第149話そう簡単に変わるわけもなく

 俺は山岳部族連合の面々に会う為に一路西を目指して出発した。


 朝方、小さな鞄一つ持って出ていこうとする俺を州都庁前で官吏や兵士らが若干不安そうな顔して見送る。


 三日程の不在。族長らと周年記念的な宴の一つもやり、交易所や支援金関係の話し合いをするぐらい。


 この間の商都行きと比べたら目的も不在期間もスケールダウンしてるとはいえ、彼らにとっては一年前まで限りなく敵側であった勢力へトップが赴くことへの不安も残ってるのだろう。


 モモなど部族側の人間がこちらに住まうようになったとはいえ無理からぬことか。いきなりは価値観変われないもんか。


 と、理解はしてるので「何度も既に大丈夫だって言ってるだろ」的な事は言わないよ。宥める言葉も特段かけないがね。


 去年と同じようにクロエのサイドカーに乗り込み、二人の道交法無視したかのような速度出す運転で早々と州都を出て行った。


 違いがあるとすれば、急ぎではないので前回よりかは速度落としてるとこか。少なくとも俺も会話出来る余裕あるぐらいには。


 とは言うが規格外二人と違ってバイク飛ばしながら会話など出来ない。一々大声張り上げないと聞こえないとか到着前に無駄に体力なぞ使いたくない。


 なのでマシロとクロエに出発前にその旨告げたら、マシロが懐から無造作にある物を取り出して俺に渡してきた。


「はいバイク用インカムねー。私らだけなら別にいらないけどー、まぁ何かあった時の備え用に持ってるもんでー」


「有難く使わせてもらうが、つくづくお前らなんでもアリだなおい。どんだけのモノ隠し持ってるんだよ」


 呆れ交じりに軽く追及してみるも当然ながらスルーされたがな。


 というわけで、移動中の数時間はあっという間に過ぎ去る景色を眺めつつ時折会話などをすることとなる。


「そういえばさー、前からちょいと気になってたんだけどー」


「なんだ?」


「ほらー、モモっちらのとこにお金贈ってるじゃんー。文化発展支援金とかいうやつー」


「それがどうした?」


「お金で安全買うのは分かるけどー、あっちの人ら大量にお金貰っても使い道あんのー?いかにも物々交換と自給自足で成り立ってます的なとこじゃんー」


「くくく、同意のセッションと疑惑の霰降りしきり」


「あぁそれか」


 二人の疑問に俺はさもありなんと頷いた。


 実の所去年提案した時点で双方から首を傾げられた点ではある。貰う側ですら、金貨や銀貨の価値把握して喜んでても使い道の無さに内心戸惑っただろう。


 面と向かって質問されなかったのは、目に見える財を与えるという点を狙ったと勝手に納得されてただけだ。


 それもないわけではないが、部族らに貨幣を渡してるのはそれだけではないわけよ。


 言ってしまえば今後の雑居や同化に向けた呼び水みたいなものだ。


 今はまだ渡して貯めこませるでいい。財の多さで部族同士格差付け以外で使い道ないで構わない。お金というのが価値ある物という考えを補強出来ればな。


 ある程度貯め込んだ時、俺の方から散じる道を提示しれやるだけのこと。


 お金を使う事でこちらの貨幣経済の枠に組み込んでいき、足りなくなれば金を得るために働くなり、州側の、あちら的には奥地とも言える地域に出稼ぎに旅立ったりしていく。


 そして徐々に部族側も山を降りて他所との交流目指すだろう。


 部族側にもう少し積極的に歩み寄らせていき、いつかはヴァイト州の一員となる事への抵抗感も薄くなる筈。


 人口問題にある程度寄与してくれれば俺としても安くない額を投じる価値は出てくるってもんだ。人手は幾らいても困らないからな現状。


 交易所もその布石だ。


 単に俺らが交流ついでに大山脈でしか得られないような素材など得る為だけに設置するわけでない。


 俺らがあちらでしか入手出来ない物があると同時に、あちらとてこちらでしか得られない物は多く有る。だからこそこれまで近辺の町や村が略奪被害合ってるのだから。


 特に食料関係だろうな。肉とかはともかく小麦など植物関係は農地に適する土地少ない分、金で買えるなら買うだろう。


 他だと族長など高い地位の者がそれを誇る為の高級品を求める可能性もあるか。


 部族側にも武具や日用品加工する職人みたいなの居る。なんならあちらなりに伝統工芸品みたいなのに携わる者も居るだろう。


 とはいえ、洗練度でいうなら俺達側に一日の長アリだろうし、舶来品の類を身に着けてマウント取りたがる心理持つ奴はどんな所にも居るわけで。


 なのでそれらの理由で支援金はやがて俺の元へ帰ってくるようなものだ。余程の守銭奴でもない限り大金使う機会は必ず来るし俺が出させてみせる。


「なるほどねー。で、それは言わないんだやっぱりー?」


「そんな露骨な事言えるわけねーだろ。精々察してくれやとしか言いたくないね」


「悪代官様も悪よのうー。隠し事はいけませんぞー」


「くくく、ノットノーヴルな腐敗せす小役人のリトルさ」


「どっちも損しない良案だろうが。茶化すんじゃねーよタコ。いいから運転に集中しろ運転によ」


 真意承知の上で軽く馬鹿にしたように嗤うド畜生共に俺は舌打ち混じりに吐き捨てた。


 他愛ないそんな話をしつつもバイクは無人の道を爆走していくのだった。





 大体一年ぶりに訪れたツアオ平原はまったく変わらずの草原のままだった。


 あれから人の往来も以前よりか増えてるとはいえ、大半の土地が手つかずなのだから当然か。いずれ開拓していくにしてもまだまだ先の話だな。


 変化があるとしたら人の手が加えられてる場所ぐらい。そう、以前急増陣地として使った場所である。


 あの戦の時だけと思ってたものが、今では幾度かの改築を経てちょっとした砦ぐらいのクオリティになっていた。


 無論、資材というより人手に余裕もないので出来上がりとしては砦は言いすぎか。


 陣地以上砦未満ではあるが、兵隊の軽く百や二百の拠点になるぐらいの堅固さは備わってはいそうだ。


 今後の発展次第では更なる改築必要かもしれんが、さてタイミングが読めんな今は。


 門前の櫓に備え付けられた火矢多連装発射装備を懐かしそうに見上げつつ俺はそう評した。


 なお、この火矢多連装発射装備は当時置いていった一基を此処に置いている。


 念のためということで一回使用分の火薬だけあるが、命中精度悪すぎなので馬鹿みたいに密集してる相手でないと効果も薄いので、撃てないよりマシ程度。


 正直張り子の虎というやつだ。火薬がまた再生産で貯めこんだら補充するとはいえ、今は示威目的でしか使い道ない。


 火器や火砲もなんとかしていきたいもんだが、よしんば増やせてもまず回廊の防衛に回すからなぁ。


 そういう点だと、州内の治安は魔物以外で悩まされないよう心配りせねばなるまいなより一層。この飾り物が使う日が来ない事を祈りたいよ。


 などと考えつつ陣地内へ進んでいく。


 内部も以前のような簡素なテントはほぼ撤去されており、材木使った小屋や厚い布地や皮張りの陣幕が使われて生活の場が整われつつあるのが目に見えて分かる。


 その中央。兵士らが集会開いたりする際に使う小さな広場があり、そこには顔見知りの面々が今か今かと俺を待っていた。


 ターロン、モモ、平成など数日ぶりの再会する者もいれば、ターオ族長など去年以来の再会となる者など様々だ。


 知識スキル関連で記憶力もチートなお陰で概ねの顔ぶれに覚えがある。覚えのないのは初対面の連中とみて間違いなかろう。


 俺が馬から降り立つと、彼らは一斉に礼をとった。


「大変ご無沙汰しております節令使殿」


「うむ。族長らも壮健なようで何よりだ。再会喜ばしく思うぞ」


 ターオ族長ら部族側からの挨拶を受けそれに応じた後、次いで俺は傍に控えるターロンらにも声をかけた。


「先行ご苦労。見た所何事もなくだったようだな」


「はい。一足先に顔合わせも終えましたので後は本日の話し合い次第というところです」


「久方ぶりに族長らと話も出来た。皆、私が商都まで赴いた話には驚いてたぞ」


「そりゃ驚くでしょう。州内もまだロクに見回ってないのに州外行ってきたんですから」


 ターロンは悠然と、モモは仏頂面を嬉しさにやや和らげ、平成は苦笑を浮かべて。


 数日とはいえ各々変わりない風でなによりだな。


 広場にてしばし再会を祝した俺らは、話を変えようと少し離れた場所に設置された天幕へと移動した。


 去年の会談のときと同じ造りをしており、話し合いに参加する双方の人数を入れてもまだ余裕あるお陰か、風が吹けば夏場の暑さも幾分かマシになっていた。


 外を兵士らに警備させており、中に入ったのはヴァイト側は俺、マシロとクロエ、ターロン、モモ、平成と、ここまで随行してきた文官や商人達。


 部族側はターオ族長や連合に加わった族長らが全て来ている。老齢や病気理由の族長欠席の部族も跡取り息子が代理として来てるので問題はないという。


 と同時に部族側は警護役十数名以外に、以前モモ経由で話を聞いてた、後から参加希望申し出た部族の族長らが同席している。


 俺が視線を向けると、その族長らは強張った微笑みを浮かべて会釈してきた。


 その反応に俺は訝しんで小首を傾げた。


 緊張しているにしては顔色が悪すぎる気がせんでもない。


 我関せずを貫かずに勝ち馬に乗る気で参加申し出たぐらいなのだから、もう少し図々しい感じを想像してた。そうでなくとも問題なければ参加出来るのだし嬉しそうにしててもおかしくない筈。


 不審に思った俺はターオ族長に視線を転じて正面から見据える。


 俺の無言の問いかけを察したターオ族長は咳ばらいを一つして、口を開いた。


「実はですな、話し合いの前に一つご報告致したい事がありまして」


「聞こうか」


「はい。以前娘から伺ってると思われまするが、私らが節令使殿と組した話が伝わって自分らも参加したいと申し出た部族が幾つかありまして」


「そうだな。それで、そちらの面識無い御仁らが新たに加わる者らだろう?」


「はい。この場に居る者は連合の掟や節令使殿の命に背く真似をしないと誓った上で加わるつもりですが」


「ですが、どうした?」


 俺の促しにターオ族長は数瞬無言になった。娘のような苦み走ったような顔には何かに対する思い出し怒りが過ってる。


「……参加希望の部族の中に愚か者もおりまして」


 そう前置きして語ったのは以下のような事だった。


 伝聞形式な上に参加してなかった故にヴァイト側の力量を知る由もなかったからか、部族の中には此方が力を合わせて王国側を圧倒しつつあると勘違いした者も居たという。


 参加希望の為にゲンブ族の集落訪れたその勘違い野郎は、訪ねてきて早々に金や物を無心してきた。


 参加すれば自動的に貰えると思ったのだろう。説明も話し合いもロクに成立せず、ターオ族長が話にならんと「既に分配終えたから渡すものはない」と突っぱねたという。


 するとその愚かな族長はこう言ったという。


「なら更に出させるよう節令使に命令すればいいじゃないか。我らが力合わせて自分の住処を攻められたいのかと脅してやればいいじゃないか」


 軽率すぎる発言に場は凍り付いたという。


「誰からどういう話を聞いて、しかもどんな考えに至ったのか理解に苦しみますが、その者は本気でそう言ってのけましてな」


 ターオ族長は溜息混じりに話を続ける。


 ヴァイト側を過小評価して自分ら部族側を過大評価してる愚か者は、絶句してる周囲に気づかずベラベラと調子のよい言葉を並べ立ててた。


 自分がさも連合の長かのようにアレコレ語る様子は見るに耐えられず、ついにターオ族長は脇に置いてた剣を手に取ってすかさず愚か者を斬り捨てたというのだ。


 ちょっと待て。


 えっ、なに、幾ら糞野郎だからっていきなり問答無用で殺したんですか?


 斬り捨てたって、即死?えっ流石にそんな後先考えずに?


「……一応訊ねるがその者はどうなった?」


「無論一撃で殺しました。ゲンブ族の長たるもの即座にそれぐらいの事が出来ぬとあれば若い者らに示し付きませんからな」


「……」


 俺の確認を勘違いしたターオ族長はやや自慢げに表情を綻ばせて返答してきた。


 そこから更に話は続いた。


 愚か者の族長を殺したターオ族長はすぐさま連合に加わってる部族らに召集をかけた。


 何事かと集まった彼らはターオ族長から事の次第を聞いて驚いた。


 そんな愚かな奴が勘違いして何かやらかすだけならまだしも、それを理由に節令使からあらぬ疑いかけられて折角貰える財貨が貰えなくなってしまったら困る。


 後から参加希望してきた奴らに今一度真意を問いただし、場合によっては早々に始末しておかないと駄目ではなかろうか?


 折角数を頼んで横暴だった二大部族も無力化し、その上アレコレ生活助けてくれるという相手と上手くやろうとしてるのだから邪魔者は消すべきだ。


 特にゲンブ族はマシロとクロエの存在がチラついていた。


 もし部族不要と判断されてあの二人差し向けられたら終わりだ。という恐怖が纏わりついていた。


 そのような事もあり本人らは割と真剣に早急な対処を行った。


 すぐさま戦える者を集い、ターオ族長自ら愚か者の生首を槍先に掲げつつ、まずその族長の治める部族を攻めた。


 片付けた後そこから更に参加希望の部族に問い合わせ、似たような回答をした族長をその場で殺してその勢いで集落に攻め寄せるを繰り返したという。


 それが二か月前の話。俺が商都へ赴く最中の時期。


 以前話を聞いた時点だと四部族参加であったが、以降も増えて今年の春時点で十一まで増えてたという。


 増やされても困ると手紙経由で警告したんだが縋られるとどうしても折れてしまったとか。彼らなりにも義理人情というのはあるものか。


 で、そのうち攻め滅ぼした部族は五つ。多いとこだと二〇〇、少ないとこだと一〇〇にも満たない小規模部族らだった。


「男共はほぼ殺しました。首は検分して貰おうと塩漬け保存しております。女子供は捕まえておりまして、節令使殿の許可得られればすぐにでも始末致しますが。それとも奴隷にでもして使い潰しましょうか」


「うんまぁ少し待とうか族長殿」


 事も無げに言い切るターオ族長と、そんな彼の発言を当然のように頷いて肯定する他の族長と、娘のモモ。


 俺らの方はというと、マシロとクロエは興味なさげに聞き流しはいつも通りだな。


 ターロンは「まぁ地域柄というやつですな」と言わんばかりに苦笑浮かべて肩を小さく竦めてる。平成はドン引きしており、世話になってる族長の顔を凝視していた。


 他の随員は平成程ではないが、あまりにも直接的な振る舞いに絶句していた。


 俺も正直ちょっと引くわ。


 あちらがまだ文明的に幾分遅れもあり、モラルとか論理とかそういう類求める知識もメンタルも、こちらとは違う理で動いてるのだからこちらの物差しで測る愚はしない方がいい。と、頭では分かってる。


 ついでに言うなら俺が介入し出したとて僅か一年ちょいで急に価値観や言動が変われるわけがないのだ。


 今後の課題ではあるな。駄目とは言わないが形式でもいいから段階踏ませる教育はしていかんと、互いにとって今後事故る可能性高いわこれ。


 それにしたってもう少しなんとかならんかその蛮族的脳筋思考は。


 内心頭抱えつつも、俺はどう答えるべきか顎に手を添えるのであった。

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