第37話 灼熱の戦場
「堕ちろ!!
カイナの叫び声を機に、天井で光輝く太陽が地に向けて落下を開始した。その大きさは研究施設の8割をも埋め尽くすほどで、既に中央付近で闘っていたプレイヤーは回避に間に合わない大きさだった。
現在、残っているプレイヤーは6人。
「女王」のアルとグレイ
「閃光」のアーテルとカイナ
「風神雷神」のフーマとボルト。
戦闘状況を整理すると、
アルvsフーマ&ボルト→研究施設中央・魔法実験室
アーテルvsグレイ→研究施設・魔法保管室(崩壊済み)
カイナ→観察用通路
つまり、戦闘箇所は研究施設中央付近になっており、カイナの見解では全てのプレイヤーにソルイグニスを当てることが可能だと考えていた。
その考えに間違いはなく、風神雷神の二人は太陽の大きさを確認すると同時に「負敗北」という二文字が頭に過ぎった。なぜなら、既にアルの雷最上級魔法を受けたことでHPが減少しており、回復よりも周囲の索敵とアルの一点狙いを優先したため、生き残るHPは無いと悟る。そこで彼らが取った行動は「アルと道連れ」だ。順位的にベスト10に入っている時点で彼らは満足いくもので、まだ欲張るなら「元ブラッド・オーシャンのアルを倒した」という実績と称号であった。よって、彼らは逃げることを諦め、しつこくアルを狙い戦闘を続けていた。
「あー、もう!!! しつこいですわね!!!」
「はッ、死ぬまで追うぜ!!」
「この風神雷神から逃げられると思うなよ!!」
一方、アーテルとグレイはお互いにせめぎ合いをしながら駆け引きをしてきた。
アーテルとしてはこのままグレイを縛ったまま、ソルイグニスの一撃でHPを一気に削りたいと考えている。そうすればアルとグレイに大ダメージを与えることができ、仮に自分が死んでもカイナが何とかしてくれる自信がある。あわよくば何発か斬りつけたいし、魔法も当てておきたい。そうやってHPを削っておけば、後々カイナが有利になると考えているからだ。
しかし、ここで下手に動いてはグレイに勘付かれ、カウンターを受けて殺された後に何かしらの手段でソルイグニスを避けられてしまうかもしれない。グレイならば、それぐらいのことを容易くこなしてしまうと知っていた。
グレイはアーテルとカイナを合流させまいと斧で鉤爪もろともアーテルを縛っていた。上空のソルイグニスを見る限り、火の最上級魔法であると予想し、さらに火力特化が特徴の火魔法の最上級ということは、一撃でHPを持って行かれるかもしれないと考えていた。アルは例の魔法があるので大丈夫だろうが、間違いなく自分は死んでしまうと。そしてさらに最悪の展開は、アーテルが生き残ってしまうと、アルがアーテルとカイナの相手をしないといけないという展開だ。いくら最強のアルとはいえ、人数不利で戦闘を押し付けるのはよろしくない。
つまり最適解は、残りHPが少ないアーテルをどうにかして倒し、通信機の声で別プレイヤーと戦闘中だと把握したアルをどうにかして助けて防御魔法を発動させやすくすることだ。
2人の思惑が交差し、ただただ時間が過ぎる。その間にも太陽は容赦も慈悲なく迫ってきた。残り数十秒で地に到達すると思われたその時――はじめに動いたのは、グレイだった。
「
斧を持っていた方とは別の手でテルに火の魔法を放つ。お互いに抱きつくような0距離での魔法、まず普通なら躱されることのない攻撃だった。アーテル以外ならば。
「ハアアァァァァァァ!!!」
いつか――いつか必ずグレイが動いてくると予測していたことにより、アーテルはグレイの僅かな挙動で先の行動を読むことに成功していた。だが、攻撃されると頭で理解していても身体が追いついてないと意味がない。このグレイの魔法は、その理解していても避けられない魔法だった。よって、アーテルは最後の禁忌を発動する。
「……ッ!!」
頭蓋にヒビが入ったかのような痛みがアーテルを襲う。またブーストを使ってしまえば確実に何かが壊れる感覚がする。この時点で、アーテルはブーストをもう使ってはいけないと察した。
そしてグレイからすれば、一瞬だけアーテルが多重にブレて見えた。確実に当たったと思えた魔法は、不可解に虚無を通過する。目の前にいたはずのアーテルは、いつの間にか背後で鉤爪を向けて殺気を立てていたのだ。しかし――
「そんなことくらい、予想通りだぜ」
「なッ!?」
グレイは魔法を撃ったと同時に斧を逆手に持ち、何もない空間に全力で斧を突き刺していた。本来ならば何も起きない無意味な行動、しかしアーテルが初めから背後に回ってくると予想して先置きした攻撃ならば、その行動は会心の一撃となり得た。
舌打ちをしながらもアーテルは、瞬時に背後から斬りつけようと振った鉤爪を、無理やり防御に徹するため胸の前で交差する。その瞬間、グレイが突いた斧と衝突し、アーテルは勢いよく後方に弾き飛ばされた。そして、グレイは間を置かずさらに追撃を開始する。
「爆発しろ、エリクサーカプセル!!!」
予め近くに配置しておいた紫色のエリクサーカプセルをテルに向けて放り投げる。その言動から察するに、手元で爆発する物体と考えたアーテルは体勢を立て直しながら器用に魔法を唱える。
「
ずれることなく飛翔してくる禍々しい水晶体に、直進する電撃をアーテルは寸分の狂いなく被雷させる。その衝撃により水晶体はひび割れを起こし、壮大に中身を放出する。少しだけ笑みを浮かべた矢先、その行動すらもグレイによる計算内だと知り絶望を味わう。
「これでもう終わりだ」
そのエリクサーカプセルは爆発などするわけではなく、紫色のガスを放出する毒ガス魔法を封じたものだった。毒ガスはまたたく間に周囲の空間を埋め尽くし、アーテルとグレイの間には紫色のカーテンが姿を現していた。
「もう残りHPが僅かだろ。こっちに来たら確実に死ぬぜ、じゃあな」
グレイは背を向けてアルの元に走り出した。アルだけソルイグニスを防げる魔法を持っているので早急に合流する必要があるからだ。
アーテルが追ってこない理由としては、彼女の残りHPは少なく、毒ガスでも致命傷となり得る。つまりその場で留まりながら回復魔法でHPを回復し、味方には魔法が効かないMDOの特性を活かしてソルイグニスから逃れるとグレイは考えていた。つまり一旦お互いに仕切り直して、再び対決することがアーテルにとっても理想だと。
現にアーテルのHPは数ミリほどで、何の攻撃を受けてもゼロになるほどだった。
しかし、アーテルの思考はグレイのそれを上回った。
「女の執念って、恐ろしいよ」
気づいた時には――彼の腹から、紅蓮に燃える鋭爪が咲いていた。
「――はっ、覚えておくわ」
グレイの背に乗っかるように、アーテルは鉤爪を刺したまま動かなくなった。
数秒後、光の粒子と共に上空の太陽へ吸い込まれる。
「カイナなら……アルに勝てると信じての行動か」
既に間に合わないと悟ったグレイは、静かにその時を待った。その顔は、意外にも清々しい様子だ。
「良かったな、そこまで信頼できる仲間が見つかってよぉ」
その瞬間、空から墜ちてきた太陽が――地に舞い降りる。
そして……激しい爆発音と同時に――研究施設が地獄の空間へと変貌した。
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