第24話 MDO配信Part4


禁忌の力ブーストはトレイス開発者が意図していなかった力で、抜け道を潜って発見された機能です。この機能を説明するために、トレイスについてもう少し詳しく解説しますね(^^)」


「ここからは少し難しいから、そんな話を聞きたくないって人は大会のリプレイ動画とか視聴しておいて構わないぜ! 最後にまとめるから、そこだけ聞いてくれ」


『おk』『り』『俺は聞く』『知ってるけど復習だな』『てか修正されるなら聞かなくて良くね?』『籠城戦のリプレイみよ』『おつかれー』


 禁忌の話をすると、みるみる視聴者が減っていった。嫌う人と興味がある人で完全に層が別れたとカラスは感じた。


 実際、ブーストは理解しても簡単にできる技ではないので、知らなくてもゲームをすることに問題はない。


「さて、トレイスについて掘り下げて説明しますね。

 さきほど述べましたが、トレイスは全アバターに一定水準以上の身体能力を与えます。これの言い方を変えると『一定水準以上の身体能力を解放する』とも言えます。この身体能力の解放には、脳のロックを一時的に緩めて上限解放する必要があるのです」


「おお、脳のロックって新しい言葉が出てきたな。詳しく説明をお願いしてもいいか?」


 カラスが視聴者の立場になってサクラに質問する。


「はい、もちろんです(^^)

 通常、脳には身体能力を全て(100%)発揮させないために鍵(ロック)を掛けています。

 普段、人間がロック状態で常時使用しているのは全遺伝子情報の3から10パーセント程度であり、それ以上を解放すると精神的限界(脳)よりも先に身体的限界(体)が訪れます。この脳の遺伝子情報解放率によっては筋繊維の断裂、身体機能の低下、五感の損傷など後遺症が残る可能性があるので、普段の脳は適度なロックを掛けているのです」


「人間って、本当は皆が考えているよりもずっと最強の生物だけど、フルパワーを出したら体が簡単にぶっ壊れるってことだ。だから脳が自動的に自己意識とは関係なくロックをかけていて、それにより私生活に支障のない範囲で生きてられるらしいぞ」


「はい、そのとおりです(^o^)

 ちなみに、一般的な人は解放率が3~5%、一流アスリートは5~10%と言われています。彼らは身体を鍛えると同時に、解放率も知らぬ間に引き上げているのです。

 さらに、世間で『火事場の底力』と言われるものは、自身が危機的状況であると判断した脳が、ロックを一時的に強制解除して危機から脱却しようとする状態のことを言います」


「頭を使う将棋士とかプロゲーマーも解放率が一般人よりも高いと言われているぜ。これは筋肉じゃなく頭の思考力にも解放率が影響されると言われているからだ」


「つまりトレイスは、一定水準以上の身体能力を解放するために、この脳のロックを緩め、10から15%まで無理やり解放率を上限解放させるのです。

 しかし、この脳のロックを緩めることが問題点となりました。普段はキツく絞められたロックは解除できずとも、トレイスした後の緩んだロックならな人が現れたのです」


「そう、これがいわゆる『禁忌の力ブースト』ってやつの正体だ」


「これも有名トレイスプレイヤーが、翼で例えた言葉があります。

『トレイスが一時的に翼を人に与える機械ならば、禁忌の力ブーストは翼が元々付いていたと脳に錯覚させて空を飛ぶ荒業だ』

 具体的に言えば、『音速に近い速度』『IQ200以上の思考力』『数キロ先まで見渡す視力』『筋力を数十倍にする』など、現実ではありえない超人が生まれます。しかし、ブーストは誰でも使用可能な力ではなく、ごく一部の強烈な強い意思を持った人しか使えない力です」


「ブーストするには、『自分は空を飛べる人間だ』と言ったような、一時的に脳を錯覚させるほどの強い意思がないといけない。これがかなり難しい……。正直、俺はさっぱりだ。聞いた話だと、この強い意思を持てる人は。なぜなら自分は翼があって飛べると錯覚しているからだ。まったくイカれているぜ」


「凄まじいですよね(^_^;)

 ですが、ブーストはメリットだけではなく、社会問題にもなっているほどのデメリットがあります。それが『VR失感症』です。


 『VR失感症』とは『VRによる影響で脳に何らかの障害を患う』という病気です。これは原因が複数存在しますが、トレイスに限って言えば、ブーストを使用することにより脳のロックを無理やり上限解放した結果、現実世界の脳とアバターの疑似脳との不一致が生じ、脳に処理不具合(エラー)が発生して脳神経系に異常が起きる現象です。

 

 例えばですが、トレイス使用後の仮想空間で解放率を25%までブーストしたとします。仮想空間での肉体は仮想身体アバターなので壊れることはなく、ブーストしても正常に動作が可能です。しかし現実では25%も解放すると肉体は壊れることが必然です。

 この矛盾の結果、仮想空間から現実に戻ったときに脳は『25%も解放したから身体は壊れているはずだ』と誤認したまま私生活を送る現象が起きます。

 この脳の誤認(VR失感症)による軽い症状は『視力の低下』『身体の軽い痺れ』『思考力の低下』などが挙げられますが、深刻な症状だと『盲目』『四肢の痙攣』『記憶喪失』など日常生活に大きな支障をもたらす場合があります」


「でも安心してくれ。脳に異常を起こす解放率は20%以上と研究で証明されているから、普通にトレイスを使用するだけで『VR失感症』を起こすことは絶対にない。

 だがまあ、世間ではこの知識が無い人達が騒ぎ立てて『トレイス』を廃止しようと動いているのが現状だ。全くもって厄介である」


「そうですね~(._.) 実際に『VR失感症』になっている人はごく一部ですが。トレイスに触れてない人は怖いと感じるかもしれません」


『なるほど』『何となく理解した』『俺もブーストしたい』『←やめとけ。死ぬ気か?』『ライゲキは対策しないのか?』


 サクラの説明後、様々な意見が飛び交う。ブーストはバグという声もあれば、そもそも使う人が悪いという声も。


「ライゲキもブーストには手を焼いているらしい。ロックを強くすればトレイスが難しくなる、しかし放置するわけにもいかない。いろいろ研究は進んでいるらしいが、今後の対策に期待するしかなさそうだぜ」


「はい、以上で説明コーナーは終わりです。こらからは実況にまた戻りますね( ´ ▽ ` )

 説明コーナーについては、簡潔にまとめた記事を以下のページから閲覧できます」


「それじゃ、難しい話は終わって実況再開だ!! 優勝するのは誰だろうな!」


 再び後方のパネルが実況モードに切り替わり、様々な戦闘シーンが映し出された。

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