第148話王都からの手紙三回目

 西の大山脈へ向かう日を間近に迎えた俺は今日も今日とて執務室でお仕事である。


 昨日やりとりした通り、ヒュプシュさんらが再び州都庁へ訪問してきた。


 あの後注文してた品々も無事運び終えられており、現在はギルド所有の特別製金庫に保管中。


 普段使用される倉庫よりも厳重であるが使用率の低さから左程大きくない代物。双頭竜の素材を入れただけで満杯になってしまったとか。


 このタイミングで金庫に入れざる得ない案件着たら困ると思うのだが、どうも俺の杞憂で終わりそうだ。


 ヒュプシュさんが言うには、普段そんな大それた品が持ち込まれない切ない現状及び買い手はすぐにつく故に長期保管はないという判断故に懸念はないらしい。


「実は既に予約で埋まってる状態ですので数日中には必ず捌けられますわ」


「それはまぁ良い事ですな。流石竜種と言うべきか」


「付け加えますと、王都と商都のギルドですとある程度の数は懇意にしてる大きい所にそのまま流れる事もありまして。そうでない所からしたら私の所はちょっとした穴場になっておりますの」


「なるほど。確かにヴァイトでSランク竜種素材扱うなど無かったのだからそうなるか」


「熱い視線向けられて喜ぶべきか、こういうときだけ擦り寄ってこられる事を不快に思うべきか、複雑な心境というのが正直なお話でして」


 苦笑を浮かべてそう嘆息するヒュプシュさんに俺も口端を苦笑気味に釣り上げた。


 分かる。普段は蔑ろにしたり軽んじてるのに、都合の良いときだけ頼って来るような手合いって腹立つよな。


 そういうのと上手く付き合っていくのが社会人として当然なのはいいんだが、感情という点では割り切れってのが難しいよ。


 精々これを機会に幾人かは考え改めてヴァイト州との付き合い続けてくれるのお祈りだな。


 今後の展望に半信半疑抱えつつ、俺は、というより俺の後ろで退屈そうに佇んでるド畜生二人の代わりに代金受け取りを行う事に。


 去年は席に座ってたのお前らで俺が後ろから見物してたのにね。もうあからさまに俺を代理人にして押し付けてるよねこれ?


 ヒュプシュさんらギルド側が手続き書類やお金の準備してる僅かな合間、俺は肩越しにマシロとクロエを睨みつける。


 恨みがましい俺の視線。普通なら権力者から睨まれたら居心地最悪なもんだろう。


 だが二人はどこ吹く風で生欠伸一つしてスルーしやがりましたわ。


 冒険者の素行に関してギルドから何か一言ぐらい窘めの言葉も欲しいんだが、少なくともヴァイト州冒険者ギルドはこの地で唯一のAランク冒険者であり多大な利益もたらす金の卵相手にご機嫌とるの優先状態。


 これまでの見て見ぬふりもだが、今回だけでも、普段なら大金動く契約事を他人に押し付ける責任感の希薄さにノーコメントノーリアクション。


 欲に目が眩み過ぎじゃね?とかいう以前に俺がこの地の統治任されてる節令使なの忘れてないかね?此処での最高権力者の機嫌損ねる事に関して見解訊きたいもんだね?


 それともあれかい。あなたらも俺が後ろのド畜生共をどうこう出来ないだろうから自分らのスルーも受け入れ大丈夫とでも思ってたりするのかい?


 マジでそう思ってるなら訴えて勝つぞこの野郎。


 心の中で毒素が湧き出そうになってる俺の心境など知らず、ヒュプシュさんがご機嫌そうな笑顔で書類をテーブルに置いた。


「レーワン伯。此方ご確認くださいませ。討伐報酬代金が金貨一五〇〇枚、素材代金が全て合わせて金貨九〇〇枚。解体費は今回免除で、手数料は既に引いた上での額となります」


「……去年のクラーケンとはかなり違うなこうして改めて額を提示されたら」


 黒い炎を胸に燻ぶらせてるとはいえ、それはそれである。俺は提示された額に感心したように頷いた。


 まず討伐の報酬代金。


 こちらは他所のギルドの記録及び討伐報告受けた時点で各所と相談した上で定めた額という。実際Sランクの魔物ともなればこの数字前後が最低限の相場になってくるとか。


 実際竜種ならばもう少し上乗せされるらしいが、損傷具合の酷さが減点となったという。それなら仕方がないなうん。


 素材代金に関しては、去年より少し多めぐらいと思われるだろうが、素材の数比べたら双頭竜の素材数でこの数字はやはり格の違い見せられた形であるな。


 これに加えて後日王都と商都のギルドと、マルシャン侯爵からのお金も入ってくるのだから、Sランクの魔物というのがいかにハイリスクハイリターンな歩く一攫千金扱いなのかしみじみ実感してしまう。


 信用できる保護者という事で、俺が書類へのサインの代筆を行う。当の本人らが後ろで見てるのもあってギルドマスターはそれで良しと判断したのだろう。


 うん、いやあのね、本人らが後ろに居るなら書かせろよって話なわけよ。職務怠慢に該当するよねギルドマスターさんよぉ。


 などと、なんか納得いかないが俺もさっさと終わらせたかったので黙ってサインを記していく。


 それを終えると、今度は職員らが床に置かれてた金貨の詰まった大袋を俺の傍まで重そうに引っ張ってきた。


 アイツラのアイテムボックス直行とはいえ、全額白金貨で支払って欲しかったのが本音だが、流石のギルドも数か月かそこらで揃えるのは無理ということで妥協した。


 通貨としては金貨の方がまだ使用頻度も流通量も多いからな。それにヴァイトぐらいのとこだと機会もそうはないから一時的だと分かっていても掻き集めるのは難しいのだろう。


 ヴァイト州で一番白金貨保有してるのが他所から来た俺だしな現状。


 その辺りも理解してるので俺はこれまた黙って置かれていく大袋を前に確認を込めた頷きを繰り返すのであった。


 既に調印前に枚数確認を終えてるので渡し終えたらこれで終わりだ。ひとまずヴァイトの分はな。


 後は待つだけ待って来たら納めるだけだ。さて年内に片付くかはあちら次第。


 とりあえずヒュプシュさん達帰した後にまず俺がやる事は決まってる。


 チラリと、俺はマシロとクロエの方を再び見る。


 アイツラを如何にどやしつけて動かすかだ。


 自分で稼いだ金を無感動に眺めてるド畜生共にはせめてこれをアイテムボックスに仕舞う作業ぐらいはやってもらいたいもんだよまったく。





 ギルド側とのやりとりを終えた更に数日後。


 この日俺はターロン、モモ、平成ら大山脈方面へ向かう面子を送り出した所だった。


 彼らが引き連れていくのは部族部隊全員に俺の私兵三〇。そして話し合いに参加する文官や商人など十数名。


 部族部隊の面々には帰省のひと時、それ以外には俺が来る前に族長らと軽く顔合わせでもしてて貰いたい理由からの先行だ。


 なお俺はターロンらが出発した数日後にマシロとクロエのバイクに乗って赴く予定。


 幾らべらぼうに強いとはいえ、御供二人だけで節令使が赴くことに難色示す者が居ないわけでもない。というかそれがマトモな考えだろう。


 前回と違って殺人的な加速でバイク飛ばす事もないとはいえ、常識的な速度でも数時間もあれば到着出来るからな。行こうと思えばすぐ行けるからこその判断。


 商都から戻ってきて左程経過もしてないのにまた州都出ていくのもなんだしな。ギリギリまでは政務処理を直接しておきたいとこ。


 そんなわけで今朝方送り出した後は執務室にて通常業務など行っている。


 今日も淡々と日常を終えるだろうな。などとチラッと考えてるとこに変化が生じたのは夕方頃。


 そろそろ本日の業務終了ぐらいかと思いひとまず筆を置いたときであった。


「節令使様失礼致します。節令使様宛に手紙が来ておりますが如何致しましょうか?」


 役人の一人がドア越しにそう告げてきたので、俺は入室を許可した。


 入ってきたのは声掛けしてきた役人と、軽武装した郵便配達員。


 数少ない情報伝達手段として手紙が存在する以上、それを届ける郵便配達のシステムはそれなりに確立されている。


 貴族や金持ちなら専属の配達員お抱えしてるし、そうでない人らも複数人寄り合って民間の配達員雇ったりする。


 今、俺の目の前に立つ配達員はその中間といったとこか。


 官員や役場専門に手紙や書類を配達する者。専属は専属でも国に召し抱えられてる官の者だ。


 配達員は俺に深々と一礼した後に一通の手紙を恭しく差し出す。それを連れてきた役人が受け取り俺の前まで持ってきた。


 差出人は予想通り弟であるヒリューからだった。


 レーワン家個人でのやりとりならそれこそレーワン家で抱え込んでる専属の者にやらせればいいのだろう。去年の一回目に関してはそうだったのだから。


 だが、恐らく少しばかり深刻な理由あって私人でなく公人の節令使宛てとして王宮勤めの配達員に依頼したのだろう。


 ここに至るまでの治安の悪化が流せないレベルになりつつあるということだ。


 専属とはいえ、手紙届けるだけの相手に戦闘経験豊富な奴起用したり、護衛を仰々しくつけるなど滅多にしない。大体の人間がたかが手紙の配達員にそこまでする必要性感じてない。


 平和なときならそれでいいが、そうでないときは万が一紛失や盗難されたら困るんだがな。


 しかし王宮に仕える配達員は内容次第で各地へ赴くこともあってその懸念は少ない。扱う物が政治や軍事に関わるものが多いのだから当然ではあるが。


 己の身を護る程度の実力もあるし、最低でも数名で行動する上に全員馬に乗れるよう仕込まれる。なので賊に襲われて手紙届かないという事故も起こり難い。


 安心安全を少しでも求めるなら平時でも使うのは間違いではない。


 しかし此れを使って手紙送ってきた事実は少しばかり暗澹たる気分になるな。


 内心そう思いつつ、俺は仕事顔で重々しく頷いて配達員に労いの言葉をかけてやる。


「彼らに今夜の宿と酒食を手配しろ。遠路遥々来てくれたのだから丁重にもてなしてやれ」


 再び頭を下げる配達員を一瞥した後、俺は同行してきた役人にそう指示して二人を下がらせた。


 退室を確認した俺は早速手紙を読むことにした。


 興味津々といった風にマシロとクロエがいつの間にか俺の背後に接近して俺の肩に肘を載せて覗き込んでくる。


「三回目になるのねー。もうそんな季節なのねー」


「くくく、光陰矢の如しのメールオブフューチャー」


「……暑いんだから寄るんじゃねぇよド畜生共」


 そうぼやきつつも俺は半ば諦めて手紙に目を通しだす。


 一枚目は恒例の時候の挨拶や家族の近況なのでひとまず読み飛ばす。


 ヒリューが集めてきたやつや、王都で俺が収集頼んでるやつらからの情報が纏められた二枚目からが本題だ。


 まずは勇少年の近況。


 双頭竜討伐の功績にて目出度くSランク冒険者の肩書を得たらしい。


 僅か一年足らずでSに上り詰め、一人でドラゴン倒してのける若き勇者!とかいう謳い文句披露することだろう。


 今後民衆や相手国に対しての見栄を張る目的の見え透いた底上げ。


 関係者はほぼ全員内情察してるが偉い人達の方針なので沈黙といったとこだな。俺も勇少年を目くらましに使う身としてはノーコメントだ。


 しかし実力の方もギルドの報告とも合わせて読むとどうやら肩書に恥じない実力つけつつあるようだ。勇者として召喚されたのは伊達ではないか。


 その後はというと、王から王家所有の屋敷の一つを与えられ、そこを拠点とする勇者直轄部隊が編制されたとか。


 勇少年が隊長であり、彼相手にラブコメしてる残念美人三人が副隊長を務めるという。まぁ恐らくウチの部族部隊みたいに実質指揮を執るのはその三人だろうな。


 最終的にどういう規模になるか不明であるが、現時点だと彼女ら直属の兵士をメインにして三〇〇前後集まっており、いずれも厳選した手練れ揃いという。勇者様の為に働けるという栄誉もあって士気も高いとか。


 着々とあれこれ与えられていく勇少年自身はというと、ヒリューが直に見た印象だと前回の手紙に書いていたのとあまり変わりなくだというのだ。


 現状を受け入れて日々周りからの期待に応えて快活に振舞ってる風に見えるが、所々で困惑や動揺を飲み込み切れてない。


 時折見せるそんな不安定さを、一部の貴族が「此の方大丈夫なのか?」と囁いてるという噂が上がってる。


 その点に関しては俺が原因の一つになってるだろうから少し申し訳なさ感じる。


 現代地球人でしかも同郷かもしれない男が同じ国に居る。というのは、何もかもが違う世界に放り込まれた身にとって平静ではいられないだろう。


 この謎が分かるまでは死ねない。というモチベになってくれるだろうが、同時に集中力乱す要素にもなってしまうのは承知の上。


 無情ではあるが精々頑張って堪えて欲しいとこだ。


 次に目に留まるのは北部の情報。


 他二州は最早民間レベルだと隠しきれないぐらいの騒ぎなりつつあるが、宮廷内では宰相など大臣やそれに準ずる地位の者が正確な情報掴んでる以外はあまり深刻に受け止められてないようだ。


 ヒリューの文と同封されてたギルド及び教会からの文との落差がそれを語っていた。


 では残り一州であるヴィッタ―州であるが、こちらは動きがあった。


 八月末に王都から鎮圧軍が派遣される予定だというのだ。数も一〇〇〇〇から一五〇〇〇を予定しており、既に編成途上だとか。


 名目としては早急な騒乱鎮圧による国土や民心の安定と隣国の不安を取り除くことを目的としてる。完全に嘘は言ってないだろう。


 だが実際は軍事行動の際に本土側安定を確固たるものにしたいが為。これもまた関係者は概ね察してても公言出来ずじまいな案件。


 ヴィッタ―州の民衆蜂起や賊の規模は分からないが、早期鎮圧を目的とした一万以上の兵を動かすとなれば当面は収まるかもしれないな。


 あくまで当面だ。根本的な解決策を講じない限り今後も賊は出てくるし、それに呼応した窮した民らが合流して乱は再発する。


 こんな目先の対処なんてしてる場合じゃないだろうになぁ。


 手紙来るたびに不吉極まりない話が湧いて出るもんだ。


 遥か遠くで起こっている世の乱れに嘆息するものの、今の俺に出来る事なぞ何もなく。


 ただただこの地で自分の安全安泰を目的とした備えの為に身を粉なにして働くしかないのである。


 報告に一通り目を通した俺は無感動に文面を呼んでたマシロとクロエに肩を竦めてみせつつ、精神安定の為にヒリューらの近況が書かれた一枚目の手紙を読みだすのだった。

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