第136話俺のお仕事のターン

 昼食を終えた俺達は早速州都内へ戻ることとした。


 解体初日の見届け立ち合いも済んだ上に開始早々に魔石回収という収穫を得たのだから十分だろう。


 居残っても見学しかやる事無いのなら後はギルドマスターのアランさん達に任せるべきだ。


 美味い肉を腹にぶち込んで活力も回復したことだし、後はお役所仕事さっさと終わらせて今度こそ枕を高くしてダラダラ寝たいものだ。


 密かな決意をしつつ俺は荷車に積まれた品々を一応確認してまわる。


 特に奇をてらったような品は積んでいない。急遽近場で買いそろえた品々だから当たり前だが。


 こういう救援物資的なのはありふれてるが手に渡れば助かるような品が良いのだ。現代地球の日本みたいな千羽鶴だけ送るような意識高い系自己満足では誰も救えないし恩も売れない。


 一通り目視した俺は周りに出立を告げる。


 俺も自分の馬に跨りつつ見送くろうとしてるアーベントイアーさんとアランさんに声をかけた。


「では後の事は頼みましたぞ。解体も厳しい状態の中で行ってるの理解してるから無理は言わない。なるべく堅実に」


「心得ております。今の状態でも十分な益になる物ですので抜かりなく作業続けますので」


「州都内外落ち着いたら今度は本当に商人連中が様子見に来るでしょうがそちらは私やフォクス・ルナール商会で適当に相手しときますよ」


 経験と実績十分な二人の頼もしい言葉に頷き返して俺は背筋を伸ばして前を向いた。


 俺を含むヴァイト組以外では荷車曳きと配給行うギルド所属肉体労働者とそれらを護衛する兵士合わせて百名程が同行する。


 彼らは行く先々で州都民への飲食料配布を行ってもらう。配り終えたら各々の所属先に帰還するようにも伝えた。


 解体場の警備に関しては既に一大事も過ぎ去ったと思うので現時点の数でも多いぐらいだが、その辺りは現場判断に任せることに。


 こうして出発した俺らは賊の処理して回ったマシロの記憶を頼りに被害にあった地区を回りだす。


 さぁてここからは精々愛想良くいくとするかね。





 

 まず最初に施し開始したのはメインストリートともいえる大通りの一つ。中央にほど近い区域であった。


 ここまで到達した賊は左程多くはなかったとはいえそれなりに暴れまわったらしい。いつもならこの時間は賑わってる筈なのだが心なしか少なく思えた。人の往来多いとはいえ半数は跡片付けに勤しんでる。


 急ぎ官民共に片づけを済ませつつあるとはいえ至る所で放火未遂の焼け跡や、マシロが殺した賊の血だまり跡が目についた。


 片づけを行っていた住民らが俺らの存在に気付いて騒めきだした。


 特にマシロへ視線が集中していたのは仕方ないだろう。彼らにとって賊を撃退してくれた謎の存在だろうし気になるものだろう。


 とはいえ節令使府に赴くまでに巡る場所はまだあるので比較的被害の少ない此処で時間食う暇もない。


 何か言いたげな住民達を無視して俺は咳払い一つして彼らに向けて言葉を発する。


「州都住民の諸君。此度は思わぬ災難に見舞われてしまい、それを未然に防げず一貴族一役人として誠に申し訳なく思う。詫びという程ではないが、ヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン個人として諸君らに些少ながら酒や食べ物を配布したい。せめてもの慰めとして是非受け取って欲しい」


 俺の発言に住民らは最初意味を飲み込めず顔を見合わせていたが、発言内容を理解するや驚きと喜びの混ざった表情を浮かべた。


 悪くない反応を確認した俺は彼らが動く前にとすかさず言葉を続ける。


「これからこの付近にある広場を少し借りさせて配布を行う。数はある限りなので飲料や食料は一人一点ずつだ。独り占め等の不逞な行いが発覚した場合は当地の節令使府による処罰もあるから各々節度を持って受け取り給え!」


 そして幾つか細かい注意事項なども告げ、無料で食べ物や酒を貰えることに湧きたち始める住民らを掻き分けて近くにあった広場へと移動する。


 普段は芸人が芸を披露したり、住民が立ち話などする為に存在してるであろうそこに荷車を一つ止まらせ、労働者と、略奪や割込みそれにともなう喧嘩防止の為の兵士を配置につかせた。


 労働者や兵士にはこの件を行った者として俺の名を喧伝するように伝えてある。こういう事を節令使府到着まで繰り返す。


 あとは助けられた上に施しを受けた地元民がどれほど俺に感謝ないし好意的な気持ちを抱いてくれるかだな。ついでに願うならその気持ちがしばらくの間持続してくれればありがたい。


 薄情ですぐ忘却される可能性も無いわけではないが、商都とも言える栄えた平和な所でこんな事件起こったのだから当面良いとこ悪いとこ語り継がれるだろうと信じたいとこだ。


 大丈夫だよな?もし駄目でも官や商方面でなんとか補うとしても民の支持は欲しいからマジ頼みますよ。


 準備されてる様子を遠巻きに見て調子よく歓呼の声上げる住民らに見送られながら、俺は営業スマイル振りまきつつ人様の恩に対する熱量へ半信半疑の気持ちを抱くのであった。





 それから被害が大きかったと思わしき所を五、六か所回って同じような事をしていき、人も荷物も切り離し終えた俺らはようやく目的地である節令使府へ到着した。


 まだ再度の襲来を警戒してるのか結構な数の兵士が建物を警備していた。


 節令使府や駐留軍駐在所が固まってるこの地区を流石に賊らは襲わなかったとはいえ、一人でも押し入りしてきたら体裁悪くもするから仕方がない処置。


 とはいえ物々しい上にもう少し減らして俺らのとこや街の各所の増援に向かわせて欲しかったよ。と、思わなくもない。


 済んだ事を内心ボヤきつつも俺は住民に向けてた営業スマイルではなく地位と身分に相応しい謹直そうな顔をして門前まで進み出た。


 マシロとクロエがバイク込みで良くも悪くも目立つからかその辺りまで来た時には兵士らも騒ぎ出し、建物内からは数名の役人が走り出てきていた。


「これはレーワン伯様。ご無事でなによりでございました」


「うむ。早速だがマルシャン侯にお会いしたい。すぐに取り次いでもらおうか」


「直ちに。ではご案内致しますのでどうぞこちらへ」


 平身低頭しつつ役人らが周囲の兵士らに更なる警戒を呼び掛けたり、俺らを建物内へ案内したり、中に居る侯爵へ知らせに走ったりと忙しなく動き出す。


 俺達の訪問により俄かに騒がしくなった節令使府だが、俺らは気にも留めずの乗り物を指定された場所へ置いてさっさと建物内へと入っていく。


 どうせまた来る予定だったがこんなに早い再訪になるとはお互い思ってなかっただろうな。


 一階の総合受付で数分程待たされた後、知らせに行ってた役人が「今すぐお会いすると」という返事を持ってきた。


 こうしてとんとん拍子に進んでいき本日午後のメインであるマルシャン侯爵との面談へと至る。


「エルト男爵から既に報告を受けていたが、まず無事であることを喜ばせてもらおうか」


「ご心配おかけしまして申し訳ありませんでした」


 開口一番マルシャン侯からそう声をかけられた俺は会釈しつつ短く答えた。


 警戒態勢維持中故か室内にも武装した兵士を十名前後侍らせていたが、それを除けば前回と変わらずな雰囲気だった。


 文官の中には先程使者として赴いていたエルト男爵も混ざっており、目が合うと無言で頭を下げてきた。


 促されて来客用ソファに腰を下ろす。マシロやクロエ、ターロン、モモ、平成は俺の背後に立って控える。


 マルシャン侯も向い側の席に座り、同じように側近らを背後に立たせ、壁際に控えていた兵士らを少しばかり近づけさせて応対の準備を整えた。


「さて大筋の報告を受けてはいるがどういった用向きで参られた?」


 準備を終えたマルシャン侯から口を開いた。


 とは言うが発言程には相手の表情に緊張や厳しさもない。俺がこうして何事もなく顔出してる時点で少なくとも悪い話ではないと踏んでそうだ。


 俺の方も用件さっさと済ませたいので特に勿体ぶる事もなく切り出す事とした。


「まずはお持ちしたものを節令使府へ提供したいと思いまして」


 そう言って俺は肩越しに振り向いて後ろに控えてたターロンに目配せする。


 心得てるターロンは自分の足元にあった木桶を手にもって侯爵の護衛をしている兵士らの方へ差し出した。


「ワルダク侯爵の息子で侯爵家嫡男アクダイカの首が入っております。桶の柄部分には身元証明代わりに侯爵家の紋章が彫られた腕輪を添えておりますので、どうぞ尋問にご利用くださいませ」


 軽い口調で言ったのだが内容に侯爵は眉を動かして思わず桶の方を見る。周囲の人々もギョッとした顔をしてターロンが持ってる桶を凝視していた。


 しばらくして理解が追いついたマルシャン侯は片手を上げて軽く振る。それを合図に兵士数名が桶を受け取り早歩きにて執務室から退室していった。


「……ワルダク侯は現在節令使府の一室にて拘束している。もっともあの様子ではマトモに歩けぬだろうから鎖や手枷も不要そうだがな」


 兵士を見送ったマルシャン侯は苦笑を浮かべつつワルダク侯爵の現況を伝えてきた。


 連れてこられたワルダク侯は怪我のショックからまだ目覚めていないという。


 仮に目覚めても片足失ってる上に痛みに七転八倒確実だろうから逃走の恐れもないだろう。


 目が覚めたら尋問の為に一応痛み止め程度の治癒を施すらしい。その際に妻と息子の死骸を見せて追い込む予定ということだ。


 侯爵夫人に関しては、俺が来訪する直前に城壁沿いを巡回してた兵士から奇妙な死にざまをしてる死体を発見して回収したという報告が来たという。


 状況や所持品からして侯爵夫人であろうと思われるが、念のために俺ら、というか殺した当人であるクロエに確認を願いたいとの事。


 それに関しては特に俺もクロエも異論はないので承知した。


 認知して以降のワルダク侯絡みの事は一切マルシャン侯が取り仕切るので最後の一仕事だな。


 これ以上の事も特に言うべきものもない。功をほぼ譲る代わりに面倒事も引き受けてもらうつもりなのだからな。


「しかし卿の部下の活躍に私個人としては報いてやりたいのだがどうだろうか?なにせ省都に蔓延る賊をほぼ一掃して更に船を一隻沈めるわ、二〇〇〇の兵を壊滅せしめるわと誰もが認める大功だろうしな」


 儀礼的形式的なものかもしれないが、マルシャン侯はそう申し出る。


 だが俺は可能な限り恩を売りつけたいので優雅さを称えた笑みを浮かべて頭を振った。


「いえお構いなく。マルシャン侯のそのお気持ちで十分であります。私共の働きを認めてくれているだけでも既にありがたい限りですので」


「ふむレーワン伯は欲が薄いの。確かに後々ちと厄介とはいえ今回の功だけでも王都の者どもを見返してやれそうなものを」


「そうかもしれませぬ。ですが遠くの王都の方々よりまだ近しい地におられるマルシャン侯に良い印象を持って頂きたく思います故に」


「立場的に公然と良くしてやれぬの承知だろうに卿も不思議な男だ」


 珍奇なモノを見るような目で俺を見つつマルシャン侯は俺の断りを受け入れた。


 ようやく一段落出来そうだ。


 後で公文書として正式なやりとりであったと示す文を記すとはいえ、この時点で押し付け目的はほぼ達成したかもしれん。


 マルシャン侯はこれからワルダク侯爵をあの手この手で追い詰めていき、単なる暴発を野心を持って起こした反乱に仕立て上げた上で糾弾するつもりだろうな己の手柄の為に。


 そういう意味ではマルシャン侯がメインでやっていったと認識されるのは間違いではない。


 討伐及び捕縛と尋問及び処断。どちらを主として重きを置くかなのだ。


 後者とするならば俺がマシロとクロエに頼んでやってもらった事はただの助力に過ぎなくなる。


 俺としては今回の一件は事故なんだ。降りかかる火の粉を払っただけだ。


 だから今はまだ変に中央から干渉されるような真似は避けたいのだ。市井の評判は欲しいが王都の貴族共に注目なぞされたくもない。


 マルシャン侯には悪いが俺の為に可能な限り功を独占して頂きたいものだね。








 ワルダク侯の反乱


 王国歴四二〇年六月にレーヴェ州州都にて起こった門閥貴族の一員であるワルダク侯爵の王国への反逆であり、過大評価との見解はあるものの、後に幾多も発生する有力者主導の反乱の先駆けともなった乱と評される事となる。


 海賊をはじめとする地元の反社会的勢力を糾合して行われたものではあるが発生から僅か数時間で鎮圧されており、首謀者であるワルダク侯爵は捕縛。彼の妻子は鎮圧の過程で死亡。率いてた反乱分子は数名の投降者を除き死亡というあっけない結末となった。


 当時のレーヴェ州節令使であるマルシャン侯爵の鋭い洞察力及び迅速な行動と、当地に所用にて赴いていたヴァイト州節令使レーワン伯爵の僅かながらの助力によって甚大な被害が生じる事なく大規模な反乱とならずに済んだ。と、王都に残存してた公文書には記録されている。


 実際のところはマルシャン侯及び当地の節令使府は初動で躓いており、鎮圧及び捕縛はレーワン伯爵の功績である。それは上は節令使から下は庶民まで誰もが認識していた事実。


 此の事実に関しては当のマルシャン侯をはじめとして複数の証言が残されており、レーワン伯が後日を見据えて王都から関心を持たれないよう注意を払っていたことを示す証拠の一つとなっていた。


 この事件によりワルダク侯爵は死罪。ワルダク侯爵家は取り潰しとなり、親族で縁深い幾人かの貴族も連座で処罰された。


 ワルダク侯の属していた第一王女派はこの件を境にして王位継承争いからほぼ脱落していく事となり、属してた貴族らは慌てて各派閥へ流れ込んでいく。


 この流れが結果として王位継承争いを僅かながらとはいえ加速させていき、やがて後のケーニヒ州内で起こる凄惨な有力貴族同士の武力衝突に発展していった。


 一貴族の愚かな自滅が時勢の悪化と噛み合ってしまった悲劇である。自制が如何に大事なのか王国民にとって手痛い教訓となってしまった。


 という見解を後世の歴史家らが主張することとなるが、それは後の世の話。


 なお鎮圧の功によってマルシャン侯は派閥を超えて貴族間で一目置かれる存在と躍り上がると同時に、後にその功績と注目度によって大小様々な苦労を背負う道を辿る。


 実際の功績者であるレーワン伯はマルシャン侯の陰に隠れる形となり、公文書に正式な記録を記される以外の干渉を受ける事もなく、彼が当時密かに進めてた計画を水面下で進めていくのであった。


 数年後、マルシャン侯は側近であり親戚の一人にあたるエルト男爵に以下のような愚痴を漏らしたていた。


「目先の欲に浮かれて割に合わない悩みや面倒事を抱えてしまったものだ。レーワン伯にとってあの時の事は全て自らへの投資だったとは不覚をとったわ」


 この発言を聞いた男爵は何とも言えぬ顔をして沈黙するしかなかったという。

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