第23話 襲撃 re


 防壁建設から数日、我々は廃墟の街で略奪者からの襲撃に遭っていた。

「飛べ、ミスズ!」


 ヴィードルのコクピットから跳び降りると、ヴィードルが道路に向かって飛ぶのを横目に見ながら、建物屋上を転がりながら受け身を取る。そのままの勢いで立ち上がると、目の前にいた略奪者の側頭部をライフルのストックで殴り飛ばした。


 殴られた男は倒れるとビクリとも動かなくなった。私はハンドガンを抜くと男の頭部に銃弾を撃ち込んで、男の結末を見届けることなく駆け出し、道路を見下ろせる位置まで移動して膝をついてライフルを構える。


 眼下には略奪者の銃撃を避けるため、瓦礫がれきの間を蛇行しながら走るヴィードルの姿が見えた。操縦者であるミスズの腕がいいのか、あるいはシールド生成装置のおかげなのか、激しい銃撃のなかでも損傷を受けたようには見えなかった。


「カグヤ、掩護を頼む」と、ライフルのボルトハンドルを操作しながらつぶやいた。

『了解』


 頭の中で響くやわらかな声に答えることなく、略奪者に銃口を向けた。そしてカグヤを介して網膜に投射されているターゲットマークに照準を合わせて、容赦ようしゃなく引き金を引いていく。


 銃声が建物に反響する。錆びた鉄板を胸につけ建設現場用の古いヘルメットを被った薄汚れた男性は、膝がグニャリと折れると糸の切れた操り人形のように倒れた。


 ボルトハンドルを素早く操作して、薬室に次弾を送り込む。照準器の先には女性の略奪者がいた。長い髪は頭皮の油と埃でまとめられ、入れ墨だらけの上半身には何も身に着けていない。彼女は仲間が狙撃されたことに気がつくと、乳房を揺らしながら建物の陰に隠れた。けれど、身体からだの全て隠せたわけではなかった、汚れて黒くなった太腿が見えた。


 息を止めて引き金を引く。撃ち抜かれた太腿を押さえた女が建物の陰から出る。すかさず射撃を行う。血煙が噴き出すのが見えると、女は顔面を地面に押しつけたまま動かなくなる。


 ライフルを背中に回すと、その場から移動して向かい側の建物に向かって全速力で飛んだ。着地場所を見誤り、建物屋上に散乱するゴミに足を取られて転倒する。すぐに起き上がり、上空を旋回していたカラスから受信する映像を確認して、最適な狙撃位置に向かう。


 建物屋上に設置された室外機の残骸近くに〈肉塊型〉のグロテスクな人擬きがいて、ソレは私の存在に気が付くと、こちらに向かってゆっくりと動き出す。その人擬きを無視して、建物から迫り出すように設置された室外機に飛び乗る。足場が崩れないことを確認すると、膝をついて射撃の構えを取った。


 上空のカラスからはライフルを構える私と、私の後方からゆっくり迫ってくる人擬きの姿が俯瞰映像として網膜に投射されていた。その映像を視界の隅に表示させながら、次の標的になる略奪者にしっかりと狙いをつける。


 略奪者は旧式のロケットランチャーを担いでいて、その顔には次の瞬間に訪れる勝利を祝うような、そんないやらしい笑みが浮かんでいた。


 私は息を止めると、躊躇ためらうことなく射撃を行う。脳漿のうしょうで真っ赤な模様を作ったあと略奪者は倒れたが、死の寸前に放ったロケット弾はミスズが乗るヴィードルに直撃する。


 爆発の衝撃で立ち昇る砂煙の中からヴィードルが姿を見せる。装甲に目立った損傷は見られないが、シールドはもう展開できないだろう。と、ミスズから通信が入った。


『レイラ、シールドがダウンしま――』

 ミスズが操縦するヴィードルは、建物の側面に飛びつくことで後方から放たれたロケット弾を避ける。標的を失ったロケット弾はそのまま直進し、建物に直撃。周囲に炸裂音が響き渡る。


「ミスズ! 掩護するから、そのまま後退してくれ!」


 彼女に言葉をかけたあと、後方から迫ってきていた人擬きに向かってグレネードを放りなげて、すぐに建物から飛び降りた。グレネードの炸裂音を聞きながら着地すると、身体からだをひねるようにして着地の衝撃を逃がし、すぐに立ち上がって走り出した。


 そしてロケットランチャーを担いでいた略奪者の姿を捉える。ランチャーの再装填を行う略奪者に接近すると、至近距離でハンドガンの弾丸を撃ち込む。一発、二発、三発目を頭部に受けた略奪者が倒れると、男が装填を済ませていたロケットランチャーを拾い上げて構えた。


『三時の方向!』カグヤの声が聞こえる。


 指示された方角に素早く向き直ると、間髪を入れずにロケット弾を発射した。煙の尾を引いて飛ぶロケット弾は、建物内に潜む略奪者たちを周囲の瓦礫と共に吹き飛ばした。それを見届けると、その場にロケットランチャーを投げ捨て、路地に入って身を隠した。


「ミスズ、大丈夫か?」

 私の問いに、ミスズのしっかりした声が答えた。

『私は大丈夫です。ヴィードルにも損傷はないです』


「よかった……。カグヤ、そっちはどうだ?」

『上空からの映像に変化はないよ。レイダーたちは怖気おじけづいたのか、攻撃も止んだみたい』


 建物の陰から顔を出して周囲の様子を確認する。爆発で舞い上がった砂煙は風に流されていて、道路には爆風によって飛び散った肉片と瓦礫が散乱していた。けれど見える範囲に敵の姿はない。


 電子音を含んだ静かなモーター音が聞こえると、路地裏からヴィードルが姿をあらわす。私は周囲に警戒しながら、ライフルを構えた状態でヴィードルの側に向かう。片手がヴィードルの装甲に触れると、ミスズは防弾キャノピーを開いて、警戒するようにアサルトライフルの銃身を周囲に向ける。


 私がコクピットの後部座席に乗り込むと、キャノピーが音もなく閉じる。そのまま周囲の動きに警戒しながら戦場を離れ、やがて横倒しになった高架橋の陰に入る。そこでミスズはヴィードルを止めた。


「怪我はありませんか、レイラ」

 彼女の問いに私は頭を振る。


「ミスズが囮になってくれたおかげで、なんとかなったよ」

「いえ……あの、当然のことです。でもヴィードルに無茶をさせました」


 全天周囲モニターに表示されるステータスを確認すると、シールド生成装置が急速充電されていることが表示されていた。先ほどまで通常充電モードだったが、ヴィードルを止めたことで急速充電に移行したのだろう。


「気にしなくていいよ。ヴィードルは所詮しょせん、消耗品でしかないし、どれだけ大事に使っていてもいつかダメになる。それよりもミスズの命が大事だ」

 私は考えていたことを素直に言葉にした。


「そうですね……あの、ありがとうございます」


 ミスズの言葉にうなずいたあと、目の前に転がるヴィードルの残骸に視線を移す。

 文明崩壊時のモノだろうか、放置された多くの車両が長いときを得て無残な姿に変わり果てていた。白骨化した人の死骸を乗せたままの車両も多く残っていた。どのような状況で死ねば、そのような姿で今に残るのだろうか?


 視線を動かすと爆撃が残したクレーターが目に入る。窪んだ地面には雑草が生えていて、周囲には爆弾の破片が今も残されていた。生物兵器を使った攻撃があったのかも知れない。


 私はそっと溜息をついた。

『さっきの攻撃、待ち伏せされてたのかもね』


 カグヤの言葉にミスズは首をかしげる。その際、綺麗な黒髪がサラサラと揺れる。

「待ち伏せですか?」


『うん。襲撃された場所は私たちがいつも使う移動経路だったんだ。それにね、レイダーに不相応な装備が怪しい。すごく怪しい。身体も洗えないような、汚くて臭い生き物が、なんであんな高価な装備を持ってるの?』


 たしかに不可解な点がいくつもあった。対ヴィードル戦を想定した装備もそうだが、ヴィードルが通ることが分かっている完全な攻撃配置だった。偵察ドローンで攻撃を事前に察知することができたからかったものの、略奪者たちの存在に気が付いてなければ、最初の攻撃で脚を潰されて動けなくなっていただろう。


 それに、建物屋上に配置されていた狙撃手は、闇市の帰りに襲撃してきた人間が使っていたのと同じ型の銃を所持していた。この襲撃に誰かの意図を感じずにはいられなかった。


『これからは、もっと慎重に動かなきゃダメかも』

 ミスズはカグヤの言葉にうなずく。

「それなら、ジャンクタウンに向かうための移動経路を、何通りか新しく作っておいたほうがいいですね」


『そうだね。付近一帯の地図作りも、あらためてやったほうがいいかも。ねぇ、レイ?』

「うん?」

『保育園の拠点を中心に監視所を作ろうよ』


「監視所か、たしかに必要になるかもしれないな。でもどうするんだ? 機械人形でも配置するのか?」


『警備用ドロイドを出せるなら、それに越したことはないけど、そんなものは持ってないし、とりあえず都市のあちこちに配置されてる監視カメラだけでも活用しようよ』


「都市の警備システムを拠点の警備システムに接続できるのか?」

『できるよ。色々と面倒な作業が必要だけど』


「電波塔を利用するのですか?」とミスズがたずねた。

『うん。都市の警備システムにアクセスするための権限を取得しないとダメだけど』


「その権限があれば、電波塔を介して都市の警備システムに接続できるのですか?」

『そうだね。権限を持っていれば、専用の端末に直接接続しなくても遠隔操作できるようになると思う』

「監視カメラを設置して、そこから情報を取得する方法ではダメなのでしょうか?」


『可能かもしれないけど、色々と問題もあるからね。たとえば電源の確保とか。でも都市の警備システムに接続できれば、すでに整備された都市のインフラが利用できる。そうすれば、都市の警備用ドロイドも支配下におけるかもしれない』

「それができたら、廃墟の探索に大きな助けになりますね」


「そうだな」と私は言った。「スカベンジャーの仕事には危険がつきものだし、人擬きのこともある。下層の建物は上層ほどの危険はないけど、それでも安全に活動するためには必要な権限だな」


『でも、問題がある』と、カグヤはぴしゃりと言った。

『権限取得のために、行政の建物の探索を行う必要がある』


「行政の建物がある場所は把握しているのですか?」と、ミスズがく。

「この間、探索した高層建築物がそれだよ」


「そうですか……」とミスズは意気消沈する。

 前回の探索で、その難しさが身に染みているのだろう。

「今の俺たちじゃ無理だな。けど、いずれは装備を整えて人員も増やして、なんとか探索しないといけない」


「できるでしょうか?」と、彼女は下唇を噛む。

「スカベンジャーの仕事の大部分が、探索の失敗による損失カバーになっているくらいには、廃墟の街の探索は大変な仕事だ。けど今までもなんとかやってこられたんだ。あきらめなければ、いつか探索できるはずだ」

「そうですね……。がんばります」


 気合を入れるミスズの微笑ましい姿に思わず笑みを浮かべたあと、先ほどの襲撃現場上空に残っていたカラスから受信する映像を確認した。すると行商人の大型ヴィードルが、ジャンクタウンに向かって進んでいるのが見えた。


 護衛を引き連れた隊商が瓦礫がれきを避けながら道路をゆっくり移動する。攻撃のチャンスがあるのにもかかわらず襲撃者は姿を見せない。先ほどの戦闘で出た被害が大きくて攻撃できないのか、あるいは隊商が彼らの攻撃目標ではないからなのか、それは私には分からない。いずれにしろ略奪者たちは沈黙したままだった。


「カグヤ、レイダーの姿は確認できたか?」

『待って、今表示するよ』


 全天周囲モニターに表示されていた略奪者たちの輪郭が、赤色の線で縁取られていくのが見えた。確認できるだけでも九人ほどの姿がある。建物内にはもっと多くの略奪者が潜んでいるのだろう。


「動きませんね。やっぱり、私たちが目的だったのでしょうか?」

 ミスズの言葉に私は頭を振る。

「わからない。けど警戒はするべきだな」



 ヴィードルは廃墟の繁華街に向かって走る。しばらくすると、まるで空中に浮かぶように高層建築物の間に設置された巨大な構造物――クジラが余裕で泳げそうな水槽にも見えるモノが姿をあらわす。ミスズの操縦するヴィードルは、その巨大な水槽を横目に、倒壊した建物の壁面に飛びついた。


 水槽の圧倒的なスケールに驚きながらもヴィードルを進める。今まで近くでその構造物を確認したことがなかったが、どうやら水槽の中には魚が生息しているようだった。そして巨大ななにかの影が、深緑色のにごった水の中を泳いでいた。その水槽の管理を行っていたであろう機械人形の残骸を見ながら、藻を生やした水槽の底を通って大通りに入る。


 今回の探索目的であるヴィードル販売店は荒らされていて、錆びたフレームがいくつか残されているだけだった。農業用ヴィードルの色褪せたポスターを眺めていると、倉庫に通じる扉のカードキーを見つけたミスズがやってくる。


「インクってこんなに長持ちしました?」

 ミスズの当然の疑問に私は答える。

「俺の知る限り、長く持っても数十年かそこらだろう」


「旧文明のインクも、ある意味では遺物ですね」と、彼女は溜息をついた。

「ジャンクタウンにある軍の販売所でも簡単に手に入るから、そんなに珍しいモノでもないんだけど、たしかに言われてみれば遺物だな」


 我々は倉庫に通じる扉を開けて、薄暗い通路を進む。倉庫の壁は崩れていて、悪臭を放つ泥と長いときをかけて堆積たいせきしたゴミで溢れていた。ヴィードルの部品はすでにスカベンジャーたちによって持ち出されていたのか、倉庫にはなにも残っていない。


「なにもないですね……」


「こんなものさ」と、私は落胆するミスズに声をかける。

「街の探索では成果がないことのほうが圧倒的に多い」


 文明が崩壊して何年経ったのかは分からないが、これまでも多くの人間がいて、スカベンジャーがいたのだ。そこら中に物資が残っていることのほうが、よほど不自然だった。


「やっぱり、建物の上層を探索しないとダメかもしれませんね」

「そうでもないよ、下層区画でも人擬きの巣になっていて探索されていない建物は残っている。そういった場所を探索すれば、貴重なモノが手に入るかもしれない」


「そうですね……」

 我々はその日の探索を切り上げると、重い足取りで帰路に着いた。

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