第147話ハイハイまた仕事仕事

 翌日から俺は執務室にてお仕事再開していた。


 昨日はリヒトさんに簡単な報告と仕事依頼をしてすぐに別れ、風呂と簡単な食事をしてすぐさま眠りについた。


 夕方からずっと眠りっぱなしだったお陰で朝起きた時の寝起きは悪いものではなかった。なのですぐに仕事に取り掛かる気になったのだ。


 決して仕事中毒とかではない。


 と、思う、多分な。


 俺の確認や承認が必要な案件を手始めに処理していく。


 幾度か経験してるが、積もれば山となるものなので一か月半前後も不在となればそれなりに量が多くなるものだ。


 現在行ってる小改革や様々な事業は動いてる最中なので停滞してなければ概ね良し。元来からある業務全般も滞りなく行われていて一安心。


 しかし何事も順調だったわけでもないな。


 俺の不在とリヒトさんらの多忙の隙間を縫って小さな不正や不祥事というものが幾つか発生していた。


 それを発見出来たのも俺が報告書に目を通しておかしな点を見つけてそこを調査させたのもあるが、俺の早めの帰還も早期発覚の助けとなっていた。


 小悪党どもは俺が帰るギリギリまで阿漕な稼ぎを続けようとしてたからか、俺の帰還当日にさっさと証拠隠滅なり返還して素知らぬ顔するなりすればよかったものの、踏ん切りつかず右往左往な有様だったとか。


 捕まったのは十名。これもすぐさま捕まえた奴らであり、調査続けたらもう少し増える予定である。


 古今東西どんな名君賢君だろうと不正の根絶は出来なかった。どんな場所どんな時代どんな政治形態だろうと悪さする馬鹿は必ず居るものだ。


 一々目くじら立てる必要もないが、それを理由に無罪放免する愚かしい真似はしない。


 呆れながら俺は罪状確認して法務担当の役人らに処遇を指示していく。今回の件は軽い奴なら全額弁済と当面の謹慎。重い奴でも一、二年牢屋入りで済む。


 現代地球では出来ないが、この時代ぐらいだと権力者の一声ですぐさま執行出来るのが強いといえば強い。


 いや冤罪の可能性考えたら褒められたもんではないと承知してる。明々白々の罪人ぐらいにしか使わないよう自重してるつもりだ。法秩序や人道の観点からしたらそれもアウトだがな。


 今はそんな事を言い立てる奴が俺の傍に居ないので、俺は自分の仕事を効率よく片付ける方を優先させる。


 今日明日で溜まった案件片付けて、明後日ぐらいには通常業務メインに戻りたいものだな。


 なにせ後々にまた少し業務溜め込みそうな出来事が控えてるんだ。それまでは滞り解消に勤めないとな。


「帰ってからすぐ仕事とか真面目ねー。こうなると結果的に商都のカンヅメ状態がちゃんとした休暇になってるの笑えるー」


「くくく、遠き地へのワーカーの安息は近き定住の住処のホリックとのパラドクスを誘う」


「言い返せないのが微妙に腹立つなおい」


 最早定位置ともいうべきか、執務デスク前に置かれてる客用のソファーとテーブルを占拠しつつ、マシロとクロエは投げやり気味な笑みを浮かべて俺を揶揄ってくる。


 軽く舌打ちしつつも俺は目を通した書類にサインや意見を書き加える手を止めない。


 仕事は減るどころか増えている。他の役人連中やリヒトさんらのような官に属してない人らの手を借りてるにも関わらずだ。


 全てが今後への布石ともなると疎かには出来ない。


 そうして休憩を挟みつつ仕事をしてると、ターロンに伴われたモモと平成が執務室を訪ねてきた。


「リュガさんもう少し休んでもよくないですか?あんまりバリバリ働いてると過労で倒れますよ?」


「あぁそうだな過労死する前に引き籠りニートになれるよう応援してくれや。働いたら負けとか言っても怒られない世の中来るため頑張るわ」


「節令使殿、今の言い草は私でも投げやり気味というの分かるぞ……」


 長旅の余韻なぞ既に仕舞い込んで日常へと戻った俺の様子に二人は呆気にとられたのかそんな事を言ってきたが、俺はモモの指摘にそう返しつつ着席を促した。


 マシロとクロエが占拠してたソファーの一部に腰を下ろす二人を確認して俺は筆を止めて書類から顔を上げた。


「休んでる所呼び立ててすまないな。まだ数日は休暇扱いだからすぐにどうこうな話ではないが、それ明けた後二人に頼みたい事あってな」


「僕らにですか?」


「私達でないと駄目な役目なのか」


「そうだな。山岳部族らの件だから適任だろう」


 俺の言葉にモモは軽く目を瞠った。だがすぐさま腑に落ちたように「なるほどな」と呟く。


 平成も最初怪訝な顔していたがモモの反応を見てようやく思い当たったような表情を浮かべる。


 俺が二人に頼むのは、西方の山岳部族らとの折衝の補佐。


 少し時期がズレているが、ツアオ平原での戦いから一年経過してるので、区切りとして一回ぐらい戦勝記念の集まりはやっておくべきかと考えていた。


 あくまでついでではある。メインは交易所建設や今年の支援金の件の話し合いだ。


 年内には仮設でいいから交易所を拵えときたい。あと調査隊の第一陣ぐらいは派遣しときたいのもある。まだギリ余裕あるときにやっておかないと今後どうなるか分からないんでな。


 なので族長らと会って話なんぞして機嫌の一つもとっておきたいとこ。地元の事は地元民の協力は不可欠だ。


 あとはまぁ部族部隊の面々も秋には州都へ来て一年経過することだし、少し早いが故郷に顔見せるぐらいの機会はあってもよかろうとな。


 彼らには先行してもらって橋渡しの役目をしてもらう予定だ。


 それに同行するのは商業関係に携わる役人数名と、募集かけた商人の中で問題なさそうなのを試しに何名か。今回はまだ全て仮段階だ。


 で、俺も幾日か後に向かう予定だ。


 単に話し合いなら現場レベルで詰めていき、何かあったときに俺が監査や是正をするでもいいんだが、一周年目の一回ぐらいは最高責任者が顔出しといたほうが良いと判断したわけよ。


 相手の面子も立てられるし、去年の秋に少し耳にしてる追加参加の部族らとも顔合わせも支援金増額絡んでくるからやっておくべき案件だからな。


 何事も最初が肝心ということだな。





 モモと平成に頼みごとをして数日経過した。


 ありふれた言い方になるが、商都行ってたのが嘘のようにあっという間に日常に戻ったような気がする。


 ダラダラ過ごすド畜生二人を前にしつつ黙々と事務仕事をして終える一日。


 たまに気分転換に州都庁の庭を散歩なぞするが、街に出歩く程でもなく。なにせ街の様子は日々報告書届けられてるから概ね把握出来るしな。


 大きな事件どころか俺が介入するレベルの騒ぎも持ち込まれることなく、至って平穏な数日を過ごしていた。


 ただまぁそろそろ動くべきだし動きがあるだろうからな。モモ達も休暇を終える時期だし。


 ようやく不在中に溜まっていた俺の確認や承認必要な案件は全て片付けられた。通常業務に移行出来たので一息吐ける余裕も生じる。


 仕事の合間で俺は資料をアレコレ取り出してはメモしていく。ある程度溜まったらそれを眺めてしばし思案。


 州内限定にしても秋にはまた武芸大会開く予定もあるので、今の内から手を付けられる事は手を付けてた方がいいからな。


 そんなセルフ忙しない行為をやっていると、役人の一人が入室してきた。


「失礼致します。ギルドマスターが来られておりますが如何いたしましょうか?」


「そうか来たか。応接室へ案内しておけ。私もすぐに向かう。それと、州都庁内外警備してる私の兵らに召集もかけておくように」


「畏まりました。ただちに」


 そう言って対応の為に足早に去っていった相手を見送りつつ、俺は席を立って大きく伸びをするのであった。





 来訪を告げられてから十数分後、俺はマシロとクロエを引き連れて応接室へ足を踏み入れた。


「これはレーワン伯、お久しぶりでございます。まずは無事の帰還祝いしますわ」


「色々あられたようですがお疲れ様でした。あぁいや、既に幾日も経過しててこの言葉もおかしいですかね」


「いや構わない。二人の労いの言葉感謝して受け取らせてもらおう」


 ヒュプシュさんだけでなく、副マスターであり夫であるローザ男爵も一緒とは少し驚いた。こういう席だと基本どちらかはギルドに残留してるからな。


 それだけ今回の件に関して気になって仕方がないという現れかなこれ。


 挨拶してきた夫妻に改めての着席を促し、俺も向いの席に座る。マシロとクロエは面倒そうな顔しつつ俺の背後に立った。


 いつも通りの位置についたとこで、まず俺はヒュプシュさんらの話を伺う事に。


 彼女らが帰宅したのは昨日の夕方頃。


 恒例の親族交えた家族旅行も終えて夏のイベント済ませられたと安堵しきって帰宅すると、留守を任していた使用人らから俺が既に帰還してた話を聞いて仰天。


 すぐさま確認の為にローザ男爵は家の者をギルドや近所に派遣して情報集め、ヒュプシュさんは旅装姿のままでリヒトさんの家へと赴いたそうな。


 そこで夫妻は俺の帰還が確かなのと、その原因を知る事となり、こうして今に至る。


「本当ならその日の内にお伺いしたかったのですが」


「流石に帰ってきた姿のままで節令使様へ訪問するのも如何なものかと思い留まらせました。確認終えた時には夜も更けてましたし」


 数日前に予想したとおり、嬉しさと悔しさの混ざった複雑そうな表情浮かべるヒュプシュさん。そして彼女の無念そうな発言を苦笑気味にそう補足するローザ男爵。


 そうだね。幾ら俺が元現代地球人である程度夜更けでも起きてられなくもないからって業務時間外は勘弁だな。


 男爵の宥めに内心感謝しつつ、俺は「なるほど」と言葉短く呟いて頷き返す。


 ヒュプシュさん側の事情を聴いたので今度は俺の方も語りだす。


 とは言うけど内容はリヒトさんやヴェークさんに語ったのと同じだ。こればかりは地元貴族組が各々他所へ出向いてたのだから仕方がないので、同じことを何度も言う事への文句は飲み込む。


 リアクションも先日の二人と同じだった。


 やや違うのは、ヒュプシュさんが扇子で口元を隠しつつも不快感隠しきれず奥歯を鳴らすのが聞こえてきた事か。まぁそりゃギルド関係者からしたらワルダク侯爵の件は怒るよな。


 俺の生温い視線に気づいたヒュプシュさんが咳払いしつつ「これはとんだ無作法を」と頭を下げてきたが、気持ちはよく分かるので鷹揚に不問に付すと告げて終わらせる。


「全てを満たし果たすには及ばなかったとはいえ、最低限やるべきことはやれてきたのだ。そう前向きに考えよう」


「そうですわね。私も伯を見習って気を落ち着かせたく思いますわ」 


「うむ。成果はあったのだからその話をしていくべきだな」


 俺はそう言って双頭竜解体で得た素材の件を切り出した。


 ヒュプシュさんが事前に要望に出してた分は既にこちらにあり、今はマシロとクロエのバイクのアイテムボックスにて収納中。


 それ以外の魔物に関しては解体中なので後日船便で届く予定であるが、メインは双頭竜の素材なので大した問題ではないだろう。


 素材の件に男爵夫妻はやや緊張した面持ちとなる。


 ギルドからしたら素材を買い取り、それらを売り払うまでは気が抜けないのだから当然か。ほぼ初めて尽くしの事で落ち着かないのも付加もしてるだろうし。


「本日帰る際にお渡ししよう。ギルドまでの輸送と護衛はこちらで引き受けるので、ギルド側は後日代金支払いをしっかり頼むぞ」


「畏まりました。伯や商都のギルドに入手融通してもらい感謝致します」


「代金も明日にでもそちらにお持ち致しますのでその際は立ち合いよろしくお願い致します」


 深々と頭を下げる夫妻に俺は頷きつつも、また一つやるべきことを済ませられそうで軽い安堵感を覚える。


 商都に置いてきた大量の素材やその支払代金のやりとりなど、まだまだ大金の動くお仕事は終わる気配がないが、渡した以上はひたすら待ちだからな俺らは。


 気にしてたらキリもないのでひとまずコレを区切りと割り切りたいもんだ。


 書類必要な事は明日の支払い時にやるので、この話はひとまずこれで終わり、後は軽く雑談の一つ二つして解散となる。


 互いに旅行の話を軽く交し合い、さてそろそろ切り上げようかというとこで、ヒュプシュさんが何か思い出したのか小さく声を上げる。


「そういえば、伯は近日中に西部方面に赴かれると伺っておりますが」


「あぁそうだ。戻ってきて日も浅いが部族側との話し合いをな。そろそろあちらの開発も進めたいと考えてるから地ならし程度のことはしときたいものだ」


 生真面目にそう答えると、夫妻は微苦笑を浮かべる。


 去年も似たようなリアクションされたものだが、歴代の節令使と比べたらさぞ働き過ぎてる風に見えるのだろう。


「ヴァイトを治めるお立場とはいえ御多忙でございますな。病弱な私が言うのもなんですが、無理なさらずお体労わりくださいませ」


「夫の言う通りですわ。話を伺うと商都で充分休まれてたようですけど、御身はこの地にとって必要不可欠。無茶は禁物です」


「忠告として受け止めよう。私も過労で倒れたくはない。一日も早く州都庁の執務室に居て当たり前のように振舞いたいものだ」


 割と本気混じりの声音で俺は重々しく答えたものだった。


 自由に権力行使してアレコレ動かせる代償とも言えなくもないが、とにかく信用に値する人材に乏しいのが現在のヴァイト州節令使府の欠点。


 軍事はまだいい、政治も民生とかそういう辺りは今のシステム大きく変えない限りは今の人材で回せる。将来的にはどちらも充実させなきゃというのはあるにしてもだ。


 外交とか改革に関してはほぼワンマンなのがねぇ。早いとこ最低限の仕事任せられるような人材確保したいとこだよ。


 今年だけだと自らに言い聞かせて今年の夏の最後の大仕事を迎える俺であった。

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