第22話 防壁 re


 高層建築物での探索を終えて拠点に戻り、荷物を保育園敷地内の駐車場にすべて降ろしたあと、雨の中での作業をきらい、探索で疲れた身体からだを休めることを優先した。やらなければいけないことは沢山たくさんあったけれど、高層建築物での探索は精神的にも大きな影響が出ていて、我々はひどく消耗していた。


 拠点に入ると私は武器庫に装備を片付け、シャワーを浴びて早々と眠った。結局、一日中降り続いた雨が止んだのは、夜になってからだった。

 その夜、生きたまま黄金色の昆虫に喰い殺される夢を見た。


 上半身を起こして、時間を確認するとまだ夜中だった。身体にまとわりつく汗の不快感に我慢ができなくなると、シャワーを浴びにいくことにした。


 そのあと寝室に戻ることなくリビングに向かうと、ソファーに座ってぼんやりと天井を眺めた。そして考えたくもない未来について考える。


 いつまでこんな風に生きていかなければいけないのだろうかと。死の恐怖と先の見えない不安。なにを思い、なにを希望にして生きればいいのだろうか。


 ずいぶんと長い間そうしていたのか、気がつくととなりに家政婦ドロイドが立っていた。ドロイドはビープ音を鳴らすと私の肩に手を置いた。


「とても怖い夢を見たんだ」と私は言った。

 その言葉はどこか不明瞭で、自分の喉から出た声とは思えなかった。

 家政婦ドロイドの頭部にあるディスプレイに、アニメ調にデフォルメされた女性の顔が映る。彼女は溜息をついてみせると、短いビープ音を鳴らす。


「いや、そうじゃない。眠るのが怖くなったわけじゃないんだ。少し疲れているだけだ」と、私は必要のない言い訳を口にする。


 家政婦ドロイドは「やれやれ」といった感じでビープ音を鳴らす。

「疲れているのなら眠れるか……そう思っていたんだけどね、どうやらそれは違うらしい」


 短いビープ音。

「人は面倒な生き物なんだ。強靭な身体を手に入れたつもりだったけれど、精神に引きずられて肉体が摩耗まもうする」


 家政婦ドロイドは短いビープ音を連続して鳴らす。

「断片化したメモリーを統合処理してから、休眠状態に入って充電か……そんなことができればいいな」


 低いビープ音がして、ディスプレイに映る女性が笑顔になる。

「ありがとう。でも、遠慮しておくよ、コーヒーなんて飲んだら目が覚めて眠れなくなる」


 長く低いビープ音がすると、ディスプレイに映る女性が頬を膨らませた。

「もう行くよ。眠れなくても、せめて横になって身体を休める」


 部屋に戻ってベッドに横になると、私はすぐに眠りに落ちた。悪夢は見なかった。余計なことも考えずにすんだ。ただ石のような眠りがそこにはあった。



 コーヒーを飲みながら、朝食にいつも食べている〈国民栄養食〉のパッケージを睨む。白地に赤色の文字で書かれた説明文を読む。


〈良い労働のための栄養食。働く力を君に〉


 私は鼻を鳴らすと、その裏に書かれた成分表を読む。見慣れない栄養素が多く書かれている。首をかしげて、カグヤに説明を聞こうとしたとき、ミスズがコーヒーの入った紙コップを手にテーブルに着いた。


「おはようございます」

 眠たそうな声だ。寝起きのミスズはいつものように元気がない。そのギャップがおかしくて、思わず笑顔になる。


「おはよう」

 私はそう言うと、身を乗り出してミスズの跳ねている髪の毛を直してあげた。


「ありがとうございます」と、ミスズは目元をこすりながら言う。

「レイラは、その栄養補助食品が好きなのですね」


 彼女の言葉に反応して手元に視線を落としたあと、ブロック状の栄養食を彼女に勧める。

「いえ……あの、私はドロイドさんが焼いてくれたクッキーを食べるので……」


きらいなのか?」

「……えっと、施設にいたころは毎日のように食べていたので――」


「飽きたのか?」

「はい……」と、なぜかミスズは申し訳なさそうに言った。


 私は栄養食を咀嚼そしゃくする。チョコレート風味の食品で味は悪くない。口の中の水分を根こそぎ奪わなければ完璧だった。


 家政婦ドロイドが紙皿にのせられたクッキーをテーブルに運んでくると、ミスズは感謝してから嬉しそうにクッキーを食べ始めた。そのクッキーの材料にしても、旧文明の〈食糧プラント〉でつくられる小麦粉なのだから、栄養素的にも国民栄養食と代り映えしないと思うが。


 朝食を終えると、ミスズに声をかけてから武器庫として利用している倉庫に向かう。


 作業台で小銃の整備をしながら弾倉のチェックを行い、必要なら弾薬を補充していく。それが終わると、ミスズが使用したアサルトライフル等の装備を確認していく。しかし彼女が使用した装備は、すでに整備が行われたあとだった。昨日の時点で済ませたのだろう。


 このあと地上に向かう予定になっていたが、防壁建築の作業をするだけなので、装備は最小限に留める。スリングを使ってアサルトライフルを背中に吊るすと、ハンドガンを太腿のホルスターに収めて、予備の弾倉をベルトポケットに挿していく。


 準備を終えて倉庫を出る。けれどすぐに思い直して、一旦いったん倉庫に戻って外套がいとうを手に取る。雨が降っていたら作業はあきらめようと考えていたが、地上に向かうのなら、ついでに拠点周囲の安全確認は行いたい。だから念のために外套は持っていくことにした。雨水に含まれる汚染物質に注意しなければいけないので、準備はおこたらないようにしなければいけない。


 ミスズに声をかけてから地上に行こうと考えて、まずはリビングに向かう。

 朝食を終えてソファーに座っていたミスズは、情報端末から投影されるホログラムで動画を視聴していて、彼女の側には子どもの背丈ほどの家政婦ドロイドが立っていた。


 家政婦ドロイドは何が楽しいのか、しきりにミスズの横顔と、ホログラムで投影される映像とを見比べていた。


「何がそんなに楽しいんだ?」

 私の質問に、機械人形はビープ音で答える。


「ミスズの反応を見ていた……? どうしてそんなことを」

 ビープ音が連続で鳴らされる。


「自分が見たときとの反応の違いが楽しい……か、機械人形も映画を見るのか?」

 低いビープ音が聞こえると、ディスプレイに映る女性が顔を赤くする。


「べつにダメとは言ってないよ。データベースのライブラリーには映画が腐るほどある。そのなかには機械人形が見ても楽しめる映画があるかもしれない」


 妙に長いビープ音が聞こえると、頭部ディスプレイに怒った表情の女性が映る。

「馬鹿にしてない。けど謝るよ」

 機械人形はうなずくように身体をかたむける。


「あの……レイラは地上に行くのですか?」と、ミスズが下唇を噛みながら言う。

「ああ。実を言うと、それをミスズに言いにきたんだ」


「私も一緒に行ってもいいですか?」

「構わないよ、一緒に行こう。作業の手伝いも頼もうと考えていたんだ」


 ミスズは花が咲いたような、そんな明るい笑顔を見せると、準備のために部屋を出ていった。けれどすぐに戻ってきて、家政婦ドロイドに言葉をかけた。

「映画の続きは、地上から戻ってきてから見ましょう」


 彼女がいなくなると、低いビープ音が鳴らされる。

「俺の所為せいじゃないからな」


『そうだよ。映画はいつでも見られるんだから怒らない』

 カグヤがフォローしてくれるが、家政婦ドロイドは完全にねてしまっていた。

 機械人形が拗ねるのは、なんだかおかしかった。



 雨はすっかり上がっていた。作業に支障がないことを確認すると、私は瓦礫がれきそっくりに擬態していた〈カラス型偵察ドローン〉を起こして、空から周囲の安全確認をしてもらうことにした。それから保育園内に異常がないか見てまわる。侵入者も人擬きも付近ふきんにいないことが確認できると、我々は防壁建築のための作業を始めた。


 青空を映し出す水溜まりを横目に、私とミスズはコンテナから降ろしておいた金属板を運ぶ。旧文明期の鋼材を含んだ板は見た目に反してとても軽い、それでも運びにくいことに変わりないので二人で協力して運んでいく。


 建設機械をカグヤに起動してもらうと、粉砕機のローターのすぐ横にある専用の隙間に金属板を放り込んでいく。これで板が防壁に使用できる素材に再構築されるはずだ。


「カグヤ、これでいけるか?」

『問題ないよ。これから設定するから、ちょっと待ってね』


 カグヤは現在、拠点のほとんどの機能にアクセスできる状態にあるため、電波塔を使った遠隔操作でも問題なく建設機械の設定ができた。


「楽しみですね」と、ミスズは微笑む。

「そうだな」


 防壁が建つ予定の場所を歩いて見て回ることにした。

 場所は保育園の敷地と道路を隔てる境界で、敷地との境目を注意深く観察すると、十センチほどの幅がある溝のようなモノがあるのが確認できた。しゃがんで近くで見ると、旧文明の鋼材で覆われていることが分かった。


 その溝は保育園の施設をぐるりと囲んでいるようだった。駐車場の建物も、それなりに広い公園も、その全てが旧文明期の鋼材でつくられた溝の内側に含まれていた。


『レイ、防壁を出力するから障害物を退かしてくれる』

 カグヤの声が聞こえると、保育園の周囲にある溝に沿って歩く。途中、邪魔な障害物があれば退かしていったが、おおむね問題はなかった。ヴィードルの残骸と壊れた機械人形があったので、ついでに粉砕機に投げ入れた。なにかの材料の足しになるだろう。


『レイ、始めるよ』

 ミスズと一緒に地面の溝を眺めていると、溝の間から粘度の高そうな液体が染み出してくるのが見えた。やがてそれは盛り上がると硬化していき、紺色のコンクリート状のものへと変化していった。


 正直、それがどのような素材なのかは検討もつかない。生成されていく段階の低い壁を触った感じは、コンクリートのようなざらざらとした感触だった。時間が経つに形成される壁は厚みが増していき、やがて滑らかな表面になって強度を増していった。


 壁が完成するまでの間、私とミスズは敷地内に転がる鉄屑を粉砕機にいれて時間を潰していたが、それでも三時間とかからず防壁は完成する。


 壁の高さは五メートルほどあり、厚さは三十センチほどになった。旧文明期の驚異的な技術力を前にして、あらためてそのすごさに感心せざるをえなかった。壁が建設されている様子は――ありふれた表現だったが、まるで魔法のようだった。


「カグヤ、こいつはとんでもない技術だな」と、思わず興奮する。

『そうだね。私も建設風景は初めて見たけど、それでも信じられないよ』とカグヤも珍しく感心する。

「壁には旧文明の鋼材も使用されているんだよな?」

『うん。拠点の資材保管庫に残ってた鋼材も使ったから、完璧な防壁になったと思う』


「どれくらいの攻撃に耐えられるんだ?」と、私は壁に触れながらたずねた。

『対物ライフルでも壁の表面を少し削るくらいしかできないんじゃないかな』


「多脚戦車の〈サスカッチ〉が使う高出力のビーム兵器はふせげるか?」

「あの多脚戦車ですか……」と、ミスズは廃墟で戦闘になったときのことを思い出して苦い顔をみせる。


『さすがに高出力のビーム兵器は難しいかも』

 多脚戦車が使用するビーム兵器は、旧文明期の建材が使われていた建物を貫くほどの威力があったので、仕方ないのかもしれない。


「なんとかならないかな?」

『レイ、何か忘れてない?』

 カグヤの得意げな声に、私は首をかしげた。


 するとミスズが思い出したように言う。

「先日、闇市で手に入れたシールド生成装置ですか?」


『そう、あの物干し竿みたいなやつを使う』とカグヤは答えた。

 駐車場内の壁に立てかけていた二メートルほどの鉄棒をミスズと協力して駐車場の外に運んだ。


「それで、カグヤ。こいつをどうするんだ?」

『その棒を差し込むための専用の溝があるから、防壁を調べてみて』


 壁には鉄の棒を差し込むための溝が等間隔に存在していた。私とミスズは手分けして鉄の棒を壁に差し込んでいく。鉄棒の先が円形の穴に差し込まれると、まるで溶けるようにして液状化した鉄の棒が防壁に沁み込んでいくのが見えた。


「終わったよ、カグヤ」

『なら少し下がってて、シールドを起動するから』


 防壁からある程度の距離を取ると、甲高い特徴的な音が聞こえて、その直後に半透明の薄青色の膜が防壁を覆っていくのが見えた。やがてそれは防壁の天辺に到達した。


「すごいですね……これで防壁は完成ですか?」

 興奮したミスズの問いにカグヤが答える。

『とりあえず完成だよ。このまま入場ゲートを見に行こうよ』

 入り口を見に行くと、ヴィードルが余裕で通れそうなほどの幅があるゲートが見えてくる。


『普段はこうして閉じていて』カグヤがそう言うと、入場ゲートがゆっくり閉じていくのが確認できた。隙間が分からないほどにピッタリ閉じると、門の外側で音がした。『門の左右に設置されていた攻撃タレットが起動したんだよ。許可のない生物が近づくと、容赦なく攻撃をするように設定してある』


「その攻撃タレットが狙撃で破壊される危険性はあるのか?」と、カグヤにたずねた。

『それはないかな。攻撃タレットは生物の動きを動体センサーで検知するまで壁に収納されているし、シールドの内側だからね』

「なるほど」と私は言った。感心してそれ以外の言葉は浮かばなかった。


「これから地下に戻るのですか?」

 しばらくしてミスズがそんなことを口にした。

「もう少し敷地内を整備したかったけど、雨で泥だらけだからな」

「そうですか……」と、ミスズは公園に目を向けた。


「そこの公園も整備して、作物を育てられるようにしたいな」

「畑ですか?」と、彼女は首をかしげる。


「ああ、でも簡単じゃないな。土の問題もあるし、雨の対策もしないといけない」

「汚染物質対策ですね」


 ふと思い出して、カグヤに確認を取る。

「なぁ、カグヤ。防壁が生成しているシールドは、敷地内の上部も覆うように展開されるんじゃないのか?」

『そうだったね、忘れてた。保育園の建物屋上に鉄棒の差込口があるから行ってみて』


 あまっていた鉄棒を持って保育園の屋上にあがる。水溜まりを避けるように歩くと、屋上のちょうど真ん中に円形の窪みがあるのが確認できた。そこに鉄の棒を差し込んだ。すると防壁を建てたときと同様の粘度の高い液体が染み出して、鉄棒を覆っていった。


「電柱みたいだな」と私はつぶやく。

 完成したモノは、ジャンクタウンにある軍の販売所のとなりに立つ〈電波塔〉を思い出させた。


『シールドを起動するよ』

 カグヤの言葉のあと電柱の先から特殊な力場によって生成される薄い膜があらわれて、防壁に向かって放射状に伸びていくのが見えた。防壁に到達すると横に広がり、まるで半透明の傘を差しているように、保育園の敷地全てがシールドで覆われることになった。


「雨は入ってこなくなるのでしょうか?」

 私が感心したまま薄膜を眺めていると、ミスズがそんなことを口にした。

『雨はさすがに通すよ。でも雨に含まれる汚染物質は通さないように設定できる。エネルギーの消費量は増えるけどね』とカグヤが答えた。


「すごいですね……えっと、あの、そのエネルギーはどこから供給されているのですか」

『地下の拠点からだよ。地熱発電と旧文明のリアクターだね』

「旧文明期のリアクターですか……」

 ミスズは危険性について考えた。

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