第155話久々顔出しと近況と
「だからよぉ、俺はこの州で指折りどころか三指に確実に入る多忙な人間なわけよ。日々心身ともに綱渡りな状態なんだよ」
「んなもん傍で見てればわかるわよー。お疲れさんー」
「格闘技大会も開催まで一か月ちょいともあって連日のように決済や視察の用事が舞い込むだけでなく、秋の収穫やそれに伴う税収関係のお仕事もこれから本番なわけよ」
「くくく、多忙の嘆きはジョブなディスティニーを誘いし流れ」
「今後に向けての様々な事業も現在進行形で動いてるから大事な時期なわけでね。そもそも節令使は州都庁軽々しく不在にするわけにはいかないのよ立場的によ」
「そりゃそうねー。偉い人も大変だわー」
「くくく、残念当然」
「だから今からでも遅くないから俺だけでも帰してくれないものかね?」
「出発してからもう十回ぐらいそれ聞いてますー。なにー?壊れた音楽再生機器なのー?往生際悪すぎー。いいじゃん散歩程度さー」
「くくく、ライトな怨情痛憤。煩瑣の軽重を問う狭量の嘆き」
「………………」
うわーい、僕、今から全身全霊賭けてお前らの脳天叩き割っちゃうぞー?マジで斬るぞこの野郎ー。
熱の無い口調で心にもない事を無責任に言ってのけるド畜生二人に、俺は思わず腰に下げてる剣の柄に手が伸びる。
見るからに俺はキレかけてたのだろう。平成が慌てて俺の手を押さえて首を横に振る。
「いやいやリュガさん気持ちわかるけど落ち着いてください。こんな明るいうちに街中で節令使が剣を抜いて暴れたらヤバイですって」
「でもここは俺は怒ってもよくないか?俺の隣に居るド畜生共に分からせてやらんと駄目じゃね?」
「怒りはともかく、分からせは無理でしょう。あしらわれて無駄に体力消耗した挙句に周りから変な目で見られるとかで損しかないですよ」
「やってみねぇと分からんだろ。人類の可能性が云々的なやつで」
「そんなん可能なら、そもそもリュガさんこんなとこで頭に血を上らせてないじゃないですか」
「……」
そう言われて俺は軽い舌打ちしつつ柄から手を離した。
平成の言う事なぞとっくに分かってる。その程度の理性は余裕であるわ。
しかしあれだよ。だからって多忙な俺をわざわざ連れ出す必要性ないんだから怒りたくはなる。
現在俺はマシロとクロエ、モモと平成を連れて冒険者ギルドへと出向いてる最中であった。
留守を任せてるターロンにはすぐ戻ると告げてるとはいえ、本来今の時間なぞ執務室で書類と格闘してなきゃ駄目な筈なんだよな。
それをいつもの如くといえばそれまでだが、マシロとクロエが俺を無理矢理連れ出してきたわけで。
何故こんな事になったのか。
原因はギルドマスター殿である。いや無理はないと理解示すが、そうとしか言いようがない。
昨日Sランク昇格の知らせにやってきたヒュプシュさんであったが、書類を手渡すだけで精一杯な精神状態。
感極まりすぎてテンションおかしくなっており、このままだと何を口走るか分からないと危惧した俺は、比較的まだ理性残ってた職員らに命じて強制帰宅させていた。
なので出向く目的は書類渡す以外の簡単な説明や特典に関するお話。ランク証明の札渡しなど出来ない事以外の手続きを執り行う。
普通なら昨日その場で済む筈だったんだがな。
幾らこの地のギルド史上初のSランク誕生及び在籍するという悲願果たしたとはいえ、イイ歳した大人なんだからもうちょい冷静に振舞って欲しいもんだ。
お陰で俺が巻き込まれて必要のない外出をさせられてるんだ。完全に落ち着いた後に改めてその辺り詫びの一つは欲しいぞ。
つーか、クドイと思われるが「そもそも」と言いたくなるのが、もう一回アンタらの方が来てくれよって話なわけでね。
いや俺の立場的に命じてもおかしくない。半端に配慮したお陰で、何故か周りが俺が返礼として出向く流れと認識になってるのなんだよ。
こんな事ならもう少し高圧的に命じてやればよかった。こういうとこで俺は前世のリーマン根性消しきれてないのが我ながら情けない。
あからさまに不機嫌そうに渋々歩く俺に、マシロとクロエはいつもの投げやり気味な笑み浮かべつつ気安く肩を叩き、モモと平成はどうにもならんと言わんばかりに軽く肩を竦める。
周囲からしたら妙な空気漂わせた俺らは、先程の不毛なやりとりから更に数分後には目的地に到着した。
もうさっさと用件済ませて執務室へ戻りたい。長居してギルド側から何か頼まれるとかになったら泣きっ面に蜂だしな。
内心そう決意しつつドアを開けてギルド内へ入ると、そこは相変わらず冒険者達で賑わう場であった。
なのだが、俺らが入ってきた瞬間に、喧騒が一旦止まる。
受付嬢相手に成果報告する者、解体場へ向かうのか倒した魔物の入った革袋を担いでる者、ホールの一角にあるバーにて飲み食いしつつ談笑する者、これからクエストに向おうと準備を整えてる者。
それらが黙って一斉に視線を集中させてくる。
俺。というより、俺の左右に控えてるマシロとクロエにだとすぐさま気づいた。同時にその理由も。
しばしの沈黙の後、先程までのとは違う騒めきが場を包みだす。
「おいあれって」
「あぁ、あの二人だろ。ついにか」
「すごいわね。前から只者じゃないって思ってたけど」
「いやしかしまさかなぁ……」
驚愕と好奇の視線と囁きが視覚と聴覚に訴えかけてくる。
この種のものはマシロとクロエに同伴して赴くと大体見聞きするものだが、やはり今回は特別なものがあるのだろうな。
見聞きの範囲では妬み嫉みの類がないとこみると、在籍して日の浅い余所者がこの地初のSランクになった事そのものは吉事として受け止められてるっぽいな。
変な軋轢出来ずに済んだのは喜ばしいので、正の方向の戸惑いというなら多少露骨な好奇の視線も受けるのもやぶさかではない。
かといっていつまでも出入り口前で突っ立ってるわけにもいかんし、さっさとヒュプシュさんのとこに行くか。
と、俺は再び歩を進めようとしたときであった。
「姐さん方ぁぁぁぁぁぁ!!」
怒声のような大声が鼓膜を叩いた。
聞き覚えのある声に、発生源の方角を向くと、目に飛び込んでくるのは満面笑みを浮かべた異世界ヤンキーごとフージの姿であった。
彼の仲間達が「お前何話しかけてるの!?」と言いたげな悲鳴上げそうな顔してるの無視して異世界ヤンキーは大股にこちらに歩み寄ってきた。
モモが俺に対応を訊ねてきたが、俺は無言で軽く首を左右に振る。
左右にマシロとクロエ居るから万が一あっても大丈夫であろう。
というのが一番の理由だが、馬鹿だけど害意も悪意もないのは数度会っただけで分かってはいるのもある。
正直無視してさっさとギルドマスターのとこ行きたいんだが、積極的に友好的な反応示す相手を無碍にも出来んしな。
数歩手前で歩みを止めたフージは楽し気に頷きつつ再び口を開いた。
「ギルドの連中が言ってましたが、Sランクになったそうでおめでとうごぜーやす!流石姐さん方は昇格の速さも半端ねぇですね!!マジ尊敬するっす!」
我が事のように喜ぶフージに対して、マシロとクロエは欠伸噛み殺しつつぞんざいに手を振って「はいどうもー」と呟くのみだ。
友好的な相手に向ってナチュラルに失礼かますとか、普通なら気を悪くして喧嘩待ったなしだ。当事者でない俺の方が冷や冷やしたくなる雑対応。
だが馬鹿だから鈍いのか、そういうの含めてらしいとでも思ってるのか、フージは気を悪くした風もなく笑みを崩さずド畜生二人を褒めまくる。
捲し立てるフージと露骨に適当に聞き流してるマシロとクロエの光景を傍らで見てると、軽い自失から立ち直ったのか彼の仲間達もこちらへ寄ってきた。
そちらへ視線を向けた俺は目を軽く瞠ることになる。
彼らの中にまた別件で見覚え有る顔が混じってたのだ。
元トューハァトのリーダーである槍使いのヒイ・ロユ・キィ。
最後に対面した際から変わらぬ、ギラギラしたものが抜け落ちた、良く言えば落ち着いた、良く言わなければ枯れたような表情と雰囲気をした青年がフージ一行の中に加わってる事に少し驚いた。
いやなにせキィは己を見せつける事に拘りある男だった故に何かと目立つフージをライバル視してたのだ。
格闘技大会でもその感情隠すことなく、また地下ダンジョン潜った当初もそれをモチベに気勢上げてたぐらい。
他のメンバーと違って冒険者稼業踏みとどまったとはいえ、メンタル半ばボコボコになってたとはいえ何があったんだ?
「大変ご無沙汰しております。その節は改めてご迷惑おかけ致しまして申し訳ありません」
「いや元気そうでなによりだが……」
俺の訝し気な視線に気づいたのか、キィは深々と頭を下げて挨拶をした後、チラリとフージの方を見つつ語ってくれた。
俺の元を訪問してから数か月ほど地元で静かに過ごした後に冒険者に復帰した。とはいえ、パーティー解散した上に以前ほど積極的にクエスト受ける気概も未だ欠けていた。
これ以上高ランク減らしたくないからかランクも配慮されて落とされず、ダンジョンで得た経験値でレベルも幾らか上がり、得た報奨はまだ多く残ってるので、幸い冒険者稼業で手を抜いても当面困る事もない。
なのでソロで適当にブラつきつつ気長に今後の事改めて考えよう。と、思ってた時に、なんとフージの方から声をかけてきたというのだ。
確かにライバル視してたとはいえ、それはキィがほぼ一方的にしてただけであり、あちらは左程張り合ったり喧嘩売るような真似もしてきてない。フージ自身は特に隔たりもないのだろう。
しかし分かりやすい敵愾心を周囲は見聞きして知ってる。なのでフージだってキィが自分を快く思ってないのを知ってる筈。
フージが勧誘してきた際、以前のような感情は薄れてるとはいえ僅かに残る反発からキィは最初断ったという。
こんな自分を招いたら処遇を巡って不和が生じる恐れがあるだろうし、何より気まずい雰囲気のままクエストなぞしたくもなかろうと。
だが異世界ヤンキーはご自慢のリーゼント風髪型を撫でつけながらこう言い放ったという。
「いや別に気まずいってんなら今からやり直せばよくね?他の奴はなんか言ってるけど俺別に気にしてねーし、それよかアンタが俺と一緒に前衛で戦えばもっと強い奴も討ち取れるかもしれねぇワクワクのが大事だわ」
ここまであっけらかんと「それはそれ」な反応されると対抗心燃やして突っかかってた自分が馬鹿みたいだ。
と、良い意味でそう思えたという。
今でも思う所がまったくないわけではないが、どうせ自分自身のアテも特に見いだせない現状ならば年下のライバルの手助けでもしてやるか。と、その場で決断してその日のうちに加入届を提出したという。
フージ以外のメンバーからは流石に驚かれたらしい。
だがそれもキィ自身が拒絶されることはなく、その日ずっとリーダーの筈のフージが延々と説教されるだけで一応区切りをつけたとか。
年長の同ランクとはいえ、パーティーの中では新参者という自覚と、前のような積極性が良くも悪くも薄くなったので控えめな人となりとなったのもあり、キィは話を振られない限りはフージ達にアレコレ意見することもなかった。
他メンバーも評判把握してたので加入当初は空気悪くなるの危惧したが、話をしていくうちに大事にはならないかもという判断を下す。
それが初夏の頃の話。それからこの夏は周辺の魔物討伐などして交友深めつつ新たな連携を模索する日々。
先日には手強かったとはいえB+ランクの魔物を二頭も仕留めてのけたとか。
「これはこれで悪くない日々と思って過ごしております。以前のようにとは行きませんが、Bランク冒険者としてあまり恥ずかしくないよう今後も頑張るつもりです」
「そうか。まぁ再出発が上手く出来てよかった。年長者として彼らを支えてやってくれ」
「有難きお言葉。心に留めて励みまする」
キィはそう言って頭を下げる。会話を聞いてた他のメンバーも恐縮しきりに何度も頭を下げてくる。
簡単に変わるもんがないのもあるが、変わるもんだってあるもんだな。
それらの反応に鷹揚に頷きつつ、俺はなんとなくだがそんな感慨を抱く。
他所からメンタルショックレベルのキツイのお見舞いされたり、相手側の心の広さもあってこそとはいえだ、短期間で考え改めてやり直し試みるのも出来なくもないのだ。
物事もこれぐらい単純明快かつ軽やかに移行出来たらどれぐらい楽だろうな。
それが出来れば俺がこうしてあれやこれや頭悩ます必要ないのだろう。
しかし先々の行く末含めてこうも考え事多いと時にそんな欲求出てくるものだ。
今年もまだ三分の一残ってるし、せめてそこぐらいはスムーズに行けたらなぁ。
キィの会話が切っ掛けとなり、他の者らも言葉少なながら挨拶ついでにパーティーの近況を語りだし、俺も思惟を馳せてて会話打ち切るタイミング逃したのもあって耳を傾ける。
周りの困惑の視線に囲まれつつ、来訪したのに来る気配のない俺らを不審に思ったヒュプシュさんがホールに降りてくるまで、相手側の立ち話(というかフージの一方的なやつだが)は続くのだった。
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