第130話商都の少しだけ長い一日 その4


 足取りも軽く出ていく二人を見送った俺はターロンとモモに周辺警戒の指揮を任せることとして、平成と共に解体場内へ戻ることとした。


「節令使様ご無礼をお許しくださいませ。その、あの、よろしいのですか?」


 つい数分前とは打って変わって、さも終わった後のような雰囲気になって立ち去る俺を不審に思ったのか、冒険者の一人が意を決して訊ねてきた。


 たった二人で行かせた事へなのか、既に解決したかのような感じで事を進めようとしてる事へなのか、或いはどちらもか。


 どっちにせよ知らない人間からしたら当然の疑問だな。


 俺は別に怒ることもなく立ち止まって肩越しに振り向いた。


「大丈夫だ。双頭竜討伐してのけた奴らだぞ?心配する余地などなかろうよ」


「それはそうですが……」


「というわけだから君らは引き続き解体場の警備を怠らず行うように。他の方角から別動隊が襲ってくる可能性もあるのだからな」


 実績を持ち出しても若干不安そうな警備担当の人らにそう言い残して俺は再び歩を進める。


 今のようなやりとりを中に居る人達ともせねばならないし、終わった後の事への思考切り替えもせねばならん。


 どんな風にやってのけるにせよ、頼んだ俺が今やってやれるのはやらかしの後始末なのだからな。





 同時刻。


 ワルダク侯爵一家が率いる武装集団は一路リュガが居るギルドの特別解体場へ向けて進軍していた。


 侯爵家お抱えの私兵を中心に、州内外の犯罪者、様々な理由で逃げ出した各州の落伍兵、冒険者ギルドで素行の悪さや前科持ち故に辛うじて除籍だけはされずに捨て置かれてる不良冒険者、傭兵の中でも金次第で犯罪も厭わない類の者などの混成であり数だけなら二千人もの団体であった。


 それに加えて裏で繋がりのあった地元海賊など沿岸部を縄張りとするならず者らが陽動の為に州都の港襲撃や街中での乱暴狼藉を働いている。


 逃げ出す際にも手放すことなく運び込ませた輿の上でワルダク侯爵は不快気な唸り声をあげる。


「こんな筈ではなかったというのに。あの小僧めが、僕様達を酷い目に合わせた報いを受けさせてやるぞ」


 リュガの想像どおり、ワルダク侯爵は本来別の目的の為にレーヴェ州をはじめとする近隣に巣食う犯罪者たちを商都であるこの地に呼び集めようとしていた。


 彼は王都で行われるある計画の為の一環として自分の伝手を駆使して人を集めようとしていた。


 一個人が二千を超える戦える人間を素早く掻き集めてきたとなれば、自分の属する派閥の者らだけでなく王宮内や貴族間で評価が高まり、やがては更なる高みに登れるという打算に酔っていた。


 とにかく集めてくればいいのだ。地位を振りかざして少しの金銭恵んでやれば下賤な奴らは幾らでも群がるだろう。


 一時的に犯罪組織からの上納金や非合法に得られた献上品の数々が途絶えるが、計画が成功して更なる栄華を得た後に今以上に庶民どもからせしめてやればいいだけ。


 そもそも自分のような優れた選ばれし貴族へ奉仕出来る栄誉を授けてやるのだから何も問題などないのだ!


 量より質であるとか関係ない。そもそもその辺りの事を微塵も考慮していない時点で後々己の首を絞める原因となるのだろうが、都合の良い事しか目にしようとしない侯爵は想像すら出来ない。


 家族でバカンス満喫してる間に商都近辺に集めるだけ集めさせて帰りに引き連れていく。


 計画もなくただ招集をかけて以降は連れて行けばいいだけとしか雑な考えしかしてなかったが、とにかくも集まりつつあった。


 狂いが生じたのはここ数日。


 リュガ・フォン・レーワン伯爵と名乗る若造が現れてからケチがつきだした。と、侯爵は心から信じていた。


 どうやら自分の配下にある奴が諍い起こしてレーヴェ州節令使府に目を付けられ、翌日には大事な跡取り息子が人前で取り巻き共々地を這いつくばらされて侯爵家が恥を掻いた。


 更に当然の報いを受けさせようと伯爵の泊る宿を襲撃したら返り討ちにあった挙句に節令使府の奴らが恐れ多くも侯爵である自分を本気で捕縛しにきた。


 間一髪で手下として使ってた地元海賊の裏道を使って脱出したものの、怒りの収まらない一家は持ち出した財貨をバラまいて人を集めつつ州都外に集結しつつあった連中との合流を果たして今に至る。


 当初の目的を完全に忘れたわけではなかった。


 だが侯爵一家はリュガへの報復と慰謝料代わりに双頭竜をはじめとするギルドの品々を略奪、そして自分を追い回した当地の節令使府への当然の権利としての反撃をすることへ意識の半ばが向かっていた。


 後先は考えてない。そもそも目先の欲求を満たす事以外をする気もない、お菓子を欲しがって駄々をこねる幼児のようなメンタルを肥大化させてるような状態なのだ。


 こちらが力をあることを目に見えて示せば全員こちらの言動を是とするだろう。


 先々の対応と言えば精々この程度の考えしかなかった。


 陽動が機能してる間にさっさとリュガを血祭りにあげようと手下たちを急かす為に怒鳴りつけようとしたときであった。


「侯爵様、先頭付近の者からの報告で前の方に見慣れぬ騎影が一騎こちらに立ちはだかるように立っております」


 報告に来た手下の一人に侯爵一家は揃って不愉快そうな表情を浮かべる。


「たかが一騎ならさっさと排除しろ屑!僕様達に伺う程じゃないだろう馬鹿め!」


「二千も居るのにその程度も確認しないと何も出来ないとかこれだから下賤な者らは頭が悪いわ」


「俺様達はさっさとあの伯爵を成敗してやりたいんだから早くしろよ!!無能な糞ども!」


「…………わかりました。ではすぐそのようにします」


 雇い主とはいえ露骨に見下し罵声を浴びせてくる侯爵一家に、報告に来た手下は殺意を堪えて辛うじてそう言い終えると足音荒くその場を立ち去った。


「まったくこれだから卑しき身分の庶民どもというのは使えない。僕様らが使ってやらなきゃ何も出来ない価値もないから苦労するわ」


 屋敷から持ち出したワインを暑気払いに飲みつつ侯爵は周囲へ侮蔑の視線を投げつける。


 同調するように妻も息子も嘲笑を浮かべて特に意味もなく周囲の者を鞭や杖でこついで苛立ちを紛らわせようとした。


 罵声を浴びてきたならず者はそれでも一応指示を伝達の仕事を果たしたのか、一行は立ち塞がる馬鹿をさっさと排除して移動再開しようと動き出した。


 思ってることに違いはあれどもこの報告をした方も受けた方も大した事ではないだろうと考えていた。


 数分後、彼らは人生最後の後悔を抱くことになると知らずに。





 立ち止まったように見えたがすぐさま移動を再開させる光景を目にしたクロエは特に思う事もなくサイドカーから降り立った。


「……馬鹿はどの世界でも馬鹿なんだな」


 いつものような気怠く投げやりな笑みは浮かべておらず、モモ以上に不機嫌そうな表情を浮かべてこちらに向かってくる賊の群れを見据える。


 インチキ中二病を並べ立ててる奇矯な雰囲気も失せており、うざったそうに亜麻色の髪を片手で搔きむしりつつ軽い溜息を吐く様子は冷めた荒っぽさを感じさせ、彼女を知る者なら驚きを隠せないであろう。


「懲りて逃げてりゃいいのに数増やせばどうにかなるとか昨日何見てたんだか」


『気持ちは分かりますが、敵対勢力はあなたの情報をロクに得てない以上は選択肢としては普通ではないでしょうか』


「分かってるよそんなことは。どうあれ結果は同じだろうし気にしても仕方ないか」


『御意。数が多いだけの烏合の衆如き手早く片付けてしまいましょう』


「だね。フルールはこの辺で待機してて。討ち漏らした奴やレーダーで捕捉した奴とかきたら適当に殺しといて」


『御意。黒江もお気をつけて』


「あぁ」


 愛機であるサイドカーにそう告げてクロエは侯爵率いる武装集団の方へ歩みだす。


 奇妙な恰好をした少女が一人でこちらに向かってくるのを見た連中が不審と嘲りの声を上げてるのを無視してクロエは一つ息を吐いて言葉を紡ぐ。





「変身」





 炎の嵐が一瞬だけクロエの身体を包み込む。


 晴れたときに姿を見せるのはフルフェイスの仮面を被る漆黒の異形。


 ルビーのような紅い瞳は真っすぐに今から殺す有象無象らを見つめていた。


 先頭に居た男たちは突然の事に足を止めて息を吞む。中には本能的に恐怖を感じたのか数歩後ずさりする者も居た。


 眼前で展開されつつある動揺など気にも留めず、クロエは誰に言うわけでもなく一言呟く。


「とりあえず今からお前ら全員ぶっ殺すから」


 それが始まりの合図となった。





 ワルダク侯爵が異変に気付いたのは 何口目かのワインを飲んでほろ酔い気味になりつつあるときであった。


 前進が止まってる事に気づき、次いで遥か先とはいえ前の方の騒がしさが大きくなりつつある事にも気づく。


「前に進むのもマトモに出来ないのか下賤な庶民どもは」


 酒臭い息と共に大声でそう愚痴を吐き出していたワルダク侯爵であったが、血相変えて自分らのもとへ駆け寄ってきた手下の報告に酒の満たされた杯を動かすのを止めることとなった。


「お、おかしな恰好をした女が突然化け物になったと思いきやいきなりこちらに襲い掛かってきました!しかもかなり強くて手が付けれません!!」


「おかしな恰好をした女だと?」


「かなり強いですって?」


「そ、それってまさか……」


 報告を聞いた侯爵一家の脳裏に浮かぶのは昨日の午前の出来事。


 眼前で二百人以上をたった二人であっという間に殺してのけた化け物女。


 人を人と思ってないかのように血と臓腑と生首をまき散らしていたヤバイ奴ら。


 自分らが逃げ惑う原因となった厭わしき存在。


「あっ……ぺ、ペェ、あぁ……」


 想像した瞬間、アクダイカは恐怖を思い出したのか奇妙な呻き声をあげて震えだす。侯爵夫人も血の気が引いてるのか顔が少しずつ青ざめていっている。


 ワルダク侯爵も恐怖に足腰が震えて輿から立てなくなっていたが、侯爵家当主としての自尊心で辛うじて踏みとどまってずり落ちるのは回避していた。


「つ、つ、強いといってもこちらは二千人居るのだぞ!?しかも冒険者や傭兵のように戦い慣れてる奴も多いのだ!さっさと一気に襲って殺してしまえ!!」


「ですが本当に強いのです!しかも素手で一振りしただけで軽く十人前後が吹き飛ぶなんて巨大な魔物相手のような化け物です!!」


「だったら、ほれ、確かテイマーが冒険者の中に居ただろ!?Aランクの地位に居たとかでB+ランクの魔物を飼ってる奴が。そやつの魔物に相手させてやれい!」


「とにかく早くなんとかしなさい!何のためにお前らのような者が居るというのです!?私達選ばれし高貴な身分の者を命懸けて守りなさい!!」


「ビァァァァ!!はや、はやく追い払えぇよぉぉぉ!!ウベァァァ!」


「ほ、ほ、ほれ、僕様の可愛い息子が怖がってるのだからなんとかしろ!」


 見苦しく喚く侯爵一家と「そんな事を言われても」と恐怖と不満に挟まれて途方に暮れる部下達。


 上の動揺はすぐさま周りに伝搬していきやがて集団全てが浮足立つ。


 だがそんなものお構いなしに彼らの死は確実に迫っていた。





 無造作に繰り出したチョップは一振りで十数名の首を刎ね飛ばす。


 パンチは一撃で巻き添え込みで同数を圧殺する。


 キックは一撃で地を抉りながらやはり同数を高く舞い上げて即死させていく。


 逃げようとする者は目にもとまらぬ速さで回り込み、目にもとまらぬ攻撃で死を叩き込む。


 死んだと自覚してるときには既に息絶えてるのか、恐怖と驚愕の表情を張り付かせた生首が辺り一面に転がっている。


 まさしく暴風のような勢いでクロエは確実に目につく相手を殺してまわった。


 クロエの異常な広い間合いからよしんば逃れたとしても、離れたところにて待機してるサイドカーフルールに捕捉されて驚異的な射程にて放たれる銃弾や小型ミサイルによる攻撃で絶命させられる。


 後方に居て尚且つ察しの良い者ならば今の時点でなら踵を返して死に物狂いで走れば逃げれたかもしれない。


 だが何が起きてるのか把握出来ず、群れなければ悪事もロクに出来ずにいるような性根持ちだらけ故に個ではどうするかも決断出来ず、雇い主同様に右往左往して動けずにいた。


 無謀なのか反射的なのか、反撃を試みようとする者も少数居たが悉く武器を振り上げようとした瞬間には死んでいた。


 侯爵がけしかけようとしたAランクテイマーは既に飼っていた魔物共々一撃で物言わぬ死骸となっている。その光景もまた周囲の恐怖を増幅させていた。


 恐怖で動けなくなったところを容赦も躊躇いも一切なく殺されていく。


 傍目から見ればさっさと逃げればいいものをと言えるだろうが、そんな暇なぞ与えない程の桁外れな力にてクロエは仕留めていく。


 気負いもなく淡々と一人で血路を作り上げていき、ついに互いに視認出来る範囲にまで迫った時には侯爵側は八割以上の兵力が失われていた。


「あぁ……」


「ふぃ、ひぃひぃぃぃ」


 逃げ遅れ生き残ってる者たちから漏れるのは絶望の嘆きと現実を受け入れられない戸惑いの呻き。


 ワルダク侯爵一家の姿を視認したクロエは足元に転がっていた生首の一つを手に取り、これ見よがしに彼らの前に投げ捨ててみせた。


 投げられた生首は輿を担いでた巨漢の一人の頭部にぶつかる。


 軽く投げているが時速一八〇㎞以上の速さが出ていたソレをぶつけられた男は即死。担ぎ手が一人欠けた上に衝撃をまともに受けて他の者も思わず地に膝を立ててしまう。


 それによって輿は大きく傾いてしまい、ふんぞり返ってバランス偏らせてたワルダク侯爵は投げ出されてしまった。


 無様に投げ出されて醜い唸り声をあげて地に叩きつけられた侯爵を冷ややかに見つつクロエはわざとらしく声をかける。


「よぉご機嫌如何だ畜生以下の糞野郎殿」


 レッグトリガーの金属音が木霊する。


 小さな響きは、だがこの場に居る者全てに不吉な音だと思わせるものがあった。


 昨日の惨劇を遥かに超える凄惨な殺戮現場の最中に佇む漆黒の異形は地に張っている着飾った愚者を無感動に見下ろすのだった。

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