第2話 その癖も覚えている re


 爆風に運ばれた砂煙がゆっくり建物内に吹き込み、ガラスのない窓から差し込む光によって細かい砂や塵が反射して輝いているのが見えた。


「さてと……」

 建物の外では爆発の衝撃で砂煙が立ち昇り、略奪者たちは状況が理解できず混乱しているようだった。私は建物の奥、仄暗い廊下に目を向ける。


 外から差し込む日の光が、荒れ果てた施設の様子を鮮明にする。ゴミや雑草に埋め尽くされた室内を眺めながら、私は思考する。予定していた通り、建物に侵入することができた。遊園地を根城にしていた略奪者たちの姿は確認できない。


 先程の奇襲で、彼らの多くを建物の外に誘い出すことに成功したようだ。連中は今ごろ、爆発の煙に巻かれて気の毒なことになっているのだろう。


 けれど油断することはできない。戦闘はなるべく避けたかったが人殺し相手に手加減は難しい。私は屈んだ状態でゴミに埋もれたロビーを抜け、薄暗い廊下に向かう。間の悪いことに、錆の浮いた手製のパイプライフルを構えた略奪者が突き当りの部屋から出てくる。


「なんだ、てめえは!」と、モヒカン刈りの略奪者が叫ぶ。


『レイ!』

 内耳に聞こえるカグヤの声に反応し、素早くハンドガンを構えると、ライフルの銃口を向けてくる男性の胸に弾丸を撃ち込んだ。


 薄汚い格好をした男が倒れると、彼が姿を見せた部屋の扉に背中を預け、室内にグレネードを放り込んだ。


 炸裂音のあと、サブマシンガンで室内を適当に掃射した。弾丸を全て撃ち尽くしたところで身を引っ込め、弾倉の装填を行う。空の弾倉をベルトポケットに戻すのと同時に、残りの弾倉の数を素早く確認する。


 それから深く息を吸い、九つ数えたあと室内の状況を確認する。

『生存者はいないみたいだね』

 カグヤの言葉にうなずく。


 薄汚れた戦闘服を身につけた略奪者たちの死体が床に横たわっている。

 過剰かじょうな攻撃だったのかもしれない。このペースだと弾丸が尽きてしまう。けれど相手がそうであるように、私の命もひとつしかない。


 この世界の単純な法則、やらなければやられる。弾薬は買うか奪えばいつでも補充できるのだから、勿体もったいないなんて言っていられない。


 薄暗い部屋の中に素早く視線を走らせると、周囲に敵が潜んでいないか確認して、それから死体の側に屈み込んで使えそうなモノがないか確認する。


 しかし使えそうな装備は何もなかった。弾薬は古く錆が浮き出ていて、彼らが使用する自作のパイプライフルは状態が悪く、とてもじゃないが使う気にはなれなかった。今回は死者から何も奪わなかったが、奪ったからと言って誰も私をとがめたりはしない。


 視線の先に拡張現実で表示される地図を確認しながら、目的の場所へと急いで向かう。薄闇に浮かび上がる地図は、文明崩壊前のデータを利用したモノだった。しかし旧文明期以前の古いデータだったので、荒廃した世界ではほとんど役に立たない。


 その理由は単純で、旧文明期の高度な技術で建てられた建築物を除いて、ほとんどの建築物は経年劣化で崩れていて、残った一部の建物も略奪者や人の手が加えられているからだった。


『地下施設への入り口が崩れていなければいいんだけど』

 カグヤの不安が入り混じるつぶやきに私はうなずく。


 目的の場所に続く部屋は、金属製の防火扉で塞がれていたが、鍵が使われていなかったので問題なく侵入することができた。略奪者たちに鍵を使うという概念があったのかも怪しい。


 薄暗い環境に一瞬で適応した目は、ハッキリと室内の様子を映し出す。どうやらこの部屋は、略奪者たちの食糧庫しょくりょうこにされているようだ。要人用シェルター入口が、今では欠損した人間の死体が幾つも吊るされた食人鬼たちの食糧庫に変わっていた。


 ガスマスクを装着しているおかげで、室内に充満している不快な臭いを嗅がずに済んだ。天井から鎖で吊るされた比較的新しい首のない裸の遺体に近寄り、死体を注意深く眺めた。遺体に手足は無く、腹は裂かれていて、内臓を取り出された胴体だけが物言わぬ彫像のように吊るされている。


 遺体に触れないように注意しながら進む。つい先ほどまで人間を解体していたのか、血液に濡れた包丁がのる作業台からは、粘度の高い血液が床に流れ出し血溜まりを作っていた。その血液に足を滑らせないように慎重に歩を進める。


 部屋の奥には古びた機械人形が鎮座ちんざしていた。崩れた壁から僅かに太陽光が差し込んでいて、光の筋を浴びる旧式の機械人形が場に似つかわしくない幻想的な雰囲気を作り出していた。


 カグヤは私の瞳を通して放置された機体をスキャンする。

『状態から見て文明崩壊の混乱期に遺棄された機体のようだね』


 ハンドガンを両手でしっかりと握り、周辺の動きに注意しながらツル植物が絡みつく機械人形に近づく。無骨で四角い胴体に、蛇腹形状のゴムチューブで保護された短い手足を持つ機械はボロボロで、回収できそうな部品はなさそうだった。


『レイ、機械人形の足元を確認して』

 カグヤの指示通り〈警備用ドロイド〉の足元を探る。


 インターフェースに表示されている情報が正しければ、地下施設への入り口を開くためのスイッチが近くにあるはずだった。


 天井から落下してきたと思われる瓦礫を動かすと、その下に潜んでいた大きなムカデが、急に差し込んだ光に驚いで何処かに這っていく。昆虫の類は苦手だったが、今はそんなことに構っていられない。


 しかし堆積たいせきした土と雑草で床は覆われていて、スイッチは見つけられなかった。


 背中のバックパックをおろすと、軍用折り畳み式シャベルを取り出し、邪魔な雑草と一緒に土を掘り返す。すぐに硬い床に行き当たる。丁寧に周りの土を退かすと、旧文明期の施設で見られる紺色の鋼材でつくられた床が姿を見せる。


 土を完全に掃うと、緑色に点滅する小さな光源を見つけた。

「施設の電源は生きているみたいだな」と私は安堵する。

 電源がなければ入り口は開かないし、旧文明期の鋼材を破壊できるだけの装備は持っていなかった。


「けどスイッチが見当たらないな……。カグヤ、接続できるか?」

『やってみるよ。接触接続を行うから、床に直接手をつけて』


 手袋を外し、ひんやりとした鋼材に触れる。手のひらに静電気の痛みにも似た衝撃が走ると、旧文明期の鋼材が敷かれた床の一部が上方に向かってゆっくりと伸びて、地下への入り口が姿を見せた。


 入り口に近寄ると照明が自動的に灯り、内部を明るく照らす。どうやらこの施設の電源も、文明崩壊後から現在まで故障せずに動いていたようだ。


 動力源は鳥籠にある施設と同様のモノで、旧文明期のリアクターが使われているのだろう。そのリアクターは何処にあるのだろうか?


 これだけの規模の施設に使われる完全な状態のリアクターが手に入れば、それこそ一生を食うに困らないだけの報酬が得られるだろう。


『階段だよ。早く行こう』

 シャベルを片付けバックパックを背負い直すと、カグヤの急かす声に従い、入り口の先に見える階段を下りていく。しばらく進み振り返ると、入り口が音も立てずに閉まっていくのが見えた。


 階段の先には大きな扉が見えた。前時代的で金庫などに使用される大袈裟な扉だ。

 重たく分厚い金属製の扉は施設の持ち主の趣味なのか、そこだけ妙に古臭いモデルだった。地下に続く入り口に使われていた旧文明期の冷たい印象の、シンプルで先鋭的なモデルの入り口が好みだったが、今は好みなど関係がなかった。


 いくつもの錠が外れる金属音が扉の内部から聞こえたあと、ゆっくりと扉が開いていく。余りにも開くのが遅かったので、自分の手で扉を開く必要があった。案の定、扉はひどく重たかった。


 扉の先の部屋はエントランスになっているのか、趣向を凝らした豪勢な設備で溢れていたが、それらはひどく劣化していた。くすんだぼろぼろの絨毯に、剥がれかかっている悪趣味な壁紙。ほこりをかぶったアンティーク物の照明装置は電力が供給されておらず、明かりのない部屋は薄暗かった。


 奇妙な違和感を覚えた。旧文明期の施設は自律型の機械人形たちによって整備され、管理が行き届いている。だから多くの場合、保存状態は良好だった。それなのに、この場所はひどく荒廃している。空気は埃っぽく、風が吹くと砂と一緒に塵が舞い上がり視界が悪くなる。


 換気システムが機能していないのかもしれない。部屋の奥、半開きの木製の扉を開こうとすると抵抗を感じる。体重をかけて扉を押し開く。


「なぁ、カグヤ。遊園地の地下施設が崩壊しているって情報を聞いていたか?」

『私は知らないよ、そんなこと聞いてない』


 扉の先には、崩れた天井の瓦礫がれきが散乱していて、外に繋がる大きな穴が天井の隅に開いていた。略奪者たちが瓦礫を撤去したのか、片付いた空間にはテーブルが置かれ、彼らの武器が所狭ところせましと並べられていた。


「この施設は、要人のためのシェルターだよな?」

『そのはずだよ。現にほら、彼らを警備するための機械人形がたくさん置いてあるでしょ』


 カグヤの言葉に思わず溜息をつく。

「ほとんどの機体は瓦礫に埋もれているけどな」


 核攻撃を想定した施設の天井が、こんなにもろいとは想像もしていなかった。建設途中だったのか、あるいは建設費の横領おうりょうなどで欠陥を抱えたまま出来損ないのシェルターを作らざるを得なかったのか、理由は色々と考えられたが確かなことは何も分からない。


「とにかくアサルトロイドだ。カグヤ、部屋のスキャンを頼む」

『了解』


 カグヤは私の視界から得られる情報をもとに、部屋を精査していく。

 部屋の全体が見られるように私は視線を動かしていく。入り口の扉付近には、瓦礫やゴミが多く積まれていて、それらが先ほど感じた扉の抵抗の正体だと気がついた。


 どうやら略奪者たちは正規のルートを使わずに、崩れた天井から地下に出入りしていたみたいだ。どうりで彼らの食糧庫にある入り口が土に埋もれているわけだ。


 視線を戻すと、集中して周辺に脅威がないか確認する。

『見つけた。目的の機体は壁際に積まれた瓦礫の下に埋もれてる』


 カグヤの指示通り瓦礫を掻き分けていくと、機械人形の頭部が見えた。

「なぁ、カグヤ。このガラクタを見てみろ。どう見たって完全な状態なんかじゃない」


『さすが街一番の情報屋だね』と、カグヤは皮肉たっぷりに言う。

「……間違いは誰にでもあるけど、こいつはひどい」


 苦労しながら〈アサルトロイド〉を瓦礫の下から引っ張り出す。

 その機械人形は、女性を思わせる優美なフォルムを持つ黒鉄色の機械人形だった。とても人を殺すために作られたとは思えない美しさ持っていたが、性能を追求すると、自然と造形も美しくなる。と、誰かの言葉を朧気おぼろげに思い出す。


 アサルトロイドは経年劣化が進み、とてもじゃないが状態がいいとは言えない。それでも脚部以外は破壊されずに残っているようだった。


『よかった。ずいぶんと遠回りしたけど、収穫はありそうね』と、カグヤは声を弾ませる。『まずはカメラアイの下にレンズの型番があるから、それを読み上げて』


 機械人形の頭部にある防弾仕様のフルフェイスマスクを外すと、まるでギリシャ神話の生物〈キュクロープス〉を思わせる大きなひとつ目が現れる。もちろんそれは瞳なんかではなく、メインカメラのレンズだ。

「0166――」そこまで読むと、指で汚れをこそぎ落す。「0166J-dTAC-α17」


『ちょっと待ってね。レンズの型番からアサルトロイドの正確な型式を見つけるから……』そして少しの沈黙。『ん、見つけた。データベースから機体のメンテナンス用の仕様書をダウンロードする。だからもう少しだけ待ってて』


「そうさせてもらうよ」

 仕様書がなければ、アサルトロイドの制御チップが何処にあるのか私には全く分からないのだから。


 カグヤからの情報を待っている間、私は遊園地の上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認する。周辺一帯で引き起こされた爆発で生じた砂煙は風に流され、今は遊園地の周囲を慌ただしく駆ける略奪者たちの姿が見える。


 彼らは私の捜索を行っているようだったが、集団の動きは統率とうそつに欠いていて、とてもじゃないがまとまりのある組織には見えない。私にとっては都合がいいのだけれど。


「助けて……」

 ふいに何かを叩く金属音と、女性のか細い声が聞こえる。

 日々の訓練が習慣として身体からだを素早く動かす。私は近くの瓦礫に身を隠し姿勢を低くすると、ハンドガンを構えた状態で室内を見まわす。


 アサルトロイドに気を取られて、室内に人がいることに気がつかなかったようだ。

 心臓の鼓動が早くなり、警戒をおこたった自分自身に舌打ちしたくなった。一瞬、怒りにも似た感情が溢れるが、思い直し気持ちを静めるように息をゆっくりと吐きだす。全てを完璧にやれる人間などいないのだ。


『ごめん、レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『気にするな』と私は声に出さずに答えた。『俺も油断していた。だからカグヤが謝る必要はない。それより対象は何処どこにいると思う?』


『音が聞こえた方角から推測できるから、地図に表示するよ。今もガチャガチャと音を立てているから、人がいるのは間違いない』


 視線の先に浮かぶ地図を確認したあと、天井から吊るされている汚い布に視線を向ける。

「ねぇ……お願い、ここから出して」


 重い鎖が地面を叩く音が聞こえた。

 ハンドガンを構え、ゆっくりと声の主に近づいていく。小さな瓦礫を踏み砕く靴底の音すらも、今はもどかしい。


 対象の正面に立たないようにして身体を横に置き、片方の手を布にかけ、もう片方の手で握っていたハンドガンを胸元に寄せ、布の先にいる対象にしっかりと銃口を向ける。それから深呼吸すると、布を一気に引っ張って、その先にいる対象を確認する。


 こちらをぼうっと見つめていたのは若い女性だった。

 十代か、あるいは二十代か、とにかく若い女性だ。鉄のかせで手足の自由を奪われて地面に座り込んでいた。私は彼女の姿に衝撃を受け、銃を取り落としそうになった。


 女性の黒髪は短く艶めいていて長い睫毛は琥珀色の瞳を縁取り、傷ひとつ無い白い肌は輝いていた。私が衝撃を受けたのは彼女のそういった美しさにではなく、人形のように整った顔立ちに見覚えがあったからだった。


 どうして彼女の姿に見覚えがあるのかは分からなかった。けれどそれでも彼女を見つめ続けることを止められなかった。

 私に見つめ続けられて困ったのか、彼女は下唇を噛んでみせた。


「参ったな……その癖も覚えている」

 私の呟きに、彼女は首をかしげた。


 その女性は見たこともないタイプのスキンスーツを着ていた。身体の線がハッキリと分かるくらいピッチリとした特殊なスーツで、その上にボディアーマーを装備していた。旧文明期の特殊部隊用のものだろうか、黒を基調としたスーツは潜入に特化したモデルのように思えた。


 廃墟の街に似つかわしくない高価な装備から見ても、彼女がどこかの〈鳥籠〉から派遣された軍人、あるいは傭兵であることが推測できた。清潔感のある風貌はどう見たって食人鬼のそれじゃない。


 おびえて後退あとずさる女性の手には――当然のことだけど、武器のようなものは見当たらない。ハンドガンを向けられても震えるだけだった。


 彼女を怖がらせないように注意しながら、ゆっくりハンドガンをホルスターに収め、指を一本立て口元に近づけ、静かにさせるジェスチャー行う。ガスマスクが邪魔になるかと思ったが、彼女は理解してくれた。


 彼女は口をつぐむと、私にじっと視線を向けた

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