第137話少し長い一日の締まらない終わり

「続きましては双頭竜の件ですが」


 アクダイカの首を引き渡した俺は左程間を置かずに話題を転ずる。


 急な切り替わりにマルシャン侯側は数瞬面くらいはしたものの、すぐさま俺の話に耳を傾ける態度を示した。


「エルト男爵からは概ね問題ないと聞いてはいる」


「はい。損傷個所多いとはいえ、この調子ならば各取り分は余裕で回収出来そうです。それと魔石に関してですが」


 俺が魔石の取り出し成功と傷がない美品状態である事を告げると、マルシャン侯は隠すことなく喜色を浮かべた。


「よくやってくれた。いや以前ギルドマスターからは傷の一つ二つは覚悟して欲しいと言われてたのでな。事情故にそれも仕方がないと思ってたから率直に喜ばしい」


「魔石はお約束通りマルシャン侯へお譲り致しますが、価格交渉はギルドの方でお願い致します。相場もあまり存じない上にこのテの取引を直接行うには互いに立場というものが」


「分かっておる。卿らに損をさせないように勉強させてもらうつもりだ。安んじて任せてもらおう」


 欲しがってた物が一〇〇%入手確定となった事に気をよくしたマルシャン侯は鷹揚に頷きつつそう請け合った。


 節令使同士の一応は公式の会談にて私人の都合で喜色浮かべる上司に周りの者は無言であったが、彼の見えない所で微かに苦笑の気配を感じた。


 呆れるぐらいなら窘めてやればいいのにと思うが、階級社会での宮仕えには無茶ぶりか流石に。


 現況と成果を報告したら後は現地節令使府と現地冒険者ギルドのお話合いだ。俺はただ白金貨や金貨の伴う結果を待つだけ。


 相手が気をよくしてる間に俺は本日最後の報告をする。


 ここに来る前に行った現地住民への飲食料配布に関してだ。


 俺個人で行ったとはいえ、節令使の名において行った以上は伝えておかなくてはならないわけで。


 ただでさえレーヴェ州節令使府が右往左往してる最中で賊討伐をほぼ行った上に住民への配慮を振りまいたともあればだ、俺らの評判が高まると同時に現地節令使府の面子が些か潰れてしまうのだ。


 そういうリスク承知の上で評判獲得の為とはいえ相手を下げるような結果になって無駄に恨まれるのは避けたい。


 やった後とはいえこうして素直に報告してお伺い立てるだけでも印象違うしな。


 場合によっては布告出してもらってレーヴェ州節令使府主導に切り替えるという形で改めて恩を売りつけてもいい覚悟もしてある。


 俺の報告に対してマルシャン侯側は全員怪訝な顔をするのみだった。どうやら意図を掴み兼ねたらしい。


 しばしの沈黙の後、マルシャン侯は確認するかのような口調でこう問うてきた。


「……此方よりも先に住民を助けるような行為を行ったのは、卿の名を住民らに売りたいからか?この地は商人も多いからな。評判の良し悪しの伝搬も他より早く広がろうし」


「えぇそうです。何分私も任地が任地故に商都のような場所に来る機会もそう多くはないですからな。商人らの心証も良くしたいですし、いつになるか分からないですが、また来た時に歓迎してもらえるよう愚考した次第」


 正確には今後を踏まえたもう少し踏み込んだモノではあるが、概ね間違ってないので俺は優雅な微笑を浮かべつつ頭を下げてそう返答した。


 俺の答えにマルシャン侯らは程度の差はあれども一様に納得した表情をした。


「出過ぎた真似をしたようでしたら謝罪致します。任地でもない場でこのような勝手をしてしまいまして」


「よいよい。名声を少しは求めるぐらいの欲はあるようでなにより。こちらとしても後回しにしていた案件を先にやってくれて助かったと思うておる」


 先程のワルダク侯爵の一件もあってか俺の欲に対して疑念もあったのだろう。これぐらいは有るのが分かって安堵してる風にも見える。


 無欲すぎて気味悪がられるだけならまだしも、そこから「無欲装ってこいつ何か企んでるのではないか?」と疑われる切っ掛けにでもなったら堪ったもんじゃないからな俺も。


 などと俺が考えてると思ってもないマルシャン侯は朗報続きに上機嫌のまま頷いた。


「いやはや今日はどうなるかと思ったが終わってみれば良いものだな。事件の後処理が残ってるが、それがなければ卿を招いて宴の一つもしたいぐらい」


「私のような若輩者に対して過分なお言葉感謝致します。ですが私如きなど気になさらず当地の民の為に心砕かれてくださいませ」


「うむ卿もとんだ災難だったな。今日は早々に宿に戻り休まれよ」


「はい。ですが侯爵閣下最後に一つよろしいでしょうか?」


「如何した改まって」


「えぇ実はいますぐ行って欲しいことがありまして」


 そう前置きして俺はマルシャン侯に一つの懸念を伝えた。


 聞いたマルシャン侯は露骨に訝しむような表情をして首を傾げた。


「卿が嘘や冗談をこの場で言うとは思っておらんが、幾らなんでもありえるのか?此処は節令使府だぞ?」


「私の杞憂であればそれでよろしい。ご不快に思われたら謝罪致します。ですが相手が相手ですので何をやらかそうとするか不安故に」


「いや確かにな。あの男の愚行を全て把握しておるわけでもないからあり得ぬと断じきれん」


 疑わしいと言わんばかりの表情は変わらないとはいえ、マルシャン侯は俺の発言を撥ねつけることせず傍に居た騎士の一人に俺の頼みごとをそのまま伝えた。


 伝えられた騎士も困惑しつつも上司の命を受けて小走りに部屋を退室していく。


 正直俺も五分五分とは思ってる。


 けれどテンプレ馬鹿貴族だった奴らのことだ。自ら行うかそうでないかは置いといて悪足掻きやからす可能性はある。


 どうせ違ってても俺が謝罪すればいいだけの話なんだ。後々面倒になるよりマシだろうよ。


 厄介事はもう今日で済ませておきたい。





 伝えるべきことを全て伝え終えた俺達はマルシャン侯の執務室を後にした。


 この後何も起こらなければ真っすぐ宿に戻って今日はおしまいだ。終わった記念の宴会は明日にして今日はもう休みたい。


 実際大いに働いたのはマシロとクロエだが、俺も俺なりに一働きしたんだからいいだろ別に。


 心の中で誰に言うわけでもない主張呟きながら俺はマシロらを従えつつ一階に降りていく。


 まだ日も高い上に大騒動寸前の出来事が起こってたのもあって一階は兵士や役人でごった返していた。


 冒険者ギルド程ではないにしろいつも人の多いところではあるが今日は密度の高いことよ。俺らに気づいて少しでも道を開けようとしてくれるの申し訳なくぐらいにはな。


 立場や身分的に「どうもどうもすみません」と言うわけにもいかないので、俺は重々しく頷きつつ悠然とした足取りで出口へ向かおうとした。


 その時であった。


「はいストップー」


「くくく、愚行愚劣の残滓。今日の終わり告げる断末魔」


 俺の半歩後ろ歩いてたマシロとクロエが突然そう言って前に出てきた。


 同時に恐ろしいぐらいタイミング良く人込みを乱暴に掻き分けて二人の男がこちらに向かって走り寄ってくるのが見えた。


 あっ刺客。


 狙われてるのは自分という自覚はあるのだが、あまりにも予想通りかつベタで即フラグ回収な光景に他人事のような感想が浮かんだ。


 次の瞬間固いものが砕くような音を聴覚が捉えた。


 走り寄ってきた男らをマシロとクロエが軽く殴りつけていた。


 頭蓋骨が砕かれた音だったのだろう。地に叩きつけられた男らは頭から血を流しつつも痙攣以上の動きを示すことはなかった。


 殴られた衝撃で手放したものであろうナイフが傍に落ちてるのが目に留まる。


 どう見ても刺客だわ。完全に俺狙いで来たよおい。


 ぼんやりとそんな感想を抱く俺であったが俺の周囲はにわかに騒がしくなっていた。


 だがコレで終わりではなかった。


 騒ぎが大きくなる中でターロンとモモが俺の横を走り抜けていく。手には既に鞘から抜かれた剣があった。


 反射的に走り出す二人に方を見ると、周りの人間を突き飛ばして逃げようとしてる男二人がいた。どうやら今返り討ちに合った奴らの仲間らしい。


 マシロとクロエに阻まれた瞬間に失敗を即座に悟って逃亡を図ろうとしたまではよかったが、もしもに備えて周囲を警戒してたターロンとモモの反応が早かったのが運の尽き。


 一人はターロンの剣で脳天を叩き割られて即死。もう一人はモモから背後を切りつけられて動きを止めたところを追撃を喰らって首筋に剣を叩き込まれて倒れた。


 僅か一分で節令使府内で死体が四つ出来上がった事で騒ぎは拡大した。


 とはいえこの地における政治の中心部。更に同じフロアに兵士が多数居るので収束に大した時間は要さなかった。


 眼前で殺人見て動揺してる平成を適当に宥めつつしばし待ってると、なんと先程後日の再会を約束して別れたマルシャン侯が側近や護衛の騎士を引き連れてやってきたのだ。


 突然のトップの出現に再び騒めく周囲を無視してマルシャン侯は俺の傍に歩み寄る。


「大丈夫かレーワン伯」


「大丈夫です御覧のとおり。して、ご様子からするにやはりでしたか?」


「あぁ卿の申すとおりであったわ。危うく逃げられてしまうとこで肝が冷えたわ」


「よく間に合いましたね」


「部屋の警備をしてた兵らは買収されてない者らだったのが運がよかった。ただ其の所為で揉めてる際に怪我人が幾人か出てしまったがな」


 マルシャン侯は苦々し気に倒れてる死体を睨みながらちょうど今起こったことを教えてくれた。


 節令使府の一室に監禁していたワルダク侯爵を連れ出そうとしていた連中を捕縛したという。あと少し遅ければ連れ出されたかもしれないギリギリなとこだったとも。


 下手人は数名。半分は斬り殺して半分は捕縛。連れ出されようとしてたワルダク侯爵はすぐさま元の部屋に押し込まれたという。


 俺が退室する前に彼に告げたのはいってしまえば内通者の存在。


 今日を含めてここ数日のワルダク侯爵一家の動きと比べて節令使府の動きが鈍いのが少し気になっていたのだ。


 幾ら様々な点で現代地球の統治機構と比べて劣るとはいえ、王都や副都に並びうる場所の行政が杜撰すぎるのはおかしくないだろうか?


 全体的に腐敗してるわけでないのは、マルシャン侯の言動や見た範囲であるが役人や兵士の様子から違うかもしれないと判断。地方の州みたいに人手不足故の荒さは当然ながら少ない。


 となれば一部の役人や兵士の腐敗を突かれてしまったのであろう。


 元々地元の悪党どもとつるんでる不良役人だったのか、ワルダク侯爵のバラマキに魔が差して飛びついたのかまでは分からん。


 分かるのはそこそこ地位や責任のある者らが金を握らされて報告を潰したり過少に見せかけたりしたということ。


 百歩譲って侯爵一家の都内での横暴は貴族特有の糞加減と糞忖度としても、そうでなければ二〇〇〇前後の賊を州都近くまで接近を許すわけもない。


 あからさまに怪しそうな奴らが百か二百集まった時点で警備中の軍が発見してるだろうし、行き交う人々が役所に連絡して対応に動いてるかしている。


 多分商都に赴くにあたって治安関係中心に賄賂攻勢してたんだろうなワルダク侯爵。馬鹿っていうのは悪事働くときだけは知恵回るんだよなぁ。


 その頭回りをもうちょい良い方に仕えよまったく。


 でまぁバラまいて下準備したというのに目論見はあっさり終わり首謀者の侯爵殿は捕まって取り調べと裁きを待つ身に。


 参加せずに下準備に加担してただけの不良役人共は震え上がっただろうな。侯爵が我が身可愛さに洗い浚い自白して芋づる式に逮捕されてしまう未来が至近に迫って。


 賄賂貰っただけなら叱責や減給や謹慎。重くても精々懲戒免職か数年牢屋だろう。


 けれどもまさかこれほど大事を起こすとは想像外だったかもしれん連中からしたら。反逆行為へ片棒担いだなど死罪にされても文句言えない所業。


 となれば自己保身に視野狭窄起こして突発的にやらかすことになる。


 節令使府全体が後処理で忙しなく働いてるドサクサに救出してどこぞに逃がすか、人気のないとこで殺して口封じして生き残ってる地元のワルに罪を擦り付けるか。


 俺が狙われたのはついでに目論見潰した相手へ報復したろか的なもんだろう。


 ついでで殺されようとしてるのは面白くないが多分そんな所か。計画性もない衝動的なものに云々言い建てても意味ない。


「早いところ洗い出しを行った方が良さそうですね。とりあえず駐留軍にも急ぎ知らせを走らせて摘発させるべきかと。節令使府の治安担当だけでなく軍の警備部隊にも手が伸びてたと見るべきです」


「卿の意見は正しい至急そうしよう。まったく愚か者はどこにでもいるものだな。しかも商都を騒がす行為に加担とは嘆かわしい通り越して怒りすら覚える!」


 つい先程まで朗報に気をよくしてたマルシャン侯は気分を甚だ害してるのか、米神に青筋立てて声を荒げて頭を振った。


 普段は左程そうではないのだろう。周囲の者らがマルシャン侯の不機嫌な様子に動揺している。迂闊な事を言って怒りの矛先向けられたら堪らんと言わんばかりに下を向いていた。


 俺は年長の節令使殿のお気持ちがよく分かるので内心肩を竦めて無言を通した。


 予想してたとはいえ当たって欲しくはなかったよあんまり。


 腐敗がどうこうとかな話ではなくて、馬鹿を退治しましたはいおしまい!で済ませて一日の残りは気分よく過ごしたかっただけなんだ。


 せめて俺の居ないとこでやってくれやと言いたくなるな。目に見えるとこでやられたらそりゃ対応するしかないだろ常識的に考えて。


 最後の最後まで三下馬鹿悪党のテンプレみたいなものを提供してくれたもんだよ連中。


 願わくば残りの滞在期間は何事もなく気持ちよく過ごして終わりたいもんだね。


 不機嫌そのものな声で部下たちに矢継ぎ早に指示を下していくマルシャン侯を傍で見つつ俺は内心で溜息を吐くのだった。

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