第150話とにかく一歩

 不穏分子不満分子を進んで排除する自浄作用っぷりは悪くない。


 いや、それどころか現状あまり構ってやれないので自分らで考えて行動してくれるのは喜ばしいぐらいだ。俺の指示待ちしたとしても、俺も最終的に排除に傾いてただろうし。


 悪気がないから悩ましい。しかも概ね正解だから猶更だ。


 女子供含めて皆殺しにせず一応俺にお伺い立ててから処遇決める理性は残ってたとはいえ、男は容赦なく殺したのはちとばかし蛮勇なんだよな俺ら側視点だと。


 なので無条件に褒め称え難いわけよ。


 かといって少なくとも今はまだ高圧的に命令するのも違う。下手な事言って相手のモチベ下げる愚は避けたい。


 となると、落としどころとしては褒めるだけ褒めて少し釘差すぐらいが無難だろうな。


 根本的解決の先送りは好むとこではないが、今回の報告は突然だからな。今は今後の事での頼みごとを穏便に進めていくの優先ということで。


 俺は咳ばらいを一つして目の前に居るターオ族長を見据える。


「……まず此度の件ご苦労であった。そちらの誠意とそれによって生じた行動、当地を預かる節令使として賞賛に値するものと考えている」


「恐縮であります。実を言うと少しやり過ぎたかもと懸念無かったわけではないので」


 懸念あるなら一旦ストップしとけや。変に理性あるから始末に負えねぇ。


 今更な事を口にするゲンブ族族長に思わずツッコミたくなるのを堪えつつ、俺は再び口を開く。


「卿らの行動に報いる為に、支援金とは別に後日報奨を渡そう。金銭でも食料でも、何か欲するものあれば可能な範囲でなら叶えよう」


 俺の発言に部族側が軽く騒めいた。


 何か礼をしてもらえるかもという期待はあっただろうが、それがすぐに叶った上に、金銭以外の選択肢も与えられた事は驚きだったのだろう。


 貨幣の価値は彼らなりに把握してるので貰って嬉しい。だが、少し前にマシロとクロエにも語ったが今の所使い道はほぼ無いのも事実。


 貰えるものは貰うとはいえ、どうせなら実用的なものがいいと考えてるだろう。そこで食べ物なり素材なりでもいいというなら彼らも働きが報われた感あって気分も良かろう。


 こちら側としても、例えば食料提供した場合、山を降りないと得られない食材の味を覚えて貰って後日溜め込んだ金銭散じさせる流れにもっていけるしな。


 今は撒き餌を投ずる、商売風に言うなら投資のお時間。そう割り切れば提供惜しむ理由もない。


 俺が内心そう考えてる最中、ターオ族長らは小声であれこれ話し合っている。


 しばし後、ターオ族長は俺に向き直して申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げてきた。


「節令使殿から賜る報奨の件ですが、後日の回答でよろしいか?何を受け取りたいのか皆の意見を纏めたいものでして」


「それもそうか。なら夏が終わる前に話を纏めて、回答を私の方に寄こしてもらおうか。冬が来る前なら食料もある程度融通してやれるから早い方がありがたい」


「畏まりました。節令使殿をあまり煩わせないよう我ら一同手早くお知らせ致すことを約束します」


「分かった。でだ、それはそれとして、敵対意思を見せたという部族の処遇だが」


 感謝の念を隠すことなく見せてくる族長らを確認して俺は生き残った女子供の件を持ち出した。


 まず、軽くであるが「今後は可能な限り節令使府に一報入れるように」と窘めておいた。


「私らとしても無駄に恨みを買う真似は避けたい。それと卿らも将来部族同士の更なる団結を目指してるのなら、今後も加わるかもしれない未知なる相手らに警戒を抱かせるようではイカンと思うのだが」


「族長、確かに今回は当然の行動で恥じる事は何もないが、一つに纏まっていくのを目指すのなら節令使殿の言い分も一理あるかもしれない」


 俺の発言にモモが臆することなく続けてそう言った。


「正直迂遠とは思うが、私達以外の所では当然の理ならば、もう少し穏便なやり方も模索していくのも世の流れではなかろうか?」


「うむ。うむ、モモお前の言う通りかもしれんな。私もな、ちと気の短い事をしたかもとは思ってたしなぁ」


 娘に言われたターオ族長は苦笑を浮かべつつも否定せずに頷く。


 説明通りなら、ゲンブ族主導で急ぎ行動起こしたのも、万が一見放された際すぐさま始末されるかもしれないという、勝手な恐怖に急かされた面もあるからな。


 まさかウチのド畜生共をそんなに恐れてたとは思わなかった。去年の事がそこまで尾を引くとは。


 それさえ無ければ死人減ってたのかと思うと、つくづく軽率な発言した族長とやらは運が無かったというか。


 呆れたとこで蘇ってくるわけでもないので生きてる奴の身の振り方考えよう。


 いきなり攻め込まれて男共悉く殺されたのだから恨まれてるのは確実。これはもう仕方がないから受け止めるしかない。


 問題は如何にしてこれ以上根を深くしないよう配慮すべきかだ。


 ひとまず衣食住の手配はすべきだな。戦う力どころか狩りで糧を得るのも苦労してるだろうし、まず生き延びさせてからだ。


 俺直々に施してもいいが、それだと俺には感謝するが部族連合側は恨んだまま。当面大山脈一帯は部族らで纏まっててもらいたから火種は燻ぶらせたくないな統治的に。


 なのでターオ族長経由で渡すことにした。名目としては遺恨残さぬよう手打ちにする代償とでもいうか。


 事は済んだので生活の面倒見てやるから勘弁しろや!という、強者の傲慢そのものな理由になってしまうが、相手も意地を張る力なぞないから受け入れざる得ない筈。


 後は相手側がどれだけ自分ら(というか自分らの長)の落ち度が原因と思ってくれるかによるな。


 運任せなぞしたくもないが推移を見守るしかない。


「卿らに詫びれとは言わない。だが戦う力が無い者に追い打ちかける真似なぞ卑劣な事するのも良しとしないなら、あまり高圧的な態度は勘弁して欲しい」


「分かりました。我が部族としても誇りが許さぬ所。責任持って女子供保護致しましょうぞ」


 ターオ族長が力強く断ずる。他の族長らもやや反応遅れてはあるが同意を示した。彼らとしてもあまり益にならない事にこれ以上関わりたくないのだろう。


 部族側の同意を得た俺はすぐさま紙にペンを走らせ、一筆書き上げると文官の一人に手渡した。


「これを近場の駐留基地と町の責任者へ。補填はすぐに州都から運ばせるのですぐさま用意させよ」


 俺が書面で命じたのは、食料と衣類や家の材料になる資源の提供。


 この県はヴァイト州でも過疎地域になるとはいえ、駐留基地もあれば町や村もある。二、三〇〇ぐらいの人数の食い扶持ぐらいならなんとか集められるだろう。


 命じられた文官は俺の許可を得て十名程の兵士を伴ってすぐさま砦を出立した。早ければ数日中にでも此処に救援物資となる品々が届く予定だ。


 物資受け取りを遺漏なく行う事と確実に分配する事を改めて族長らに約束させ、続けて襲撃した場所の損害を改めて調査するよう命じる。


 物資送れば後は勝手に再建や生活出来るとこならいいが、もしかしたら食べ物口にするだけで精一杯なぐらいボロボロなとこもあるのではないか。


 ターオ族長らが襲撃してから今までの間どんな風に遇してたが知らないが、もしも野ざらしで弱って死んでいってる可能性あるならそれの対応考えないとならん。


 避難所仮設して一か所に纏めて生活させるか、人手派遣して住居建ててやるか、一時的でいいから他所の部族で保護してもらうか。


 現状把握しておかんと、ただ与えておしまいだと下手したら貴重な物資無駄になるかもしれんからな。


「足りないものがあるなら此方で全て揃える。だからそちらも敵意見せたというだけで本格的に争ってもないのだから加減してやれ」


「畏まりました。すぐにでも若い者を遣わして確かめさせまする」


 仕置きするだけして放置とか雑だがそこは文明格差的にどうしても発想浮かばない点あるから飲み込むしかない。


 ともかくこの件はひとまず頼むだけ頼んで終える事にした。


 次に彼らとしては本題ともいえる支援金に関してだ。


 こちらは特に問題もなく今年も配布する事にして、去年の夏以降に参加希望してきた部族らも加入を認めて支援金を渡すこととした。


 但し、今後は節令使府からの承認がない限りは明確に受け入れを断る。加入希望は結果は置いといてとにかくまず此方に知らせを入れる事を徹底してもらう。


 部族連合加入に俺らの許可必要とか干渉になるのではないか?


 それはそうだが支援金というの振舞ってる以上は口出す権利はあるぞ。それ以外の取り決めはほぼ自由にさせてるんだからとやかく言われたくないね。


 ターオ族長らはその辺り弁えてるので特に文句なく黙って首を縦に振りっぱなしである。


 加入認められた族長らが馴染んでない故か戸惑い気味に俺とターオ族長を交互に見ていたが、受け入れられた事実に安堵はしてるようだ。


 額の変動もないので配布は俺がこの地を去る日に配布することにした。彼らとしても運ぶ役目を担う若者らが全員下山してないというからな。


 後始末の話と違ってすぐにこの話は片付いた。


 というかそっちのいきなり話が突然過ぎたんだからそりゃ予定通りのやつより長くなるわな。


 頭の中でセルフツッコミしつつ、俺はすぐさま次の話に移る。滞在最長三日設定だから今日でやるべき話は済ませておきたいんだよ。


 話題は年内稼働を視野に建てる予定の交易所。


 こちらは去年の和約以降に双方から人を派遣して建設場所定めていき、簡素ながらも形作りつつあった。


 場所は、最初は大山脈の麓、降り立ってすぐに広がってた広場らしきスペースを使うつもりだった。


 あそこは部族側にとってもヴァイト州内への出入り口になるからな。交易するにしても近いし、あそこをゆくゆくは町にでもすれば色んな用途での拠点として機能してくれるだろうし。


 なのだが、しばし後に没となった。


 理由は単純なもので、そこまでやるとしたら麓の森林一帯を本格的に切り開く必要があるからだ。


 しかも単に木々倒す人手不足なら部族側に手伝って貰えればいいだけの話。そう簡単に行かないのは魔物の所為だ。


 それなりに広大な森林。そこにどんな魔物が蔓延ってるか未知数という。


 麓で狩りをしてる部族達も、全て把握してるわけではない。麓の広場など切り開かれてる箇所を中心に狩りをしてるというのだ。


 魔物の縄張りをいつどこで踏んでしまってるか分からずに森深く立ち入るは自殺行為。


 戦士としての力量に自信あるゲンブ族ですら道なき道のある場所には近寄る事はしないという。


 前にも述べたが、魔物というのは一部の血の気の多い奴や空腹状態な奴でない限りは、基本的に己の定めてる縄張りに踏み入ってこなければ積極的には襲ってこない生き物。


 草原など開けた場所なら道具を使って領域見切れる場合もあるが、森などは地面になくとも木々の上を縄張りに定めてる場合もあって上下左右どこにあるか分かり難いらしい。


 文明的な地域だと長年の地道な作業と多くの尊い犠牲の結果どこにどんな魔物が生息してるか把握されてる。


 だがここは長年山岳部族の存在もあって地図上では王国領土とはいえほぼ手のつけられてない地域。


 ツアオ平原ですら土地の一部でどんなのが居るのか更に判明したの去年だぞ。これまで乏しい資料でしかギルドも把握してなかったからほぼ無知だ。


 生態系の把握や対処など今後の進展次第でどうにでもなるが、今はそんな気長さを有する余裕はない。交易所建設は進めていきたいのだ早めに。


 というわけで、麓の森の出入り口付近に建設をする事にした。


 森を抜けないと駄目なので最初よりも距離的に遠く感じるとはいえ、それ以外なら今の所は文句なさそうな立地。


 ツアオ平原のあの辺りなら一部とはいえどんな魔物が出るかは知れてる上に、この砦も同じ平原内にあるからもしもの時駆けつけやすい。


 無論問題は細々とあるだろうが、どんな魔物出てくるか分からず森林切り開くよりかは楽であろう。


 定めてからはまず縄張り定め代わりの柵を建てた。


 町にしていきたい未来絵図あるとはいえ、当面は交易所だ。しかも数千人が常に押しかけるような地域でもないので、この砦ぐらいの規模もあれば良いぐらい。


 その辺りを考慮して開始して、この一年少しずつ形となっていった。


 で、現在は簡素な柵と堀の中に掘っ立て小屋みたいなのが三、四出来上がってるという報告を受けている。


 交易に関する話し合いや取引行う事務所、警備兵や駐在員の寝泊りする所、短期滞在者向けの宿泊施設、そして倉庫。


 倉庫に関してはすぐにでももう少し増設させるとして、簡易な造りながらも最低限の施設は出来上がってるだけマシであろう。


 まだこちらから一方的に与えてるだけだからな。しかも物でなく貨幣だ。


 部族側から提供されてる素材や物産も交易する程の量でもない。去年の秋に出店で少量売るぐらいではな。


 何事もこれからか。まず一歩確実に進んでるだけ良しとすべきだろう。


 課題は山積みである。普通なら西部方面だけでも在任中の一大事業と目されるかもしれない。


 此処だけ集中してるわけにいかないのが俺の辛い所だ。重要度がまだ低いのが不幸中の幸いであって。


 焦りは禁物ではある。当面は目の前の悪い奴らではないが脳筋気味な連中信じるしかあるまいよ。


 交易所の現況の説明を改めて受け、連れてきた文官や商人らとターオ族長らを引き合わせて挨拶させつつ、俺は内心軽く溜息を吐いた。


 目に見える成果を期待でもしないとやってられんよマジ。

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