第5話 仙丹 re


 遠くに見える超高層建築群の壁面に、日本人形の巨大なホログラムが投影されていて、その日本人形がお辞儀をすると映像が瞬いて消えていく。電源の生きている広告表示器が時折ときおり、稼働しては休止状態に戻る。そうして人々がいなくなった廃墟の街を、ホログラムが色鮮やかにいろどっていた。


「人擬きは、何処どこからやってくるのですか?」

 ミスズの問いかけに私はしばらく思考し、やがて口を開いた。

「不死の化け物はおとぎ話で語られるような、地底からやってくる怪物なんかじゃなくて、人間が生み出した生物だったんだ」


 たしかなことがひとつだけあった。人間を不死の化け物に変えた新薬が、多くの薬同様、元々は人々を救い、より良い未来をつくるために誕生した薬だということだ。


 新薬は日本人科学者の手によって生まれた。たいして有名ではない、研究費もまともに得られないような、そんな大学の研究室で新薬は誕生した。


 新薬を生み出した日本人科学者の情報は秘匿され、世界の歴史から抹消されているため、科学者についての正確な情報は不明とされていた。だから彼が何を考え、何を求めて新薬を作り出したのかは誰にも分からない。


 新薬の効果は人間の細胞の衰退傾向を低減し、老化を少しばかり遅らせることで寿命を延ばすというもので、劇的な効果はなく、その程度のものだったと言われている。体内で作られる細胞を常に新しく作られるようにするとか何とか……。


 けれど日本で研究を続けることは困難だった。動物実験による検証すらまともにできず、なんの成果も出せない研究に、国は多額の援助金を出すことを渋ったのだ。その背景にあったのは隣国の脅威に対処するために、巨額な防衛費用が必要で、それが財政を圧迫していたからだとも言われているが、今となっては誰にも真実は分からない。


 時代が時代なら高く評価されていたであろう不運な科学者に手を差し伸べたのは、皮肉なことに日本の脅威になっていた大陸に古い歴史を持つ超大国だった。


 彼ら大陸の人間は金にものを言わせ、日本人科学者をその家族ごと国内に囲い込むと、必要なもの全てを与え、研究を徹底的に援助した。潤沢な資金に、世界中の優秀な研究員が彼の助手になり開発は進められた。


 そうして新薬は大陸の極秘施設で誕生することになる。

 新薬の名は始皇帝が欲したとされる不老不死の霊薬から名を取り〈仙丹せんたん〉と命名されることになった。


 仙丹の効能はその後も高められていくことになる。やがて薬を服用した人間に半永久的な不老を与えることに成功していた。〝死〟そのものから逃れることはできなくても、仙丹のおかげで手に入れられる数世紀の寿命は、この時代の人々の欲を満たすのには充分な効果を発揮した。


 はじめは大陸の有力者たちに使用されるだけのモノだった。しかし新薬のもたらす効果を目にすると、世界各国の人々がその薬を求めるようになった。


 大国ロシアの大統領に『仙丹の製法を手に入れるためなら全面戦争すら辞さない』と、記者会見で冗談とはとても思えないような発言をさせるくらいに、仙丹は世界中の人間を魅了した。


 膨大な人口と世界第二位の経済力からなる軍事力で、絶対的な権力を手にしていた大陸の政府は、新薬を世界各国の――ごく少数の要人に、あるときは外交のカードに、あるときは法外な値段で売買するなど、仙丹を国のさらなる発展のために政治利用するようになった。


 もちろん世界では彼らの行いは受け入れられず、不平不満の嵐が飛び交うことになった。一部の権力者や資産家が不老を手に入れてしまうことに、人々は我慢ならなかったのだ。しかし大国はそんな批判など意に介さない。


 新薬の製法は限られた人間、それも新薬の服用者である大陸有数の不老者だけに知る権利が与えられていた。開発に関わった多くの研究者とその家族は、すでに国家によって抹殺されていたし、そんな状況で彼らが特権を手放すようなことはなかったのだ。


 彼ら自身、自分たちの優位性を失うようなことをしてまで他国に仙丹の製法を教える気は全くなかったし、裏切り者が出る恐れすらも彼らは感じてはいなかった。


 それに異を唱えたのが世界中の宗教関係者だった。

 神の道に反する行いだとして教会関係者は怒りの声明を出した。またある宗派は仙丹の使用者が神々を冒涜しているとして、抗議のために信者が焼身自殺を行った。それは何処どこかの街角で、あるいは観光名所で、ときには繁華街の中心で行われた。


 そしてあるおろか者たちは神の名を叫び、罪のない多数の命を巻き込む自爆テロという形で仙丹の存在に抗議した。


 宗教関係者は抗議という体裁を取りながら、大陸の政府に対して攻撃を始めた。世界的規模の反仙丹プロパガンダを展開したり、アメリカやヨーロッパの国々を焚き付け、国連のもと厳しい制裁を課したりもした。が、それで何かが変わることはなかった。


 それには理由があった。

 一定の地位に就く宗教関係者が仙丹の使用者だったことも影響していたのだろう。新薬の売買を独占的に行っていた大国から流出した仙丹の購入者リスト、それが公開されてしまったことが主な原因だった。


 リストの流出が意図的なものだったのか、はたまた意図していないものであったのかにせよ、その情報は世界中を駆けめぐり、宗教関係者の信用を失わせるのに十分過ぎるほどの効果を与えた。そしてその余波は、他の国々の有力政治家にも波及していった。


 だが事態は思わぬところに転がり始める。大陸で内戦が始まったのだ。たしかな理由は定かではない。新薬の利権に関する問題、というのが今では最も有力な説だが、とにかく、そうして始まった戦争は大国を二分し、大国が持つ多くの利権を手にしようと画策していた世界各国の企業をも巻き込んでいった。


 いつしか大戦へと発展した戦争は、しかしすぐに停戦へと至る。

 戦場にいる兵士たちの間で謎の奇病が流行し出したのだ。未知のウィルスに感染した大陸の兵士たちは理性を失い狂暴化、敵味方問わず攻撃するようになった。


 ときを同じくして大陸に足を踏み入れた国連の査察団が目にしたのは、兵士に投与される大量の仙丹だった。それは改良されていて、痛みや恐怖を取り払うだけでなく、兵士の細胞を活性化させることによって自然治癒力の強化を可能としたものだった。それが戦地にいる何十万という兵士に投与されていたのだ。


 新薬を起源とするウィルスが不衛生な戦場でどのように変化し、人々に感染する変異ウィルスへと変化していったのかは分かっていない。秘境とも呼ばれていた大陸奥地の戦場に研究者を派遣することなど叶わなかったし、圧倒的な感染速度で被害が増していったことで、各国の政府がウィルスの拡散を恐れたことも影響していた。


 皮肉なことに、後の研究で当時流行していた未知の変異ウィルスに感染するのは、仙丹を服用していた兵士だけだという報告が国連にされることになる。

 感染の対象者は新薬を投与された兵士と、傷口等の接触感染のみだったのだ。


 研究者たちが現地に派遣されるようになる頃には、ウィルスは変異を繰り返していて、感染者たちは半永久的な不老の能力までも身につけていた。ゾンビ映画の不死者同様、痛みも恐れも感じない、攻撃されても進行を止めることのない化け物の誕生だ。


 世界の人々は人の姿すがたをもった怪物を、人のまがい物〈ヒトモドキ〉と呼称するようになった。その事態に喜んだのが宗教関係者だった。


「どうして喜んだりするのですか?」と、ミスズはひどく困惑していた。「宗教は救いや心の平穏を得るためのモノだって私は学びました。それがどうして、人の痛みに喜びを見出せるのですか?」


「どうしてだろう? 自分たちの教義が正しかったと喧伝けんでんしたかったのかもしれないけど、正直、本当の理由は分からないよ」

 私はミスズの質問に答えながら、上空のカラス型偵察ドローンから受信していた映像で安全確認を行う。


 宗教関係者は聖書の一節を持ち出した。

『その日には人々は死を求めるが、決してそれを見いだせないであろう。また、死にたいと思っても死は彼らから逃げてゆく。

                       ヨハネ 黙示録 第9・6 』


 紛争地で起こっている全ての事柄が神の存在の証明であり、我々は審判の日に直面している。そして神の道に反した全ての者たちが、報いを受けているのだと彼らは主張した。


 けれど喜んでばかりもいられない。人擬きに対処するために戦地に送られるようになった国連軍の兵士の数が増えていき、人擬きによる戦死者の数が膨大になっていったからだ。


 この時代の戦闘の凄まじさは、戦場にいる兵士たちが家族に送った映像やメッセージがデータベースに記録として残されているので、その悲惨さがよく分かる。


「そこで誕生した不死者たちが、今の世界に存在する人擬きなのですか?」

 ミスズの問いに私は頭を振る。

「違う。けど人擬きの最初の個体だったことは確かだ」

 カラスの眼で脅威になるような存在が近くにいないことを確認すると、目的地に向かって歩き出した。


 人擬きの誕生で内戦が終わると、国連軍は大国からの援助を受けながら焦土作戦を開始する。数十万の兵士を後方に後退させると、爆撃機で全てを焼き尽くしていったのだ。水墨画のモデルにもなった大国の美しい秘境は、爆弾の衝撃によるクレーターだらけの荒野へと変わっていった。


 それでも死ななかった感染者たちは、日米協力のもとに製造された新型爆弾の投下によって殲滅せんめつさせられる。出来そこないの不死者たちは、そうやって世界から消されていった。

 そうして戦争が終わると、長い長い戦後処理が始まった。


 大陸の首脳部の多くは捕らえられ、裁判のあと戦争責任により死刑が言い渡された。禁固刑としなかったのは、彼らのほとんどが不老者だったということも関係していた。永遠とも呼べるほどの時間を、狭い牢獄の中で生きていくことを道徳的によしとしなかったのだ。


「まぁ、本音は違うと思うけどね」

 私はそう言うと、道路に横たわる機械人形の残骸ざんがいをまたいだ。


「戦争で亡くなった人々の……遺族たちの復讐心ですか?」とミスズは言う。

「どうなんだろうね。そうだったのかもしれないし、ほかにちゃんとした理由があったのかもしれない」


 思うに、ときの権力者たちは自身が捕らわれたときのことを想像したのだろう。気が狂いそうになるほどの時間を、狭い牢獄で生きていかなければいけない自身の姿を。そうして戦争に関わった人間はこの世界から消えていった。宙に浮いたのが新薬の利権だ。それが再び戦争の火種になることを恐れた世界の国々は、新薬の製造方法の公開に踏み切った。


「意外ですね」とミスズが言う。

「長い戦争に疲れ、うんざりしていたんだろうね」


 世界各国の有力者や有識者の集まりによって結成された新組織のもと、十数年の年月を掛けながらも、新薬に関する多くの新法律と共に、仙丹の一般販売が始まった。


「その後の世界の歴史について、俺が知っていることはほとんどないよ」

 地球上で人間が最も繁栄し、栄華を誇った新時代へと世界は移り変わっていく。


 いわゆる〈旧文明期〉と呼ばれる時代だ。

 その時代がどれほどの期間、維持され継続したのかは分からないし、今の人間に分かる術もないのだけれど、何事にも終わりはやってくる。


 情報端末を持っていれば誰でも接続できる〈データベース〉の情報が、意図的に削除されていて、また閲覧権限がないことで見ることのできない情報が余りにも多いため、旧文明期について知る人間はほとんどいない。


 だからその時代について語れることは少ない。それでも得られる数少ない断片化した情報をまとめると、人擬きが文明崩壊、そして最終戦争のキッカケのひとつとされているのはたしかだった。


「人擬きは殲滅されたのではないのですか……?」と、ミスズが首をかしげる。

「国連の機関によって、研究対象として数体の人擬きが捕獲されていたのかもしれない」


「その人擬きが逃げ出した?」

 ミスズの問いに私は頭を振る。

「そうだったのかもしれないし、意図的に人擬きウィルスを戦争に使用したのかもしれない」


 文明の崩壊については何も分かっていない。超大国同士の戦争があったのかもしれないし、自我を手に入れた機械の反乱があったのかもしれない、はたまた宇宙からの侵略があったのかもしれない。実際に冗談のように聞こえる説のひとつが、戦争の本当の理由なのかもしれない。


 とにかく旧文明期の世界は、核兵器と新型爆弾を使用した争いによって終わりを告げる。生き延びたわずかな人々と、人擬き、そして機械人形だけが崩壊した世界に残された。


 数区画先で行われている戦闘の情報が、上空のカラスから送られてくる。どうやら廃墟の街に点在する〈鳥籠〉間を移動して商売を行っている行商人の隊商と、略奪者たちが戦闘しているようだった。私は地図に表示されている移動経路に少しばかりの変更を加えると、また歩き出した。


「人擬きはどうやって人々の脅威になっていったのですか?」と、ミスズは額の汗をタオルで拭きながら質問する。「話を聞く限り、旧文明期の人々の脅威になるとはとても考えられないのです」


「どうして?」

「当時の武器や装備は、きっと私たちが手に入れられるモノよりも、ずっと強力だったはずです。東京の施設にも警備用ドロイドはいましたし、機械人形を見れば一目瞭然です。人擬きとの戦闘に機械人形を使えば感染の恐れもありませんし、戦闘では圧倒的に有利だったはずです」


「手に入れられる数少ない資料で推測することしかできないけど、その時代の〈人擬きウィルス〉の感染力は極めて高く、空気感染も可能になっていたんだと思う」

「空気感染ですか?」

「そう。感染対象は地球上のほぼすべての人間だ」


「すべて……ですか? 旧文明期の人々はみんな仙丹を服用する不老者だったのですか?」

「継続的な服用は必要だったみたいだけど、安価に製造出来るものだったから、多くの人間が仙丹を服用していたと思う」


「そんな……なら私たちを襲う人擬きの正体は、旧文明期の人々なんですか?」

「当時の人間が全員、変異ウィルスに感染したってわけではないけどね」


 ミスズは瓦礫がれきに足を取られそうになって、それを誤魔化ごまかすように言った。

「仙丹を服用していない人々がいたんですね」


「ああ。どんなに薬が安価でも、経済的に新薬を手に入れられない人間は少なからず存在したと思う。それに新薬そのものを受け入れなかった国や宗教関係者も存在していた」

「人擬きにならなかった人々の国は今でも存在しているのですか?」

 ミスズの表情は明るくなる。一時だけだったが。


「いや、国が法律で禁止しても抜け道はいくらでもある。だから感染者は世界中の国に存在していた。実際、感染者が世界中で確認されたって資料も残っている」

「旧文明期の技術力でどうにかならなかったのですか?」


「結論から言うと、時間はかかったけれどワクチンは開発されたみたいだね。抗体を持つ人間の確認によってあっさりと、いとも簡単に。ワクチンの誕生それ以降の人間と、その後に産まれてくる彼らの子孫は、遺伝の操作によって人擬きウィルスの抗体を持って産まれたとされている。だから現代に生きる人々の誰もが抗体を持ち、空気感染しないようになっているらしい。まぁ、それでも傷による接触感染は防げないままだから、人擬きが増え続けている原因にもなっているんだけどね」


「傷による接触感染……」攻撃された仲間のことを思い出したのだろう。ミスズの表情は暗くなる。「完全に感染は防ぐことはできなかったのですか?」


「あくまでも推測だけど、人間の脅威は人擬きだけではなかったと思うんだ。人擬きウィルス根絶に手を焼いている間にも世界中の人間はウィルスに感染して、そして媒介していく過程で、もっと強力なキメラウィルスになっていったんだと思う」


 旧文明期の人々が抱える問題は人擬きだけではなかった。

「国家間の戦争ですか?」と、ミスズは言う。


「当時、国家よりも資金があり影響力もある企業が幾つも台頭した時代だったということもあって、国家というものが主導とされていたのかは分からない。けれど多くの国々が新組織のもと統合した形跡は今でも旧文明期の施設で見て取れる」

「わかるのですか?」


『私のおかげでね』とカグヤの声が内耳に聞こえる。

「わかるよ」と私はミスズに言った。「日本国内の全ての施設を確認したわけじゃないけど、施設で使用されている設備の規格は統一されているし、お金なんかもそうだ。統一された単位を持つ電子貨幣が使われている」


「そうですか……国という概念はもうなくなっていたんですね。だから私に日本について質問したのですか?」

「それもあるけど、旧文明期の施設でどうして旧文明期以前の教育をしていたのか気になったんだ」


「そうですね……あっ、でも、日本の伝統を大切にする人々の集まりによって建設された施設だった可能性もあります」

「可能性はあるな。この世界には自分たちだけで信じられている教義をかかげて、押し付けてくるカルトのなんて多いことか。宗教それだけならまだいいけど、決まって彼らは旧文明期の施設を占拠していて、脅威度も高い」


「そうですか……」

「ミスズが暮らしていた施設を悪く言うつもりはないんだ」


「いえ、いいんです」と、ミスズは乾いた笑い浮かべる。「何となく保守的な集まりなんじゃないかって思っていましたから。施設にはレイラみたいな外国人はいませんでしたし」


「保守的なことは決して悪いことではないよ。それより、言いたいことがある。俺は日本人だぞ」

「えっと……でもレイラの髪は灰色ですし、目が赤色です」


「俺は黒髪だよ。これは廃墟のすなほこりで汚れているだけだ。瞳も人体改造の影響だと思う」

「そうでしたか。すみません」


「いや、謝らなくていいよ」と、私は髪についた砂埃を手で払いながら言った。「とにかくだ。話を戻すけど、なにかキッカケがあったのはたしかで、戦争は世界中に飛び火していった。やがてそれは旧文明期最初で最後の世界大戦へと繋がり、世界は崩壊していく」


「失礼だし不謹慎なのかもしれないですけど、なんだか勿体もったいないです」とミスズは言う。

「勿体ない?」


「はい。圧倒的なテクノロジーで魔法みたいな世界を作り上げた旧文明期の人々や技術が、彼らとは最も縁遠いように思える野蛮な戦争でなくなっちゃうなんて」

『たしかに』とカグヤも同意する。


 野蛮な戦争と縁遠い世界か。

「まぁ、でも俺はまだ終わっていないと思う」

「旧文明期の人類の直系が何処どこかにいるのですか?」


『楽園は何処かに?』

 暇を持て余していたカグヤが茶化ちゃかすが、私はそれを無視して空を仰ぐ。

「宇宙だよ」


「宇宙ですか……」ミスズはそう言うと立ち止まり、額に手を当てて目元に影をつくりながら空を見上げた。均等のとれた美しい肢体したいはそれだけで絵になる。「そうですね。きっと彼らには、この野蛮な世界は窮屈きゅうくつだったのです。今頃はきっと宇宙の深淵しんえんを旅しています」


「ずいぶんとロマンチックなんだな。旧文明期の人間に思い入れが?」

 私の言葉にミスズは頭を振る。

「いえ、そうじゃないんです。私はずっと海の底にある施設で育ったので、その……冒険に憧れを持っているのです。なんだか子供っぽくて恥ずかしいですね」


『恥ずかしそうに見えないけど』

 カグヤの言葉に私は苦笑する。


「そろそろ隠れ家が見えてくるころだ」

 私はそう言うと、カラスから受信する映像を注意深く確認する。追跡してくる敵対的な存在はいないし、付近一帯に略奪者らしき集団の姿も見えない。日中のこの時間帯には人擬きも廃墟に潜んでいるので、脅威にはならないだろう。


『大丈夫そうだね』

 カグヤの言葉に私はうなずくと、廃墟の保育園に向かって歩き出す。敷地内に仕掛けておいたトラップに変化はなく、あたりは静まり返っている。


 動物を象ったアーチをくぐり、保育園の敷地に入っていく。仕掛けた爆発物にミスズが引っ掛からないように、彼女の手を引いてゆっくり歩いていく。無人の園内は不思議な静寂に支配されていた。


 建物内に入ると、カグヤの操作によって地下施設につながる入り口が開放される。

『我が拠点にようこそ』とカグヤが言う。


 鈍い音を立て開放される隔壁をぽかんと眺めるミスズに私は言う。

「鳥籠まで遠いから、今日は拠点で休んでいこう」

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