幕間 ブラッド・オーシャン解散
「アーテル、今日もランキング1位を取ったらしいじゃねえか!」
「ふふん、私のお陰ですわね」
「いや、アルに聞いてねえし」
「そんなことない、アルのお陰だよ」
「ほら、アーテルも言ってるじゃない」
騒がしい喧騒の中、さらにひと際うるさいグループが、とあるトレイス対応型VRMMOのショップの一角でたむろっていた。彼らはゲームの戦闘後、いつもこのショップに集まり成績報告や失敗談、または武勇伝など、各々の体験をみんなに話すのだ。
毎回毎回、嘘のような話が飛び交い、笑いが常に耐えないグループだった。
それもそのはず、彼らはトレイスプレイヤーで知らぬ者はいないと言われる最強のチーム「ブラッド・オーシャン」だ。戦闘は派手で規格外、スキルは見惚れるほど匠に扱い、なおかつ禁忌の技をメンバー全員が使うのが最大の特徴である。
しかし、今は既に解散しているチームだ。
なぜ解散したのか、少しの昔話と、1人のトレイスプレイヤーの話をしよう。
この話の中心となるのは「黒崎 晶」ゲーム名を「アーテル」という少女だ。ブラッド・オーシャンに加入するまでは元々、ソロでゲームをプレイするスタイルだった。
彼女は幼少期の頃から身体が弱く、外で遊ぶことが少ない生活を送っていた。内気な性格なため友達が少なく、両親は共働きで家にいないことが多々有り、兄弟姉妹もいなかったので家で1人遊びすることが多かった。
そんな彼女がトレイスに出会ったのは、人生の分岐点と言っても過言ではない出来事だった。いくら走っても疲れない体力、現実じゃありえない身体能力、さらにアーテルには仮想空間でアバターを器用に使いこなす才能があり、そしてなにより、ゲームの中では多くの仲間ができて皆が認めてくれる。この魅力的な世界に虜になった晶は毎日ほとんどの時間をトレイスに費やすこととなる。その結果、幸いなのか不幸なのか、
アーテルのブーストは身体能力の向上が得意だった。皮肉にも、現実世界の気弱な身体に対するコンプレックスが執拗に影響した結果だと、ブラッド・オーシャンのリーダーは推測した。アーテルのブースト時の攻撃・移動の速さはトレイス界で最速なのは間違いない。ブーストの危険性はリーダーから教えられ知っていたが、例え身体が壊れてもいい覚悟でゲームをプレイし、世間のブーストに対する偏見や批判など、アーテルを止める理由にはまったくならなかった。ブラッド・オーシャンでアーテルはどんどん活躍をして、トレイスプレイヤーに『閃光』と呼ばれるほど実力が認められるのは必然の未来だった。
実力も付け仲間もでき、順風満帆な生活を送っていたが……神はアーテルに残酷な運命を課す。
例えゲームの中であっても、気弱なアーテルの身体はブーストする脳の処理に耐えることが出来なかったのだ。
そう、当時はまだ発症者が少なかった『VR失感症』を患うのだ。
『VR失感症』の症状はいくつか種類があるが、アーテルの場合は視覚障害だった。それに伴い視界の焦点が合わないことが多々有り、平衡感覚にも多少ダメージを受けた。さらに驚いたことに、瞳がトレイスアバターと類似したのだ。その結果、眼球の瞳孔が黄色に変色した。幸いにも失明ほどの重度な症状はなかったが、医師でも理由が分からない原因不明の事態だった。この症状は特に身体に害はないが、親や周囲からは気味が悪いと思われたことは言うまでもないだろう。そのためアーテルは現実では普段から厚いレンズのメガネをかけて周囲に悟られないよう気をつけている。
こんなに苦しいことを体験しても、トレイスはアーテルにとって現実よりも大切な世界で、失うわけにはいけないモノだった。またあの孤独に戻ってしまう、そう思うだけで心が苦しいのだ。
その結果、この病気を発症したとブラッド・オーシャンの皆には隠していたが、遂にリーダーにはバレてしまい、そこでリーダーはアーテルに忠告をする。
「テル、君には僕と同じ運命を辿ってほしくないんだ。わかるだろ、君にも五感を失っていく感覚が」
「……っ!」
「やっぱりか。いいかい、ブーストは諸刃の剣だ。使い方と制限については重々説明したし、君はより気をつけないといけない側の人間だ、僕と同じようにね」
「で、でもブラッド・オーシャンにいる以上、私は強くないと……。みんなに見放され――」
「僕からの、ブラッド・オーシャンのリーダーからの命令だ。これ以上ブーストは使うな。絶対だ。ブラッド・オーシャンに属することが君の重荷になっているなら、僕はチームを解散する。大切な仲間の人生を狂わせるために、僕はブラッド・オーシャンを作ったわけじゃない」
今までにない忠告を受け、アーテルの精神は確実に追い込まれていた。
ブーストを使ってこその「閃光」、強くないとブラッド・オーシャンに属する意味がない、みんなに見放されてしまう、考えてもきりが無い不安がアーテルを蝕んでいた。
そして……アーテルはブーストを禁止するという選択肢を捨ててしまう。
その決断の翌日、ブラッド・オーシャンのリーダーは突然の解散を告げた。
結局、アーテルは守るつもりだった大切な仲間を失うことになったしまったのだ。
以上が、ブラッド・オーシャンが解散した主な理由だ。
さて、ここからはアーテルとその後の話をするとしよう。
多くのブラッド・オーシャンのメンバーは解散理由を「リーダーのVR失感症が悪化したから」と認識している。事実、リーダーの身体は入院が必要なほど症状が悪化していたので嘘ではない。しかし本当の理由はアーテルが一番理解していた。この真実は仲の良いアルとグレイだけはリーダーから告げられ知ることとなる。
しかし元パートナーのアルは、アーテルのことを少しも気にしていないところか、チームが解散した後も一緒にプレイしようと声をかけてくれたのだ。持ち前の気前の良さでアーテルを誘いつづけたが、彼女は断り続けた。なぜならブラッド・オーシャンを解散させたのは自分の責任で、いくらテルが許してくれても、自分が許せなかったからだ。
しかし、そんな自暴自棄に陥っている中、暗く淀んだ世界に光を挿した人物がカイナである。
彼はアーテルにゲームの楽しさを教えた。
「本来はそんな重たい気持ちでゲームはするものじゃない、ブーストがなくたって勝てるし面白い、なんなら負けてもいいじゃないか、その分またやり込んで強くなれば。その楽しさを教えてやるから俺と一緒にゲームしよう」
ついでに告白もされる。その言葉に惹かれたわけじゃないが、カイナとゲームをすると今までの重荷が取れて気楽になっていったのが自分でも分かった。気づけば心の底からゲームを楽しめることができて、カイナと一緒にいることも楽しくなっていた。
が、ここでお嬢様が現実にまで追っかけてきたのだ。
ある日、いつも通りにカイナと登校していると、正面から輝かしいオーラを放った麗しき美人が仁王立ちして構えていた。アーテルはすぐにアルだと理解できた。そしてアルは、カイナがアーテルを奪った張本人だ、カイナがいるから誘いを断るのだと認識してしまう。
その結果、アルはカイナに決闘を申し込む。
「カイナ、私と勝負して勝ったらテルを譲りなさい。ぜっっったいに何のゲームでも勝ってみせますわ」
「え、嫌だ。そんなことのためにゲームするなよ」
「そうですわ、恐れ慄き……え? なんですって?」
「じゃ、そゆことで。いこう晶ちゃん」
「ま、待ちなさい!! 何度でも倒して後悔させてやりますわーー!!!」
それからというものの、カイナは何かとゲームの決闘を挑まれ続けている。
いまの戦績は……カイナの全敗だった。
しかしアルは、カイナの心が折れてテルを渡すまで続ける気なので、何度も決戦を申し込んでいた。このMDOもその決戦の1つだった。
以上がアーテルとその周りの人物の話である。
今回のデウス杯、
アーテルはカイナとゲームを素直に楽しんで過去の傷を癒やすため。
カイナはアーテルにゲーム本来の楽しさを教え、さらにカッコいい姿を見せるため
アルはカイナを叩きのめしアーテルを奪うため。
それぞれの目的と思惑が交じりあい、遂に最終戦が始まろうとしていた。
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