第167話第二回格闘技大会開始


「はぁい皆さんお待たせ致しましたぁぁぁぁ!只今よりぃ、第二回ヴァイト州格闘技大会がはっじまりますよぉぉぉ!!ハイ盛り上げていきましょうね!折角の晴れ日和で尚且つ前より拡大してますから勿体ないわけでしてぇぇぇ!!元とらないと駄目よこれ!」


 去年より複数の意味でキレが増したようなシャー・ベリンの絶叫交じりの宣言に、会場内も呼応するかのように歓喜と興奮の叫びが随所で発せられた。


 散歩がてらの軽い街中視察を終えた俺らはそのままその足で会場入りして、今はこうして去年と同じ場所にて大会開催のひと時に立ち会ってた。


 うんまぁ今年も俺が実況解説ポジしてますよ。一年かそこらで俺みたいな事をやれる奴を見つけるの流石に無茶だったよ。


 何もしなかったわけではない。ちゃんと複数の伝手使って勧誘やったけど、節令使の誘い断って後難被るよりも大舞台で大恥掻く失態の方が怖かったということだな。


 どの世界どの時代でも衆人環視の中で恥かくのは嫌ということだな。気持ちはよく分かるので、俺は特に怒りもせずに逆にすまない気持ちになったよ。


 極端な話、年一の仕事なのだから育成するより俺が業務の一環としてやり続ければいいだけかもしれん。だが、今後を見据えたらこういう稀な仕事にも人手は確保しときたいもんだ。


 小さいながらもある意味大事な課題の展望を悩ましく思いつつ、俺は実況解説の席上で会場内を見渡す。


 俺のすぐ後ろの席には去年と同じでマシロとクロエが飲食物を片手に大した興味もなさそうにリングを眺めてた。


 違いがあるとすれば、彼女らの隣には、ブラク・ヘイセ王国の将軍フォルテが鎮座して控えていた。


 彼はマシロとクロエのパシリする為に控えてるつもりだろうが、当の本人らが最初からいらないと言ってる上に別に用件らしい用件も発生しない現状である。


 まぁ彼自身がそういう体でいる事で満足してるなら構わないだろう。どうせ大会始まればそっちに意識集中するだろうし、此方としても本来の目的ソッチなんだから精々楽しんでくださいよという気分だ。


 その並びから数歩先には彼の側近らが控えてる。


 外国の、しかも国の役人に当たる面々なので最初は貴賓席の一隅勧めたのだが、将軍がそこに座らない以上は自分らだけ良い席に居るわけにいかない。という正論だが生真面目すぎて面倒な理由で辞退。


 仕方がないので急遽椅子やちょっとした天幕を張って即席観戦席拵えた。ついでに、ウチんとこの王国の面々も同席している。


 此方は此方でデフォン子爵が宿泊先の節令使公邸に引き籠ってるのが原因だ。


 余程マシロとクロエが視界に入るの嫌だからか、初日以来殆ど邸から出てきてないという。官民含めた州都各所の視察も仕事にあるのだろうが、それも部下に丸投げだとか。


 今日もそうして引き籠っており、子爵を一人にするわけにもいかないということで文官や兵士含めて三分の一が欠席していた。


「子爵様が居られないのに貴賓席に我らが座るわけにもいかないので……」


 代理として出席したディクシアとアリステラー両名は、俺と顔合わせた途端にその事情を告げつつ平身低頭していたが、それに対して俺は労わりの言葉の一つもかけてやって席に案内した。


 特に顔合わせして話す事もないし、構う程の価値も差して無いしな冷たい事を言うと。大人しくしてくれてるなら終わるまでそうしててくれとしか。


 つーかそもそも魔族御一行届けたらさっさと帰ればいいのになマジ。


 内心でそう考えてるだろうとは露知らず、王都から来た彼らは物珍し気に会場内を見渡しつつ開催を待ってる様子である。


 その会場内であるが、ありがたいことに満員御礼である。


 立ち見枠を含めたら二〇〇〇人近くが居るのだから、この時代の地方としては盛況ではなかろうか。一つの施設にこれほどの人数を娯楽の為に集めるというのは意外に大変なものだしね。


 実は去年から補強と拡張をコツコツやっており、収容人数がほぼ倍になっても大丈夫な規模となっていた。これ以上になると、視界の問題もあるので双眼鏡の類が民間に普及するまでは一旦止めるがな。


 今の所格闘技大会以外での使用がマシロとクロエの狩り結果お披露目のみであるので、今後は多目的な使用も視野にいれた運用も考えないと駄目だな。


 とは言うものの、民間の集会に使うにしても理由もないので、軍関係で何か集まりさせるときぐらいしかないかもな現時点だと。


 いいや。今は今後の懸念よりかは大会場所としてほぼ正常に機能してる面を喜んでおこう。


 貴賓席もその流れで改築されてるが、こちらは元から収容に余裕ある造りをしており、そうそう招くような身分も居ないこともあって拡張よりも居心地の良さを目的とした改造となっている。


 座るのは地元貴族五家当主とその家族。要塞建設にかかりっきりのヴェークさんも昨日の昼過ぎにはなんとか戻ってこれたらしく、やや疲れ気味ながらも家族揃ってのひと時を堪能してた。


 そしてフォクス・ルナール商会先代当主であるアーベントイアーさんと護衛や側近の皆さん。あとは幾人かの地元有力者と目される人達。


 最後の面子は去年はS席に座ってたが、今年はスポンサーとして一口乗ったという事で招待してみた。


 アーベントイアーさんという国内の商人内では有名人が間近に居るので緊張はしてるが、過剰に畏まる風もなく、とりあえず大会見物に集中してるように見受けられた。


 大物との同席は確かに息苦しさもあるだろう。あまりにも緊張感持続するようなら後で一声かけに行かなきゃならんな。緊張させてる側は気にした風もなく酒杯片手に会場内を見渡してるけど。


 会場内は見るからに質量ともに盛り上がってるが、会場の外も負けず劣らずだ。


 客の歓声とシャー・ベリンの大声の喋り芸を聞き流しつつ、少し前見聞きした光景に俺は思いを馳せる。





 会場内に入る前に少しだけ出店スペースとステージショー中心とした芸人スペースを覗いてきた。去年同様部族の出店とバン達ダンサー集団のとこがメインではあるが。


 開場と同時に州各地から来た客たちが押し寄せてきており、大通りの露店通りが新たに出来たかのような盛況ぶりだった。


 特に部族の出店は去年のように既に行列が形成されていた。遠くからでも平成の悲鳴混じりの列裁きの声が聞こえてくるぐらいには


 半分ぐらいは商人であり、大山脈及びその近辺で採取された品々を吟味しては店員と値段交渉を繰り広げてる。


 買い占め買い叩きに関しては転売行為同様開催前に布告を出して禁止している。


 悪質と判断された場合は店の取り潰しと店主の死罪も視野に入れてると記入されてるからか、今の所馬鹿な命知らずの報告は受けてない。今後ともそうであって欲しいものだ。


 値段交渉にしても、いわゆる「もう一声!」的なものなので、その辺りぐらいなら対応してる店員の裁量に任せてる。多少険悪になっても平成が居るなら大事にはならんだろうし。


 部族部隊の青年らも慣れない接客仕事に四苦八苦しつつも、自分らの存在感を示せてるのがそこはかとなく嬉しそうに見えた。


 このまま終わるまで頑張って欲しいものだが、その前に完売しそうで怖くはあるな。


 先日懸念は伝えているし、平成にも最低限の在庫抱える準備しておくよう念押ししてるがはてさて。


 しばし様子見して部族の出店を離れて行く。俺が今声掛けしても仕事の邪魔にしかならんしな常識的に考えて。


 物珍しさで頭一つ抜きんでた混雑ぶりというだけであり、他の店も多かれ少なかれ人が集まっており、閑古鳥が鳴いてるような出店は一つも無かった。


 格闘技大会を拝めないならと割り切って祭りを楽しもうとしてるのか、人々は気前よくアレコレ購入していってる。特に飲食系は作ってもすぐに売り切れてるからか、店の人間達は一様に嬉しい悲鳴上げつつ忙しそうだった。


 陽気かつ健全に経済回る様子は嬉しくなる。これが祭りだけのボーナスタイムのみで終わらず、州各地で当たり前のようにしていきたいもんだねぇ。


 などと考えつつ、俺らは最後にステージショースペースの隅にある控室へ足を運ぶ。


 ステージ前には既に数百人が座り込んでショーの開催を待ち構えており、その外側でも大道芸人らが各々十数人ずつは見物人を集めて芸を披露してる姿がある。


 ショーの開始を笑い語らいながら待つ客らを横目に控室まで来ると、出入り口前にはバンを除いたサンダーショットティームの面々が屯っていた。


 声をかけてみると、彼らはブラック職場勤務ばりの疲労感漂わせて力なく顔を上げる。俺だと気付くと力を振り絞って慌てて立ち上がり直立不動の姿勢となる。


「こ、こ、これは節令使様。お見苦しところをお見せてしまい誠に申し訳ありませぬ」


「いやこちらこそ疲れてるのにすまないな。本番当日だが大丈夫か?」


「えぇ、バンの奴を中心に練度は高くなっております。今は室内で最後の打ち合わせをしてる最中でして」


「いやいや、そっちは知らせに来ないという事は問題ないだろうと察してる。お前らの方だ訊ねてるのは。ここから更に数日警護するのだからな」


「……申し訳ありません。ご期待に背くようで心苦しいのですが、正直限界が」


 ゴウロウの無念と苦渋に満ちた弱弱しい声を聴いて俺は肩を竦めた。


 体力というより精神的な疲れだろうが、肉体まで引きずられてるので実質心身ともにキツイのだろうと。


 以前会った時から嫌な予感してたが、やはりこうなったかー。こういうのはノリが合わないととことん辛いからなぁ。


「分かった。至急警護の応援を手配させよう。お前らはバンらを舞台に出るの見送り次第休むと良い。ギルドへの申請もこちらで行っておくから安心しろ。今回もご苦労だったな」


「せ、節令使様。ありがとうございます……」


 メンバーらは涙目涙声で辛うじて俺にそう言うと深々と頭下げた。


 俺は再度労いの言葉をかけて控室を後にした。


 可能ならバン達にも声かけてやりたいが、テンション高まってる奴に激励なぞ火に油を注ぐ行為。卒倒寸前のゴウロウらにトドメ刺すような真似は控えるべきだろう。


 誰が悪い訳でもない。ただ、芸術と言うのは適正ある奴とそうでない奴では温度差に苦しむ事がある。という、少しばかり悲しい現実があるものなのだ。


 あまり悪い流れにならんといいがな。







 サンダーショットティームの今後へ軽く思惟を馳せ、ほんの数十分前に見聞きしたものの振り返りが終わる。


 と、同時に音響石詰めたマイクを手にしたシャー・ベリンが選手入場開始を告げており、去年のように選手らの名と説明を高らかに言い立てていく。


 今回の出場選手三八名。前回より六名増加していた。


 リッチやキィなど前回出場者の数名が今回不参加ながらも、それを補って余りある面子が揃っており、大会の熱量は損なわれずに済んだ。


 新規参加者は人間族四名、獣人二名、ハーフエルフ二名。その中で州外から来たのは人間族三名、獣人一名。いずれも傭兵か流れの冒険者という肩書。


 去年の話を聞きつけての腕試しといったところだろう。リッチの件もあるので、意外な所からの依頼で何か目的あって参加した可能性も疑うが、今はなんともいえないか。


 警備や治安的には探りを入れる必要性あるにしても人手が足りないからな。今後の拡大に伴って参加者の素性調査は必須になるだろうが、そこまで手が回らないのが歯がゆいとこよ。


 極端な話、お前の身の安全に関わる事案なんだからもう少し頑張れや。


 と、ツッコミ受けたら「ハイそうです、どうもすみません」と謝るしかないがね。微妙に腹立つが当面は最強のセコムなド畜生共に世話になるしかねーわな。


 気を取り直して新規参会者以外に目を向けると、やはり注目されてるのは前回優勝者の魔族ガーゼルである。


 連続優勝か、はたまた思わぬ強敵出現で敗れ去るのか。


 勝つにしろ負けるにしろ優勝者の動向は気になるものだ。しかも今回は遠路遥々魔族の一団が応援に駆けつけている話も出回りだしてるので余計にだろう。


 その魔族御一行も即席応援席で縮こまってたが、ガーゼルら魔族の選手が入場すると共に激励の声を投げつけだす。


 遠慮気味にマシロとクロエの傍に座ってたフォルテ将軍もこの時ばかりは嬉しそうな笑みを浮かべて片手を上げて大きく振っていた。


 俺はというと、選手の中にモモが混じってるのが目に留まり内心で溜息を吐いた。


 報告は受けてるとはいえ、こうして当日迎えて目にすると不安がまた湧いてくるというもの。


 幾ら治癒魔法あるからって無茶すぎるだろう。去年みたいな大怪我しそうになる前に程々の怪我で脱落して欲しいよ心配だし。


 俺の心情知ってか知らずか、モモが実況解説席に座る俺の方を振り向き、いつものような不機嫌そうな表情のまま軽く手を振ってみせた。


 いや「心配するな」とでも言いたいんだろうけど、頼むから運よく都合の良い対戦相手引き当てて程々な勝ちで満足してね?


「というわけで、今回も出揃いました参会者の皆々様でございますぅぅぅ!!今年は誰がヴァイト州で一番強い奴になるのかぁ、お愉しみにぃぃぃ!!さてここで今大会の主催者でありこのヴァイト州を治められてる節令使様であらせられるリュガ・フォン・レーワン伯爵様からお言葉を頂きたいと思いますぅ!!」


 仲間の毎度の無茶加減に頭を抱えたくなりつつも、シャー・ベリンに大声で話を振られた俺は思考を切り替える。


 さて今年の大会はどうなることか。地味でもいいから手堅く終わって欲しいんだけどな主催者としても行政の偉い人的にもさ。


 マイクを手に取り、謹直そうな顔を浮かべつつ、俺は開催宣言及び祝辞を述べていくのだった。


 さぁ、祭りの始まりだ。

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