第131話商都の少しだけ長い一日 その5

 一方の州都内では賊による騒ぎが徐々に拡大していた。


 王都副都に次ぐ国の重要地であり経済の要所ともいえるべき地なので安全保障面に抜かりはない。


 現に駐留軍も他所の州よりも比較的多く割り当てられてる上に治安が良好なのもあって各県への割り振りも細かくはなかった。


 更に言えば海賊船の相手は海軍に任せてるので質量共に上陸してる賊相手なぞ現時点の兵力もあれば容易く鎮圧可能。


 とはいえ、十万近くの人間が住んでおり空地含めて広大な街中にて複数の賊の探索と鎮圧は容易なものではなかった。


 加えて幾つもの要素が州都の治安維持機能を鈍くさせている。


 午前中の時間帯、現代地球時間で言うと七時から十時にかけてのこの時間は夜勤の兵と日勤の兵の交代や引継ぎ作業によって業務に隙間が生じる。


 夜勤の兵は一仕事終えた安堵感や休息への脱力感で気が抜けた状態であり、行動力のある者は寝る前の一杯を引っかけようと足早に職場を抜け出し朝から酒も提供してる飯屋へ向かったりもする。


 日勤の兵も同僚からの引継ぎ内容の確認や業務によっては今日の仕事の為の準備の為にすぐには現場には向かっていない。


 生真面目に手早く準備を済ます者、巡回などすぐにでも始められる仕事を割り当てられてる者なども少なからず居るが、今起こってる騒ぎに全てが対応出来るわけもなく。


 非番や内勤等で即戦力とならない者もいて駐留軍は実数程には兵士を動かせずにいる状態。


 次いで注意を逸らされて初動対応が遅れてしまった事。


 海軍本隊が駐留しており、更には海上商人の船は内容に格差あれども概ね武装している。


 そのような軍船や商船が屯っている港に数える程度の海賊船が無謀にも襲撃をかけてきた。最初の発見者である監視塔の兵士らも誤認を疑ったぐらいだ。


 第一発見者らと同様に節令使府や海軍も報告を受けたときは何かトラブル生じた船団が港内へ逃げ込んできたのでは思った。


 だが漁船や朝出立しようとしてた商船が攻撃をされたとの報を受けてしまっては、海賊の襲撃だと認めざる得ない。


 少数とはいえ海賊の襲撃など滅多に起きない事態に現場は僅かな時間ながら混乱する。


 駐留軍兵士らもあまりにも珍しい事態に浮足立ち、尚且つ野次馬根性丸出しで港の方へ駆けつけてしまった者も多数居てそれが仇となってしまう。


 ほぼ同時刻にはワルダク侯爵一家が二千人もの武器を持った輩を集めて此方に向かってくるとの報も入ってしまい、正門方面へとりあえず駆けつける兵士も居て街中の警備の密度は薄くなる。


 海賊やそれに類する沿岸部を生業にしてる罪人集団はその隙に各所から入り込んでいたのである。


 それと関係して商人やギルドとの連携をすぐさま行えなかった。


 ギルドは冒険者が所属しており、商人は零細やこの地に店を持たない個人業を除けば護衛を必ず雇ってる。


 彼らに一声かければすぐさま駐留軍と同数が集まることだろう。そしてそれらを上手く使えば人手不足による多少の荒も補える。


 しかし節令使府側と同様に業務開始直後にある動きの鈍さと州都近郊及び港における襲来の騒ぎに右往左往してしまう。


 動けたにしてもまず自分や店を護るために備えをする事を優先してしまい護衛やギルドに顔出していた冒険者をその場に待機させることに。


 これによって一部地域の安全のみが固まる結果を生じさせた。無防備晒してるのは露天商や先に述べた護衛を雇う程の資金力のない商人が大半となる。


 節令使による厳命によって強制的に治安維持へ狩り出す手段をとろうとも、当の節令使をはじめとする行政側も混乱を抑えようと受け身の姿勢を選択しており発令そのものが後回しとなる。


 以上の要素が重なった結果、賊の乱暴狼藉を対処すべく早急に動いた兵士は一部に留まり、各所では一秒ごとに被害は拡大して地元住民はパニックに陥る羽目となった。


 立ち直り反撃に転ずるまでの間に如何程の被害が出てしまうのか。と、対応に追われる兵士や逃げ惑う住民らは恐れ戦く。


 だが彼らの懸念や不安は想像より遥かに下回る結果となる。


 何故ならば一人の少女によって情勢が好転するのだから。


 と、この時の商都に住まう全ての人々が知る由もなかった。





 聞き慣れぬ爆音を賊らが最初に耳にしたのは、犯罪組織間で共有されている裏道を使って街の大通りの一つに姿を見せた時であった。


 数は二〇前後で全員がいかにも野盗のような危険な見た目をしている。手には刃物どころか中にはいつでも火を点けれるように油で濡れた棒切れを持ってる者も居る。


 まだ朝方故に盛況とはいえなくとも、溢れるほどの品や銭を抱えた露店の数々に賊らは略奪の意欲を加速させていた所。


 逃げ惑う人々を武器をかざして威嚇しつつ金目の物を物色しようとしたその時にその音が辺り一面に轟いた。


「なんだこの音?」


「もうここの兵士が来やがったのか!?」


「いやでも騎兵の来るような音じゃねぇなこれ」


 程々に暴れて盗るもの盗ったらすぐ逃げろ。と、上から指示されてるとはいえ、邪魔者はまだ誰も来ないと踏んでこれから略奪を始めようとしてた賊らは不審そうに周囲を見渡した。


 ようやく音の出所に気づいた時、賊らは不審の上に得体のしれない何かを目にした恐怖を上乗せすることとなった。


「なんだあれ!?」


 異口同音に叫んだ先に姿を見せたのは、見たこともない形をした、生き物が曳いてもないのに風のような速さで疾駆する鉄の乗り物。


 そしてそんな得体のしれない乗り物に平然と跨っている白い衣を纏い長い黒髪を靡かせた少女。


 彼らにとって異様ともいえるその光景は、最後に目にする光景ともなった。


「とにかく避け―」


 叫びの後に二の句は告げられなかった。


 聞き慣れぬ爆発音が場に木霊した。


 賊の一人の頭部が何か固いものが当たった音が響くと同時に弾け飛ぶ。


「!?」


 何が起きたのか把握出来ないままに次々と頭部や心臓を正確に一撃で狙い撃たれていく賊達を、住民らは逃げるのも忘れて呆然と見ていた。


 場に居た賊の最後の一人が頭部弾けて倒れたのと謎の乗り物に乗ってる少女が現場に到着したのはほぼ同時。


 この間僅か十数秒の出来事であった。


 一旦停止して死体を冷ややかに見下ろす少女―マシロはいつもの空虚交じりの愛想の分を取り戻すかの如く不機嫌の影を滲ませた無表情をしていた。


 バイク移動しながらの精密射撃を難なくこなしたというのに、普段ならばリュガがほぼ一手に引き受けてるような舌打ちをする姿は、クロエ同様に普段の彼女しか知らない者達が見たら驚くような姿である。


「コレはコレで楽とはいえ面倒だな」


 拳銃―チアッパ ライノとトーラス・レイジングブルを合体させたような、SF作品にでも出てきそうな奇異な見た目のソレを軽々と片手で扱いつつ、もう片方の手でハンドルを握り続けながら周囲を見渡す。


 その際に呟いた独り言に応じたのは彼女の愛機であるシャドウファントム・メールであった。


『この世界で覚えた魔法を安易に使い過ぎた弊害ですね。念じれば何でも出来る手軽さも考え物ですか』


「標的識別して正確にそれだけ当てるていう芸当覚えなきゃ駄目か。イイ暇つぶしにはなるかもしれんが」


『……楽しすぎるも如何なものかと』


「うるせぇ。こんな雑魚どもに使い慣れた武器使うの無駄すぎんだよ」


 こんな風にな。と、吐き捨てたマシロは振り返りもせずに下に降ろしてた拳銃を横に向けて発砲する。


 家と家の隙間に身を潜めていた賊の生き残りが短い悲鳴を上げて絶命する光景に、周囲の人間からどよめきが起こった。


 賊の死や周りの反応なぞ完全に無視しつつマシロは改めて周りを見渡す。


「この辺はひとまずこんなもんか」


『そのようです。恐らく一足先に到達した奴らでしょうから、大半はまだ港及び中央部に蔓延ってるものかと』


「とりあえず目についたゴミを掃除しつつ港の方へ向かっていけばいいさ。取りこぼしぐらいはここの奴らでやればいいだけだ」


『では移動しますか?』


「あぁ」


「お、お待ちくだされ!」


 エンジンを吹かして再び移動しようとしたマシロを住民らは恐る恐る呼び止める。


 煩わしそうな顔をしつつもマシロは声をかけられて一旦停止して振り向いた。


「なんだ?」


「あっ、いえ、その、助けて頂きましてありがとうございます。それで、あの、お名前を伺いたく思いまして」


 その申し出にマシロは本来の目的を思い出して「あー」と声を出す。


「名乗る程の者じゃない。私はヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵の命によって商都を救いに来たのだ。感謝するならレーワン伯爵にでもすることだな」


「レーワン伯爵様……」


「別のとこの節令使様が」


 マシロの言葉に周囲が再びざわつく。


 思いもがけない人物からの救いの手に驚く声もあれば、先日のアクダイカの一件を目撃した者がそれを思い出して声を上げたりもしている。


 住民らが思い思いに発言を咀嚼してる間にマシロは言う事だけ言ってバイクを走らせて消えていた。


 騒ぎや煙が立つとこにバイクを飛ばして駆けつけてはその都度十数名の賊を射殺しては助けた人々にリュガの名を伝えていく。


 これを幾度も繰り返していき、マシロが港付近にまで到達した時点で上陸して無法を働いてた賊らの大半は処理されていた。


 途中、現場に急行する兵士らに遭遇して誰何の声をかけられるも、自身の所持するAランク冒険者の証と、行く前にリュガから渡されたレーワン伯爵家の紋章とリュガのサインが記された紙を突き付けて黙らせていく。


 船が屯ってる区域に来た時には助けた住人や街中へ向かってた兵士らから賊鎮圧をほぼ一手に引き受けている女冒険者の報告が知れ渡っており、警戒中の兵士らから驚かれはされても誰も進行を引き留めようとはしなくなっていた。


 私物である小型だが高性能の双眼鏡を取り出して海の方を見ると、港へ攻め込んでいた数隻の海賊船は細い黒煙を上げつつ逃走の動きをしているのが映った。


 ワルダク侯爵の指示で最初から陽動目的だったとはいえ、流石に海軍本隊と武装商船が停泊してる港の襲撃は無謀だったらしい。


 隙をついて湾内に入り込んだもののすぐさま迎撃されて予想以上の速さで逃げる羽目となっていた。


 節令使府と海軍がこのまま追撃かけていけば確実に沈められるか降伏させてお縄につけるか出来る。


 マシロとしてはこのまま見物に回ってもよかったのだが、まだ一隻も沈めたり降伏させてない煮え切らない様子を見てもうひと手間加えての駄目押しでもしてみるかと考えを改める。


『どの方法でなされますか?』


「銃だけでもサービスもいいとこだったんだからあんなボロ船なんざ魔法でいいかもね」


 この世界の魔法に携わる人間全てが思わず聞き返したくなるような軽さでマシロは魔法による攻撃を即座に選ぶ。


 異世界の住民にとってはともかく、マシロにとっては魔法は実に都合の良い異世界転移で付与された能力だった。


 何をするにしても適当にやれるしデメリットは存在せずで息を吸うように使える楽をするに便利な物。


 ついでに言うなら魔法の一つも見せてやれば大概の連中をすぐ黙らせる事が出来る所もそれなりに彼女の気に入りとなっている。


 少なくとも、今はまだ自分やクロエ自身の持っていた力を使うまでもない。


 このまま何事も適当に楽しくやれたらそれに越したことはない。


 バイクから降りたマシロは海の彼方でのたうち回るように逃げる海賊船を見据える。


 いつもなら適当な言葉を紡いで放っているが、この場に居るのは自分の愛機のみ。


 なのでマシロが示した動作は片手をかざして軽く一息吐いただけであった。


 瞬間、彼女の掌から一筋の光が放出され、それは一本の矢のような形となって逃げようとする海賊船へ向かっていく。


 放たれてから数秒後、一隻の海賊船が突如雷鳴の轟のような音と共に船体の半ばを破壊されて沈んでいった。


 元から警備の為に居た者や念の為の監視として赴いていた者など、マシロの近くに居た兵士達がその光景とその光景を生み出した少女を信じられないような顔して凝視している。


『お見事です』


「当然。まっ、功の独占もよくないだろうし一隻沈めるぐらいでいいかもしれないわ」


 周りの視線など気にも留めずマシロは着弾を確認して事もなげに呟くのだった。





 腐った果実が潰れたような音と共にまた一人愚か者が死んだ。


 マシロが海賊船を沈めていた頃、クロエは侯爵一家を更に追い込んでいた。


 彼女の素早い動きと圧倒的な力の前に逃げようとした者含めてほぼ殺されており、侯爵一家の身辺には六、七名を残すのみとなっていた。


 無論その気になれば残りも瞬時に殺せるが、一応考えがあってわざと残してるだけである。


 クロエがわざと生き残らせた者らも武器を捨てて震えながら地に這い蹲って命乞いをしている有様。


 最早ワルダク侯爵一家を護る者は誰も居なかった。


「あぐぁ、あわ、あわうわぁわぁ……」


「あ゛あ゛~お゛お゛あ゛、ペェゲェェ……」


 輿を担いでいた男らも皆殺しにされた上に輿も叩き壊されて地面に座り込んでるワルダク侯爵とアクダイカは恐怖に顔面を引き攣らせて意味のなさない呻き声を上げて震え上がっていた。


 数分前にあった威勢や無駄にあるプライドなども砕けたのか、最早糞尿漏らして地べたで身悶えるしか出来ないようであった。


 侯爵夫人は怒りやヒステリーといったものが強いらしくで辛うじて踏みとどまってるのか、腰を抜かして震え上がりはしてるが夫や息子よりは醜態を晒してはいない。


 それだけの話と言えばそうではあるが。


 クロエにとってはどうでもいい事であり、ミリ単位ですら何もそそられるものなど無かった。


 ただぶっ殺す対象。それ以上でも以下でもない有象無象。


「さてアタシらが今後もデカい顔して平和に暮らす為の肥料の欠片にでもなってもらおうか」


 誰かに言って聞かせるわけでもない何気なく漏れた言葉。


 二千もの惨殺死体を作り上げ、周りが小さな地獄と化してる原因が言うにはあまりにも軽い口調と声音である。


 さも侯爵含めてどうでもいいモノとしか見てない思ってない物言い。


 自分らを見下す赤い瞳が何を思い何を考えてるのか、死を目前にして怯える者達にはまったく理解出来ないのであった。

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