第146話粛々と日常へ戻りまして

 昨日は到着早々に他州の避難民からの嘆願を聞き届けて対策を講じた。


 とは言うものの当面は建設現場で働いて貰いつつ衣食住賄うぐらいだ。難民対策は一応案あるが、とにかくまず帰還してからだ俺が。


 身の安全含めて保護を約束した後、俺らは早々と休息をとり翌日は朝も早くから出発した。


 ヴェークさんとは必要最低限の話を互いに交わしたので当面は大丈夫だろう。他の話や詳細は早めに家族なり使者なりに続報を知らせればいい。


 くどいようだが回廊抜けるのにはいささか時間がかかる。徒歩や走らせてない状態の馬ではな。


 加えて二十四時間三百六十五日砂埃舞ってるような環境故に、平坦で何も障害無い道を普通に歩くよりも時間を食う。


 自分の統治する場所とはいえ、恐らく永遠に慣れる事もないだろう難儀な道を黙々と移動していき、ようやく抜けてヴァイト州側の関所へ辿り着いた時には俺も安堵の溜息自然と漏れるものよ。


 昨日の時点で既に知らせを受けてた警護の兵士らに出迎えられた俺らであるが、小休止してすぐさま移動を再開させる。


 ここまで来たらもうひと踏ん張りして帰りつきたい気分がそうさせてるかもしれん。


 とまぁそんなこんなで二日後の昼過ぎには我が州都が肉眼で見える範囲まで到達していた。





 一月や二月を長いと感じるか否かによって変動あるだろうが、久方ぶりの帰還という言葉が頭に浮かぶと、些か感慨が湧いて出なくもないな。


 あれよあれよと正門を潜ると、俺達を待っていたのか少なからずの州都民の人々が小さな歓声を上げて出迎えてくれた。


 知らせは既にヴェークさんに頼んで送ってはいたので周知の事実であろうが、それにしても待っててくれたのは驚きだな。


 まだ赴任して一年ちょいの奴に対して過分だなとは思う。たかが一か月半不在なだけだろうに。


 しかし此れまでの恩恵とこれからの期待を込めたものであるなら悪い気はしないな。自分のやってきた事の成果の一端垣間見れたのだから。


 住民らの素朴さと、そこから導き出される俺への信用と期待を実感して自然と片頬が緩む。


 あぁ帰ってきたんだな俺の統治すべき、守るべき場所へと。


「自分より偉い奴いないしー、自分に掣肘加えるような存在も皆無だしで安堵が露骨すぎないー?好き勝手出来る環境喜びすぎーな、お山の大将気質ダサいわぁー」


「くくく、内弁慶気質の閉ざされしサラリーの哀愁マインド」


「……否定はせんが気分台無しにするような発言やめろやド畜生ども」


 流石に惰眠貪るのやめて荷車に乗せてるバイクに腰かけてたマシロとクロエのドライな言い草に、俺は緩みかけた頬を引きつらせて横目で睨むのであった。


 そんなほのぼのとしたやり取りしつつ、俺達は住民の歓呼の声に応えつつ州都庁前まで辿り着き、そこで兵士と文官らに解散を告げる。


 彼らには三日間の休暇及び後日出張手当を上乗せした給与支払いを告げ、と同時に休暇終え次第所属先へ復帰して通常業務に戻るようにも通達。


 長旅に付き合った見返りを改めて約束された彼らは土産を抱えつつ意気揚々と家路へ戻っていく。


 モモと平成にも同じような事を告げてひとまず宿舎に帰らせた。


 モモの方はあまり疲れを見せてなかったが、平成の方が露骨に休息を欲する顔してたのでな。これからまた用があるから休めるときに休んでもらいたい。


 でまぁ残ったのは俺、マシロとクロエ、そしてターロン及び私兵部隊など、州都庁とその庭先に住居構えてる面子だ。


 マシロとクロエは俺の確認とることなくさっさと自分らの家に戻っていってた。


 なので俺は私兵部隊の面々に労いの言葉をかけて解散した後は、ターロン一人伴って都庁内へと入っていく。


「明日から復帰するので用件は全て明日まで待て。今日は引き続き私が不在のつもりで行うように」


 俺の姿を見た役人らが驚きつつ駆け寄ろうとするのをそう言って制しつつ、階段を上って自室のあるフロアへ向かう。


 自室前まで来て、ここでようやくターロンとも別れる事に。


「荷物降ろして少し休んだら護衛に戻りますよ坊ちゃん」


「いや今日からしばらくお前も気にせず休め。俺も風呂入ったらもう休むわ流石に」


「ではお言葉に甘えて。と、言いたいとこですが、風呂入る前にどうせ一仕事やるのでしょう?マシロ嬢とクロエ嬢は当面お寛ぎになるでしょうし。代わりの護衛ぐらいせんと駄目でしょう」


「やっぱりそう思うか」


「まぁ相手が来ないなら来ないでよろしいかと。でも最低限やるべき事でしょうからね相手としても坊ちゃんとしても」


「あーそうだな、ならすまないが頼む」


「はい。では一旦失礼」


 残留してた私兵部隊の面子にドア前の警護を命じてターロンは疲れを感じさせない足取りで俺の前から立ち去っていく。


 それを見届けた俺は護衛係に見送られつつ自室へ入った。


 仕方がないとはいえ、暑い盛りに部屋閉め切ってるので籠った熱が全身を撫でてくる。


 外の暑さとはまた別の熱に顔を顰めつつ俺はいそいそと窓を開けた。


 暑いとはいえ風が吹いてるだけまだマシな上、部屋との温度差もあって涼風が流れ込んでくる感覚が心地良い。


 従者が顔や首筋拭く為の水とタオル持ち込むまでの僅かな時間、俺は荷物を下ろして大きな溜息吐きつつ椅子に腰かける。


 去年も似たような感じだったな。まぁ長期間遠出した後のリアクションなぞに一々個性的なの出すのもおかしな話か。


 しばし放心してると、従者が遠慮がちにドアをノックしてきたので席から立ち上がって心なしか背筋を伸ばした。


 井戸から汲まれた冷たい水が満たされた小桶とタオル代わりの布地数枚をを受け取り、俺は従者を下がらせて顔や首筋など届く範囲の汗や汚れを拭っていく。


 黙々と作業を続けていき、渡された布全てを使い切ったと同時にタイミングよく再びドアが叩かれた。


 誰何の声をかけると、部屋前で護衛をしてた私兵部隊の者の声が返ってくる。


「ご休息の所申し訳ありません。今、受付担当の者がこられまして、ロート子爵が来訪されたとの事です」


「そうか。分かった、子爵を応接室へご案内しろ。私もすぐ向かう」


 予想通り、休む前の一仕事案件やってきましたよっと。


 正直まだ日が高いけど風呂入って寝たいとこだが、あちらも予定より早い帰還に気が気でないだろうからな。挨拶がてら軽く報告するのも礼儀というやつだ。


 などと考えつつ身支度を整える。


 とは言うが精々外してた首元のボタンを付けなおして襟を正す程度ではあるが。





 同じように旅装を解いて衣服を整えたぐらいの恰好をしたターロンを傍に控えさせて応接室へ入ると、リヒトさんが席から立ち上がって恭しく頭を下げてきた。


「お疲れの所申し訳ありませんでした。まずは無事の帰還を祝いたいと駆けつけた次第でございます」


「謝辞受け取らせてもらおう。卿も多忙であろうにわざわざ急ぎ駆けつけてもらってすまないな」


「いえ、昨日急報受け取りましたので本日は自宅で待機しておりました。とはいえ今日のところは挨拶のみということで詳細は後日」


「あぁそれで頼む。とりあえず卿には少し話しておかないといけないだろうからな」


 そう言って俺とリヒトさんはソファーに腰かけた。ターロンはリヒトさんに軽く目礼して俺の背後へ立つ。


 リヒトさんも見慣れた相手とはいえ、いつもならマシロとクロエが居る位置に立つ巨漢の男に小首を傾げた。


「いつものお二人はおられませんな?」


「……帰って早々に自宅の風呂にて汗と旅塵を流してる最中でしてな。当面は己の寛ぎを優先してるのだ」


「なるほどこれは失礼を」


「いや構わない。こちらも問うが、本日は卿のみの来訪になるのか?」


「はい。他の者は州都の外へ出払っております」


 リヒトさんがそう言って他の面子の現況を語ってくれた。


 ヴェークさんは俺も会ったので分かるが回廊にて要塞建設中。


 ヴァイゼさんは漁業関係の仕事の為にメイリデ・ポルトの港町へ戻り中。


 ザオバーさんは夏場に収穫される農産物の視察の為にヴァイト州東部を巡回中。


 今回の件でリヒトさんと共に駆けつけてくると思ってたヒュプシュさんは夫や子供含む親族らと旅行中だとか。


「ローザ男爵らはどこに行ってるので?」


「州都から少し離れた所に小さい湖がありまして」


 此処から徒歩で半日ぐらいの距離にあり、なんでもその付近にある村にローザ家所有の別荘があるので、毎年夏は家族総出で避暑に赴いてるというのだ。


 去年居たのはクラーケンの事で夫妻が家族サービスより仕事優先しただけであり、本当にたまたまだっただけ。


 俺が当面帰ってこないと見越して恒例の家族旅行繰り出したものの、俺が御覧のとおり早めに帰還してしまったので再会叶わず。


 予定なら数日後には戻ってくるらしい。急ぎの話も無い上に俺の休養も考慮したリヒトさんは急報持ち込むの止めたという。


「それとも今からでも早馬飛ばした方がよろしいでしょうか?」


「いや卿の判断は正しい。家族との大事なひと時を奪う無粋な真似はしない方がよかろう」


 分別の利いた顔して俺はリヒトさんの判断を是とした。


 ただ、それはそれで後日ヒュプシュさんが露骨に複雑な心境浮かべた顔しそうなのは容易に想像がつくがな。ある意味州一で続報知りたがってる人だし。


「それで、この流れでお伺い致しますが、商都で何があったのですか?」


 若干不安そうな表情浮かべつつリヒトさんは本題を切り出す。


 俺も別に勿体ぶる理由もないので、数日前にヴェークさんに語った事とほぼ同じ内容をリヒトさんに語った。


 しばし後、語り終えた俺はヴェークさんと同じようになんとも言えない顔をしたリヒトさんを直視することとなった。


「……目的の殆どは果たせてるから結果としては良いのでしょうが、いやしかしこれは」


「欲を張りすぎてもよくないのだろう。と、思わないとやってられない気分ではあるな」


 高位の貴族の愚行とそれによって生じた波紋に、リヒトさんはコメントに迷っており、俺も苦笑気味にその気持ちに同意示すしかなかった。


「当面商都もだが王都も荒れるだろうな。具体的に言えば王宮に住まう貴族らがだが」


「そのようですね。こんなご時世にあまりよろしい感じではないですな」


 困ったものだと言わんばかりに軽い溜息を吐くリヒトさん。


 俺も概ね同意なので軽く頷いて応じつつ、もう少し話を続ける事にした。


「中央の問題も気がかりだが、我らは当地の事に集中しよう。まず子爵に至急手配してもらいたい件がある」


 俺はそう言って要塞建設現場にて遭遇した避難民らの話を語った。


 彼らの窮状と共に、俺は引き籠り計画の中にある事業の一つを打ち明ける事にする。


 それは難民らだけで新たな町を建設するというもの。


 既存の町や村にて受け入れるとどうしても新旧住民の軋轢が生まれてしまう。しかも今後の国の荒れ具合では難民は増えていき懸念も増大待ったなし。


 ならば受け入れ先になる町を事前に作ってそこに入れていけばいいのだ。と、俺は思った。


 ここでヴァイト州がまだ開拓出来そうな余地が大いにあるある辺境地というのが生きてくる。


 金も食料も物も全部出してやるから彼らを体のいい開拓団として送り出して人間様の土地を広げさせていく。


 候補地としては第三県トロ―・ワジエム。ヴァイト州側回廊出入り口含む一帯である。


 そこの大山脈沿い、更に付け加えると西北部に一つ二つ町を作り、そこに村や農地も作り上げていきたいとこだな。


 無論当面は護衛の兵士も統治に必要な役人も派遣させるが、町が出来上がりそこから更に十年ぐらい経過したら全て地元から出させて整えさせる。


 絶対あり得ない、少なくとも今の文明水準では不可能だろうが、大山脈を踏破してそこから下って攻め入られる可能性考えて兵を配置して備えておきたい。


 彼らは開拓民であると同時に屯田兵の役割も担う事になるのだ。後者は自分でも神経質と思うぐらいなのでそこまで強調はしないでおくが。


 東と南は当面農業と漁業及び交易の地として機能してくれるだけでいい。北部というか、州都と関所の間は今後発展させていくつもりだからそれもいい。


 しかし西部が意外にまだ手が加えられてないし俺も手を加える余裕はあまり無い。


 人も物も金も有限。ならばどうせ抱え込んで食わせる羽目になるなら活用していくべきであろう。


 今回逃げ込んで来た人やこの前後で他所からやってきた人らに意思を確認して、やる気があるなら第一陣として村を開拓してもらう。


 その村を核としてそこから町へと発展させていく流れであるが、発展スピードは今後の難民の増加次第。


 この辺りは増えて欲しいようなそうであって欲しくないような矛盾した気持ちを抱えてしまうな国の役人的には。


 リヒトさんらにはこの事業における資材や当面の衣食住の手配を引き受けて欲しい。


 節令使の俺が主導して行わないのは、その余裕が左程ないのもあるが、あくまで地元の有志が善意で行い俺はそれを承認して助力してるという体裁を採りたいからだ。


 幾ら理由あって逃げてきたとはいえ、逃げられた側からしたら知った事ではないし、逃げ込んだ先相手に「盗るんじゃねぇ!」とクレーム来る筈。


 こちらもこちらで知った事ではないので黙殺したいのだが、拗れた挙句に王都に訴えられてもしたら面倒だ。


 場合によっては難民抱え込んで何かするのでは?と叛意疑われてしまう。変に注目集めて俺の引き籠り計画を悟られるような危険はなるべく避けたい。


 民間主導なら精々「自分のとこの奴の勝手を放置するな」ぐらいしか言えない。例え見え透いてても体裁固めてれば口を塞げる率高くなるものだからな。


 ただまぁあれだ。単なる杞憂で終わる算段のが大きいがな。


 そもそも今の他州の連中は果たしてどれぐらいの熱意をもって自分とこ所属の人民繋ぎとめようとするかだ。


 わざわざ他所の州に抗議入れたり王都に訴え出る程ならそもそも逃げ出さないように手を打つ筈だ。しないという事は、アイツラにとっては些事なのだろう今の所は。


 些事でなくなった時にはどんなヤバイ状況になってることか。そん時になって返せと言われても知らんがなとしか言いようがないな。


 まだまだご時世を楽観して人様舐めてかかってる連中を尻目に、俺は仕事や身の安全の為の準備に勤しむ日常へと戻っていくのであった。

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