第129話商都の少しだけ長い一日 その3

 さてどう対応すべきか。


 特別解体場となっている関城の屋上にて俺は腕を組みつつ青空と緑の平原が続く彼方を見つめる。


 知らせの兵は多数の存在確認した段階で急行してきたのでそれ以上の詳細は知らない。なので何をするにしても続報来ないと話にならん。


 ひとまずギルド側には引き続き双頭竜の解体作業とその見守りをしてもらうとして、正直見物以外やる事なかった俺らがこの事態に首突っ込むこととした。


 一州預かる節令使とはいえ此処では余所者。現地人を兵士どころか民間人一人すら命令する権限なぞない。


 とはいえこの場で一番地位や身分がありこういう治安維持に該当する案件で動ける上位者が俺しか居ないのも事実。


 故にギルドマスターのアランさんとフォクス・ルナール商会先代当主のアーベントイアーさんに了承を得た上で、この場に居る兵士や冒険者らに命令を下すことになった。


 兵士は騎兵が一一〇と歩兵が二〇〇。冒険者らはSクラスが一組居てそれを中心に百名程。それにギルドのお偉いさんの護衛やら商会関係者の護衛も数十人頭数に居れて五〇〇前後が今の手持ちとなる。


 俺がヴァイトから連れてきた兵隊達?私兵部隊含めたら一八〇人居ただろうって?


 彼らは全員宿に残留させてある。


 戦いについていけないとかでないぞ。本来なら節令使の格式考えたら引き連れてくるべきであったんだがやむを得ない事情が発生したのだ。


 昨日の件で宿の支配人らからの信用を一気に失ってしまい、俺らがほぼ出払うことに難色を示したのだ。まぁ報復の可能性考えたら当然ではある。


 しかしこの世界の常識で考えるならばだ、成り上がりでもない由緒ある伯爵家当主であり一州の全権代理人たる節令使がたかが宿屋の人間の要求なぞ一顧だにするわけがない。


 其の筈であるが俺は良くも悪くもそういうのに囚われてるわけでもないのでついつい耳を傾けてしまうし良心の呵責故の決断してしまう。


 支配人一家から「お願いですから先祖代々営んできた宿を放棄させたり消失させるような真似だけはさせないでくださいませ」と土下座号泣の哀願されたら後ろめたさもあって俺の方が折れるしかないだろこれ。


 なので現在ヴァイト州所属の兵士らは宿の警護という名目で万が一に備えて立て籠りの準備中。人数が人数なので屋内配備が限界だしな。


 責任者全員こちらに居るが援軍来るまで持ち堪えられる程度の技量はあるだろう多分。


 居れば少しは安心感のパーセンテージ上がるが今更言っても仕方がない。


 駐留軍兵士に関しては兵士らに情報収集も兼ねて節令使府に許可を貰いにいってもらってる。緊急事態だから多分大丈夫だろうが形式を踏んでるに越したことはないわけで。


 だが今出来る事といえば騎兵に周囲の偵察させに出撃させる以外だと、いつでも立て籠もれるように見張る範囲を縮小させることしか出来ない。


 基本方針としては賊が攻めてきたら数からして立て籠もって駐留軍の増援来るまで持ち堪える。


 俺が自分とこの兵隊にやらせてるのと同じであるがこれしかやりようがない。


 いや、違いがあるとすれば打って出る事も出来るのだ俺の方は。


 それを採らないのはまぁ俺個人の躊躇いというか。


 隣にいるマシロとクロエを一瞬だけチラリと見つつ俺は現状に思いを馳せる。


 にしても僅か一日でよくもまぁ思い切った事をしでかしたものだあのテンプレ腐れ侯爵一家。


 何かしでかしてそれを成敗するのが目的なので期待はしてはいた。例え無茶苦茶面倒で厄介と心底思ってたとしてもだ。


 しかし王都に逃げ帰る可能性も大きいと見てたのですぐさま反撃してきたのが意外と思ったのもまた事実。


 これに関しては相手側が行動力あるとかそういう前向きなものではなかろうな。十中八九逆上してヒステリー気味な暴走の結果と俺は見る。


 昨日含めて完膚なきまでに面目潰される真似された上に司法の手に襟首掴まれるラインに触れてしまったとあれば、王都に逃げても敵味方双方からの追及は免れない。


 追い込まれて視野狭窄に陥った小悪党としては金をばらまいて人を集めて俺を含む自分に都合の悪い奴を殺して有耶無耶にしたいのだろう。ついでにその最中で得られる物があれば得たいという火事場泥棒な事も考えてそうだ。


 当然ながらそれで解決になぞならないどころか、賊を率いて州都及びその近郊で武力行使なぞ反逆罪に問われても仕方がない愚行の極み。


 気づいてないというより想像力が欠如してるのだろう。


 侯爵である自分は軽んじる相手に対して懲罰をくれてやるだけであり、卑しき身分の者どもの事なぞ考慮する必要などもない的にしか考えてなさそうだ。


 なんなら万が一それで咎められたとしても自分の属する派閥の者らが庇ってくれるなどと都合の良い事しか考えてなさそうだな。そういう類の馬鹿はどの世界でも驚くほど居るものだ。


 勝っても負けても先がなく詰んでる現実であるというのにご苦労さんだわ。


 心にもない事を考えてると、一人の兵士が駆け寄ってきた。俺の姿を見ると十歩前付近で立ち止まって跪く。


「レーワン伯爵様でございますか!私、先程命じられて節令使府へ向かった者でございます!」


「そうかご苦労。それで、レーヴェ州節令使殿はなんと仰られてたか?」


「そ、それが……」


 俺の問いかけに跪いていた兵士が露骨に顔色悪くして言い淀んだ。


 うん、なんか嫌な予感というか俺が想像してた中で当たって欲しくないパターンな気がする。


 兵士の様子を見て察しかけてしまったが問わずにはいられないわけで。俺は数秒ほど躊躇つつも意を決して再度問いかける。


「構わない。叱責等一切しないと約束してやるからありのままに事実を報告しろ」


「はっ。そ、それではご報告申し上げます。実は州都の港にて海賊船と思わしき未確認の船が数隻出現。それと同時に州都各所にて騒ぎに生じたであろう不逞の輩どもが暴れておりまして」


「……続けろ」


「続けます。規模が不明ではありますが、州都内でこのような事態が発生したので節令使様は現在州都に居る全軍に鎮圧を命じられました。外の武装集団に関しては正門に最接近するまでは警戒と哨戒のみ行うこと」


「確かに外は当面城壁で防げるからな。王都や副都と並び称される商都内での暴動は一刻も早く鎮圧したいとこであろう」


「つきましては、その、現在こちらに居る駐留軍兵士を州都内へ呼び戻して欲しいとのことでして」


「……」


 俺の顔色を伺うようなやや怯えた表情を浮かべてる兵士の報告に俺は小さな溜息を吐いた。相手に対してではなく伝言の内容にだ。


 脳内で素早くレーヴェ州駐留軍に関しての記憶を掘り起こす。


 正規兵は六〇〇〇。ただしどの州でもだが全員州都に居るわけではないのだ。


 各県に常日頃の治安維持要員として送り込んでるので、州都に残留するのは多くても半分いくかいかないかだ。あんまり送り込みすぎても密度薄くなるが無駄に一点集中させて動き鈍くなるリスクの方が怖いらしい。


 俺のとこですら着任した直後は一五〇〇人かそこらだぞ州都に普段駐在してる兵士。最近ようやく増えたとはいえ数万人の州都民守るには心もとない。


 商都は治安もイイし別系統とはいえ海軍の本隊も駐留している。更に他所よりも厚く高い城壁を持ち、商人らが各々護衛を雇ってたりと護りに関しては心配事は少ない。


 その分多く各県へ手払わせてるかもしれんが、それでもレーヴェ州節令使という格式を保つために千人以上は常に手元に置いてる筈。


 しかもマルシャン侯爵個人の私兵も多く居るだろうからそれらを合わせたら兵力としては申し分ない。時間さえ許せば余裕をもって州都内の犯罪者どもを鎮圧してから外の連中の対応も可能だろう。


 とはいえ商都の広さ考えたら現在の兵力でどれほどかかることやら。


 でだ。同じ節令使であるとはいえ、一個人の、しかも本人ではなくその居候が狩ってきた魔物解体の護衛の為にその兵力を割いている。


 間違いなく公私混同であるのだが、厚意の現れなのは間違いないのだ。昨日の出来事含めて厄介なのに絡まれて難儀してるであろうと配慮なのだ。


 俺としては変に潔癖アピールして無碍にすることも出来ないし街の治安維持の為ともなれば快くお返しすべきあろう。


 しかし即答できないのはやはりあの侯爵の狙いは俺であるので、つまりはこの解体場に真っ先に押しかけてくる可能性が限りなく100%と結論付けてるからだな。


 ただでさえこの数でどうするのか悩み所というのに更に減らせともなると、これはもういっそ作業中断して退避した方がよくないかとも思ってきたぞ。


 一秒とも惜しんで今も怒声張り上げて駆けずり回るギルドの皆さんにどうタイミング狙って切り出すかが難しくて無理臭いがな!


 悩みはしたが結局俺は騎兵九〇と歩兵一二〇を返すことにした。


 流石に全員返すわけにはいかないし相手側も現状把握してるなら俺のささやかな願いも許容してくれるであろう。


 手持ちが一気に四割減ってしまったが、相手が千人前後ならば理屈で言うなら籠城戦で互角の戦い可能な筈。しかも一日持ち堪えればなんとかなりそうともなればな。


 俺の決断を聴いた兵士は謝意を示すように深々と頭を下げた後、すぐさま同僚らに伝達しに俺の前から走り去った。


 偵察に出してる騎兵二〇を除く騎兵は全ていなくなるし兵士も半数以上いなくなるしで現場が動揺しかねないが、ここが踏ん張りどころと思って奮起してもらいたいよ。


 Sランク冒険者パーティーも居るんだからある程度数の不利補えるだろう。それに繰り返し言うが野戦でなく籠城戦だから応戦に徹してればいいんだからな。


 などと思うんだけど半分は自分に言い聞かせてるやつな。俺だって野戦だろうが籠城だろうがそんなもの巻き添え喰らいたくはねぇんだわ。


 交代する人手の余裕無し、飲食料は一食分でしかもパンや干し肉など簡素な物、武器に関しては飛び道具持ちは一部居るのみで急ぎ周辺の石を集めての投石させるしかない。


 こんな事態想定してなかったので無いない尽くしである。今から誰か人を遣わして何かしら買い集めさせるにしても焼け石に水程度にしかならんだろう。


 しかも俺はこの場で一番偉い立場なだけで軍人でも武人でもないぞ。


 籠城戦指揮なんてやったことない。知識スキルあるとはいえ物事、特に戦争関係がマニュアル通りに動くなんて滅多にないからな。


 相手の質量が低いからやれそうかも?的が心の支えなんだよ。


 内心ぼやきつつ主だった者を集めて現状の説明をしていると、城壁の下が少し騒がしくなった。


 覗いてみると眼下に数騎の騎兵の姿がある。飛ばしてきたのか人も馬も遠目からみても全身で息をしてるかのような疲労っぷりだ。


「ご、ご報告申し上げます!!」


 俺の姿を見た騎兵の一人が荒い息を吐きつつ大声を上げてきた。こちらまで来る余裕もない程に切迫したものなのだろうか?


「賊の集団が商都正門の方ではなくこちらの方へ進んできております!それと数ですが千を軽く超えており二千に達しているものかと思われます!!」


「な、なんだって!?」


 偵察の騎兵からの報告に周囲が動揺した声を上げる。


 声こそ出さなかったが俺も心の中で盛大な舌打ちをしてしまった。


 州都内で暴れてる奴らもそうだが、レーヴェ州全土に居る悪党大集合でもさせたのかアイツラ。惜しみなく財貨バラまいたとしても一日で集まるものか?


 いや多分元々近場まで集まってたのだろうな。


 ワルダク侯爵が我が国における反社勢力の元締めの一人ともなれば会合なり仕事なりで集められるわけで。今回の件がなければ何しでかそうとしたのやら。


 にしても二千かよ。犯罪者共とはいえそれだけの数の労働力に数えられる人数を人様への報復で動員するとか笑えない冗談だよ俺としては。


 凶悪犯は死罪にするとしても大半は懲罰として強制労働でどこぞの工事や開拓に回せるだろうにもったいなさすぎる。俺ならもっと上手く使い潰してやれるというのに。


 いかん少し脱線した。貴重な労働力になり得る人材の浪費を嘆く前に目前の危機だわ。


 千人でも薄氷を踏むような攻防戦になるというのに一気に倍ともなれば一日どころか数時間も持たないんじゃないかこれ?


 あと如何程で此処に到達するか分からないが、これもう作業を中断してこの解体場を放棄したがよさそうだな。


 占拠されて逆に立て籠もられるかもしれん。しかしこれはもう如何ともならんなら現地の面々に丸投げするしかないだろう。


 いずれにせよ無駄に死傷者出るのは避けられないか。


 苦々しい気分が競りあがってきて思わず奥歯を噛みしめながらも意を決した俺は退避を命令する為に屋内へ戻ろうとした。


 その時である。


「へいへいへーい。お困りなのにガン無視は酷くないー?」


「くくく、一発逆転ウィナーなフラグ。切り札は常に汝の手の中にありし」


「……」


 場の空気に微塵も合わせることもなく、いつものような気怠そうで投げやりな笑みを浮かべたマシロとクロエが馴れ馴れしく俺の肩を叩いてきた。


 忘れてたわけではない。いやまぁ歩く勝利の鍵みてーなもんだけどさ確かに。


 いつもどおり頼めばいいかもしれんが、魔物ではなく対人。しかも桁も昨日の比ではないからな。気軽に頼んでいいのかちとばかし躊躇いがある。


「あのな。さっきの話に近いけど、お前らが好きにやってるとはいえあまりにも釣り合い取れなさ過ぎて少し申し訳ねーんだよ俺的に」


「何を今更ー。そういうの承知で私らスカウトしたんじゃないのー?」


「想像以上だったんだよなこれが。まぁ俺個人の感傷といえばそれまでだが、あんまりお前らに頼りすぎなのも如何なものって気持ちがな。何やっても功績俺のになるとことか」


「くくく、愚かな思い上がりの悪徳貴族の無様さよ」


「そうねー。そんなどーでもいいこと気にするんならさーアンタはアンタのやれる事で頑張ればいいだけじゃないのー」


「どういうことだ」


「簡単に言えば私ら肉体労働―。アンタは頭脳労働ーっていうか、後始末係とか面倒なお話合いの方で頑張って無双するというかー。まぁアンタに荒事どうにか出来るとか期待してないし元々ー」


「くくく、シンプルイズベストなファイトな役割」


「言ってくれるなぁ……」


 自分らの事というのに心底どうでもよさそうな口調で言ってのけるマシロとクロエに俺は呆れるしかなかった。


 こいつらなりに俺を気遣ってるのだろう。多分。恐らくは。きっと。


 安易に強大な力に頼り切るというのは様々な意味で駄目かもしれん。


 だが現実問題として味方側の死傷者ゼロ達成を容易く行うにはこれしかない。


 まったく度し難いものだ色々とな。


 俺はしかめっ面しつつマシロとクロエの方に向き直る。


 真意を探るというより「本当にいいのか?」という確認のようなものだ。


 相変わらず人様を小馬鹿にしたような笑み浮かべてはいるものの、視線をまったく逸らさずに俺をまっすぐ見ている。


 大半の者が今どうなってる状況なのか分からず、なんとなく察したであろう少数もどう声かけていいのか分からずに黙っている。


 一分一秒ごとに緊迫していく最中であったが見つめあう以上睨みあう未満な無言の会話の末に俺は小さな溜息を一つ吐く。


「すまん、頼むわ」


「はいはい頼まれたー。後の面倒なことはいつも通りやっててねー」


「くくく、了解了承」


 俺の言葉にマシロとクロエは徒歩五分圏内にあるコンビニにでも行くような気軽さで軽く請け負うのであった。

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