第158話第二回格闘技大会を目前に控えて

 地味だが大事な仕事の日々を黙々とこなしていきあっという間に十月突入だ。


 夏終わってからしばらくは、マシロとクロエのSランク昇格ニュース以外は特に何も起きずに良くも悪くも単調な日常。


 だが普通の社会人はそういうものだろう。平凡だが平和なひと時が当たり前の世界。


 特に俺みたいな基本執務室に座ってるようなのがイベント遭遇しすぎなのがおかしいわけで。


 政務関係は今の所例年通り順調に進んでいる。外部から何かしら介入もなければそんなもんであるが。


 なのでこの月は専ら格闘技大会運営に関しての方が気を使ってるかもしれん。


 会場の整備と僅かながらとはいえ拡張工事も行い、メインストリート部分中心に州都各所も外観整える作業を行い、そして肝心の選手らの対応も抜かりなく行っている。


 予選の方は十月初頭に行われた。


 白熱した戦いが繰り広げられたが、前回本選出場者は概ね今年も勝ち抜いてたという報告を受けている。


 キィやリッチなど一部の者は最初から不参加故に不在であるが、参加者が微増したお陰で今年も賑やかになりそうな顔ぶれにはなってるという。


 前回優勝者のガーゼルは当然参加してる。魔族の国から遥々見物者が来るということで在留魔族らも気合いれてるらしいな。


 フージをはじめとする本選で良いとこいった面子も居る。数増す目的な筈だった駐留軍からも幾人かがリベンジに燃えてる話を耳にした。


 モモは今年も部族代表気分で周りがハラハラしてるのお構いなしに予選を勝ち抜き、今はターロンやゲンブ族の若者ら相手に鍛錬に励んでる。


 今後考えたら部族側の存在アピールはやっておいた方がいい。前回の件でモモ個人のファンらしき人々の存在も生まれたわけだしな。


 だがそれはそれとして万が一あったらと考えると俺でも気が気でないわ。


「どーせ私が魔法で治せばいいだけじゃないー。そこまで心配しなくてもさー」


「くくく、ヒーリングっとのナーバスなグッパイ」


「そういう問題じゃねーだろうがド畜生共」


 俺の心配性に対してマシロとクロエはせせら笑いしたものだ。


 いやしかしな、若い娘さんのリョナ場面なぞ一部の特殊性壁持ちしか喜ばない光景を大勢の前で見せるのどうなんだって話だ。


 どうしても体格差や種族の出来の違いが出てきてしまうからな。精々前回みたいな怪我をせずに程々の勝ちで収まって欲しいよ。


 あと忘れられがちだが、マシロお前の魔法のトンでもっぷりは目立つと面倒なの継続中だからな?いつかは知れ渡るにしても今じゃねぇし。


 このような小さな不安は尽きないが、後に響くような厄介の種レベルではないので、その場で思い悩む以上はせんがな。


 それ以外は概ね順調なのが救いかな。


 開催日が近づいてくると、官民共に良い意味で浮ついた空気が出てくる。


 素朴に祭りを楽しみにしてる者が大半だが、州外の情報を耳にする者達などは景気の悪い話しか聞こえてこないご時世において、数少ない娯楽をひと際待ち望んでる節もある。


 そういう空気が連帯感を生みだし、大会への協力する機運となってるのだ。これは自分らだけの祭りなのだという小さな自慢がモチベとなってる。


 お陰で自警団への依頼も、定期的な清掃作業の募集もスムーズなものだった。大会の為になるならばと引き受けてくれている今の所。


 こういう民間への頼み事というのは、現代地球ならともかくこの時代だと余程旨味ないとイイ顔されないからな。誰も娯楽より優先して仕事やりたくはないわな。


 交渉が揉めることなく済んでるだけその分、他に気を回せるのだからありがたい。


 先月各方面にて話した案件も現時点では特に問題もないと報告を受けていた。

 

 いざ当日を迎えないとどうなるか分からないとはいえ成功率を上げておくに越した事はないからな。


 メインの格闘技大会以外の催し物、前回特設広場にて行ったダンスなどの芸能関係は今年も勿論やる。


 責任者に任じられた踊り子のバンは春頃から今か今かと待っていたらしく、九月頭に呼び出した際には既に疲れたような顔してる仲間らを背後にして喜色浮かべて今年の仕事を快諾したものだった。


「この際ついでに申し上げますと、来年以降も、もし開催して頂けるのなら、決定をもう少し早めに決断して頂けたらと。こういう芸の類は完成度高める為の修練日数が多ければ多い程よろしいですので」


「気持ちは分かるがそこは我慢してもらいたいな。やるつもりでも、いざやれるかどうか世情を顧みる必要もあるのだから」


「勿論でございます。勝手且つ無礼な物言い深くお詫び申し上げます。なればこそ再び任じて貰ったからには節令使様のご期待に応えるよう尽くしまする」


「すまないが頼むぞ。来場者には可能な限り来た甲斐があったと思って欲しいのでな」


 深々と頭を下げて恐縮しつつもやる側として当然な意見を述べるバンに俺は苦笑浮かべてそう答えたものだった。


 任じて以降定期的に報告を受け取ってるが、日々充実しており熱意をもって前回の参加者や前回のを見て参加する気になった者らを纏めて練習に励んでいるという。


 と同時に、バン以外の面子からは熱意に振り回されて精神的疲労が著しく、大会終えたら年内は諸々の仕事断り休暇を貰いたいと嘆願が来ていた。


 好きな事に熱中してる人とそうでなく付き合いだけの人だと温度差がどうしても出るからなぁ。


 しかも終わるまではトラブル起きないようにバン含めたダンサーらに気を配らなければいけないので心労も大きいだろう。


 尤もな願いなので俺はその場で彼らに対して許可する旨を告げた書状と、冒険者ギルドに対して一時休業申請の書状とを書き上げた。


 すぐさま申請通ったという事実で少しでも気力取り戻して欲しいものだね。


 メインはダンサー集団のパフォーマンスだが、他にも旅芸人には個人や一座問わず声掛け行ってる。レパートリーは多い方がいいからな。


 契約金に加えて当日貰った投げ銭は全額自分らの物ということで、彼らも一様に俺との契約には快諾してもらってる。


 当然だが、同時に罪に問われることや契約内容に反する行為行った場合は死罪も視野に含めた重罪を課すことも告げている。自分らの芸のオンリーワン具合を過信して増長しないよう釘刺しは必要だ。


 他には前回は大会優先してやらなかった屋台系のやつで幾つか試験的にやってみようと思うものもある。


 大袈裟なものではなく、日本の夏祭りのお約束的なものをこちら風に再現とかだ。


 射的は女子供でも扱える軽めの弓矢を用意。ボール掬いは魔物の皮や内臓で弾力性の高いやつをチョイスしてそれを加工したものを用意など、射幸心煽れるような屋台を出していき、反応次第では広めていく所存。


 無論食べ物関係も引き続き力を入れていく。とにかく年に一度の州を上げての祭りだからお金使って経済回して欲しいところだな。


 小さな課題は多く有れども基本的には建設的な話ばかりだからいいんだけどね。


 こういった楽しく景気の良さげな仕事ばかりなら喜ばしいんだが、現実は世知辛いもので大半が散文的か見聞きしてて楽しくない話ばかり。


 どうせ仕事とか労働とかいう面倒なものと付き合うしかないのなら、もう少し現実君には歩み寄って欲しいよまったく。


 


 


 そうこうする内にあっという間に大会開催一週間前となった。


 去年と比べたら時間経過早く感じるが、それだけ前回の経験のお陰でスムーズに事が運んだ証と解釈しておこう。


 州都を中心に州各地で話題に上り、気の早い者は既に県を超えて州都入りしてたりもする。それだけ楽しみにしてもらえるのは嬉しいもんだな。


 運営側としては期待に応えるべく最終調整段階なのでアレコレと目を通す書類の多さに少し辟易するが。


 小休止がてらに執務室を訪ねてきたモモと平成とターロンを捕まえてトランプをしてたマシロとクロエが「偉い人は大変だねー」と棒読みで言い放った事にツッコミする気失せてるぐらいには疲れてるかもしれん。


 些か疲れ気味に何十枚目かの書類に目を通して決済のサインを記していると、役人の一人が慌てたように一通の手紙を持参して入ってきた。


 渡された手紙の封筒にはグリューン男爵家の印と共に当主であるヴェークさん直筆のサインが記されていた。


 一応形式的な確認をする為、手紙持参した役人に訊ねると、つい先程早馬にて来た手紙であり、それを持ってきた者も男爵家に仕える者であったという。


 答えに一つ頷き、俺は役人を下がらせる。


 俺が封筒の中身を取り出す姿を見たマシロらはゲームを中断して興味ありげに俺に視線を向けて来た。


「グリューン男爵様から何が来たのですかな坊ちゃん」


「んっ、あぁ。多分客人らの一覧だろう。コレが届いたという事は何事もなく無事此処まで辿り着いたようだ。手紙持ってきた奴は一日か二日ぐらい先行してきてくれたんだろう」


「ついに来ましたか。早いものですなぁ」


 やや感慨深げに呟くターロンに頷き返しつつ、俺は早速手紙の内容を読み進めた。


 案の定手紙の内容は此度の来客者の名前の羅列が主であった。


 まず王都の冒険者ギルドから筆頭書記官が数名の職員と共にやってくる。


 目的はSランクカードの支給や本部及び王都ギルドからの伝達事項を直に伝える為であろう。その中で夏の解体の一件の現状も聞ければ御の字か。


 次に目に映ったのは、なんと商都からフォクス・ルナール商会の者。


 しかもその辺の地位に居るものではなく、先代当主兼チャレンジャー商店店主であるアーベントイアーさんの名前があるから驚きだ。


 確かに誼は結んだし今後とも何かと縁を深めていく所存であるから来訪はあり得る。


 けれども夏から左程間を置かずに直接やって来るとはフットワーク軽い御老人だな。行動力は称賛に値するがな。


 一覧の書かれた方だと此度は商会の人間として赴いてきたっぽいな。護衛に当主の護衛任務勤める老傭兵リッチの名が書かれてるということは、それなりの人数揃えての立場としてなのは明白。


 西部方面の話と、この地にある支店の拡大もある。更に言えば人材派遣の件もあるから話題はあるので俺としてもこの来訪は悪くはないな。


 この辺りは大事とはいえ大会前に軽く話せばなんとかなりそうなので変に力まずフランクに構えておこう。


 で、問題はこっからか。


 フォルテ将軍を長とするブラク・ヘイセ王国御一行と、案内兼監視役であろうプフラオメ王国の使者とその御供達。


 魔族御一行様は諸々含めて二五〇名。ギリ許容範囲内で収まってるので予定通りに進めていくつもりだ。


 王国使者はデフォン子爵。確か礼部関係の職に居た中年貴族だったな。


 俺の知りうる範囲だと、可もなく不可もなくな勤務態度とモラルの持ち主。何かやらかしあった噂もあるが、内容はこの時代の貴族クオリティだと「そんなこともあるな」で流せる範囲だったような。


 まぁいいか。俺としては変に敵意持ったり悪い意味で真面目な、粗探し主体で物事見るような奴でない限りは少しぐらい威張り散らすぐらいなら受け流そう。


 ああいうのは適当に頭下げて下手に出てりゃ引っ込むからな。俗物な小物をすぐ黙らせられるなら俗物的な応対もやってやるさ。


 この時期に外国に対しての形式以上の真似はせんだろうと踏んでるので使者に対してはこの程度の考えである。


 俺が口端を曲げて思わず唸ったのは、使者殿の御供の名前を目にしたときだった。


 使者と恐らくは将軍らの護衛を務める部隊の将の名前、というか肩書がそうさせたのだ。


 使節護衛部隊右隊長 勇者護衛騎士団隊員ディクシア・フォン・ラーイト。


 使節護衛部隊左隊長 勇者護衛騎士団隊員アリステラー・フォン・レフト。


 内容が気になって視線向けてた面々に俺は声を出して改めて手紙の中身を語ると、三名は驚きに目を瞠り、二名は関心ゼロ隠す気もなく形式的に「へー」と呟く。


 いやはや宝剣と共に手紙出してから覚悟はしてたが、意外に早い反応というか、俺が思う以上に勇少年のメンタルが弱気に傾いてたのかねぇ。


 直接本人が来る真似は流石に自制と周囲の引き留めがあっただろうが、恐らく信用できる者に事情を語って確認させに来たのだろう。


「えっ、いやこれ大丈夫なんですかリュガさん?今の時期にもしバレたら」


「お仲間欲しいだろう勇者様個人には良いかもしれませんが、坊ちゃんの事が公になると面倒そうですな。公人の立場最大限利用して白を切りますか?」


「いやしかし節令使殿が既に正体を明かしたような手紙を送ってるのだから難しいのでは。ここは脅しの一つでもかけて追い返して明答引き伸ばすとか」


「国から派遣された人を脅して追い払うの不味いでしょモモさん!?リュガさんの立場ってやつあるし」


「しかし下手に注目集める可能性考えれば選択肢にいれるべきだろう」


 モモらが困惑気味にそう言いあう姿を眺めつつ、俺はマシロとクロエの方へ視線を移動させる。


 視線を受けた二人は心底どうでも良さそうに鼻で笑った後、どうするかと話してる三人に割り込んでゲームの続きを強引に再開させていた。


 まぁそうだよな。


 マシロとクロエの態度を見た俺は内心苦笑した。


 覚悟もしてたことだし、今更ジタバタしても仕方がないのだろう。来てしまったのなら腹を括るしかないのだ。


 明かすのは決まりとして、さて勇少年にどこまで語ってやるべきだろうな。


 全部語れないがどこまで語ればある程度落ち着いてくれるのやら。相手側の話し次第とはいえちと面倒だなおい。


 手紙をデスクに置き、俺は背もたれに身を預けながら直前に降りかかった新たな小さき問題への回答を考えるのだった。

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