第139話帰還準備
「なんだか微妙な気分ですな。勿体ない気分はありますが、かと言って名残惜しい程色々見聞きしてきたわけでもなく」
ターロンが何とも言えぬ顔しつつ何とも言い難い感想をしみじみと述べた。
フォクス・ルナール商会の当主親子が帰った後、食堂に席を移して帰還の件の話を切り出した際に俺を含めて全員がターロンの感想のような心境になったものだ。
ちなみにマシロとクロエは含まない。「あっもう帰るのー?」で終わりだ。こいつ等のマイペースっぷりは商都ですらどうでも良さげっぽいの隠しもしねぇし。
果たすべき目的果たしてはいるから問題ないのは頭じゃ分かってるんだけどな。
けれども確かに気軽に出歩けないのなら滞在してても仕方ない。
おまけに居座るだけ小さなトラブルが寄ってくるのならさっさと出て行った方が得策かもしれんときた。
「アレのことだが今日はまだ無いか?」
「今のところは。ただ商会の訪問もあって自重しただけかもなので、必ずあるでしょうな今日も」
「いい加減懲りて欲しいというか学習能力ないというか」
ターロンの返事に俺は上を仰いで嘆息した。
商人のアポなし飛び込み商談や宗教関係者の呼びかけ以外にも実は少し困った事が起こってた。
それはマシロとクロエと二人のバイクに関してだった。
問いかけたのはバイクの件の方。
実は一昨日から宿の厩舎に盗みを働こうとする馬鹿がチラホラ発生している。
目的は馬ではなくバイクの方だが。
来た当初から注目を集めていたが、先日の一件で馬も曳いてないのに疾走する鉄の乗り物を多数が目撃することとなった。
しかも外のクロエのバイクも目撃者が居たらしく、それ経由でトンデモナイ代物である認識も抱かれた。
大金になりそうと踏んで馬盗む感覚で来た犯罪者が多数だが、中には魔道や魔術に携わる者も混じっていた。
魔道具の類と誤解してるようだが、それはそれとして近隣諸国ではまったく見たことない存在に探求心や好奇心が動いたのは確かだろう。
丸ごと強奪出来なくてもせめて部品の一つでももぎ取れれば御の字とかふざけた考えに基づいて行動したのだろう。
技術発展の為の必要な行為云々と自己正当化して忍び込んできたのだろう。
俺らからしたら結局犯罪者には違いないがな。
見せてくれ研究させてくれと訪ねられても門前払いするとはいえ、どこの世界でももっともらしい自己正当化掲げて迷惑行為する輩が居るのは嘆かわしい限りだ。
そいつらがどうなったかといえば悉く死体となって発見されている。
マシロとクロエのバイクは高性能自律AI搭載とかである程度の行動を己の判断に基づいて行える。
特に自衛行為に関しては正当防衛の一点張りで容赦なく殺しにかかる。躊躇いも後先考えるのもまったく無い。雇い主の俺に丸投げだよ畜生め。
結果僅か二日で既に二〇人が死んでいる。死因は射殺もしくは感電死。
死体が出来上がる都度、宿の者らが業者を呼んで死体処理をして、運び出された後は厩舎の後片付けをしている。
俺の被害妄想だと思いたいのだが、一回起こるごとに宿の関係者らの俺らを見る目の温度が一℃ずつ下がってる気がしてならない。夏の気配濃くなりつつあるのに妙に空気が冷えてる気分味わってる。
支配人に至っては遠回しの抗議なのか俺の前にご機嫌伺いの挨拶どころかあからさまに顔見世すらしてこなくなった。
地元有力者の紹介でやってきた高位高官の貴族相手としては異例ともいえる態度だ。
余程腹に据えかねてるだろうと察せれるので、俺はまったく怒らず寧ろ申し訳なさで心の中限定でとはいえ平身低頭しっぱなしだ。
ただでさえ正門付近の広場を二〇〇人以上の死体積み上げたというのに、一日一〇人前後の死体を作るとなれば後々の評判考えたら俺らなぞ厄病神もいいとこだよな。俺だって同じ立場ならキレ散らかすわ。
これ以上の滞在は互いにとっても不幸という点で考えたら予定より早い帰還は悪くはない選択。
バイクでこの有様である。コレ程面倒な事になってないがウチんとこのド畜生目当ての訪問もチラホラあった。
中には町内会代表的な人が改めてお礼言いに来たとかいう真っ当で平和的なのもある。そういうのだったら幾らでも構わなかった。
だが九割方は腕試し目的の命知らずな武芸者か探求心旺盛な学者崩れ。少数ながらいかにも虎の威を借る狐目当てな冒険者がパーティー勧誘で来てたわ。
酷いのだと何を勘違いしてるのか「ワシが買い取ってやるから差し出せ」と放言する金持ちもいたなぁ。
当然悉く門前払いコースだ。口論にはなったがターロン達がなんとか押し返してくれて助かった。なお勘違い金持ちだけは官憲に即通報して連行してもらった。
ただまぁ俺が節令使という立場だから口先だけで追い払えたがそうでなければ乱闘の一つ二つ発生してたわ絶対。
本人らが「私らそういうのいいんで」とズバッと断れば済みそうだが、こいつ等前に出すと訪問者がバイク盗人と同じ末路辿るの目に見えてる。
相手の自業自得になるとはいえこれ以上無駄な犠牲生み出す必要もないからな。
俺が頭悩ませるも、アホは日を追う事に増えてる気がしないでもないからそういう意味でも長居は無用になるわけだ。
と、帰る理由の尤もらしさはあるとはいえ何か釈然としないよな。
普通に考えたら俺って状況的に勝ってる筈というのに。
なんか追い詰められて逃げるような空気醸し出すのやめてくれません?
ケチつける相手など居るわけもなく、俺の呟きは空しく胸中に留まるのであった。
翌日から粛々と帰還準備に取り掛かる。
とは言うが荷造りぐらいならものの数時間で終わるので専ら外からのリアクション待ちになる。
まずやってきたのはフォクス・ルナール商会の仲介でやってきた商人達。背後には十数台の荷車が続いてくる。
彼らは俺との誼を結ぶ為のお話合いと同時に街中出歩けない俺の同行者達向けに土産や帰路に必要な物資などの品々を売りに来たのだ。
商売場所は宿の庭。数日前血の海出来上がったあの場所である。
費用度外視で大急ぎで血生臭さ払拭したとはいえまだなんとなく血と臓腑の余韻が残ってそうな気がしなくもないが、広いスペースそこしかないからしゃーないわな。
急遽出来た土産物屋に兵士や役人らは久方ぶりに表情を綻びさせた。
そんな部下らに俺は一人銀貨五枚支給してやった。
土産買うも良し買わずに懐にしまい込むも良し好きにするといい。と、告げると小さな歓声が上がる。
折角の商都旅行がこんな事態になってしまって申し訳なく思ってたからな。これぐらいポケットマネーで出して慰めでもしないとイカンでしょうよ。
店番を連れてきた店員らに任せて商人達は俺を囲んであれこれと話などをしていく。
情報になり得るなら報酬払うとこだが、彼らが言うにはお近づきの手土産代わりという事で気にしてくれるなという。
流石アーベントイアーさん親子が選んだだけあってどの商人も理性的で今回は分を弁えるべきと割り切っている。
ここ最近の訪問者がアレすぎたから有難みもひとしおだ。
というわけで俺も遠慮せずに話せる範囲の事は話すしあちらの話せる範囲の事を聞き出そうと熱心になる。
物価の変動含む景気全般に関していうとレーヴェ州では相変わらず平穏。北部三州と比べたら天地の差だと思える揺るがなさだ。
ただ最近保存食作りに必要な幾つかの素材が平時の三割増しの価格で取引されてるのと、武具関係を扱う商人の羽振りが少しばかり良くなってるのが目立つという。
ピンポイントすぎて余程じゃない限り何するか分かるやつだこれ。まだ商都側に余裕あるとはいえこの調子だとどうなることやら。
国内の目立った動きはそれぐらいだった。分かりやすい嵐の前の静けさだ。
あくまで確証だったり公式発表だったりの領分ではあるがな。噂レベルでいいならそれだけ喋りまくって一日終わるぞ。
そこはキリないので程々にしておいて、俺が次に問うたのは国外の話。
海に面して長年海上貿易行ってる土地故に他国の話の仕入れの質量は王都に勝るとも劣らないだろう。
俺も手勢を各地に放ってるとはいえほぼ国内。足を延ばしても精々隣国の首都で世間の声集めが関の山だ。
商人視点だからやや偏りはありそうだが、特に何か手を打つ段階でもないので確かな情報を得れば良しだわ。
とは言っても商売関係は今は手を出す余裕ないので商材系情報は話半分に聞き流す。
俺が聞きたいのは他国の現況。こちらと似たり寄ったりと察せるがその補強が欲しかった。
そしてどうやら俺の推測はほぼ間違ってないと分かり内心安堵した。
何かしらの弾みで国が揺るぎそうな要素が幾つもある事と、内容は分からないがとにかく国が国民に何か隠してるのだけは分かるという事。
後者に関しては勇者召喚関係だろう。隠そうとしても派手に押し出す準備の規模で漏れは出るもんだわ。
「そんなに分かりやすいのかね?」
「えぇまぁ。大っぴらに言えば何されるか分からないから言わないだけで、王など偉い方達が何か隠し事してそうというのは幼子らの間ですら噂されてる程」
「半端に情報が漏れるとは困ったものだ。大事ならばしっかり秘匿すべきだろうに」
商人らの前では呆れた風に溜息を吐いてみせたが、内心で俺は半分わざとではなかろうかと疑ってた。
情報を少しずつ公開して期待や不安を煽って注目集めさせるやり口なんて現代地球でも未だ行われてる宣伝方法だ。
娯楽の種類も豊富ではないこの世界のこの時代においては口コミは伝播において重要な役割務めるだろうからな。
発表したときの熱狂具合を想像して今からほくそ笑む王様や貴族どもの顔が目に浮かぶわ。現代地球人拉致してまずやる事それかよと舌打ちしたくなるが。
我が国も他人事ではないから余計にそう思えてならない。
何が起きそうだと予感は出来ても規模が如何程なぞ想像もつかない事態が迫りつつあるのだ。自己顕示欲によってる着飾った馬鹿どもはどこまで想像力働いてることやら。
他国の大まかな話を聞いてると珍しき話に感心するより暗澹たる気持ちが湧くのも困りもの。
まぁしかしあれだな。
俺はふと別の考えが頭に浮かぶ。ささやかな現実逃避したくなったのかもしれない。
勇者関連で思うんだが、普通知識チート持ち転生者となれば、ここらで話題転換で景気の良い事でもする流れだよな普通。
例えば知恵の一つを授けて利益を得させて商人達から感謝感激の好意を受け取るんだが、生憎時間的余裕ないので今回は見送りイベントだ。
なにせ知恵を授けたとこで準備と行動そして結果提示までの日数足りない。言うだけ言って丸投げは幾らなんでも不誠実だろうし。
小さいながらも様々な厄介事をなんとかするには早々と商都を出ていくしかない現状だとこの方法採用出来ないのは悲しいことよ。
引き続き商人らと世間話に興じながらも、俺はこういう方のお約束は外してしまう己の引きの悪さに頭抱えるのだった。
話も商売も問題なく終わり、互いの今後のお付き合いを約束しつつ商人達とは和やかに別れを告げた。
入れ替わりで来たのは冒険者ギルドの人間。なんとギルドマスターアランさん直々だった。
百人前後の武装した護衛を引き連れてと物々しいものであるが事情故に当然ではある。
ギルド側の訪問理由は双頭竜の解体された素材の受け渡しである。運び込まれたのはヴァイトのギルドが買い取り行う分だ。
普通なら解体作業含め諸々で忙しいだろうから暇な俺の方が顔を出して受け取りしてもよかったのだが、最早出ていく時以外は宿待機の身の上になった手前それも叶わず。
しかしわざわざギルドマスター自ら輸送受け持って訪問してくるのは少し意外ではあったな。
「それだけこの件を重要に考えてくれるのはありがたいがご足労かけたみたいで申し訳ない」
「いえお気になさらず。これが済みましたらまた当面は解体場とギルドの往復の日々ですからな。最後の顔合わせと思えばこれぐらい」
恙なく引き渡し作業を終えた後、やや疲れ気味な顔色のアランさんが微苦笑を浮かべてそう答える。
どうも双頭竜案件に加えて節令使府の命でギルド内部調査も並行して行う事になって忙しさに拍車がかかったようだ。
ワルダク侯爵率いた賊集団の中に冒険者が多数混じってた。しかも先日ギルド内広場の揉め事起こしたのを含めてAランクも混じってるとなると見過ごせなくなる。
FやGなど底辺クラスならゴロツキに毛が生えたような連中が大半なのでああいうのに加わっても仕方ない所はあった。
だが幾らなんでもAランクにまで上がるぐらいの力量ある者まで居るのは困る。
品性云々でやる職業ではないので、堂々と法や掟に背く言動をしなければ余程でなければある程度黙認はしている。此処だけでなく冒険者ギルドは概ねそういう所だ。
そんな大らかなというか大雑把なとこですら今回の件はアウトだ。なにせ国への反逆行為なんだから死んでおしまいで済ませられない。
前向きに考えれば膿を出す切っ掛けとも言えなくもないがな。
今までは多忙で後回しにしてきたり、一々目くじら立てる程のものでないとあえてスルーしたりと、微罪ともいえるものは多く有る筈。
節令使府もギルドも商人も、なんなら商都に住まう住民らもこの際都合の悪そうなものを排除する大義名分になるのなら、今回の馬鹿みたいな騒動も無駄ではないだろうよ。
と、俺は思ってみたり。所詮明日明後日ぐらいには立ち去る人間の無責任な考えな自覚はある。
「まぁやっておいて損はないだろうからな。乱れを正す事そのものは本来やるべきであろうし」
「仰る通りです。なので私もマルシャン侯も今しばらくは得た物を愛でる余裕はないでしょうな。あぁそれでですが侯から伝言を預かっておりまして」
「ふむ?」
「急な激務で自ら見送りに行ってやれない事を詫びておいて欲しいと言われまして。私もですが折角遠路遥々ご足労お掛けした方に礼を失するようで大変心苦しく思っております」
「マルシャン侯のご配慮痛み居る。双頭竜の件があるとはいえ所詮旅行のような目的で来た者に対して気を使わせて申し訳ない。と、侯にお伝え願いたい」
「畏まりました。それで、出立はもうすぐで?」
「今日で準備も終える目途も付いたから遅くとも明後日には出れそうだ。卿も既に掴んでる話と思うがちと宿の周辺がな。これ以上この宿に迷惑かけられん」
苦々し気に語る俺にアランさんも苦し気な表情で遺憾の意を示す様に左右に首を振る。
「当ギルドに所属してる冒険者も幾人か居たと伺っております。レーワン伯には誠に申し訳なく」
「単なる押しかけ程度ならまだしも死人が出てるのが笑えない。せめてそちらの冒険者達ぐらいは自重を徹底させてくれ」
「はい。本日改めて呼びかけ致します」
深々と頭を下げるアランさんの後頭部を見下ろしつつ俺は心の中で様々な感情の混じった溜息を吐いた。
俺らが此処でやる事もうほぼ終わったな。
後は現地の人間らが四苦八苦する案件となるだろうし、後ろめたさもあるが俺は帰らせてもらうとするよ。
損得で言うなら得の方が圧倒的なのになんだろうねこの微妙な感じ。
やっぱり旅行っていうのは五感に訴えて喜ぶ要素もなきゃ駄目なんだろうな。
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