第34話 不可視の脅威


「まずいまずいまずいまずい」


「う、動けない……っ!!」


 空なき天井に暗雲が湧き出ていると気づいた直後、研究施設全体に落雷が降り注いだ。時間は1秒にも満たなかったが、その電撃の数は測りきれない。俺はもちろん、テルも落雷を浴びたし、おそらく全プレイヤーが被雷したのではないかと予想される。悔しいが、あのタイミングで最上級魔法を打たれるとは考えもしなかったので、完全に不意打ちだった。

 魔法を唱える声が遠くから聞こえたが、あの声は間違いなくアルだろう。ここで魔法を放つことは、アルの考えない天才的な直感か、またはグレイによる計算的な攻撃か、どちらか知る由もないが今はどちらでもよい。とにかく現状を何とか打開しなければ。


「早く、アルが来る前に、痺れよ治れっ!!」


 いまだ雷魔法特有のスタンが身体を蝕んでいた。Tonitrusトニトルスよりスタンが長い、分かっていたが最上級魔法が強すぎて笑えない。

 何もしないわけにはいかないので、せめて周囲の状況確認だけでも頭に入れることにした。


 アルによるNova Risingは、ただでさえ半壊していた研究施設をさらに完膚なきまで破壊した。ほとんどの施設は見る影もなく大破しており、辺りはガラクタの塊が積み重なっている。観察用通路も、観察という機能を発揮できないほど壊れており、通路に登ることも不可能となっていた。所々の床に穴が空いているので、もしかしたら通路に取り残されたプレイヤーがいるかもしれない。


 そして一番酷いのはエリクサーカプセルだ。8割ほどのカプセルが落雷の衝撃により、中の魔法を解放していた。カプセルが爆破して辺りの道具を燃やしている施設や、空気が毒で染まって周囲を腐敗させている部屋、または地面に電撃が這っている箇所や、時空が歪んでいる通路も存在していて、数分前とは全く別で地獄のような空間に変化していた。


「悪い夢でも見てるみたいだね……」


 悪夢と言うテルの感想が、真実ならどれだけ救われるか。

 さらに、お互いのHPは7割ほど削られていた。一撃で死んでいないことに安心するが、いまIgnisを一発でも受けると死んでしまうので誰にも見つからないよう祈る。


 一刻も早くスタンが回復することを願った直後――


 ドゴォォォォン!!!!


 自分達とは反対側の観察用通路が破壊された。この場で動けるプレイヤーとなるとアルかグレイの可能性が高い。つまりアイツらは今、俺から離れた場所で狩りをしていることが分かった。ひとまず直ぐに襲ってくることがないと分かって安心した直後、残り人数が8と表示される。さきほどの攻撃で2人のプレイヤーが葬られたらしい。


 そう、これが観察用通路が危ないと悟った理由だ。


 あの通路は全体を見渡せるが、その代わりに自分達もということだ。まだ窓が等間隔にあるなら良かったが、残念ながら全てがガラス張りの通路である。隠れる場所もなければ、逃げる場所も右か左しかない。そんな状況下の中、雷魔法で痺れていたら、当然ながら女王の餌食になるわけだ。


「……!? カイナ、動ける!!」


テルがスタンの回復を知らせてくれた。こうなったら仕方ない、こちらも最後まで取っておこうと思った秘策を仕掛けるとしよう。


「よし! こっちも秘策だ!! 魔法を使って――」


 ……ははっ。


 うそだろ……?


 デバイスが……起動しない!?


「だめ、私も使えない」


 間違いなくアルの魔法の影響だと考えられる。スタンだけじゃなくデバイスの損傷も与えるとは……恐ろしい魔法だな。

 これはなおさらアルとグレイに遭遇するわけにはいかなくなった。デバイスが回復するまで、なんとしても逃げ切らばければ。


「よし、これでいいや」


 ふとテルが何かを準備したので目線を向ける。すると、手に恒例の燃える鉤爪を装着していた。


「え、な、なんで? デバイス使えないはずじゃ……」


 デバイスが使えないということは、魔法はもちろんのこと、武器なども装着できないはずだ。ちなみに、マップやメールの確認もできないが、視界に表示されるHP等の機能は消えていない。


「落雷の前に危険な香りがしたから、先に武器を出して置いといた」


 なんて優秀なんだろう。さすが元ブラッド・オーシャンのメンバーだ。咄嗟の判断が素晴らしい。それに比べて俺は……ただ眺めるだけ。


「カイナ、いますべきことは何?」


「……そうだね、ごめん。すぐ考える」


 そうだ、いまは後悔すべき状況ではない。まずは次の行動を考えて、最後のプレイヤーになる戦略を考えるときだ。しっかりしろ、俺。


 まずはどこにチーム女王がいるかだ。普通に考えたら反対側の爆破した観察用通路の方にいるはずだ。しかし、そんな簡単に予想できる場所にいるだろうか……。相手は、あのグレイだぞ。頭脳キレキレの戦略人が軽い思考をするとは考えにくい。ということは、あえて派手に爆破させて俺らに警戒させているうちに、こちらに近づいて攻撃するという嫌らしい考えのほうがしっくりくる。この戦略のほうがグレイらしい。


「よし、裏をかいて、あの爆破した通路の方に行こう」


「うん、カイナを信じる」


 ここで何も言わないテルに感謝する。この期待を裏切らないように、グレイの考えを読み切って戦いたい。

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