」

「覚醒剤が出回っていることは知ってる?」

 アメの言葉にうなずく。

「レイダーギャングが使用している覚醒剤のことなら知っている」

「その出所を探ってたんだよ」


「この場所で死んでいるレイダーが、その覚醒剤に関係しているのか?」

「しないよ、なんで?」

 私は部屋に転がる略奪者たちの死体に目を向けた。たまたま居合わせた守護者に手を出して、反撃を受けて殺されたのだろう。略奪者らしい惨めな最後だ。


 廃墟の街に視線を向けると、略奪者たちが使用する覚醒剤について考えた。

「でもこのあたりには人間が安全に暮らせる鳥籠があるだけで、そこの住人は覚醒剤を使用しているようには見えなかった」

「でも、大昔の施設はあるでしょ?」とアメが答えた。

「雑貨を手に入れられる施設しかないと思うけど」


『ドラッグの材料になりそうな物は販売している……』と、カグヤがポツリと言う。

「そう、だから調査しにきたんだよ。無駄足だったみたいだけどね。大きな取引はなかったみたいだし」アメはそう言うと、レインコートのポケットに両手を入れた。


「守護者がどうして人間の問題を気にかける?」と私は訊ねた。

「それは――」

「気紛れダ」と、カインがアメの言葉をさえぎる。「我々はもう、コの場所から出てイく」


「また何処かで会えないか」

 カインは私の言葉に立ち止まる。

「目的はナんだ」

「聞きたいことが山ほどある」

「言ったはずダ。私にナニも聞くな、ト」


「秘密にしておきたいことがあるのか?」

 カインはしばらく黙り込み、それから言った。

「二十三区の鳥籠に行ケば、アるいは、何かワかるのかモしれなイ」

「ここで教えてくれたほうが早いんじゃないのか?」

「話スも、話さなイも私の自由ダ」


 カインの言葉に私はうなずく。

「わかった。助言に感謝するよ、ありがとう」

「神々の望みのまマに」

 カインは腰に刀を差すと窓の縁に手をかけ、そのまま建物から飛び降りていった。

「私も行くね。バイバイ、レイラ」

 カグヤもね、と付け加えながら、アメも去っていった。


『なんかダークヒーローっぽいね』

 カグヤの言葉に私は頭を横に振る。

「またアメコミの話か」


 我々の周囲に待機していた動く骸骨のような守護者たちも、カインたちの後を追うようにしていなくなった。建物内部の警備をしていた機械人形たちも足取りは遅かったが、守護者の後について建物を出ていった。機械人形の列にまざって、戦闘用の機械人形である〈アサルトロイド〉の姿も確認できた。


『依頼も達成したし、鳥籠に戻ろうよ』と、カグヤが言う。

「俺たちはとくになにもしていないけどな。鳥籠にいるミスズとクレアは無事か?」

 少しの沈黙のあと、カグヤは質問に答える。

『問題ないよ。医療班にもトラブルは起きていない』


「よかった。それなら早く戻ろう」

 略奪者たちの遺体に近づくと、周囲に警戒しながらカグヤにたずねた。

「ところで、守護者が話していた〈二十三区の鳥籠〉について、カグヤは何か知っているのか?」

『二十三区の鳥籠ね……調べるからちょっと待って』


 略奪者の装備に目ぼしい物はなにもなかった。錆びた鉄の管を加工して作った〈パイプライフル〉と、錆の浮いた弾薬だけだった。状態の悪いそれらの装備を使う度胸はなかったので、そのまま放置しておくことにした。


『残念だけど、二十三区の鳥籠についての情報は手に入れられなかった。分かったことは、旧文明期の〈核防護施設〉があるってことだけ』と、しばらくしてカグヤは言う。

「俺たちが拠点にしている保育園の地下にあるシェルターみたいなやつか?」

 略奪者の死体から離れながらいた。

『ううん。もっと大きくて、多くの人間を収容できる場所だよ』


「データベースでは、施設が今どんな状況なのかは分からないんだな」

『うん。実際に行ってみないと、それは分からない』

「そうか……」

『もしかして行くつもりなの? レイは守護者の言うこと信じてる?』

「過去の記憶を失っている俺が手に入れられた唯一ゆいいつの手掛かりかもしれないんだ」


『そうだけど……』

「守護者を信用できないか?」

『うん。あれは得体の知れない存在だよ』

「たしかに……でも、まずはクレアの護衛任務に集中しよう」

『医療班の護衛ね』

 今にも崩れそうな建物を出ると、雨で冠水し始めた道路を早足に進んだ。

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