第166話第二回格闘技大会当日朝のひと時

 俺が喋くり仕事をしたり遠方から来た客人が一喜一憂したりと、事がそれなりに動きはしても祭りの日は変わらずやってくるものだ。


 夏も残暑含めて今年分が終わりを告げて秋が本格化する。最近まで汗ばむ陽気もあったというのに、すっかり日差しと風のバランスが心地良い季節となった。


 そしてこの地では去年から始まった祭りが秋の訪れを物理的に知らしめてもいるやもしれない。


 第二回格闘技大会当日の朝である。


 とは言っても起床時間も起床してから行う一しきりの準備も代り映えはせず。淡々と日常の動作をこなしていくのみだ。


 特別な日だからって一から十まで変化球つける必要ないだと常識的に考えて。


 ほんの少しだけ違うとすれば、朝食の席上にてターロンから今朝の動きを簡単に説明してもらってるぐらいだ。


 ターロンは今日は夜明け前に起きて夜勤してた部下等の報告をいち早く受け取ってくれてたのだが、眠気なぞ感じさせない朗々とした声が今朝の様子を伝えてくる。


「……というわけでして、去年同様、夜明けと共にいつもはまだ寝てるような層も起き出して浮かれておりますな。他の者の報告だと酒場は既に店を開けて酒を提供してるとか」


「犯罪行わず人様に迷惑かけないなら今年も放置でよかろう。会場内に入りきれない人間なりに楽しんで貰えるなら酒の力も借りたいとこだ」


 固いパンを嚙みちぎりつつ俺はターロンの報告を軽く流した。


 朝も早よから勝手にムード盛り上げてくれるならそれはそれでだ。会場入り出来た奴とそうでない奴で温度差生じさせるとか祭りの意味薄れるからな。


 しかしまぁ去年も思ったが、娯楽の多い少ない関係なく、日付変わると同時にテンション上げて行こうな奴というのは一定数居るものだなぁ。


 転生前も今もそういう類はローテンション気味な俺からすれば「お元気なことで」と冷めた風な呆れた物言いしそうになる。


 だが、そういうノリの勢いで経済回して欲しいから尊重もしたい思いもあるというアンビバレンツよ。


 後で会場入りする前に散歩感覚で巡回はするので民の同行はこのぐらいでいいか。


 次に問うてみたのはこの場に居ない面子。具体的に言えばモモと平成である。


 出場者であり、部族側が今年も出店出すのでその準備もある。それ故に先日から顔合わす頻度が減っているが、一応ターロンに代わりに様子を見に行ってもらってはいたのだ。


「モモ殿はここ最近鍛錬に余念がなかったですな。昨日も会った時に汗だくになって動き回っておりました。ヒラナリは部族の者らと混じって店の準備やってましたな。まぁこちらの者と話がある際の窓口みたいな役割が主ですが」


「まだ部族の男連中だけで何から何までやるのは難しいか。せめて副隊長格の者らはコッチの商人や役人と単独で話し合うぐらいは成長してもらわんと」


「まぁまぁ当面はいいのでは?そこもアッサリやるとヒラナリの数少ない役立ち所を奪うことになりますし」


「そうだな。どうせ近々大山脈方面に商人らも出向いていくからな。これから嫌でも応対経験身に着けるから今は目くじら立てないでおこうか」


 ベターな選択と割り切った俺は水で薄めた葡萄酒を飲んだ。


 食事を終えて従者に食器などを下げてもらったのを見送り、俺は再度ターロンを見上げる。


「後は俺が直々に見て回るから、お前は会場警備の方頼む。大丈夫だとは思うが今年は他所からの来客もあるから念の為な」


「分かっておりますよ坊ちゃん。坊ちゃんの方こそお客人のお相手よろしく頼みますよ。なにせお偉いさんの相手はお偉いさんしか出来ませんし、適材適所ですからな頑張り所ですぞ」


「うるせぇさっさと先に会場行っとけ」


 軽く舌打ちしつつ追い払う仕草してみせるも、長い付き合い故か気を悪くした風もなくターロンは笑いながら部屋を出て行った。


「まったく……」


 ただでさえ大会運営に気を回す立場なのに余計な気遣いもしなくてはならない。しかも基本俺以外の要因の所為でだ。


 という現実に朝も早くから疲れた気分味わう。


 明るい祭事なんだからご機嫌な気分で過ごしたいのだが、呑気に浸れないのも地位ある者の定めか。いやまぁ地位ある奴でも呑気に楽しむ奴は幾らでもいるけどさ。


 衣服を整え、軽く屈伸などして時間潰してると、次に部屋の入ってきたのはマシロとクロエであった。


「おはよー。お祭り日和だけど、アンタさー、不景気な面してるわねー。やめてくれません辛気臭い感じー」


「くくく、鬱屈と憂鬱のハーモニー。秋空を憂う病んだ性根の矮小」


「うるせー馬鹿!その気分の何割かの原因がほざいてんじゃねーよ!?」


 完全に他人事な様子で揶揄ってくるド畜生共に怒声叩きつけるも、二人は微塵も動じることなくせせら笑いを返してくる。


「朝っぱらから怒ってると血圧上がるわよー?その歳で頭の血管切れて死にたくないっしょー?」


「くくく、ステイステイ」


「誰の所為だと思ってやがる……」


 先程ターロンに向けたよりも更に苦々し気に舌打ちを建てつつも俺はこれ以上は不毛だと判断して追及を止める。


 二人とも既に準備は終えてるようなので俺も気を取り直して出発する為に部屋を出た。


 移動は徒歩だ。なにせ会場は州都庁近くの競技場であるので馬を使う必要はない。


 それにだ。大会開始は現代地球風に言うなら正午からだ。まだ数時間もあるので、散歩がてら街の様子を少し見ておきたいのでな為政者的に。


 州都庁を警備する兵や仕事の都合で早めに出勤してる役人らも居るが、事前に予定を告げているので俺が通り過ぎても敬礼して見送るだけ。


 なのだが。


 一階に降りてそのまま出入り口へ向かおうとしたとき、その出入り口にて十数名程が集まっているが見えた。


 大半はウチんとこの役人や兵士であるが、数名は少し離れた距離からでも一目で分かるぐらいには他所様であった。


 中でも一際大きい鬼のような、というか筋肉質の鬼の巨漢が緊張に表情強張らせて直立不動の姿勢で屹立してた。


 ブラク・ヘイセ王国の魔族の皆さんと、彼らを引き連れているフォルテ将軍である。


 降りて来た俺らに気づいたのか、フォルテ将軍は周囲の困惑を押しのけて此方へ歩み寄ってきた。


 俺との距離を数歩まで詰めてきた床で停止すると、彼は一息吐いた後に深々と頭を下げる。


「おはようレーワン伯。そしてクロエ殿マシロ殿。早いと思ったのだが参上致した次第だ」


「……おはようございますフォルテ将軍。昨日一昨日とよく休めましたかな?今日の大会開催時間はまだ先なのですが如何されましたかな?」


 俺の質問にフォルテ将軍はゆっくりと顔を上げてこちらを直視する。


「お陰様で旅の疲れは癒えたてござる。用向きについては、先日の約束通りそちらと同行させて頂くということで早速伺っただけのこと」


「確かにお約束しましたが、それなら予め仰ってくだされば迎えを寄こしたのですが」


「いやそれでは駄目だ。僕の事は取り下げたとはいえ、勝負に負けた身としてはケジメをつけれるとこはつけておきたい。無論、あからさまに周囲に見せる真似はしないよう心掛ける」


「左様でございますか」


 理解したような顔をして相槌打ってみたものの、内心では朝も早くから盛大に溜息吐きたくなる気分だよ。


 まさかこんな朝早くから出待ちしてくるとはな。今日からしばらく引っ付くと分かってたが、会場入りしてからだと思ってたよ。


 今からの散歩も大会中自由に動き回れる唯一の機会のつもりだったんだがなぁ。ホントこのバトルオーガ野郎は余計な真似しかしねぇな。


 フォルテ将軍に悪気なぞないし、心を読む能力なぞないからあまり責めてやるのも酷とはいえ、俺の中で魔族の青年将軍の株はやや下落気味である。


 俺からの評価が落ちてるなぞ知らないフォルテ将軍は俺との対話を終えたと判断したのか、次にマシロとクロエへ視線を向ける。


「先日の非礼を改めて詫びさせてもらう。そしてしばしの間の同行を許して欲しい。それと、俺に何か出来る事あればやるので遠慮なく申し付けてくれ」


 フージといい舎弟根性持ちってこういうとき面倒くさいわー。変に絡まないだけでコッチはOKなんだけどなぁ。


 相手は真面目そのもので言ってるが、言われた側は完全に無関心。


 マシロはクロエに「どうする?」と言いたげな顔を向け、クロエは相棒の表情に対して口端を下げてみせる。雰囲気からして呆れ交じりの苦笑いといったとこかアレ。


 その反応を確認したマシロは肩を軽く竦めつつ巨漢の魔族将軍に対してこう告げた。


「勝手にすればいいんじゃないのー」


 そう言い捨て、マシロとクロエは俺の腕を引っ張ってさっさと場を後にしようとする。


 事情はともあれ遠方から来た客人に対してぞんざいすぎる態度に周囲は顔を青くする。魔族側も反応に窮して固まってしまってた。


 言い捨てられたフォルテ将軍も数瞬の間茫然としてたが、我に返ると慌てたように俺らの後を足早についてきだした。


 おいおいおい初っ端から俺の頭と心と胃が痛くなるような真似してんじゃないよ。


 この調子で滞在中大丈夫なのか俺も相手側も。


 なすがままに外に連れ去られつつ俺は嘆息するのであった。





 そんな空気が冷えかねないような事がありつつ、俺達は州都の大通りへとやってきた。


 付いてきてるのはマシロとクロエ、フォルテ将軍とその御供の魔族数名。


 此処に至るまでの間どころか到着しても尚、フォルテ将軍らが怪訝そうな目を俺に向け続けてる。


 身辺警護という点では、フォルテ将軍自身が一人の戦士としてかなりの手練れなこともあり護衛の数が一桁でもまぁおかしくはないかもしれない。


 しかし武勇とか武芸とか、武に関して何も取り柄なぞない俺が女二人連れて無防備に街中を歩いてる光景は、一年半経過して見慣れ始めた州の人らはともかく将軍らには奇異に思えたのだろう。


「レーワン伯、ちといいかな?」


「なんですかな将軍」


 ついに疑問を抱えたままに耐え切れず、フォルテ将軍が控えめに俺に声をかけてきた。


「伯はこの地の全権代理人たる節令使殿の筈。幾ら此処の治安に自信があれども、その、身分や立場を考慮すれば供の人数がクロエ殿とマシロ殿だけというのは如何なものかと」


「仰りたい事は理解出来ますぞ。普通に考えるなら将軍の言う通りでしょう」


「もしや我らの来訪が原因なのか?警護の為の兵を揃える為に護衛の数をあえて減らしてるのか」


「いやいや考えすぎでずなそれは」


 申し訳なさそうな表情を浮かべそうになってたので、俺は相手の言い分を誤解と言わんばかりに苦笑を浮かべて首を横に振る。


 実際まったくの的外れではないがね。いつもより治安維持や施設警備に人員割いてるのは事実だから。


 けれどもそれと俺の護衛の数は結びつかない。この身軽さが基本スタイルなんですわ俺。


 そこまで説明してやるのもそれはそれでツッコミ入りかねないので伏せてはおくが、変に誤解してこれ以上委縮されても困るので程々に納得してもらいたい。


「この二人の強さならばその辺の賊の十や二十など余裕で防げるので必要ないだけ。それに街の見回りに一々仰々しい人員引き連れる程の暇もないので、これぐらいでちょうどよいのですよ」


「なるほどそういうものか」


 部下共々なんとなく腑に落ちない顔をしつつも、それ以上の追及する気はないのか数度頷いた後に視線を周囲へ転じていた。


 州都民や他所の県から来たと思わしき人、それと少ないながらも州外から来たと思わしき人など、朝も早くから大通りには様々な人たちが祭りの前の前祝とばかりにはしゃぐ姿が見受けられる。


 俺達の姿を見るやそれらも一瞬だけ止まり、次いで緊張が走るのが露骨に見えてたが、俺はその都度大きい声を出してこう宣言して回る。


「そのままでいい。本日は大会開催日という祝い喜ぶ祭りの日なのだ。法に触れたり他者に迷惑かけるような真似をしない限りは咎めはせぬから続けろ」


 素直に受け止めれず戸惑ってたが、節令使直々の言葉ということで納得したのかしばらくしたら元の光景に立ち戻る。


 謡い、飲み、喋り、遊び、楽しみ、踊り、騒ぐ。


 憂いも無く人々がそれらに興じられてる姿は悪くないものだな。


 陳腐な言い草になるが、平和な光景である。


 声掛けしつつブラブラと街中を散歩してるだけだが、たまにこうして直に自分の仕事が上手く行ってるかを拝むのもいいな。


 勿論大会前、しかも王都や外国の客人来訪という件もあって可能な限り浄化作戦実施しており、今日も多額の給金目当てに年寄りや子供が清掃活動に勤しむ光景を幾度も見かけてる。


 州都警備に配置された兵士らも自警団と連携して連日州都中を日に何度も巡回してるし、大勢の人間の協力あってのこの日だという事実は忘れてはならんだろうな。


 これからも、これを、これ以上のモノを作り上げて維持していくのが俺の仕事ならば、この成果をちゃんと目にしとくべきだ。


「良い街ではないか。伯の統治が上手くいってるようで何よりだな」


「そのお言葉ありがたくお受け致します。他所の国の方に世辞でもそう言って頂けたら私も嬉しく思います」


 ポツリと呟いた将軍の言葉に俺は素直に謝意を示す。


 こういう好意を得ていく為にも関心を引くような催し物は成功させ続けねばならないな。


 さて格闘技大会二回目はどうなることやら。


 それからしばらく節令使とその御供二人と、魔族の将軍と数名の御供にて構成された集団は、特に何かするわけでもなくしばし街中の散策を淡々と行っていたのだった。


 もうすぐ秋の祭りが始まろうとしていた。

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