第156話一冒険者に(メンタルが)フルボッコにされるギルドマスター


「当ギルドの冒険者たちが非礼な真似をしたようで申し訳ありませんわ」


「気になされるな。冒険者同士の交流に立ち会ったぐらいの事。一々咎めてもしょうがないものですな」


 恐縮そうに頭を下げるヒュプシュさんに対して俺は微苦笑を浮かべて頭を振る。


 非礼というなら寧ろ友好的な態度で接してきてた相手に終始塩対応だったド畜生共だからな。異世界ヤンキーが最後まで舎弟根性丸出し笑顔だったからよかったものの。


 何事かと降りてきたヒュプシュさんはじめとしたギルド職員らがフージらを追い散らした後、俺達はギルドマスターの執務室へと招かれていた。


 ギルド側はギルドマスターであるヒュプシュさんと副マスターであるローザ男爵も同席している。


 単に幾つか話す用件あるだけなのだが、それだけヴァイト州冒険者ギルドにとって設立以来初の快挙であり、代々ギルドマスター職を担ってる男爵家にとっても悲願であるということだ。


 今回俺は来客用ソファーの左端に座っており、何時もなら座ってる真ん中には今回のメインであるマシロとクロエがダルそうな表情で鎮座している。


 俺らの背後にはモモと平成が立って今回の話を興味もあらわに見守ってる。


 軽く挨拶を済まして早速ヒュプシュさんは本題へと入っていく。


「Sランクになったということで、まず特典に関してのお話など」


 そんな事わざわざ俺ら来てまでやる事か?と、思わんわけでもないが、Sランクに関しての事柄は基本ギルドマスター直々の対応という規則があるらしいので仕方ない面もある。


「それでですね、昇格記念にSランク専用の待機室の増設をしたいと思ってまして。お二人のご意見などを」


「そんなんいりませんー。こんなとこ居る気微塵もないわー」


「くくく、不要必要のステイボックス。金と時間と労力の浪費は破滅への序曲」


 初っ端から提案を一蹴された男爵夫妻は笑顔を強張らせて絶句してしまった。


 全部言い終える前に即拒否は少し気の毒とはいえ、その提案は残当案件だわな。


 Sランク特典の筆頭であり、目に見える特権の象徴である専用待機室。


 王都や商都にはSランクパーティー用に幾つも部屋があり、そこはギルド内ではある種の治外法権が許される場でもある。


 私物置き放題、法に触れる人や品でなければなんでも連れ込み放題、維持費管理費諸々ギルド持ちなので部屋で好きなように振舞い放題、家代わり宿代わりOKなので泊まり放題。勿論入室中の飲食も余程高額でない限りは飲み放題食べ放題。


 苦情等待機室内の事に介入出来るのはギルドマスターのみ。それも法律違反や度を越した迷惑行為でない限りは注意以上は基本的に不可。


 まさに至れり尽くせり。頂点に立った事を実感できる優遇の具現化ともいえる特別領域。


 他国ではここに居座る為だけにランク維持に必死なSランクも居ると噂されるが、それも無理からぬ話だろうな。


 普通の流れなら、部屋を造るにあたって二人からアレコレ要望聞きつつそれをネタに一しきり盛り上がるとこになっただろう。


 しかし悲しい事に普段ギルドに近寄る気が微塵もない相手にコレはマイナスだ。


 専用の待機室というのは良いとこもあるが悪いとこもある。


 極端に言えば、他ランクと違って何かあれば滞在し続ける羽目になるという点だ。


 他ランクは活動中はギルド内の受付待合室ないし附属の酒場に入り浸ってるが、寝泊りや冒険者稼業以外の生活拠点はギルドの外が基本。


 一泊程度なら椅子や毛布に包まって地べたで居眠りで我慢出来るだろう。待機強いられた冒険者らの不満は置いとくとして。


 しかし例えば緊急クエストや大掛かりな討伐など数日は軽く要する事案発生した場合、補償も無しにギルド内で地べたで寝て待っとけという対応は出来ない。ギルドだって無駄にヘイト集める趣味もないしな。


 なので、いつでも呼び出しに応じられるよう警戒態勢解かないように。と、訓示してひとまず解散させる。で、最低限即応可能な人員を置くことになるが、そこで専用待機室持ちのSランクに御鉢が回る。


 割と長めに寝泊りできる設備揃ってるので泊まり込みは問題ない上に実力もあって安心出来る。Sランク側も日頃の優遇もあって断るの難しいので請け負うしかない。


 Sランク居ないギルドはAランクに急ごしらえの宿泊施設提供して対応。ヴァイト州みたいなAすら居ない所になるとBや実力あるCの所在を定期的に確認する以上はしてないという。


 でだ、ウチのド畜生どもには既に家がある。そしてこの地に現時点で待機室に入り浸るような案件は無い。


 万が一あったとしてもだ、マシロとクロエにはバイクがある。州都庁からギルドまで飛ばせば二、三分で到着するだろう。ギルドの使者が州都庁に駆けつける時間だけ問題にすればいいだけだ。


 ギルドマスターの拘束力?そんなもん通用するなら塩対応で狼狽せんわギルド側。


 私物置き放題?こいつ等この世界で何か集めてるように見えないし、あったとしても無限に収納可能なアイテムボックス(持ちバイク)ある。


 法に触れる人や品でなければなんでも連れ込み放題?そんな熱心に人や物を持ち込む奴らでないし、節令使である俺が傍に居るのにあえてやる理由あるのそれ?


 維持費管理費諸々ギルド持ちなので部屋で好きなように振舞い放題?今の家は節令使府持ちなんですわ。それ無しでもアイツラのポケットマネーで余裕で賄える。そもそもこいつ等そこまでするほどの振る舞い意外にしてねーぞ。


 家代わり宿代わりOKなので泊まり放題?だから必要性もないし距離の問題もバイクあるから結構ですって。


 勿論入室中の飲食も余程高額でない限りは飲み放題食べ放題?ギルドのやろうとしてるの現時点で俺が負担してるんだよ。冒険者の肩書の前にレーワン家客分という名の居候なんだよこいつ等。


 待機室の存在意義が哀れなぐらい何もない。全部俺個人か国で賄えてるんだからな。


 でだ、待機室に滞在するということは、ヒュプシュさんらとマメに顔を合わすだろう。そして顔合わすたびに何かしらクエストの催促もするのだろう。機嫌損なうリスクを無視出来ればの話だが。


 この一点だけで既にゼロどころかマイナスになってる待機室の存在。


 加えてだ、待機室に籠ってればいいとしても籠りっぱなしなわけでもなく室外に出る事もあるだろう。その際に職員や同業者に話しかけられる煩わしさなんかもあるだろうな。


 あの二人、フリーダムかつフランクそうに見えて意外に積極的に他者と関わるとかしねーんだよな。人並みな社交さあるけど受け身的というか上っ面全開というか。


 暇を楽しんでるのは本当だろうが、俺の見える範囲にほぼいつも居るのもあんまり外出て他者との関係構築に興味薄い感じで。


 どこまでその辺り把握してることやら。ギルド内にSランク専用待機室を持つというステータスに目が眩んで失念してるんじゃないかこの夫婦。


 愚問に対する冷めた視線をする二人と、呆れたような視線をする俺に気づいたヒュプシュさんは我に返って咳ばらいを一つする。


「で、ではこの件はまた後日改めて話し合いましょう」


「日を置いても嫌ー。いらないって言ってるの理解できないのー?」


「くくく、難聴の度し難き無理解」


「……あの、せめて、部屋設置許可だけでも。いつか使うかもしれないですし、備えておいて損は無いでしょうから」


「そんな無駄な事する暇あるならさー、他の冒険者に金使ってやりなよー。最近私らのお陰で稼いでるんでしょー?」


「……」


 にべもない氷点下な即答に、ヒュプシュさんが縋るような目をこちらに向けて来たが、俺は黙って首を横に振った。


 無理ですよこれ。寧ろここから逆転できる要素あるなら俺が教えて欲しいよ。


 せめて俺が手助け出来るのは話題転換ぐらいです。


「……あーまぁ、これ以上は平行線辿る不毛さしかないのだから双方この件は一旦止めよう」


 俺の発言に男爵夫妻は露骨に安堵していたが、マシロとクロエは皮肉気な笑みを浮かべて肩を竦めてみせる。


「この話題以外も不毛じゃないのー?時間の無駄っていうかさー」


「気持ちは分かるが一応話だけはさせてやれよ。せめてそれぐらいしてもらわんと俺の方が無駄足感強いんだしよ」


 マシロの発言は最もな事なので俺の反論もトーンが弱い。Sランク特典の話は本当に不毛すぎるこいつ等に対しては。


 辛うじて気を取り直せたヒュプシュさんが別の特典の話題を案の定はじめだしたが、結果は散々なものだった。


 買取や解体の優先権は、此方が頼まなくてもギルド側が頭下げて頼む図式になってる現状意味をなさない。そもそもクエスト、特に魔物討伐機会が絶無だ今の所。


 解体料金の免除は、そんなケチ臭い事しないというか、大金持ち故に無頓着すぎてお買い得感が薄い。下手に強調して押しつけがましい印象与える要素になるのでギルド側も強調出来ない。


 ギルドマスター直筆紹介状発行は、何か権力行使する機会あるならギルドマスター殿より遥かに社会的地位高い節令使に頼めば終わりだ。一々手続きするギルドより、基本傍に居るので一声かけてその場で承認される俺に頼む方が効率的すぎる。


 ギルド内にある酒場での飲食無料は、待機室と同じ理由で意味がない。俺や節令使府持ちでこいつ等は少なくともヴァイト州内なら好きな時好きなだけ飲み食い出来る身分だ。


 馬や駕籠など移動手段の無償提供は、それらより速く走れるバイク持ってる人間からしたら「なにそれギャグ?」レベルに失笑もんに意味がない。仮に使えない局面でもギルドより俺経由で国が手配するしな。


 基本的な特典の数々は、割と俺が原因で価値が大幅下落しておりますよ。この点に関しては内心申し訳なさは少しある。


 悉く待機室のようにバッサリ拒否され、俺が念の為補足説明という名の追い打ちをかけたことで、ヒュプシュさんの顔色が秒ごとに悪くなってる気がする。ローザ男爵も妻の蒼白ぶりに焦りを隠せない。


 ギルド側にとって重苦しい沈黙が漂う。


 背後でやりとりを見ていたモモと平成が気まずそうに俺やド畜生二人に目を向けてるのが分かる。いわゆる「もうちょっとこう、手心を……」とでも言いたくなるのだろう。


 その視線向けたい気持ちわかるけど事実だから仕方がない。


 俺だけなら埒が明かないんでどこかで妥協してやってもいいが、当のSランク様が拒否ってるのだから。迂闊に無理強いしたらそれこそこの場で辞める宣言吠えるぞマジで。


 手札になりそうにもないが一応手札として使えそうなのは、あとはもう現地限定ギルド特典付与ぐらいか。


 現地限定とはいえ、その地のギルドの管轄範囲内でなら通用する特典。ギルドの力と責任が及ぶ範囲内でならという前提があるとはいえ、組織の後ろ盾を得てどんな望みも叶えてくれる。


 此れに関しては変に揉めないように当地を治める政府、この国で言うなら現地節令使府に承認させお墨付き貰ういうけて根回しまでするぐらいだ。


 共通基本特典がイマイチ響いてこない冒険者ですら、特典内容次第では喜色を浮かべるという、実力者を従わせる為のある種の切り札的存在ともいえる。


 だが、めげずにすぐそれを切り出さないとこ見ると、ヒュプシュさんらも何を与えてやればいいか咄嗟に思いつかないのだろう。


 マシロとクロエには俺と言う節令使がバックに居るので権力関係はギルドはどう足掻いても下位互換。


 何か欲しい物があるわけでもないし、あったとしても語る程の信頼関係なぞ築いてないので知ることは出来ない。そんなわけで人脈駆使して貢いだり探し物も出来ない。


 ギルド内で絡んで来た同業者を仕返しにいじめたり貶めたりしても庇って揉み消す。とかいう人として最低行為ですら不可能だ。そもそもギルドに来ない上にこの二人に喧嘩売る真似する命知らずは去年のフージが空前絶後だ。


 ギルドへの定期的な出頭やクエスト催促の廃止。こればかりは幾ら何でも出来ない。どうも特典に関するルールで認められない要求一覧にその点書かれてるらしい。


 冒険者辞職もだが、マシロとクロエが辛うじて欲しそうなやつほど要求呑めないというとこでもう駄目だよコレ。いやまぁ認めた途端に辞めるとか言い出すだろうから当然とはいえ。


 改めて羅列されるとマシロとクロエがランクアップまったく喜んでない気持ちが分かるな。


 メリットが悉く既に別のとこから与えられてるんだから、冒険者稼業は全く得にならない。無駄な仕事と責任だけ乗せられるとか不愉快でしかなかろうよ。


 強いてギルド側に同情する点があるとしたら、こんな色んな意味で規格外の奴の扱いなぞ経験無いというとこだな。王都や商都、それこそ俺が知る範囲では周辺国でもこんな奴らいねーよ。


 我が強かったり、己の哲学やポリシー持ってたりと、扱い難くそうな個性の持ち主は多かれ少なかれ居るが、ほぼSランク特典で揉めた事例は聞かない。それだけ特典の何かしらで満足はしてくれてた証拠だ。


 同格が複数居るなら一組ぐらい丁重に無視する手段もとれただろう。規則や世間体は置いておくとして。


 が、SどころかAすら居なかったこの地にて最大にして唯一の存在相手であるから、どんなに冷たい対応されても向き合って話し合いしなければいけないのは辛いとこだ。


 最初から一縷の望みなど持たずにこうなる結果だと分かってればこの不毛な話し合い行われなかった。


 というわけでもないな。


 先程述べたが、Sランクに関しての事柄は基本ギルドマスター直々の対応という規則ある以上避けられなかったのだ。


 金の卵には違いないが類の無い厄介物件でもあったのが運の尽き。


「あのさー、パっと出てこないとか誠意なさすぎー。もう帰っていいっすかー?」


「くくく、蒙昧なる愚かなる欲のデッドゾーン。自省促し沈めて震えろ」


「あう、いや、そのあの……も、もうしわけございませんでした……」


 良案浮かばなずついに満面に冷や汗流しつつ無念の呻き上げてテーブルに突っ伏したヒュプシュさんと、それを慌てて支えようとするローザ男爵と職員達。


 Sランクとはいえ一冒険者がギルドマスターボコボコにしちゃったよ。こんなん前代未聞過ぎだろが。


 今日の件はなるべく表に出ないようにせんといかんなギルドの面目的にも。


 そんな彼女らに些かながら同情しつつ、俺は来月の格闘技大会の件やそれに関連して遠方からの客人の件をいつ切り出したものかと思い悩むのであった。

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