第36話 秘策


 「よし、デバイスが使える」


 魔法が使えるようになったということは、カイナの秘策も使えるようになったというわけだ。後は定位置に着くまでの時間と発動までを、二人の邪魔させないように立ち回る。アルは離れているので難しいが、グレイだけでも何とかして倒したいし、さいあくは道連れにしたい。


「うん? デバイスが治ったのか」


「もー、グレイがモタモタするからでしょう」


「俺のせいかよ、勘弁してくれ女王様」


 私が魔法を使えるようになったというのに、何一つ焦らないどころか、むしろ笑っている。それほど自信があるのか……その怠慢、後悔させてやる。


「絶対に殺す」


「おうおう、怖いねぇ。アル、合わせて援護よろしく」


 私が武器を構えると同時にグレイも対抗して斧を持ち上げる。ただただ斬り合いをしていても埒が明かないので、さっそく魔法を使っていくとしよう。ここからは時間稼ぎのために逃げるのではなく、HPを削りにいく。


「――シッ!!」


 地面スレスレを這うように走って接近し、グレイが斧を振る前に鉤爪を腹に刺しに突進する。その攻撃をグレイは読んで素早く後退するが、その後退に合わせてイグニスを唱え放った。


Aqua水よ!!」


 視界からいつの間にか消えていたアルが、イグニスを相殺するために魔法を撃った。

 イグニスとアクアがぶつかり、激しい蒸発音と共に辺りを霧のように蒸気が漂う。

 さらにその霧を利用してグレイとアルが身を潜めたようだ。気配が今は感じられない。二人の位置を予測しながら、今後の動きや展開を思考するため頭を働かせる。


 今のグレイと比べて有利な点は、私のほうが武器の特性からして手数が多いことだ。両手で幾度もダメージを狙いに攻撃できる。元々小柄なアバターで身体の扱いも長けているし、ブーストしてしまえばグレイの攻撃に全く当たらない自信はある。しかし、反対にグレイは手数が少ない分、確実に致命傷となる一撃を当てにくるはずだ。その一撃を当てる術を考えられる頭脳も持ち合わせているので、少しでも油断すれば現状のHPはすぐに無くなるだろう。


 つまり、これからグレイが考えた必殺の一手から逃れないといけない。


 この霧は時間が立てば消えていく。そろそろ動いてくるだろう。


「――きたッ!!!」


 視界の左端、微かにグレイの斧に纏っている雷撃が見えた。先に攻撃の余波が確認できたお陰で鉤爪を構える時間に余裕が持てる。


「甘いね」


 予想通りの位置から斧が振られ、鉤爪で受ける。そのままカウンターを決めるために右腕で斬りつけようとするが――


「い、いない!?」


 姿。つまり、この斧が霧の奥から投げられた物だと発覚する。霧で上手く姿を見つけきれなかったためグレイに欺かれたのだ。すぐさまグレイを探すも見つけた時には既に背後を取られた後だった。


「何が甘いってぇ!? Aqua水よ!!」


 グレイに至近距離で魔法を撃ち込まれ、避けるまもなくアクアに直撃する。アクアの特性により、小ダメージと吹き飛ばし効果を受けて勢いよく前方に飛ばされてしまう。

 しかし、これはグレイにとって悪手なのではと思った。確かに、私のHPが雷最上級魔法を喰らった後の残りHPをグレイは知らない。とはいえ高威力のイグニスを撃って損はないと思うのだが……。


 しかし、目の前の光景を見て、グレイは最適解で魔法を撃ったのだと理解する。


「これは……転移空間!?」


 グレイのアクアによって飛ばされた先の空間が歪んでいたのだ。これは開幕時に放ったアルの雷魔法で、壊されたエリクサーカプセルの影響だろう。この歪みは、研究施設にワープする時に見たモノと同じなのでワープ魔法の一種だと考えられる。グレイは私をどこかにワープさせて、その先で仕留めるつもりなのだろう。


 抵抗するも虚しく、そのまま転移空間へ突き進み、意識の困惑と同時にどこかにワープされてしまった。


 半覚醒状態のまま転移先で状況確認をする。


「ッ!!」


 どうやら地に足がついてないので、空中から落ちているらしい。今日はいったい何回空から落下したらいいのだろう。徐々に意識がはっきりしてきて視界がクリアになったが、今の状況が詰んでいると分かるだけだった。


「空中なら、ブーストでも避けられないでしょう?」


 近くで親しみ慣れた悪魔の声が聞こえる。その声の先に視界を向けるとアルが魔法を撃つために魔法陣を展開させていた。アルの言う通り空中では身動きが取れないので、そのまま撃たれれば私は避ける間もなくHPはゼロになるだろう。アルならば、この距離で外すことは絶対にない。


 ここで終わりかぁ。せめてグレイだけでも倒したかった、ごめんカイナ。


 死を悟り、特に意味もなく空を見上げる。すると、カイナの秘策が無事に成功していることを確認できた。ならば、ここまで闘ったことも無駄ではないと分かったので安心する。


「後でカイナもそっちに送るから安心していいわ――ッ!?」


Tonitrus雷よ!!」

Ignis火よ!!」


 アルが私に魔法を撃つ瞬間に、どこからか魔法が二発連続で放たれる。私に魔法を当てることに集中していたアルは、虚を突かれて魔法に連続で激突する。トニトルスで痺れてイグニスに焼かれていた。


「みたか!! あの女王様に魔法を当ててやったぞ!!」


「よし、このまま追撃して倒すぞ!!」


 アルが立っていた近くの瓦礫影から二人のプレイヤーが姿を現す。恐らくアルにずっと狙いの焦点を当てて、私を魔法で狙う時に生まれた隙きを突いたのだろう。


 忘れかけていたが、まだ私達と女王以外に二人だけプレイヤーが残っていた。その二人の目的でないにしろ、助かったのは事実だ。ありがとう。


 しかし、恩があるとはいえ、ここであの二人の元に参戦してアルを倒すわけにはいかない。私まで巻き込まれて戦闘にならないよう、地に着いた途端に全速で物陰まで走る。


「もうすぐ……。その前に早くグレイを探さないと」


 直感を信じてグレイがいるであろう場所まで走る。そんな離れていないはずなので、すぐに発見できるはずなのだが――


「おらぁ!!」


 不意に背後から気配を感じたので咄嗟に鉤爪を構える。


「よお、割と早い帰還だったな」


「まあね、グレイに早く会いたかったから」


「お前に言われても恐怖しかねぇよ、どうせすぐに殺したいだけだろ」


 雷を纏った斧と、火を滾らせている鉤爪が、鍔迫り合って火花を散らす。このままグレイを縛りつけて逃さないように、爪の間に斧を挟んでお互いに攻撃できないよう武器を縛った。


「……なんのつもりだ」


「言ったじゃん、会いたかったって」


「おい、まさか」


 さすがグレイ、頭が回る。さっそくカイナの秘策に気がついたらしい。


「雷鳴轟く嵐の後は、眩しいくらいの晴天が空に輝くってね」


「やりやがったなぁぁぁ!!」


 グレイが上を見つめながら叫ぶ。ようやく事態の重さに気がついたらしい。


「いけ、カイナ!!」


 そして、満を持してカイナが観察用通路の上から魔法を唱え叫ぶ。


「堕ちろ!! sol Ignis太陽よ!!!!」


 天井で輝く巨大な太陽が、地のプレイヤーを焼き尽くしに落下を開始した。


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