第29話 女王篭城戦・急-壱
「つぎ、7817b(78階17号室,通路右側)に1人だけ来る。7816bに移動しながら入り口付近で待機」
「わかりましたわ。そこからどうしますの?」
「まんまと付いて来るからIgnisかAquaで外に放り出してやれ」
アルに通信機で指示しながら78階の戦況を操作する。
あれから俺たちは敵プレイヤーが組んでいると知り、素早く上に逃げながら作戦を考えていた。チーミングという卑怯な戦略を敵が使うことで、俺もブーストを気兼ねなく使うことにした。
ブーストは人それぞれ特徴があるが、俺の場合は『思考力の強化』だ。通常の人が考えるそれの数十倍は頭を回転させて、最良の答えを導きだす。よって今回のような限られた時間でも、十分な思考を働かせた戦略を編みだすことが可能になる。それを知ってかアルは階段を登る間も俺からの指示を静かに待っていた。普段なら茶化すクセに、今回ばかりは本気で挑まないと負けると悟っていたのだろう。
そこで考えた戦法が『敵を独立』させつつ『1人ずつ処理』することだ。ようはチーミングしても所詮は即興で作ったチームだ。思想の統一なんてしてないし、そもそも動きもバラバラでお互いを知らない同士で戦う。そんなチームは、少し仲間と距離を離すだけで、勝手に独立して戦いだすか、何をしていいか分からず立ち尽くすだけ。本来の『数的優位で倒す』という目的を忘れるのだ。
「どこだ! ネズミのようにチョロチョロ動き回りやがって!!」
さっきイグニスを打ってきた女が、俺を探すために壁が壊れた部屋を渡って移動してきた。ほらな……本当は一旦撤退して、仲間と合流し戦況の整理と情報交換などすることが正しいチーム戦なのに。1人で追っかけて来たらチームを組んだ意味がないだろ。
ちなみにさっき金髪と銀髪の奴がイグニスが迫ってて焦ったのは、イグニス同士がぶつかっても干渉せず、すり抜けると知らないプレイヤーだったんだろう。あいつらからしたら放ったイグニスが帰ってきたかのように見えるが、実際は女が放ったイグニスが迫ってきただけだ。
「アル、7818bで待機。いま1人7818aから7819aに女が移動している。俺が7819bに誘導するから合図を出したら例の動きを」
「わかりましたわ」
アルは考えることを辞め、ただただ俺の指示に従う人形になっていた。このほうが勝てるとアルも分かっているし、長く組んできた信頼もあってかスムーズに事が進む。
「おら、こいよ! いつまで逃げるんだよ、さっさとかかってこいや」
敵を煽りながら扉を開けて向かい側の7819aに入る。すると予定通りに敵もノコノコと付いてきた。
「に、逃げているのはお前だろ!!!」
すかさず部屋の奥に入り、予め決めていた定位置に立って敵さんをお迎えする。
「とうとう追い詰めたぞ。覚悟しろ」
手のひらを俺に向けて魔法を放つ用意をする。この場でアクアやイグニスを打たれると間違いなく外に放り出されジ・エンドだ。そうならないためにアルに秘策の合図をする。
「ぶっ壊せ」
「イグに――!?」
突然、左隣の壁が崩壊し水の球が女に向かって爆進する。
訳もわからない状況に女は身動きが取れずに壊れた壁の瓦礫と共に水の塊へ衝突、その勢いのまま右隣の壁に押しつぶされていく。
「どうやら成功したようですわ」
「ああ、グッジョブだっ!」
俺は止めを刺すために斧を数回ほど振りかざし、死体を燃やすようにイグニスで放火する。
やがて火が鎮火したころ、残ったのは燃えカスと光るドロップ品だけになった。
遺品を回収しながら考える。
これで倒した敵が……初めの2人、アルが1人、俺が2人、合計で5人だ。しかし2人倒した後に逃げた時は5人ほど見たので少なくとも後2人は残っているだろう。ここまでくれば普通に2vs2で戦闘するのと変わらない。どこに潜んでいるか、という問題もすぐに解決する。ここまで派手に戦闘をしておいて助けに来ないということは、逃げたか潜んでいるかの二択。いや、潜んで勝てると見込んでいる敵なら最初からチーミングなんてしないだろう。ならば俺たちの事は諦めて逃げるために潜んでいる可能性が高いな。ここまで絞れると戦略も考えやすくなるわけで――
「しかし、壁を壊し周るなんてよく考えましたわね。常識人なら部屋の壁なんて壊さないですし、逆に壁が壊れているなんて思いもしませんわ。グレイが別の部屋に入ったのに、違う部屋から現れたと分かった敵はかなりビックリしたでしょうね」
「はじめに敵を外に放り出した時、この戦法を考えついた。もしかして壁は全て薄いんじゃないかってな。ゲームの性質上、派手に壊れた方が演出映えするんじゃないのか」
壁を壊して部屋と部屋を繋げつつ、こちらの利点である通信機で連絡を取り合う。上手く敵を撹乱させつつ、こちらはコンビネーションを決めて戦うことを考えたんだが……思った以上に成功した。
てことで、横を壊したなら次は縦を壊そうということで……。
「よし、次行くか。おそらく敵はそう遠くない。このままシカトしてもいいが……チーミングまで組まれてコケにされたなら、全て倒すまで戦ってやろうぜ」
俺はアルだけ上階に残し、77階に降りることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます