第30話 女王篭城戦・急-弐

 無駄に足音を立てて、あえて敵に位置をバラす。こちらにも策はあるので奇襲には対応できるからだ。なにか反応してきた時、すぐに動けるよう警戒は最大限にして。


 辺りを見渡しながら下に降りると、そこには想像していなかった光景が広がる。


「奴ら……戦う気満々じゃないか」


 77階の通路は扉が空いたり閉まったり、または壊れたりと、かなり荒れていた。これでは痕跡を探すことはできないし、どこに隠れているか検討がつかない。


「さてと、どこに潜んでやがる……」


 こういう場合、2人まとめて隠れていることが多い。なぜなら、敵が罠にハマったところでまとめて袋叩きにできるし、仮に奇襲をかけられたとしても2人で対応できるからだ。一緒の場所ってことは無いと思うが、2人は近くにいるはず。


 俺が降りたのがY字形通路の下階段からで、そこから上に通路を歩いている。








 一部屋、また一部屋と通り過ぎていく。







 嫌な静かな時間が過ぎる……








 4部屋目を通り抜けようとした、その瞬間――







「いまだ!! 黒ウサギ!」



 目の前の部屋から突然、白いウサギの面をした敵プレイヤーが姿を表す。既に手には魔法陣が展開していることから、何かしらの魔法を放つ寸前のようだ。

 後方へ退却しようとするも、後ろには黒のウサギ面が道を塞いでいた。彼の手にも魔法陣が展開されている。


「挟み撃ちとはいい度胸じゃねえか」


 このままでは魔法を2発くらってゲームオーバーだ。仕方なく避けるため、上階の戦闘と同じように横の部屋へ逃げようと視線を向ける。


 しかし――


「ちっ、少しは考えたようだな」


 逃げようとした両サイド部屋の入り口が瓦礫で埋まっていた。これでは逃げることが出来ない。


 まずいな……


「お前が部屋に逃げるのは上階で確認したんでな!! Ignisイグニス


 前後から炎の塊が迫る。

 素早いかつ回避不可の攻撃、連携のとれたコミュニケーションと行動力。完全に上手を取られた作戦に素直な称賛を送りたいと思ったが……俺を狙ったのが唯一の失敗だ。


Aqua moenia水の城壁よ


 魔法発動のために、勢いよく地に片手を突く。そのタイミングと同時に俺の周りを水の壁が覆う。


 やがて二つのイグニスが水壁に衝突。激しい蒸発音と共にイグニスが消え去り、辺りに水蒸気による濃霧が発生する。

 敵の虚をついた所で、さらに追い討ちをたたみ掛けるべくアルに呼びかける。


「アル!! いまだ!」


「はああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いきますわぁぁ!!!」


 その掛け声と共に、壁が破裂したような爆発音が辺りに響き、後方の敵の頭上、つまり


「な、なんだ!?」


 立て続けに起きる予想外の展開に敵が混乱していく。こうなってしまえば、もうこちらのモノだ。いつもどおりに1vs1に持ち込んで戦って倒すだけ。



「そっちは任せたぞ!」


 前方の敵に魔法を撃ちながらアルに後ろを任せる。アルも無言の頷きで返事をした。おそらくドヤ顔で「当たり前ですわ」とか言ってそうだ。


 こうして、俺とアルは高層ビル最終戦を開始した。








 ―――――――――――――――――



 ――――――



 ―――



 ―





「よし、なんとか全滅できたな」


 合計で7人も倒すことに成功した。もし2人組チームが4つ合併して組んだとすれば8人なんだが……ここまで出てこないとなると、初めから1人いないと考えるのが自然だろう。わざわざ探す必要ないか。


 俺はウサギ仮面のドロップ品を回収しながらアルと通信で情報交換を交わす。


「そうね、私たちを倒すなら100人容易しなさい」


 どうやら全プレイヤーで組まれても勝つ気があるようだ。その意気込みは素晴らしいが俺は賛成しない。


「アル、そっちにモエニアはあったか?」


「いえ、残念ながらないですわ」


 さっき使ったAqua moeniaアクアモエニア。上階の女のドロップ品だ。自身の回りに水の壁を作成し、いくつかの魔法や攻撃を防ぐ防御魔法。元々、水の魔法が攻撃というよりかは支援や防御に使うことが多かったことから、上位魔法は防御に全振りしたというところだろう。雷の上位魔法であるLyzeが敵の追尾機能を付けて支援面を強化したと考えれば、炎の上位魔法は攻撃を全振りした魔法と考えられる。


 それぞれの上位魔法はなかなか見つけられないので、少しレア度が高いらしい。そしてここからは勘だが、各フィールドでドロップする魔法も違うと俺は予想する。この仮説が正しいとするならば、ここの都市地帯では雷系の魔法ドロップ率が高めとなる。つまり俺らが水と火の上級魔法を手に入れるのは、他のエリアから移動してきた敵から奪うことが一番手っ取り早い。


 となると、これからすることは1つだ。


「ビルを出て、落ちて死んだ敵から魔法を回収しよう」




 下まで高速で階段から降り、長くお世話になったビルに別れを告げて出口から外に向かった。


 その後、ビル周辺を探索すると光っているドロップ品がそこらに散らばっている場所がいくつか存在した。その中にはモエニアや回復魔法もあって、今回の戦闘で消費した魔法をかなり補充することができた。


「こんだけ魔法を揃えられて、かつ雷の最高魔法と未知数の通信機が手に入っているのだから、もうさらさら負ける気がしませんわ」


「ああ、正直、それは同感だ」




 ――ピチャ



 ここからさらに魔法を補充すべく探索を続けていいのか迷っていると、絶対にしないはずの音が聞こえだした。



 ――ピチャ、ピチャ



「これは……水音……?」


 辺り一面、地に浅い水たまりが発生していた。さらには波の音までも微かに聞こえてきた。


 ここでようやく、通告メールの内容を思い出す。


「島が沈んできたのですわ!!」


 なんと、もうここまで迫ってしたとは。正直、かなり危なかった。もし上で戦闘がさらに長く続いていたら、ビルから出ることはおろか、閉じ込められて沈むのを待つだけになってしまっていた。


「早く島の中心部に行こうか。幸いにもマップはあるから方角は何とかなる」


「ええ、現状、ここが都市地帯の最後方なのは間違いないから、後ろを気にせず前だけ見て進みましょう」


 毒水によるダメージを避けるため、俺たちは早足で島の中心部に向かった。


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