第157話秋へ向けての日々

 早いものでもう数日もすれば九月が終わり本格的な秋へと移行する。


 昼間はまだ汗ばむ陽気が続くとは言え、日が暮れたら幾分か過ごしやすくなっており、寝苦しい夜を過ごさず済むだけでもありがたい季節だ。


 十月半ばには第二回格闘技大会を行う。


 前回の好評を受けての二回目だ。なので今後の継続の為にもぜひ成功させたいものだ。


 通常業務と並行して大会に向けての準備は日々行われてる。官民挙げての一大イベントという意識が州内で湧き立ち、それが行動に繋がってると思いたい。


 予選ももうすぐ行う手筈。前回は最初という事で俺が立ち会ったが、二回目以降は流石に一々見届ける時間割くわけにもいかんので欠席だがな。


 参加締め切りは済んでおり、報告によれば前回よりやや増加してたそうな。去年の試合を見ても尚挑む気持ちがあるとは嬉しい誤算である。


 選手の増加もさることながら、来客も増える見込みでもあるのだ。量においても質においても。


 質の方で言うならばそろそろ魔族の国の御一行が王都を進発してる頃であろう。


 大会目当てとはいえ大会当日現着とかではないのだから、休息や州都内の見物する日取りも考えれば開催より少し早めに来るのは必然。


 その前に準備整えなければならんので、ある意味で前回よりもやや急かすように動いていかんとな。


 この件に関しては地元貴族組にもしっかり話を通しておいている。


 いつかは遠方からも貴賤問わず様々な来客を望んでただろうが、まさか二回目にしてそれが叶うともなれば今の内から物心共々構えておいて損は無い。


 先日冒険者ギルド訪問目的の一つはそれもある。どうせ出向く羽目になるならついでにという感覚ではあったが。


 マシロとクロエの容赦ない拒絶に精神的強打を被ったヒュプシュさんが休ませるため別室へ運び込まれた後、妻を案じて落ち着かないローザ男爵に対して俺は手短に用件を伝えている。


 冒険者ギルドからの参加者は前回同様歓迎するが、それとは別に期間中の州都内警備要員も募集をかけて欲しい。


 これが俺が頼んだ話だ。


 単に来場者が増えるぐらいならギリギリ今の人手でも行けそうだ。


 しかしフォルテ将軍一行に対して儀礼的にでも目に見える警護を配備する必要性がある。


 望む望まないにせよ外交関係は配慮無しとはいかん。正直にありのままの姿を。なんていうのを額面通りするわきゃないだろ普通。


 治安維持専門部隊創設を将来考えてるとはいえ現時点だと俺の脳内構造。


 なので前回同様軍や自警団に頑張って貰うとして応援に冒険者からも幾らか寄こしてもらえれば助かるのだ。


 家や倉庫の警備クエストも普通にあるのだから延長上的なものだろうしハードルも低かろう。報酬も弾んでやれば祭りより優先してくれる者も出てくる筈。


 可能ならば今月末か来月頭にはある程度人数確保して軽い訓練と指示を叩き込みたいものだな。


 警備関係以外にもやる事頼む事は多々あった。


 リヒトさんには地元の商工業関係者に話を通してもらい、遠方からの客人らに対してのもてなしの為の準備を進めてもらいたい。


 我が州のイメージアップの一環にもなるし、それぐらいの気構えでやらんと現状ド田舎扱いされても反論し難いんだわ。一時的に財布の紐緩めて貰って印象改善への投資頼みたいよ。


 とはいうがそこまで難しい頼み事じゃない。


 精々大通りの建物の補修や壁塗り替えや、会場周辺の外観整備の費用と、将軍一行への土産物の用意の片棒担ぎなどそういうところだ。


 しかも八割は俺が出すし、一割はリヒトさんらガチ有力者に出してもらう算段なので、彼らには残り一割だけでも担ってもらえれば十分。


 こういう形でも連帯感育む機会出すのもまぁよかろうよ。


 ヴァイゼさんには海産物関係の仕入れを頼むと共に、軍船ないし大型商船の確保を依頼する手紙を出している。


 将軍一行はヴァイトをそこそこ堪能した後は商都に赴くだろう。南下しておいて今は此処より遥かに重要度高い地をスルーする筈がない。


 多分スケジュール的にも国の見聞目的にも商都へは陸路移動になるだろうが、万が一何らかの用があって急ぐ場合もあるかもしれん。


 そこに此方で船調達あらかじめされていれば相手側も俺らに対する評価を更なる好意に傾ける事だろう。


 国全般か俺個人かになるかは不明であるけど、他所の偉い人にゴマする機会は逃すべきではない。


 ヴェークさんには引き続き要塞建設続行と、大会当日までに一時帰省をお願いしている。州を上げての催し物に地元有力者である五貴族揃ってないと体裁がね。


 要塞も外側もだが内側の建設現場も他所の現場とは違うとこみせたいので、来訪間近には従来以上の清掃や管理を徹底してもらうよう付け加えている。


 ザオバーさんには食料関係の流通の融通を依頼している。


 この時期は秋の作物の収穫時期であり収穫量の増減は税収に響くので、正直必要以上に食べ物を娯楽の消費目的に倉庫から移動させたくはない。州都内で流通してる飲食料で賄いたいとこだ。


 だが各県から前回以上に人が来る上に、来客向けの宴席の為に州都内の食料事情は少しぐらい飽食気味に調整しとかんといかん。


 多分ないだろうけど、食べ物が無い若しくは粗末なモノしかお出し出来ないとかいう事態になったら恥になる。俺だけでなくこの国そのものの。


 恐らくフォルテ将軍らは道中でケーニヒ州以外の様子を何かしら目にするのだ。そこでこの国の危うい所は嫌でも映る。


 そんな中でヴァイト州で駄目押しするような出来事をしてみろ、恥の上塗り待ったなしだ。


 この国が駄目なのはいいとして、俺まで駄目な側に居るのはなんか嫌なので、小さいと思われるが「俺は別です。俺以外が駄目なんです」アピールの為には少しばかりの潔癖さは抑えつけよう。


 使わなかったら後で移動しなおせばいいし、損失分は軍用の備蓄糧食の一部を放出して埋め合わせる。


 小役人根性丸出しな手を打ってるとはいえ、税はキッチリ治めるし、民を飢えさせる真似はさせない。


 そこは俺が何があっても譲る気のない一線というやつだ。


 しかし対策は建てたが果たして上手くいくかはその日を迎えんとわからんのはもどかしいもんよな。





 そんな最中でザオバーさんが州都庁を訪問してきた。


 無論アポなし突撃訪問ではなく、ちゃんと予め約束していたお話合いだ。


「こうして私一人で伯と対面するというのも、なんだか新鮮な感じ致しますな」


 地元貴族組最年少の男は短い顎髭を撫でながらそう言って笑った。


 言われてみればそうなので、俺も優雅な笑みを浮かべて無言で首肯する。


 最年少とはいえ、三十代半ばにしてこの地における農業全般に関する取り仕切りをしてる御仁だ。


 最終的には国や節令使府があーだこーだ指図するとはいえ、基本的には彼や彼の家が農民や林業従事者などに睨みを利かせて差配してる。


 海の男ヴァイゼさん同様に、州都に邸宅構えてるが、普段は東部の県を中心に一次産業の仕事に日々汗を流して家空ける事が多い。


 故に俺との話は、不在が多くて後から知らされるか、もしくは他の貴族と同行して話し合いの場に加わるかが殆ど。


 赴任して以降一対一で話したのは二、三度で報告とその内容に関する話しあいぐらいだった。よく顔合わすリヒトさんやヒュプシュさんと比べたらやや印象薄くもなる。


 今日の対面とて、現状報告が主な話。明後日にはまた州都を出て収穫に滞りないか確認の為に各地の農場を渡り歩くのだから、彼もまた多忙と縁を切れない男だ。


 まずは互いに仕事の近況など交えつつ軽い世間話などをする。


 その際に改めて魔族の客人の件も話をするが、ザオバーさんは「手紙読んだときも思いましたが、こんなにも早く事が大きくなるとは忙しないですな」と嘆息したものだった。


 俺もまさか二年目で国外のそこそこ偉そうな人が観に来るとは思ってなかったよ。想像力にも限度ってもんがあるんだよ。


 嘆じたものの、ザオバーさんは俺の依頼に関しては承諾してくれている。それはそれとして気を使うべき局面なのは認識してるのだろう。


 台風の影響も例年どおりだったので深刻な被害もなく、俺が万が一生じた際は軍用の糧食放出させると約束したのもあって、GOサイン出す気になったらしい。


 麦などの一般向けもだが、山林で採れる果実や食用野草(現代地球でいう野菜に該当する植物)も食卓に彩り添えてくれるので、一定量の確保が確実なのは助かるもんだ。


 話に弾みをつけたとこで、次に俺らは農作物に関しての話題に転ずる事にした。


 去年の赴任以降この地の収穫量を恒久的に増加させるのは課題であった。


 食える量が増えればその分人口も増やせる。人が増えればその分だけ非農業人口、つまり農業以外の仕事やれる奴も増やせる。


 なにせだ、今の人口だと職業的な兵隊が六〇〇〇近く居るだけでも割と無茶してる気がせんでもない綱渡り。


 更には冒険者とかいうファンタジー世界特有の存在も、この州のギルド所属だけで一〇〇〇名前後居るのだ。


 武器振り回すしか能のない連中と、俺を含む役人やその家族含めてこの州には約一〇〇〇〇が非生産的な存在として住み着いてる。四十五人に一人がだ。


 無論全員が何かしら必要な存在である。


 役人や兵隊は当たり前だが、冒険者なぞも彼らが日々魔物討伐クエストやるからこそ、少なくとも人の手が加えられてるような道で魔物に襲われる心配が低くなってるのだから。


 今もヴァイト州が上手く回ってるのも、俺の才や金だけではなく、こういった人々も居るからなのだ。


 減らそうとかいう気は毛頭ない。これまでもこれからもだ。


 現状維持ならそれもよかろう。だが今後を考えると、減らすどころか増やすなら人以外の多産増産は必須になるのだ。


 当初はその時点の資料だと方向性探らないと分からんので今までどおりやってきたが、一年以上経過してひとまず方針だけは決められそうではある。


 土地の広さの割に人口が少ない現状踏まえると、一人当たりの農業生産性優先で今後農地改革や新規開拓はしていった方が良さそうだ。


 で、次に作物だが。


 ウチの国というか、この大陸では主に大麦や小麦がメインだ。遥か東方の地にでも行けば米あるんだろうが、それを探す余裕もアテもない。


 それ以外だと、現代地球で言うとこのジャガイモや豆類なども存在するので、安定且つ大量生産に持ち込めたら飢える心配どころか他者へ施す余裕も生じる。


 一つの開拓した畑を可能な限り活用したいとこだ。


 この世界では二圃式農法が未だ主流。三圃式農法も一部地域で行われ始めてるらしいが、いずれにせよ中世レベルには違いない。


 となれば俺も普及の兆しがある三圃式にでもすべきと思う流れなわけで。現代地球でもヨーロッパ辺りだと十九世紀近くまで主流だった安牌方法だしな。


 ただ一つ二つ抜き出る為には冒険も必要なわけで、俺はそこから更に踏み込んでる輪裁式農法を試そうと考えてる。


 簡単もしくは雑に言えば、畑を夏や冬や休耕など振り分けて毎年入れ替える方法を更に細かく割り振ったやつだ。


 四年や五年で一周するサイクルで最初は不慣れによって取れ高も変動するだろ。しかし上手く回せていけば一つの土地で複数の作物が育成出来るし、休耕地をそのまま遊ばせる事も回避出来る。


 州全域に広めていきたいが、何分初めての試みでもあるので、ザオバーさんとも相談して一部地域にて試験的に行わせていた。


 改良した肥料など実験に使う場とはいえ、農地は農地。収穫物の取り分はちゃんとその地の民に渡すし、しくじった場合の生活の面倒も見てやると誓約した上でだ。


 でまぁ命じてから一年ちょい経過してるが、今の所成功しているとザオバーさんは言っていた。


 従来よりも土地を分けて行う故に品は増えても収穫量に懸念あったが、改良した肥料の力もあって危惧するほどの変動は無かった。


 この調子で他の作物も収穫出来るのなら、二倍三倍の人口も余裕で賄えるのも夢ではない。作物関係を担うゲルプ男爵家としては実に心躍るものがあるだろう。


 数年サイクルの農法なので全ての成果を示すには時間が掛かる。けれども悠長にはしてられないので、現時点の成果を持って周辺の村々を説得してやり方を切り替えていく方針だ。


 肥料の方も当面は無料で支給していき効果を実感してもらう。頑固者でもない限りは実入り良ければ今後金出してでも求めてくる自信はあるぞ。


「ひとまず、東部の県と、最近伯が始められた開拓地域を中心に普及させていきましょう。南部は一部で試験的に行っていくとして、西部方面は」


「あちらは開拓前にもう少し治安安定させてからですな。部族抜きにしても魔物の縄張りが他の地域より広いのでそこを占領していかないことには」


「軍や冒険者派遣されるので?」


「いや、少なくとも今の時期は大会開催もあって割り振れませんな。年内は捨て置くのが無難」


「ですな。しかし、もう少し人手があればと毎度思ってしまいますなこうやって物事しておりますと」


「その為の農法の切り替えと、増産の推奨ですぞ。食える物とそれを耕す場所があるなら、無理しない程度には頑張ってもらいたいもので」


 テーブルに置かれた州地図を睨みつつザオバーさんが疲れ気味な溜息吐きつつ苦笑したのを受け、俺はニコリともせず生真面目にそう応じるのであった。


 地味であるがこうした日々の仕事は大事なものだ。


 こうしてやれる事をやれるだけありがたいと思わないと。他所だと良くも悪くも現状維持が精一杯なら、その間に差を開く為に動いておかんと。


 精々格闘技大会前後までは何事もなく将来へ向けたこういう仕事を淡々とこなしておきたいもんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る