第138話思わぬ誤算で予定ずれるのでござる

 それから二日経過した。


 現在の俺は提供されてる宿の一室にて椅子に深く座り暇そうに欠伸をしてる。


 ここしばらくの騒ぎが嘘のように平穏ではあるのだが、遠路遥々やってきておいてほぼ宿で引きこもる羽目なの如何なもんなの?


 しかしこれには訳もある。


 予定ならば滞在中は商都見物に勤しむつもりだった。なにせ立場やご時世的に次いつ来れるか分からないんだしな。名も売るし直に色々見聞したかった。


 だがワルダク侯爵の一件が地味に尾を引いておりちょっとした予定狂わせを生じさせた。


 州都外に蠢く賊は州都に来る前に殲滅され、州都内で暴れてた賊も居たとはいえ被害は全体で見れば限定的。その日のうちに日常はほぼ回復してしまったともいえる。


 だがそれは大体の一般人にとっての話。それ以外にとってはある意味でまだ終わりなわけではない。


 街中は現在殺気立った兵士と法務担当の役人らがあちらこちらを徘徊中。


 一部の庶民らも街を荒らされた怒りもあってそれに協力しており、商都の名を関してる割にはバイオレンスな方向でピリピリした空気である。


 二日前に州都庁内にて勝手に追い詰められて暴発した腐れ役人どもが原因だ。


 侯爵とはいえ一貴族の賄賂に屈してた。しかも割と根深いものがある。などと不祥事出てきてそれはもう大騒ぎになる。


 結果良ければ全て良しで良い気分にてその日終わらそうとしていたマルシャン侯は甚だ気分を害したのか、その日の内に節令使府及び駐留軍の綱紀粛正へ乗り出した。


 同時に残党狩りを行う事や住民に情報提供や捕縛を呼び掛ける布告分を書き上げて州都中に貼りだしていった。


 当然やらなきゃいけない事であったとはいえ、その日の内に同じ建物内でワルダク侯奪還未遂と俺への襲撃未遂起こされては、節令使として面子が潰れるレベルの失態であるからして怒りもするだろう。


 正式に裁くのは証拠品抑えてからとはいえ、とりあえずは事件前後で挙動怪しい奴やここ最近妙に金回りの良かった奴などを片っ端から捕まえて尋問するという。


 但し抵抗するならクロと見なしてその場で処断も許すという命も下されており、普段から考えられない厳格ぶりに上も下も慌てふためきつつ動いてる。


 現代地球じゃ独裁国家でなきゃ出来ない雑加減だがこれぐらい力技でもしないと駄目なのも分かる。


 俺も去年似たような事してるからねぇ。俺はまず証拠抑えてる奴から処分したという違いあれども。


 こういう組織内の不正や腐敗に対しては時に乱暴なぐらいでちょうどいいかもしれんね。まぁケースバイケースなのは当然で。


 ついでみたいな扱いになってるけど賊の残党も確かに居るだろうな。ワルダク侯がこの辺りの悪人悪党大集合させてるのなら、幾らかは州都内に入り込んでる筈だし。


 マシロが目についた賊は確実に殺してるとはいえ目についてないのまではどれだけ居たのか不明なわけで。


 話によれば翌日からは街のあちこちで怒声や刃物の響きあう音が時折聞こえてきたという。


 そんなわけでだ、被害者ポジとはいえこの件に深く関わってる俺達ヴァイト側は迂闊に街に出れなくなった。


 不正暴かれて追われる羽目になった腐れ役人や兵士、フルボッコにされた残党らが逆恨みで襲撃かけてくる可能性もあるからな。


 特に俺なんか実際問題刺されかけたからね。


 それもあってマルシャン侯に「本当に申し訳ないが卿はしばらく宿で大人しくしてて欲しい。卿の部下達も同様にだ」と真顔ガチトーンで言われてしまった。


 当地の節令使府からしたら、未遂だけでも駄目なのに再度襲撃されて万が一節令使が負傷したり殺害されたら大問題に発展もするので気持ちは分かる。


 非主流で疎まれ気味とはいえ俺って伯爵で節令使だからなぁ。揉み消し不可能な政治問題になるな常識的に考えて。


 分かるけど、これじゃあワルダク侯一家居た時と変わらないよな。


 排除しても出歩けないとかホントあのテンプレ糞貴族一家ロクでもねぇ。あんな異世界転生物あるあるみてーなのなんか二度とゴメンだぞ。


 いやフリでもフラグでもないよ?外はどうしようもないにしてもヴァイトの中では御免被るぞそんな馬鹿。


 何もやることなくそんな悪態吐きながら飲み食いしてゴロゴロしてるしかないとか、旅行に来てるのに外に出ず旅館で瓶ビール片手にTV観てるオッサンか俺は。


 随行してきた兵士や役人は外出禁止延長に落胆の色を隠しきれずにいて申し訳なく思う。


 一生に一度あるかないかの他州旅行なのに宿にほぼカンヅメはあんまり過ぎだ。これは後日詫びにお給金に色付けてやらんといかんわ。


 ターロンとモモは気にした風もなく、襲撃の可能性にさもありなんという顔で庭で黙々と鍛錬。


 平成は「なんでリゾート地でヴァイトでも目にしないようなグロ光景を何回も見せられるんですか僕」と呻き混じりに抗議しつつ寝込んでる。


 マシロとクロエはまったく気にもせずに部屋で惰眠を貪り、たまに俺をおちょくりに来てついでにダラダラ遊んで余暇を過ごしてた。


 のんびり過ごすの嫌いではないとはいえ遠路遥々着てこのザマとはな。


 腐れ役人洗い出しと残党狩りがいつまで続くか分からんからな。迅速とはいっても現代地球の統治や治安システムと比較したらスローペースなの目に見えて分かるクオリティ。


 一日二日で終わるわけでもないだろうし、残りの滞在期間ほぼ宿で過ごすのも覚悟せにゃならんかこれ。


 不幸中の幸いというと、出向いてやるべきことは概ね済ませていた事だな。もしこちらから出向く案件あったらさぞ物々しい扱いになってそうだ。


 もう一つは俺らが外出制限設けられてるだけで相手からの訪問は特に制限されてないことか。


 それが良くもあり悪くもあるんだがな。


 まず悪い部分を言うとだ、個人商談希望の商人や寄進希望の宗教家が訪問してきだした。


 双頭竜解体告知も公式で出された上に今回の騒ぎで名を売ったのもあって金の匂いをビンビンに感じたのだろう。


 機を見るのは悪い事ではないが一々相手したくもないよ俺。


 双頭竜はじめとする魔物の素材売買はギルド通してくれ。或いはせめてフォクス・ルナール商会辺りの紹介状持参してきてくれないと駄目だろ。飛び込みアポなしでイケるとなんで思えるか不思議だ。


 寄付関係も俺は特定の宗教贔屓しないしそもそも宗教なぞ近寄りたくないなタイプだから論外だ。


 つーか、商都内に大小どれだけ宗教団体あると思ってるんだよ。一つにやったら「なんでウチにはしてくれないんだ」と苦情きて結局全部やらなくちゃいかんだろう。


 言っちゃ悪いが訪問販売のセールスマンか新興宗教の勧誘で家の戸口叩かれたの思い出して面倒な気分。


 転生して貴族の身分になっても相手に対する苦々しさは共通するもんだな意外と。


 今のところ来た奴は例外なく門前払いにしてる。外に居るターロンらが丁重に叩き出してるからいいものの当面続くとなるとウンザリするな。


 逆に良いとこは、悪いとことやや被る。


 黙って座ってればあちこちから人がやってきて情報得られるというとこだ。節令使府の動きもあちらから使者やってきて伝えてきてくれたのだから。


 これもだだヴァイトに居るときなら楽で助かるんだが、わざわざレーヴェにやってきて出歩く事出来ない現状だと複雑な気分にさせられる。


 折角来たんだからついでに見物でもしたいんだよ俺は。





 そんな立場な俺であるが通すことを許可した客相手には背筋を正して応対する。


 暇しつつボヤき倒してた翌日。もしくは事件から三日経過したとある日。


 フォクス・ルナール商会の双子当主とその親父さんが俺の宿を訪問してきたのだ。


 老傭兵リッチが指揮する五、六十名近くの護衛を引き連れた物々しいものであるが、現在のやや殺伐とした治安具合考慮すると大手商人一家はこの程度の護衛連れないと気軽に外歩けないという。


「なにせあの侯爵一家の賄賂攻勢が官のみでなく商人の間にも手が伸びてる可能性が高いものですからね。組合の方がこの件で少しばかり紛糾しておりまして」


 苦笑浮かべつつラーフさんは護衛の数事情を説明してくれた。


 役人や軍隊もそうだが、商人だって数が多ければあくどいことするモラルも常識もあったもんじゃない馬鹿は存在する。


 稼ぐことを至上とする拝金主義者なら犯罪者と結託する行いも平然とやる。となれば犯罪者よりも身元確かな金持ちに金貨積まれたら飛びつくのは自明の理。


 どうもワルダク侯爵の依頼を受けて商品の横流しや法に触れる恐れのある品々のお世話などしていた不届き者が露見したという。


 切っ掛けは海賊船の轟沈及び鹵獲。


 それによってかなり細々とだがこの辺りを縄張りにしてた海賊が一網打尽にされたのだ。で、その際に押収した書類や物資から地元商人の結託が明らかとなった。


 まだ決定的な証拠は調査中とはいえ流れとしてワルダク侯との繋がりもあると判明。


 血相変えた節令使府から即日取り調べと捕縛の命令を受けた商人組合は仰天しつつも役人らのキレ具合に慄いて行動開始。


 今、商人達も上はフォクス・ルナール商会のような大手老舗から下は個人業の零細商人まで取り調べしたりされたりしてるような有様であるとか。


 そんな最中にこうしてトップ3揃って訪問とは豪胆なのか余程自分らの潔白に自信あるのか。


「しかしそちらもですか。いや上も対象になることで下に示しつけようという意図かもしれないが」


「それもありますが、実際の所抱えてる人数多ければその分愚か者の出る事も多いですからな。当商会もかなり楽観視したとしても下っ端の数人は捕縛されるの確実でしょう」


 意外に思った俺のつぶやきに対してアーベントイアーさんは当然のように迷いなくそう答えた。


 今日は個人商店の老商人ではなく商会の先代として顔を出してるらしい。双子当主も困ったような笑みを浮かべつつもアーベントイアーさんの返答に口を挟まなかった。


「下っ端とはいえ罪人と結託してた事実は商会にとってあまり愉快ではないでしょうな。心中お察しする」


「組織や集団というものは例えば百居るとすれば必ず一や二はそういう類の者が居るの前提で考えて動くべきですなぁ。上としてはこんな事に対していかにして動じず通常通り振舞えるか試されるとこ」


「私も自戒の言葉として先代殿のお言葉心して受けたいと思う」


「なぁに私も子供らもそうですよ。そう心してても此度の事のようなのは遭遇したくないものですな」


 相変わらず年の割にはハリのある陽気な笑い声をあげつつアーベントイアーさんはそう締めくくった。


 本題はどうやらコレではないらしいのは分かってる。この程度ならわざわざ来るまでもなく使者寄こせばいいだけだ。


「それで今日のご用件は?」


「誼を深めておこうと思って来ただけですぞ。次こうして会えるか分からぬから世間話の一つするかしないかで印象変わるものですし」


「はぁまぁそれはそうだが」


「ついでにとなると、まずこちらを読んで頂いた後にお話しを」


 アーベントイアーさんがそう言うと、リールさんが数枚の書類を俺に差し出してきた。


 受け取り目を通す。


 素早く目を通したがあまり嬉しくもない内容に思わず二度見してしまい、終わった後はしばし小さな溜息を吐いて沈黙してしまう。


 これが本題だろ。ついでにお出しする物じゃないからな?


 左右背後に居る面々が興味深そうに俺を見てるのに気づき、自失から辛うじて這い上がった俺は皆に肩を竦めて見せた。


「商都見物ロクに出来ずに帰ることになりそうだ」


 書類内容は商会が此処に来る直前まで集めた官民双方からの情報であった。


 予感はしてだが思った以上に賄賂がバラまかれてたらしい。ホントこういう悪事に関しては頭も行動力も働いてたんだな連中共。


 ギルドや商人など民間方面にも法の手を伸ばすと数日で片がつくような案件にならなくなった。


 更に悪人大集合に間に合わなかった州内外の犯罪者が壊滅の事を知らずに複数の経路から商都に向かいつつあるというのだ。


 あからさまに怪しい奴や犯罪してそうな姿の奴は検問で止めれるが、一見したら賊と分からないような奴までは止められない。入り込まれた後に悪さされたらそれを追うのも一苦労だろう。


 これらによって節令使府は多くの人手を費やす羽目になる流れらしい。


 区域内で兵士の補助みたいな活動をしてた幾つかの自警団に一時的に治安維持活動の権限委託をして補強する予定で話が進んでる。


 駐留軍も不正働いてた兵士を捕縛や処罰して些か密度が薄まる状態となるので、都内での活動を少し自粛するのも人手不足に拍車をかけた。


 民の方でも誰それが手を貸したとか、誰が繋がりがあったとかの犯人捜しがやや過熱傾向にあるらしく、人によっては商売に支障出かねない事態になってるとか。


 結果として商都全体の綱紀見直し求められる事態になりかねない。


 こんな最中で節令使府や駐留軍や海軍の施設見学なぞ頼めないし、街の見物なぞ街そのものが些か余裕ない状態みたとこで得るものは多くあるまい。


 残念だが予定を繰り上げて帰還を速めた方が良さそうとなった。無理に予定日数消化の為に居座ってたら何かに巻き込まれかねん。


 俺の表情を探りつつアーベントイアーさんが口を開いた。


「ギルドマスターらから言伝頼まれておりまして」


「ギルド側はなんと?」


「解体は引き続き進めていきますし、他の魔物も含めて逐一活動報告知らせに参るとの事。査定や支払いに関しては三ギルド責任持って行いますので、間に合わない場合ご容赦頂きたいと謝っておりましたな」


「いや状況が状況なのでそれは構わないんだが……」


 まさか最低限やる事やって帰る羽目になるとは無念だわ流石に。


 しかも被害者側とはいえ俺の方の反撃も一石投じた形になってるから怒るに怒れないとこも。


「よろしければ当商会が情報やヴァイトの者らへの土産になりそうな品を調達してこちらにお運び致しますよ。ギルドの方も用向きあれば人を派遣してくれるとの事ですし、遠慮なく申し出てください」


「節令使様のご無念ご尤もですわ。せめて友誼の証としてこちらで出来うる限りの助けをさせて頂き等ございます」


 俺が渋々ながら現状を受け入れてるようだと判断した双子当主が同情気味な表情しつつそう申し出てくる。


「……ありがたく頼らせてもらおう。一切を任せるので遺漏なく頼むぞ」


「畏まりました」


「お任せくださいませ」


 表情を引き締めて深々と頭を下げる双子当主と、その横で息子娘のやりとりを教育者よろしくつぶさに見てるアーベントイアーさんを交互に見つつ俺は内心苦笑を浮かべる。


 うん、ここぞとばかり自分ら売り込むのとその売込みさり気なく独占する商魂嫌いじゃないよ。その貪欲さが今後も必要だろうしね。


 有能だし誼結ぶ以上下手はうたないだろうから一先ず信用して任せてみよう。


 それにしても色々濃いイベントあって忘れがちだが、まだ滞在一週間かそこらだぞ。


 余裕持って二か月見てた。往復の移動で一か月ちょい。残りは滞在して商都及びその周辺の調査と考えてた。


 今から帰り支度始めてまぁ数日か。トータルで二週間届くかどうかの微妙なところだな。


 思わぬ早い帰りとその理由を聞いたヴァイトの人らの反応が見物だわ良くも悪くも。

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