第135話一山超えたら物事上手く転がるもので

「しかし意外にと言ったら変な言い方になりますが、意外に早く決着がつきましたな。普通ならちょっとした反乱としてもっと騒動になってる筈」


「これもマシロ殿とクロエ殿のお陰か。流石相変わらずの実力だ」


「はっはーくるしゅうないくるしゅうないー。そんなモモっちにこの焼き立ての肉を更に一枚進呈してやろうぞー」


「くくく、謝肉祭のカロリー乱舞。肉とタレの高めあうリピドー」


「おぉこれはこの老体でも食が進む程の美味さ。肉もさることながらこの汁だけでも一財産築けそうな価値がありますな」


「ですねぇ。いやはや野外で肉を焼いて食べてるだけなのに思わぬ贅沢感に中で作業してる部下達に申し訳ないです」


「食べれるときに食べておかないといけないですからな。まだようやく昼になったばかりでやる事無いわけではないので」


「ちょっと待ってくださいよ皆さん」


 暑さで温くなった水を満たしたコップを両手で持ちながら平成が顔色悪く俺らの会話に口を挟んできた。


 平成の待ったコールに俺を含む半数は顔を向けたが、残りの半数は無視して網の上で音を立てて焼かれてる肉へ視線を向け続けてる。


 うんまぁな。平成のツッコミたい気持ちは分かる。


 何せ今俺達は昼食の真っ最中。


 それだけならまだしもやってる場所はつい数十分前に貴族の馬鹿息子を処刑した所から左程離れてない所。片付けられたとはいえ視線を動かすと血の染みついた地面が見える程度には近い。


 そこでいきなりバーベキューおっぱじめてるのだから常識的な思考や論理感持ちの一般人からしたら神経疑いたくなるもんだ。


 何故こんな神経疑うような真似してるのかといえば、マシロとクロエが昼飯の時間だとゴネてきたからだ。


 なら硬パンとか干し肉、それか自前の携帯食でも食べておけよ。と、言ってみたものの「そんな気分じゃない」と即答。


 じゃあ何食べたいんだと訊ねた結果がコレである。


 TPO考えろやと思わんわけでもないが、肉や現代地球産焼き肉のタレ、あとバーベキュー道具一式自分らで用意されたら突っぱねるわけにもいかなくなった。


 肉はこれまで狩ってきた魔物の肉の数々。適当にアイテムボックスから取り出してきたらしく自分らでも何の肉か分からんらしい。


 俺もアイツラも鑑定スキル持ちだから確認しようと思えば出来るが、俺も面倒くさくなったのでとりあえずイイ肉で野外焼肉を受け入れる事とした。


 でまぁモモやターロンに加えアーベントイアーさんやアランさんも声を掛けたら意外にノッてきたので今に至る。


「いやなんで皆さん平然と飯食えるんですか。ついさっき斬首見たばっかで食欲湧けるのおかしくないですか?」


 平成だけは肉を食う俺らとそれを無視して各々の作業を行う兵士らに向けた疑問と抗議の声を上げるも、残念なから健全且つ常識的な一般人の真っ当な声を支持する者は居なかった。


「長い事様々な場所で様々な人と商売してますと、血生臭さ伴う荒事に直面する事も結構あるもので、まぁああいうのは珍しくはないですな。それに食べれるときに食べれてないといざというときの働きも出来ますまい」


「同感ですね。私なんかは魔物の解体に立ち会うこともあって生き物バラすの一々気にしててはやっていけませんから。慣れと言えばおかしいものですが、まぁその今更罪人の処刑で動じるのも」


 アーベントイアーさんとアランさんは焼き肉のタレを多量に浸した肉を食しながらも律儀にそう答えた。


「ヒラナリはもう少し鍛えた方がいいのではないかね?殺しの場に慣れろとは言わないが、ちと繊細すぎかもしれんなぁ大丈夫かね今後?」


「ターロン殿気遣いは無用だぞ。どんな生ぬるい生まれ育ちしたのか知らんがいい加減この程度で動じるな情けない。それでもゲンブ族族長の娘の御付きか」


 苦笑気味に案ずるターロンと苦み走った表情で舌打ちしつつ軟弱者扱いするモモ。


「しゃーなーいでしょーお昼ご飯の時間でさー、私とクロエは働いて腹ぺこったーな気分だからさー。平成太郎が気にしぃしすぎー」


「くくく、空腹のスパイスを満たす肉の歓喜。誘われぬ者のエアーの読み込めなさのクリュエル」


 露骨に小馬鹿にするかの如く鼻で笑いながら目線も向けようともせず肉を食い続けるマシロとクロエ。


 バーベキュー参加組から等しく逆に異常者みたいな扱いされた平成は片手で顔を覆いながら首を左右に振り続ける。


「いやいやいやいやなんで僕がおかしい奴みたいな返事されてるんですかこれ。てかリュガさんも僕側でしょうどっちかというと」


「まぁそうだな。お前の気持ちはよく分かるしお前の感覚は間違いではない。実にマトモな思考してると俺は思うよ。その健全な論理感いつまでも維持してくれよ」


「でもリュガさんも他の人よりかは控えめですけど食べてますよね」


「……すまん。それはそれとして、これからまだやる事あるから今のうち無理にでも食べておこうって気持ちはあるんだわ」


「……」


 申し訳なさそうに言いつつ、俺はイイ焼き加減の肉を一枚フォークで救い上げ、焼き肉のタレをサッとつけて口に運んだ。


 うん流石メジャー企業の販売してる製品だ。安定したクオリティ、懐かしき親しんだ味が肉と共に五臓六腑に染み渡る。


 俺の食べてる姿を見て平成は溜息を吐いてコップに目線を落としたまま沈黙した。抗議する気も失せたのか俺らが食い終わるまで黙ってるつもりらしい。


 異世界人及び規格外との感覚の違いに軽く凹む平成の姿を見てたアーベントイアーさんが俺の隣に来て顔を寄せてきた。


「あの青年、何かこう、私らと違う様な気がするのですが。身分や年齢というものでなく、根本的に何か違う風に見受けられますな」


「……」


「もしやあの青年も昨今噂のある召喚されし勇者様か、或いはその関係の者ですかな?」


「…………何と言いますか、その中間ぐらいな存在ですよ彼。特に秀でた能力やスキル持ち合わせてない巻き添え喰らった異界の者で」


 アランさんに聞こえないぐらいの小声であるが、俺はアーベントイアーさんに隠すことなく打ち明けた。


 ガチの奴ならもう少し隠し通すべきかもしれん。だが平成ぐらいの雑魚能力だと少しぐらいバレても問題はなかろう。


 寧ろ情報開示することでアーベントイアーさんに信用してるアピール出来るなら試しにやるのもいいかもな。


 俺の打ち明けにアーベントイアーさんは軽く瞬きをしたものの、すぐさま腑に落ちたような顔をして頷いた。


「なるほど。それで今のような言動を。更にはあのお嬢さん方と比べて何もせずあなたに侍ってただけというのも合点がいきました」


「まったく何も出来ないわけではないですよ彼の名誉の為に言っておきますが。ただまぁあの二人と比較すれば天地の差が以上のものがありまして」


 嘘は言ってないぞ。平成の魅了(小)スキルは地味に今後何かと役に立つからな。付き合いや交渉事で割とありがたいぞあのスキル。


 その辺りはまだ言うのは時期尚早。今は召喚者で何か役に立つとこもあるという点だけ知ってもらえればいい。


 アーベントイアーさんも今はそれ以上追及する気もないのか納得したような表情しつつ、年齢の割には旺盛な食欲で肉を平らげる方へ戻っていく。


 俺ももう少しだけ胃に入れておこうと程よい焼き加減の肉を更に一枚救い上げた。


 これを食べたら俺らヴァイト組はレーヴェ州節令使府に顔を出す予定だ。


 やる事やったのでこの地を治めてるマルシャン侯爵に一応報告しておかなきゃならんし、ついでにアクダイカの首も届けなきゃならん。


 エルト男爵には乱戦で死体は行方不明と伝えたのでは?と、思われるだろう。


 此れに関しては報告がそのまま公文書に記される筈なのでその通りではある。所謂表向きにはというやつだな。


 では何故かと言えば、ワルダク侯爵に突き付ける為というただその一点のみが理由だ。


 マシロとクロエが言うには侯爵夫人も原型留めてるなら州都城壁のどこかに衝突死体があるという。見つかるまではどうなってるか分からんもんだが。


 それ回収するなら息子も一緒に渡してやろうという仏心……なんかではなく実に趣味の悪い嫌がらせ。ハッキリ言って相手の心をへし折る目的で殴りに行くものだ。


 陰湿の誹りは免れんがマルシャン侯は政敵の一人に私人としても公人としても制裁与えられてスカッとする。俺はその材料を提供したことで小さいながらも恩を売れる。実にWinWinな取引となるわけだ。


 俺としても結果として奇禍を奇貨と転ずる事が出来たとはいえ、無用なトラブルぶつけられて迷惑被ったんだからこの程度の仕返しの片棒ぐらいはやらせてもらわんと留飲下がらない。


 まぁ自業自得ということで受け入れとけよ悪党ども。


 と、俺は心の中で遠からず死ぬだろう侯爵と既に死んでる夫人と馬鹿息子に冷めた調子でつぶやいた。


 俺らが野外バーベキューを呑気にしてる中でも周りは仕事を続けている。


 解体場内部ではギルドの皆さんが修羅場続行中だし、俺の目の前では死体処理や周辺警戒の為に兵士らが慌ただしく動いてる。


 加えて俺はこれより少し前、マシロとクロエが出撃した時点でアランさんとアーベントイアーさんに頼んで幾人かの部下の人らに頼みごとをさせていた。


 飯を食ってるのは昼食の時間帯だからだけではなく、その頼みごとの終了を待っているのもあるのだ。


 命令ばっかりして別に動き回ったわけでもないのにイイ身分だな。と思われようが俺はイイ身分で命令ばかりする地位に居るんだから平常運転なのよこれが。


 などと思いつつダラダラと肉食ってるとギルド職員の一人が俺らの前に駆け寄ってきた。


「お食事中失礼致します。先程頼まれた件ですが準備が整いましたのでいつでも行けます」


 その報告にマシロとクロエを除く俺らは肉を食べる手を止めた。


 俺が彼らに頼んで準備してもらったのは、パンや果実等の食料や酒類。城壁沿いの店を中心に掻き集めてもらっていたのだ。


 代金はマシロとクロエから了承を貰った上で、双頭竜の買取に含まれてない素材の一部を譲渡する見返りとしてギルドに肩代わりしてもらった。


 報告によれば中型荷車七台分集まったという。時間にして一時間半ぐらいと考えたらよくやってくれた方だろう。


 掻き集めたソレで何するかと言えばバラマキで人気取りである。


 節令使府に赴く途中で被害の生じた地区を通りそこの人達に無償で振舞うのだ。


 商都というぐらいに豊かな所なので貧困に喘ぐようなとこでもないし、時間帯も早かったので市場も深刻な被害が出てないからあまり意味がないかもしれん。


 だが無料で食べ物や酒を振舞ってもらえるというイベントの前に細々とした事情や理屈は関係ない。貰えるものはありがたく貰おうな心理はどこも変わらない筈だ。


 被害にあった方々へのせめてもの助けになればなどとしおらしい事でも言いながら配れば心証も良かろうしな。


 他所から来たというのに賊から颯爽と助けて貰った上に間を置かずに酒食も施してくれる。


 というベタなイメージアップ行為であるが少しぐらいあざといのがちょうどいいんだよこういうの。


 しかし職員の報告に俺は頷きつつも内心少し驚いた。もう少し時間かかると思ったんだがな。


「ご苦労。しかし意外に早かったな」


 俺の疑問を代弁してくれたのはアランさんであった。


 上司であるギルドマスターの疑問に職員が言うには、城壁沿いに店を構えてる地区は騒動に巻き込まれることもなかったので混乱も殆ど無かったらしい。


 寧ろ何が起きてたのか把握出来てなかったのか「兵士らが慌ただしく走り回ってたのと関係あるのか?」と訊ねられたぐらいというのだから、いかに州都内の騒ぎが限定的に収まったのか窺い知れる。


 パニックによる衝動的な買い占め発生も覚悟してたので嬉しい誤算だ。


 これならば食い終わり次第すぐにでも出発しても良さそうだな。


 報告に満足しつつ食事を続けようとしたとき解体場の方から別の職員が俺らの前に姿をみせた。


「ご報告致します。双頭竜の件ですが」


「解体終わったわけではないだろうし何かあったか?」


 損傷酷いので嫌な想像が浮かんだが、職員の表情見ると悪い知らせではなさそうに思えた。


「吉報です。解体中に魔石を発見。早急に取り出す事に成功しまして、更には傷も見受けられなかったとのこと。節令使様とギルドマスターに至急報告にと参った次第です」


「おぉそれはなによりだ」


 職員の報告にアランさんが喜色浮かべて喜びの声を漏らした。


 竜種の魔石は元々価値の高いものであるが今回はマルシャン侯爵ご所望品ともあっていつも以上に注視されてた一品。


 恐らくアランさんが予め傷のついてる可能性も言及してるだろうとはいえ無傷であるに越したことはない。美品で売れるならば互いにとって喜ばしい話である。


 マルシャン侯爵に更なる吉報も携えていける点からして俺にも利になる報告だ。


 次いで進行状況を訊ねるとこちらも今のところ順調だとか。


 損傷具合的に問題個所多いには違いないとはいえ、無事な箇所に関してはなんとか回収できてるので少なくとも各ギルドの取り分は確保出来る見込みらしい。その報告もまたアランさんと俺を安堵させた。


 ここ数日の絡まれ含めてよろしくない出来事遭遇してたからか終わった後の緩やかな上昇具合は気分良くなるもんだ。


 というよりもワルダク侯爵一家が勝手に突っかかってきたのが予定外なだけで本来こういう流れなんだよ。


 機嫌の良さの片隅で己の理性が溜息混じりに論評する。


 奴らも病的な自尊心もう少し自制出来てたならこんな目に合わず目的終えて王都に帰れただろうにな。


 運が無かったとかいう話ではない。避けられるべきことを避けれなくて自滅しただけだ。


 ワルダク侯爵家がたまたま悪目立ちしただけであり、王都に住まう貴族はどれほど己を律して避けれるべき破局を回避出来るのだろうな。


 無理か。理性と感情が断じてくる。


 出来る奴が多数なら俺も此処に居ないし国も不穏さが付き纏うような現状にはなってないんだから。世界の危機でもないのに勇者召喚してる時点でアウトじゃボケ。


 さてつけ入る機会が多い事に喜ぶべきか嘆くべきか。


 ふと迷って黙り込んだ俺を傍らに居たアランさんが不思議そうに見ているのに気づくのにしばし時間を要した。

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