第153話遠路遥々来る厄案件(予定)

 九月となった。


 残暑は厳しいながらも夏も終わりに近づいており、少しずつ秋へと移行していくのを肌で感じる時期となる。


 台風が区切りとなったが、現代地球と同じくこの辺りの時期は第二第三来る可能性もあるので油断は出来ない。


 その台風だが、去った後に各地の状況を調べさせた。


 幾ら用心しようが幾ら備えようが、何かしらどこかで被害は生じてるものだ。現代地球においても完全にどうこう出来る存在ではないからな自然の脅威とそれがもたらす天災というのは。


 初日で州都と近辺での被害は軽微の確認がとれた。幾つかの家屋が雨漏りしたとか風雨激しい最中外歩いてて転倒して怪我したとか、そのぐらいだという。


 それから数日後にはメイリデ・ポルト県をはじめとする各県で割と人の多い地域から第一報が届く。


 すぐさま把握出来た範囲の被害報告を取り纏めて送ってきたということだが、一通り目を通すと概ね酷い被害は受けてないらしい。続報待ちではあるがひとまず安堵だな。


 メイリデ・ポルトの港町も海に面してるだけあって台風には敏感だ。予兆が来るやすぐさま船の固定や家屋に重しを乗せての補強など行ったという。


 しかしながら欲の皮が突っ張った無謀な奴も居たらしく、誰も居ないのをいいことに嵐の中で漁に出た漁師がどうやら一人二人程溺死したとも書かれていた。


 これに関しては毎年一人はこういう「自分は大丈夫だから」と根拠のない自信見せて無茶する馬鹿が出るという。周りが止めたとしても意固地になって出ていく始末だとか。


 なので地元役所もヴァイゼさんも防ぎようがなく半ば必ずある出来事として諦めてるとか。


 居るよなそういうの。現代地球でも畑が心配とか言って周りの制止振り切って出て行った挙句死ぬ人とかさ。なんで大丈夫とか思えてるのか不思議でならんわ。


 俺も似たような気分なので責任とかは一切追及せず。どう考えたって一々把握出来ないわそんなん。


 精々こんな事で死んだ奴の所為で困窮してそうな遺族への当面の保障してやるよう指示するのが関の山である。


 他県に関しては、まず開拓場所へ向かわせた避難民らの状況だがこちらも特に死人も出なかったとか。


 突貫工事で建てられた小屋なので雨漏りが酷かったらしいが、優先的に頑丈に建ててた食糧庫は無事ということで大きな不満にはならず。


 開墾は小屋の修繕及び改築を済ませてから改めて行うという。まぁ衣食住整えるの大事だしそこ疎かにされて意欲削がれるのも困るからOKだよ俺的には。


 東部の農地密集地帯に関しては立地的に水が溜まりやすい場所が幾つかやられた以外は問題無し。今後の台風襲来次第ではあるが現時点なら秋の収穫も無事行われる。


 西部は進路的に他地域より逸れてたからか変わりなくという手短な報告で済んでいる。


 トータルで見ればヴァイト州は今年の台風何とか乗り切れたっぽいかな。


 もう一回ぐらい来たらまたそれはそれで頭悩ますがまずは統治側として喜ばしい。


 一州のみ考えるならそこでおしまいだが、昨今の情勢考えると他州の状況気になるんだよな。天災の対応しくじると人災湧いて出るもんだし。


 一応密偵を放って近隣の州探らせるとはいえ、大体予想出来る事態の補強ぐらいの話しか得られない。


 欲を言えば他の節令使と情報交換の一つもしたいんだよな。情報多ければその分打つ手も増えると言うもの。


 だが他所様は弱み見せたくないのか、基本的に尻に火が付く様な状況に陥らない限りは機密保持理由にそういうのやらないのがこの世界の国クオリティ。


 おまけに俺の評判からすれば「でしゃばるな小僧」「何か意味わからん企みでもしてるのか」「お前が知る必要何故あるのか?」など素敵なお言葉叩きつけられるのがオチ。


 俺抜きにしても節令使同士が密接な繋がりあるのは稀だからな。そこは王家からしたら下手に連携されて軍閥化されたくないだろうから仲の微妙さとか寧ろ推奨だろうし。


 というわけで、俺は己の考えや乏しい情報を基にして悲観的な考えに一人沈むのである。


 現代地球みたいに気象衛星から得た情報から作成された天気図や台風進路情報が欲しいなぁ。そうしたらもっと楽に対策講じれたり周辺の状況を読む事出来るのに。


 まぁないものねだりの極致だな。と、俺はささやかな願望を秒で自己否定してのける。


 一から作るにしても知識はあれども材料もノウハウも人材も無い。千年後ぐらいの文明の進歩に期待するしかないわ。


 今を生きる俺は己の手の届く範囲、目の見える範囲で脳みそ捻って足掻くしかなかろうよ。


 あとはあれだな。他の所もヴァイト州より酷いことになってないのを軽く祈っておくか。





 八月の残りは台風被害の対処でほぼ消化され、九月に入る頃には一段落扱いとなり、新たな仕事に取り組みだす。


 予定通りではあるが、九月に入ってまず行ったのは第二回格闘技大会開催を正式に宣言することだった。


 発表当日、州都内各所を皮切りに州内各地へ布告分が貼りだされる。


 州都庁内では俺が役人らに対して開催を宣言すると共に、前回運営に関わった幾人かの者を改めて運営担当に任じてその日から準備に取り掛かるよう命じる。


 その日を境にして心なしか州都内は良い意味で些か騒がしい空気に包まれ出す。


 商店街、酒場、広場、軍隊、役所、冒険者ギルドなど、人の集まる場所では官民問わず専ら格闘技大会の話題で持ち切りとなる。


 格闘技大会とそれに伴う祭りは去年の成功からして好感触だったらしい。次はどんな風に催されるかという期待感が会話の節々から漏れていると耳にした。


 目に見える形だと、俺のとこに裕福な商人らがスポンサーを名乗り出たり、参会者受付案内所には自薦他薦など応募者が頻繁に出入りしてたりする。


 こういうこともあり、去年と同じく十月半ばの開催予定なので準備の為には今からやる事もそこそこある。


 会場は幾らかの拡張必要とはいえ既に存在しており、去年の経験によって基本的な進行はスムーズに進むだろう。


 しかしそれはそれとして通常業務と並行してやる上に去年以上のモノにする為の方策も建てないと駄目だ。


 結局差し引きで言うと大して仕事量は変わらない。


 来年は更に経験値積んだことで苦労の軽減感じるだろうという期待と共に、その頃にはもう少し人材増えて欲しいという願いを持ったりな。


 少なくとも前回と今回共にトップの俺が率先して苦労してる現状は止めたい。幾ら発案者で興行主だろうが働きすぎだろう常識的に考えて。


 マシロとクロエから「セルフブラック労働者ポジ好きだねぇ」と言わんばかりの露骨に馬鹿にした笑み向けられつつも、俺は仕事と大会準備の為に黙々とペンを走らせるのだった。





 そんな多忙という点を除けば平穏な日が幾日か続いたとある日の事、俺は一人の客を出迎える為に応接室の椅子に腰かけてた。


 リヒトさんら地元貴族組とは色々話すこともありそこそこの頻度で顔合わせてるし、彼ら以外の地元で顔の利く部類の面子とも時折話し合うこともある。


 なので応接室での面談事態は大して珍しいものではなく、なんなら業務の一環として毎日執り行ってる感覚すらあって特に思う所もない。


 ただ今日に関しては少しだけ珍しくもあり思う所もあった。


 ヴァイト州のトップである節令使に相談事があると申し込んできたのは、なんと民間人。特に何らかの後ろ盾があったり地位に居るわけでもない真っ当な市井の人である。


 普通なら貴族、しかも一州預かる地位にある節令使が一庶民の話を聞くために席を設ける事なぞしない。忘れがちだがこの時代の身分や階級差などは割とエグイのだから。


 誰ぞ役人に話をして運が良ければそれ経由で耳にすればいい方だ。最悪取り巻きの役人や兵士が「貴様のような下賤な云々」と言い立てて暴行加えて門前払いだってあり得る。


 そう、普通の大体の高位高官ならそうなるかもしれん。


 だが俺はそういうの気にしないので内容によっては相手が誰であれとりあえず直々に会って話を聞く方針なのだ。


 いやあれだよ。死ぬほど忙しいとかなら、とりあえず下の人間に用件だけ聞きとってもらって後から吟味とかするよ流石に。


 たまたま時間に余裕生じたのと執務室と自室の往復続いたから息抜きしたかったのもあるし、頼んできた相手とその内容をちと後回しに出来なかったのもあるしで。


 マシロとクロエを伴い着席してしばし待つこと十数分後、来客応対にあたってた役人から通してよいかとの確認の声がドア越しに聞こえてきた。


「構わん。入ってもらえ」


 了承の意を伝えて数秒後にゆっくりとドアが開かれ、役人らに伴われて姿を見せたのは、ガゼルのような角を生やして昆虫みたいな複眼の目玉をした巨漢の男。


 前回の格闘技大会優勝者であり、州都内で肉屋を営む魔族ガーゼルであった。


「せ、節令使様。ほ、本日は私のような者の為にお時間割いて頂きまして誠に感謝しております。そして非常に此度は申し訳なく思い」


 緊張からかしどろもどろに慣れぬ口上を続ける巨漢の魔族に俺は手を軽く振って中断させた。


「いやそこまででよろしい。私が許可したのだからあまり気にするな。そこまでする程の用件なのであろう今日相談したい件というのは?」


「は、はぁ。仰る通りでございます」


 全身を恐縮さで震わせつつガーゼルは深々と頭を下げた。


「早速話を聞こう。まぁそこの椅子に座れ」


「えっ、いやそんな、節令使様相手にそのような畏れ多い事を。私め床で充分でございますれば」


「椅子がないならまだしも床に這い蹲られて会話される方が面倒だ。私が座れと命じてるのだから座れ」


「は、はぁではお言葉に甘えまして失礼致します」


 挨拶を手短に済まさせて着席を促す。


 やや窮屈そうに椅子に腰を下ろしたガーゼルを確認して俺は再度用件を述べるよう命じた。


「はい。取り次いで貰った役人の方にお伝えしてはいますが」


 そう前置きして語りだしたのは以下のような話であった。


 まず結論から言うと、魔族の国から偉い人が遠路遥々ヴァイト州を訪問しに来るらしい。


 改めて言うと、この世界において魔族というのは、魔物とはまた違う異形の者達が文明化した種族である。


 種族の数でいえば少数民族の部類。エルフやドワーフなどと比べたらどこにでも居る人種ではない。


 それなりの規模の町に数名居ればいい方で、魔族の存在しらない者も大勢いる。なので旅する魔族の中にはド田舎にて魔物扱いされて追い回される事もしばしば。


 だが少数民族や種族の中では多い部類となり、人口百万弱の小国ながらも長い歴史を誇る独立国家が大陸内で幾つか形成するぐらいの多さはある。


 我が国とは五、六か国ぐらい隔たりあるが魔族の国の一つであるブラク・ヘイセ王国が存在しており、それなりの交流が行われたりしている。


 民間レベルだと商売や冒険者ギルド間のやりとりや、ガーゼル達のように国に在留して生活を営んだり。


 国家レベルだど二年に一度程度だが、外交折衝の為に大使が派遣されたり、各国に居る同胞らの様子を確認する為の視察団が派遣されたりする。


 で、現在王都には両方の役目を兼ねた偉い人が来ており、在留魔族らの安否確認を兼ねた情報収集を行っている。


 その際にヴァイト州にて行われた格闘技大会やそれで優勝したガーゼルの話を聞いて大いに興味を抱かれたそうな。


 興味を抱いた相手向けにお褒めの言葉を添えた手紙贈られるぐらいならまだよかった。ガーゼルもわざわざ州都庁訪問せず身内で栄誉を喜び合ってそれでおしまいだったろう。


 彼が頭抱えて悩んだ末に俺に相談しに来たのは、なんとそのお偉いさんが直々にやってきてこの地を見聞したいと言い出したからだ。


「私が言うのもなんだが、こんな所の催し物で優勝したぐらいでそこまで興味惹かれるものかね?」


「はぁまぁ、私もそう思わないわけでもないですが……」


 郵便にて届けられたブラク・ヘイセ王国の紋章印が捺された手紙には、格闘技大会開催に合わせて来訪する旨と共に、手紙の主の名前がフォルテ将軍と明記されていたという。


「どういう御仁なのかなそのフォルテ将軍という方は?」


「はい。あちらに住む私の親族の話では、国で一軍を預かる将軍として、また個人としても武芸に優れた御方であると勇名を馳せております。恐らくは、武芸関係ということで興味抱かれたものかと」


「ほう」


「それと、遠縁ながらもブラク・ヘイセ王家の一族でもありまして、爵位こそ賜っておりませんがその点でも周りから一目置かれてるとか」


「ほうほう」


 地味に面倒そうな相手だなおい。


 というのが最初に抱いた率直な感想であった。


 軍部でもそれなりの地位に居て個人としても腕に覚えアリと評判得ており、身分も爵位持ちでないし遠縁とはいえ王家公認で一族に連なる者扱いされてるときた。


 つまり変にトラブルになって出るとこ出るみたいな話になったら下手したら外交問題になりかねん存在。


 そうでなくともガーゼルみたいな一般人からしたら少しでも不興買ったら何かしら報復されるのではないか。と、戦々恐々するに足る相手だな。


 外部の人間が興味抱くのは構わない。寧ろ呼び込み成功してるのだから来てもらってじゃんじゃん浪費してもらいたいぐらいだ経済活動的な意味で。


 しかしいきなり一国の将軍がとか段階一つ二つ超えてるんじゃないかな。


 将来はともかく、現時点だと数か国くんだり跨いでしかもそこから更に三週間近くかけて移動してくる価値があると断言する自信ないぞ俺。


 こう、本当にただ同胞の活躍を労いにきただけな暇な物好きの類だと願いたいもんだな。


 思わぬゲストに俺も流石にまず困惑するしかなかった。


 困り顔で「如何致しましょうか」と訊ねてくるガーゼルに対して、とりあえず節令使府として全面協力を約束した上でひとまず帰すしかないのであった。


 去年は開催後判明だが商都からで、今年は他国からとなるか。


 完全な想定外とまでは言わないが、結構何かしら事が動くな新しいことを始めるというのは。

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