第133話終わった後はどうしていこうか
解体係は一心不乱に双頭竜解体に専念してるとはいえ、監督係の面々は外の事態に一応はどうするか顔を見合わせていた。
多分そうなってるだろうと踏んでた俺は内心思うとこあれども外面は自信と落ち着きを保った風で姿を見せて説得にあたる。
「何も問題ないから大丈夫だ。引き続き作業をやってくれたまえ。なにすぐにカタが付きますからな」
「レーワン伯爵様の仰る通りです。あのお二人は凄くお強いですから大丈夫です」
お偉いさんである俺が断言して、後押しに魅了(小)スキル持ちの平成が愛想笑いしつつ頭下げると、アーベントイアーさんら商人関係者もギルドの人々もほぼ納得したかのような顔になる。
元から早急な処置が必要だったので白熱してた現場はそれで落ち着くことなった。
後はマシロとクロエの結果待ちだが、さてどうなることか。
商都内に行ったマシロには念の為にレーワン家紋章と俺のサインをいれた紙を持たせて臨時身分証にさせてるが、もし現場の兵士に通用しなかったらとか嫌な想像しちまうな。
主力は外の連中だろうけど、大勢住んでる街だからチマチマ潰していく手間もかかってるだろうし大丈夫かねぇ。
なお、外の奴らは首謀者である侯爵を生け捕りにする以外は縛り設けてないから多分大丈夫と思ったり。
阿鼻叫喚混じりの解体作業を横目に見つつ関係者各位との応対をこなしてる最中に、外で警備をしていたターロンが顔を出してきた。
「おうどうした。アイツラ戻ってきたか?」
「いえそれはまだ。実は州都との連絡通路から此処の節令使府の者が坊ちゃんに会いに来ております」
「意外に早かったな。それだけ中の方は余裕出来たか」
大方マシロが片付けた結果であろう。とにかくもこれから行われるであろう事を考えたら二人が戻って来る前にあちら側の人間が来たのはありがたい。
「すぐに会おう。連れてきてくれ」
「承知しました」
そう答えて去っていったターロン。
数分後戻ってきた時には十数人の人間を引き連れてきていた。
「レーワン伯爵様ご無事でなによりでございます」
挨拶がてらそう言って俺に恭しく頭を下げたのは、先日もアクダイカ捕縛の際に顔を合わせたマルシャン侯爵の側近であった。
侯爵の側近―エルト男爵という三十半ばの男は、形式的な挨拶を済ますと早速自分達の現況を語ってくれた。
日勤と夜勤の交代時期を強襲されたので現場は一時的に混乱。
だが海賊船は数える程度しか侵入してこなかったこともあり、体制整えたらすぐさま撃退出来た。
それでも街の各所で発生した被害を最小限に抑えられて尚且つ解体場へ使者派遣する余力が生じたのは、レーワン伯の手の者を名乗る奇怪な乗り物に乗った黒髪の少女の活躍で賊の半ばが駆逐されてた故に。
今は被害報告を調査。そして平行して残敵処理を行いつつ、外に集まってるという賊の本隊に備えて正門を固めてる最中。
というのが彼ら側の現況。
「いやまさか伯の助勢があるとはいえこうも早く事態が好転するとは思っておりませんでした」
エルト男爵は感嘆しつつそう話を締めくくる。
俺もアイツラの力ある程度把握してて送り出したとはいえこんなに早いのは少しビックリだよ。まだ出て行って一時間も経過してねぇよ。
とは思っても言わずに俺は落ち着き払った微笑を浮かべて「そちらのお役に立てて何より」と短く答えた。
でまぁマルシャン侯がエルト男爵派遣したのは、ワルダク一家が俺を逆恨みしてるのを知ってたので、呼び戻した兵隊を改めて送り出すついでに様子見しに来たのだろう。
対面したときに一瞬意外そうな顔をしていたが無理もないか。
なにせ賊の大集団は来る気配もなく、解体作業は続行されており、俺をはじめとしてこの場に居る面々は概ね落ち着いている。
指摘の一つもなければ外で行われてる騒動なぞ嘘みたいに思えるだろうよ。
あとはまぁこういう事態でも。いやこういう事態だからこそ双頭竜の事が気になってるのだろうマルシャン侯は。
おねだりしてた物が馬鹿の所為で手にできなくなる不安が強いというのは公人としては駄目過ぎるが、そこは許容範囲として俺も大人の対応でツッコミしないでおこう。
問うてみると返した兵隊に加えて人手の余裕生じたことで三五〇の兵を伴ってきたという。今は外の警備してる面子と共に城壁上や周辺で見回りしてくれてる。
ということもあって一応こっちの心配もしてるわけだしな。
互いに現況に関して伝えあいも済ませてさてどうしたものかという話し合いを行おうとしたときだ。
「節令使殿。マシロ殿とクロエ殿が戻ってきたぞ」
今度はモモがそう言ってこちらに小走りに駆け寄ってきた。
その報告に俺や俺の関係者以外の面々がざわつく。なにせ出て行って左程時間経過もしてないのだから当然である。
「それでだ。二人に節令使殿を呼んできて欲しいと頼まれて」
「……私が行くのかね?」
わざとらしく俺は眉根を寄せて問い返した。
俺もあっちが呼びつける意味を察したので別に嫌でもないし文句もないが、立場的にも周りの人配慮的にも一応こう言っておかなきゃならん。
俺の意図を理解してるのか、どちらにせよ伝言を伝えに来ただけなので知らんがななのか、モモは愛想の欠片もない顔で無言で首を縦に振る。
「……分かった行こう。何か理由もあるだろうからな」
周囲には仕方がない風な態度を示しつつ俺はターロン、モモ、平成を連れて外へ向かう。
数歩遅れて同行したのはアーベントイアーさん、アランさん、エルト男爵。そして彼らを護衛する者含めて数十名。
現場の一時的な指揮は王都の副マスターらに任せる事にしたらしい。実際のところ解体係達の修羅場を延々と見物するしかやる事ないしな今。
ぞろぞろと引き連れて外に出ると、目の前には薄汚れた白衣を纏った黒髪少女と雑ゴスロリ着てる亜麻色の髪の少女がいつもの気怠そうな投げやりな笑み浮かべて待っていた。
「はいただいまー。ゴミ掃除済ませてきたよー」
「くくく、ミッションコンプリートの安易安直。朝飯消化にも満たないライトなワーク」
出かけた時と微塵も変わらぬ様子の二人に俺は安堵と呆れ交じりな思いを抱きつつ精々鷹揚に頷いて見せた。
「うむご苦労さん。で、その後ろのはなんだね?」
二人と二台の後ろには、木箱の重なった荷車と、土下座して見るからに震え上がってる男共と、それと縛られて転がされてる屑貴族が二人。
ワルダク侯爵は分かる。レーヴェ州節令使府というか政敵追い落としに活用したいマルシャン侯爵に引き渡すために生け捕りにしろとは言ったから。
それ以外に関しては半ば投げやり気味に好きに始末しろと言ってる。どうせこんな馬鹿な事しでかしたんだから死ぬしかないだろうと思ってるんで。
だからアクダイカとかが生きて此処に居るのがちょいと不思議に思えた。
「んー?あーそこ一応説明してあげるねー」
俺の率直な疑問に対してマシロとクロエは特にはぐらかすことなく答えるようだ。
クロエが野外に集結してた二〇〇〇の賊をほぼ殺した事。
最中で侯爵夫人も始末した事。
帰る途中に一足先に用を済ませたマシロがやってきたので、魔法で死体は全て燃やし尽くして処理した事。
木箱の中身は屋敷から逃げ出す際に持ち出した金銀財宝が詰まってる事。
侯爵親子の拘束と荷車曳く協力と引き換えに一時的な助命をする約束して数名の奴らを見逃してやった事。
それらをマシロが語り終えると僅かながら場に沈黙が漂う。
僅か一時間足らずで州都内の賊の半ばを始末して船も一隻沈め、州都外の二〇〇〇もの武装集団を全滅させて首謀者を拘束。
たった二人で容易に成し遂げられた事実に驚愕するなというのが無理だろう。
Aランク冒険者という肩書では納得は出来ないだろう。Sランクでもやれるか否か。仮にやれたとしても一時間でやれるような安易なものではないのだ。
驚愕には畏怖や動揺もあるだろう。得体が知れないという表現では収まり切れない底知れなさを程度の差はあれども実感してる筈だ誰もが。
沈黙を破ったのは原因を作った側だった。
「とりあえずさー、侯爵と財宝詰まった木箱全部渡すよー?あと、助命引き換えに手伝わせたそいつらはちゃんと裁判かけてやってよねー?死ぬにしても問答無用じゃ嫌だろうしー」
露骨にめんどくさそうな表情と声でマシロが言い放ち、クロエが顎で指し示す。
二人の発言にまず我に返ったのはエルト男爵であった。
男爵は今回の騒ぎを沈めた功労者二人と騒ぎを起こした侯爵一同を交互に見つつも、とりあえず傍に居た兵士達に命じて平伏してる男らを拘束して引っ立てていく。
乱暴に起こされて連行されていく男達は特に抵抗も騒ぎもせず不気味なぐらい大人しく従った。
去り際に青ざめた顔でクロエの方を見てたのが印象に残ったが、どんだけ恐ろしい光景を目にしたんだこいつ等。
次いで大金や宝石詰め込まれた木箱に関して男爵は俺の方を振り向いて無言で見つめてきた。
全部押収出来るなら大変ありがたいとはいえ、功労者の働きを掠め取る形にはなるので主である俺に確認とりたいのだろうな。
金銀財宝は多く所有するに越した事ない。ほぼウチんとこの活躍で解決したのだから多少懐に捻じ込んでも黙認されるだろう。
とはいえ、ワルダク侯爵家の私財だろうあれは。例え犯罪で稼いだ金とはいえな。
万が一にでも後日どこからか因縁つけられる可能性もないわけではないので、俺としては功を立てた事実さえ公文書に明記さえしてくれるなら財宝はくれてやってもいいと判断。
俺がそのような旨を告げてやると男爵は幾分安堵した表情を浮かべた。
「畏まりました。閣下にはそのようにお伝え致しますのでご安心を」
「うむ。マルシャン侯にも既に伝えてあるが、今回の件で表立った功をお譲りする代わりに面倒事を引き受けてはもらう手筈だからな。そちらの財宝もその一環として節令使府で押収して管理してもらいたい」
そう言いつつ俺は転がされてるワルダク侯爵の方を見る。
連れられた時から静かなのが気になったんだがどうやら気絶してるらしい。
顔中に脂汗流しながら目から涙、鼻から鼻水、口から泡を噴き出してる有様。
恐怖だけではなさそうなので身体の方に視線移動させると、右足の足首から先が無くなっている。足の裾部分が焼け焦げてるのを見ると焼いたのか?
マシロとクロエに説明を求めると、まずクロエが黙らせるために潰して、次いで合流したマシロが出血死の可能性―多分適当にそう思っただけだろうが―考慮して傷口塞ぐ目的込みで焼き落としたという。
マシロ曰く「助けてぇ治癒ー」と五月蠅かったのでお望み通りしてやっただけというが、言動にイラッとした末だろ絶対。
ワルダク侯爵はそのショックで気絶したか。いやまぁあれだ、大体の奴はそうなるだろうよソレ。
下手に暴れたり喚かれたりして見苦しいのを拝むの回避出来るのは喜ばしい事だと好意的解釈しとこう。
男爵も似たような考えだったらしく、肩を竦めつつ兵士らに命じて先程と同じように改めて拘束して運び出していく。
「このまま全員節令使府へ連れていきすぐさま然るべき尋問を行う予定なのですが、その……」
「卿の言いたいことは分かる」
困惑する男爵同様に俺もどうしたものかと軽く困るのが残ってる。
父親と同じように気絶して転がってる嫡男アクダイカの存在だ。
普通なら親共々引っ立てて終わりだろうが正直なところマルシャン侯爵もレーヴェ州節令使府もいらないだろう。
あくまで利用価値あるのは侯爵自身のみであり、親の権威を借りて調子乗ってた馬鹿息子など価値がない。
これはあくまで俺の今後の予想ではあるが、ワルダク侯爵家は取り潰されるか、家は存続許されても爵位を大幅に下げられて財産も領地もほぼ没収。しかも直系に継がせずどこぞの傍流に継がせるという処分になるだろう。
貴族同士の慣れあいや長年の政治の腐敗である程度悪さしても有耶無耶にされるか少額の罰金で穏便で済ませられる嫌なご時世とはいえ、今回は明々白々なライン超えてしまってる。
おまけに王位継承争いで敵対する派閥の追い落としを堂々と出来るともなれば、私人としても公人としてもマルシャン侯爵は厳格な追及するだろう。
消滅か没落かのいずれかの運命しかない以上侯爵家嫡男なぞ不要も当然。
かといって一罪人扱いするのも体裁というものがある。それこそ第一王女派から「それはそれとして如何なものなのだ」と言われかねない。
貴族の一員として遇するのも罪人の一員として遇するのも面倒。いっそ侯爵夫人のように死んでくれればよかったのに。
正直すぎる思いがあるので俺は躊躇うことなく連れてきた当事者に訊ねてみることにした。
「なんでコイツわざわざ連れてきた?」
「くくく、断罪痛快サンバ。セオリーな歩みも時にキングロードも善也」
「……なんとなく言いたいことは分かるけどちゃんと説明しろや」
「あれよあれー。侯爵はあっちで処理するとしてー、こっちもケジメつけ要員を見繕ってみたのよー。ベタの天丼ばっかりだったしさー、どうせなら締めもベタな断罪イベントやっちゃおうぜー的なー?」
「いらん気遣いなんだわド畜生ども」
あっけらかんとした言い草に俺は額を抑えて呻いた。
確かにここ数日のトラブルはベタなチンピラからスタートして嫌なテンプレの連続だった。それは認めよう確かにベタすぎると。
だけど貴族の馬鹿息子を断罪するとかいう始末の立ち合いまでする必要ねぇだろ。俺としては侯爵引き渡してはいおしまいと行きたいとこなんだぞ。
いやー、でもしかしなぁ。ここでじゃあ渡した方がいいかと言われたらあちらも困るだろうし、ここで話付けて恩を更に売っとくべきか?小さくても恩にはなるだろうしな。
それにしてもどうすんだこれ。
露骨に顔を顰めて唸りながら考え込んだ末に俺は決断を下す事にした。
早速だが、困り果てつつアクダイカを見下ろしてる男爵に声をかける。
「エルト男爵」
「はい」
「卿らに引き渡すものは全て引き渡し終えた。このまま節令使府に帰還して此処の現況報告と共にマルシャン侯に渡して責務を果たしたまえ」
「えっ、いや、しかし、そこにおられるのは」
「ワルダク侯爵の捕縛には成功。だが彼の妻子はその際の乱戦で死亡した。そこに居る二人もそう主張しているし、確認するにしても死体は全て魔物対策の為に焼かれてしまっている」
「はぁ、えぇ、まぁその……」
「そこに転がってるのは多分死体から服を剥ぎ取ろうとして捕まった奴なのだろう。だが私を二度に渡り襲撃した者共の一員であるのは確かであるので、レーワン伯爵家としては然るべき措置をとらないといかん」
「…………そうですな。私らも暇ではないので討ち漏らした罪人の一人の素性を一々確認するのも如何なものと思っておりまして、伯のお手を煩わせるのは大変心苦しくありますが、当主襲撃の罪科あれば直々に問いただす権利はありましょうな」
「うむ。貴族としての沽券もある故に面倒ではあるが仕方がない。なので後はお任せするとしてそこの者の処遇は任せてもらおうか」
「畏まりました」
「マルシャン侯にも日を改めて伺わせてもらう故によろしく頼むぞ」
「心得ておりまする」
話しているうちに察したエルト男爵は徐々に事務的な表情となっていき、最後辺りはアクダイカからあからさまに視線を逸らして俺に頭を下げて立ち去っていった。
侯爵とその部下と財宝を積んだ荷車共々慌ただしく州都内へ運んでいく男爵らを見送りつつ俺はこの後の展開に軽い憂鬱を感じずにはいられなかった。
ケジメも必要だし実績も必要だしで意義はないわけではない。
だからって俺がわざわざ立ち会わんでもよかろうに。
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