第152話秋へ向けてのひと時

 叩きつけるかのような水音が耳に響いてくる。


 窓の外を見ると、嵐を伴った大雨が外のあらゆるものに自然の猛威を大盤振る舞いしてる最中である。


 風や雨音の強さには一歩譲るものの、遠くから雷鳴の音も聞こえてくる。静かな室内ではそれらが一層強く響いてくるように思えた。


 夏の嵐、というかぶっちゃけ台風なわけですが。


 州都庁の執務室にて、俺は仕事の手を一旦止めて窓の外を眺めてる。


 目に見えるのは、コスト高い割には現代地球と比較してクオリティ低いガラス窓一面を覆う雨粒のみ。


 仮に密度薄らいだとしても見えるのは分厚い雲に覆われたうす暗い景色だがな。


 この日はそんなわけで夕方でもないのに珍しく既に灯りを灯している。何もしてないなら薄暗くても平気だが文字読み書きしてるときはちょっと不便なんでな。


 毎年あることとはいえ、去年は直撃避けられたからか精々大雨数日続いた程度で済んでいたので特に語る事もなかった。


 しかしこの時期は台風の到来前後は少し忙しいのが普通。去年は運が良かっただけだ。


 来る前なら察知された時点で対策講じる羽目になるし、来た後は被害状況把握してその対処に追われるからだ。


 夏場では貴重な恵みの雨ともなるが、現代地球で未だ到来する都度騒ぎになるぐらいのものがだ、それより文明進んでないこの世界のこの時代においてはより一大事になる。


 特に近年の各地の天候不順によって生じてる混乱考えたら、台風去った後に耳目にする話が怖いものだ。


 まぁこの嵐が過ぎ去れば夏も終わり近くなる合図でもある。


 初秋の訪れの予告で、つまりは涼しく過ごしやすくなる知らせ。と前向きには考えよう。どう足掻いても事態悪化確定なのだから毎年憂鬱に考えても仕方がない。


 小休止にとぼんやりそんな景色を見つつ、俺は先日までの事に思いを馳せていた。


 早いものでツアオ平原にある砦にて山岳部族連合の族長らと会ってから既に十日経過していた。


 途中、平成の失言(?)で少しばかり場の空気が凍ってしまったが、それを除けば宴も無事終わり、翌日には支援金の受け渡しも済ませて互いに気持ちよく別れたものである。


 ターオ族長らには引き続き加入してる部族らの結束を深め連合の更なる統一を進めて貰うとして、当面は来年以降に向けての行動の地ならしを改めて頼んだ。


 年内或いは遅くとも来年初めには開始する交易所の拡張及び整備、学校創設へ向けての擦り合わせ、山岳地帯へ派遣予定の調査隊受け入れの準備等、やって欲しい事はそれなりにある。


 ついでにこれまで叛意示した部族の生き残りに対しての懐柔も兼ねた支援もだな。ケジメつけたんなら人口無駄に減らす真似は回避したいとこだし。


 新たに得られる金貨や銀貨の山を目にして浮かれる部族側も機嫌よく快諾した。


 特にターオ族長やゲンブ族の面々はマシロとクロエをチラチラ見ながらやや強張った笑みを浮かべつつ力強く応じていたな。


 なまじ戦士の部族と称す程の腕の立つ集まりだからか力量の一端を知れてしまうのだろう。故に最悪の事態を想像してしまい恐怖を覚える。


 ほんの一瞬見せた殺気にて改めて冷や水浴びせられた気分でも味わったからか気を引き締めなおした。と言うところか彼らの心境察してみると。


 勝手にビビッてる風でこっちとしては程々にして欲しいんだが、これも今後交流の機会増えていけば薄まると信じるしかないか。


 そういう小さな懸念もあったものの、とにかく区切りもつけて今後の進展フラグも建ててきたのでクリア扱い。


 フラグといえば西南部末端地域に居ると噂されてる神と思わしき存在は当面スルー。


 平成にも言ったがそんなのに関わってる暇なぞないし問題全て解決してもらおうと縋る気もない。いつか頼る問題生じる可能性はゼロにないにしても今ではない。


 あちらも旅行感覚で降臨してるだろうから人間の俗世介入なぞしたくもなかろうよ。万が一気分害されてもして報復される事だってあり得るわけで。


 触らぬ神に祟りなしとは言ったものだな。


 てなわけでだ、済ます事済ませて俺は行きとは違い帰りはターロン達や部族部隊率いて戻ってきた。


 部族部隊所属の面々も短いひと時ながら故郷のある地域まで戻って身内と話すことも出来て満足気だ。今後の事も踏まえたら一層励まなければと決意新たにもしただろう。


 モモ辺りは自分の行動によって現在進行形で生じてる動きを見て発奮しているが、とりあえずしばらくはステイだからね?少なくても年内これ以上西部方面動きない方がありがたいからね?


 やる気に満ちてるのはいい事だ。これからの仕事ぶりに期待ではあるが。


 帰還後は通常業務に忙殺される日々にまた戻る。


 去年のように静かな場所でのんびり過ごすというのは今年は無しだ。商都で休暇ノルマは消化した扱いにするしかない。


 時期も既に八月半ばだ。どこか行けなくもないが、無理して行くにも微妙。


 台風前後ともなれば猶更だ。台風去った後の処理もやらず呑気に休むわけにもいかないよ。他は知らんが俺はやらんぞそんな無責任な事。


 まぁセルフブラック職場状態は御免被りたいから来年はちゃんと夏季休暇また取るつもりだがな。そんな余裕あるか否かは知らんけど。


 生欠伸を一つして、俺は目線を室内へ向けなおす。


 視線の先ではマシロとクロエがテーブルに脚を乗せつつソファーでだらけた姿を晒してる。


 手には知恵の輪など持ってるが解く気もないのがただ弄ってるだけ。様子からするに眠気の波でも来ててそれに揺られてる感じか。


 退屈そうだが、こいつらは退屈というものを楽しんでる節あるからな。


 別にやらせることもないから勝手にせいやとしか言えないけど俺。下手に絡まれて仕事の邪魔されるよかマシだし。


 そんなわけで、この静かなひと時の合間に俺は本日の政務を続けようと書類の束に目を落とす。


 一枚目に書かれてるのは、数週間前にリヒトさんに依頼してた他州からの避難民の件の報告だった。


 あれからすぐに行動に移してくれたからか、三日後には派遣された使者が関所の方へ到着して、すぐに彼らに身の振り方への道を提示。


 今後の人生に関わる事だしすぐには決まらないだろうと覚悟していたが、なんと提示されたその日のうちに受け入れると返答が来た。


 しかし考えたら無理からぬことか。


 避難民達からしたら選択の余地無しであり、今より悪くなることはない保障してもらえるならという消極的肯定もありですぐさま決断したとか。


 即決の可能性も考慮してその際の流れを記した命令書を渡していたので、使者は驚きつつもその命令書をヴェークさんに手渡す。


 書かれた内容は、建設速度一時的に落としてもいいので、第一陣の為の人員と資材と糧食を現場にて用意した上で避難民を指定した場所へ送り届けるようと記してある。


 要塞完成は最優先事項なのは変わらない。だが、人口増加や土地の開拓も同じぐらい重要ではあるのだ。


 幸いにも現時点のクオリティでも千や二千かそこらの烏合の衆程度は余裕で撃退出来る。工程に支障出さない内に州都からも追加の人や物資はすぐに送り込む手筈整える。


 そう考えたからこそ決断出来た。幾ら物資や資金渡したところで見ず知らずの土地でいきなり自分らだけで開拓始めろとか無茶だしな。


 善は急げと言わんばかりに準備は整えられ、俺がツアオ平原に向かった頃には避難民一六三名が護衛の兵士や大工らに囲まれつつ目的地へ向かったという。


 台風が来てるが、今頃辺りなら風雨を凌げるぐらいの小屋ぐらいは建てられてる筈。当面食料は配給するから餓死はせんだろう。


 彼らには北西部の一角を開拓する第一陣として今後励んでもらうとして、まずはこの台風終わってからの話だな。


 人数的にも村スタートとしても、周りにほぼ何もないような場所だ。しばらくはあの県に駐留する兵士の一部を異動させてパトロール要員にして見守りは必要か。


 それにしても普通なら地域開発喜ぶべきなんだが情勢考えたら手放しに喜べないのもちと悲しいもんだ。


 国規模で見れば他所からの避難民が押しかけるのはよろしくない。それだけヤバイ事態になりつつある生きた証拠なんだし。


 しかしミクロな視点で言うと、始めたからに発展させる為にもう少し来てもらいたくはある。


 矛盾を自覚しつつも正直な感想なんだなこれが。


 今後の進展を考えつつ、次に手に取ったのは節令使としての報告というより俺個人向けのものだった。


 レーワン食料・雑貨店のヴァイト州支店の経過報告。


 一年以上経過してようやく進展し出したのは遅いというべきか意外に早かったというべきかは迷うとこ。


 リヒトさんはじめとする地元商業関係者への根回しや、店舗構える場所の選定など、やるからには可能な限り注意払って執り行うともなれば時間もかけてしまうものだ。


 根回しに関しては来た当初から概ね好意的だったというか、余程地元経済牛耳る真似しない限りは許容方針なのだろう。王都で評判の店が支店出すだけで地元活性の一助と期待感もあるかもしれん。


 場所に関しては、州都といえども王都と比べれば土地に余裕あって選び放題と言えなくもなかった。


 しかし選択肢多ければいいわけでもなく、どうせ選ぶならとあーでもないこーでもないと少し悩んでいたものだ。


 選考の末に選んだのは、州都庁近くの広場。そこに新たに店を建てる事にした。


 主不在の節令使用邸宅のある区画と州都庁の中間ぐらいにある、使い道がないので国有地として管理してる幾つかの更地のうちの一つを俺個人が買い上げる。


 街の中心部でもなければ店が立ち並ぶ区域でもない。立地としては些か微妙ではあるが、人の住む区画から離れてるわけでもなく、州都庁や軍営など官員の往来もよくあるのでまったく需要ないわけではない。


 そもそもな話、単に支店構えるだけならそれこそどこぞの建物借り上げすればいいだけだ。


 やらないのは、将来的には此処が支店でなく本店として営業されていくから。今後の拡大を見越して最初からデカい店を新規に構えておく必要性があるのだ。


 この辺りはまだ公言せんがな。あくまで自分の治めてる場所に自分の店も置いておきたいぐらいに思われてるぐらいでいい。


 無論選んだ俺も将来的な方針抜きにして、当面の商売に関して無策ではなく、付加価値つけて客寄せをしていくつもりだ。


 現在推し進めてる銭湯建設。その一つを店の隣に建てる。というか併設していく。


 今の技術で再現出来そうな施設や娯楽も実験投入という名目でいの一番に取り付けていく予定だ。


 分かりやすくいえばちょっとした健康ランドだな。風呂とかサウナ利用して心身リラックスさせたとこで飲食や物を売りつける。


 ここでしか買えない限定商品なんかも作っていけば州都庁付近まで赴く価値を付けていける筈だ。


 ゆくゆくは他の地域でも採用していくが、試験的にという名目で俺の店で一足先にしばらく独占させてもらう。


 富裕層向けの個室風呂なんかも用意して、当面の間はリヒトさんら地元有力者優先で利用してご機嫌取りも出来よう。


 今から建設開始して年内に建て終えて遅くとも就任二年目になる春までにはオープンさせたいな。


 王都の方で経験者スタッフ派遣頼んでいるが、どうやら数名志願者出たという報告も受けている。


 場に慣れさせるために年内にでも派遣させるかという問い合わせに関しては、俺はまだ建設途上を理由に却下している。


 生まれ育った地なのでしがらみもあるし、当面どころか情勢次第では二度と帰れない可能性もあるのだから別れを惜しむ時間与えてやらんとな。


 それまでに現地スタッフの育成もある程度やってないといかんか。


 規模の大きい店になるのだから厳選していくとはいえ、金持ってる奴が雇用問題に取り組むのは悪い事でない。回り回って金は帰結するのだしな。


 思い描いた通りになるかは未知数。まだまだ絵に描いた餅の如く微速前進だ。


 とはいえ、来年の今頃には州都の名物の一つになり得る盛り上がりある店となる姿想像したら少し楽しい気分になれるな。


 景気の良い話題を考えつつ書類に目を通してはあれこれ書き加えていく。


 景気の良い話題といえば、半年以上先の事より間近なものもある。


 そう、去年秋に執り行った格闘技大会。今年も開催するつもりだ。


 評判も良かったし、こういうご時世だからこそ民に娯楽提供することで人心の安定図る策にもなる。


 チラホラとだが、今年も行うのかという問い合わせも来てるらしく、役人らから控えめながらも正式な宣言をしたらどうかと具申も来てる。


 自分の発案が受け入れられてる事をこういう形で実感するのも悪くないものだ。


 となれば期待に応えてやりたくなるというもの。


 九月に入ったら正式に開催日時の告知を出す。そして政務と並行して準備行わせていこう。参加者次第では早めに予選もやらんと駄目だろうしな。


 こういうポジティブで景気の良さ気な事ばかりなら俺のストレスもそう無いんだが、現実は散文的かつ不愉快な話のが多いのは世知辛いものよ。


 去年のように大会成功させて尚且つその前後で俺にとって利になるような話の一つが転がってきて欲しいな。


 そんなささやかな願望を脳内で弄びつつ、俺は本日の業務の残りを片付けようと再び書類に目を落とすのであった。


 夏の終わりが近づきつつあるそんな一日の一つがこうして過ぎていく。

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