第128話商都の少しだけ長い一日 その2

 確かに手間のかかる大物だからさっさと解体開始するに限る。


 マシロとクロエのドライ具合に数瞬ばかり唖然としてたギルド側の面々もそういう結論に至ったのだろう。すぐさま仕事する顔つきとなって配置についていった。


 指示を飛ばす者、壁際や机の上にある道具を慌ただしく手にとる者、外で警護してる人々に開始の知らせと改めて警戒を促す為に小走りに出ていく者。この場の殆どが忙しくなく動いている。


 そんな中をマシロとクロエは面倒そうにバイクと共にくぼみの方へ進んでいく。一歩遅れて俺達ヴァイト州節令使組も歩を進めた。


 くぼみの前に到着するやマシロが「出していいのー?」と訊ねてきたので俺は背後に居るアランさんに確認の声をかけた。


 露骨に「えっもう?」という表情を浮かべつつもアランさんは大きく首を縦に振ったので、俺は二人に了承を示す頷きを返してやった。


「それじゃあ、お披露目ー」


 興奮が微塵も感じられない冷めた声と共に、マシロはバイクの方へ手を伸ばす。同時にバイクの前に小さな空間の歪みが生じる。


 躊躇いもなく突っ込まれた手がチリ紙でも投げ捨てるような気軽さですぐさま穴から出てきた。


 と同時に、小さな穴から質量法則無視したかのような巨体がスルりと飛び出し来た。


 巨体はあっという間に全身を露わにしたかと思うと地響きを立ててくぼみの中へと落とされていった。


 ちょっとした地震並みの揺れが収まると、辺りは騒然とした空気に包まれる。


「こ、これが双頭竜……」


「死してなおこれほど恐ろしさをそそられる姿だろうとは。まさにS指定されるのも頷ける」


「それにしても酷い有様だな。ほぼ真っ二つじゃねーか」


「ドラゴン、しかもSランクともなれば通常以上に肉片一つ血の一滴でも貴重というのにこの損傷具合酷すぎる」


「まったくだ。ただでさえ気を遣うのに無事な部位の選別も注意深くやらんと駄目だなこれ」


 双頭竜の実物に畏怖を抱く声もあったが、半分以上はそれよりも死体の損傷の酷さに頭を抱える声であった。


 大まかな報告はヴァイト州ギルド経由で既に伝達されてるが、やはり実際目にしたら嘆きと愚痴も零れてしまうものか。


 いや本当にすみませんなんか。と心の中で詫びの一手。


 しかしまぁ良くも悪くも目先の事に集中してくれてるのは少し助かる。


 マシロとクロエというか二人のバイクが有するアイテムボックス能力はこの世界にあるものよりも遥かに優れているのは前にも述べた。


 なにせ死んだ直後の鮮度のままでまだ温かさすら残っているのだ。普通はボックスに詰め込んでも半年近く経過してれば冷えた死体になってる筈だ。


 双頭竜登場と死体の損傷具合に全員意識向いてるからその点を追及される事はなかった。気づかれて訊ねられても黙秘一択だがな。


 ただ唯一アーベントイアーさんが不思議そうにくぼみの淵に立つド畜生二人とその乗り物を凝視している。


「……縁が深まったときはこの辺りのお話も伺えたりしますかな?」


「……善処致しますよ」


 二人と二台から目を離さぬまま俺に問うてくるご老人に俺は何とも言えぬ風に口端を曲げてそう答えるしかなかった。


 周囲も驚いてばかりではない。流石は王都や商都でギルド営んでるだけあって、すぐさま道具片手にくぼみの中へ降りていき作業準備を始めていっている。


 ランクが高いとはいえドラゴン系の解体の流れは概ね共通している。


 まず鱗を剥がして皮をそぐ。


 とにかくバラせばいいなら力に自信あるやつに耐久性高い武器持たせて振るわせればいいのだ、無論そんなド素人思考の持ち主はこの場に居るわけもない。


 傷をつけないように慎重に、だが力を込めて少しずつ剝いでいく。鱗なんかは一枚そぎ落とす都度厚い革袋に包まれて大事に床に卸される。


 次に肉部分及び血。


 血液に関しては皮剥いでいく過程でも流れてる。貴重な血なので垂れ流す真似は可能な限り避けたい。


 ということで解体してる人の隣には人の腕ぐらいの太さの注射器や新品の桶、刀身が血を啜るというある意味呪いの武器みたいな吸血ナイフなどの貴重な道具を携えた人が待機している。


 滲む程度なら吸血ナイフでふき取り、傷口中心に湧くなら特別性注射器で吸う、大量に滴り落ちてきたら桶に逃がしていく。


 或いは作業箇所周りを特別に拵えた新品の天幕で包み、終わって作業員が抜け出した後に零さないように包んで大きな桶まで運ぶというのもやるという。


 肉に関しては血抜きもされてれば他の部位と比較して楽な箇所。


 牛豚鳥などのように部位によってはとてつもなく美味いとか珍味とか、食えないこともないが調理次第となるとか様々だ。


 部位によっては価格も違ってくるので、気を付ける点といえばそこを如何に無駄なく切り分けられるかだろう。


 そして内臓部分。


 こちらは言うまでもないが一番気を遣う処だ。殆どの生物が内側は脆いのだからな。


 とにかく鮮度の確保が必須なのでスピード勝負。いかに早く綺麗に摘出して保存液に満たされた大瓶に漬けられるかによって解体担当の腕が分かる。


 だがそこまで手慣れた熟練もそうは居ないもの。なので最悪でも血が床に大量に滴り落ちても内蔵の確保が優先されるぐらいだ。


 この過程で魔石も取り出されていき、最後は骨に残る肉片そぎ落としたり洗浄したりする。


 とまぁこのようにドラゴンとはこのように面倒なものなのだ。ドラゴンに限らず希少種はそうなのだがね。


 基本的な解体の流れはそうなんだが。


 如何せん今回のケースはなぁ……。


「おい二十六番箇所のとこ血が垂れ流されてっぞ!?早く桶持ってこいや!!」


「うわぁちょっとこれ胃袋とか食道部分完全に焼けただれてるじゃないか!あぁもう綺麗な状態ならこの部位だけで一財産築ける価値あるのに!」


「目の部分片方ずつ表面焼けただれてるな。いやこれ無理に取り出したら崩れるんじゃね?」


「四十九番箇所誰かきてくれー!し、心臓が、心臓が今にも床に落ちそうだから早く大袋持ってこい!!」


「無事な箇所は後回しにしてまず中心部分の回収だ回収!!血が止まらなくてやべーぞこれ!?」


「尻尾ー!?半分しかないけど残り半分未回収とかぶっちゃけありえなーい!!」


「なんてこった!生殖器部分完全に炭化してるわ!!竜種のあの部分は媚薬の材料とかで貴重品なのにぃぃ!」


 阿鼻叫喚の修羅場だった。


 ただでさえ出した瞬間で嫌な予感醸し出してたのに、降り立って間近で見た瞬間に解体作業員らが顔色変えて怒声上げてあちこち走り回りだしている。開始一分で誰もかれも殺気立った状態だ。


 解体に参加してないアランさんら職員組は秒単位で聞こえてくる惨状にあからさまに血の気が引いていた。


 百聞は一見に如かずとはいえ、リアルタイムで大金となるであろう素材が価値を落としていく有様には言葉を失うものか。


 豪胆であろうアーベントイアーさんですら二の句が繋げずに意味のなさない声を漏らしつつ顎を撫でている。


 内部がある意味熱くてある意味冷え冷えな空気に俺らヴァイト組は居心地の悪さを感じずにいられなかった。


 いや本当に、マジでなんかすみません。いやいや本気で申し訳ない。


 表面上は冷静さを保った風に見物しつつも内心では冷や汗垂れ流して四方八方に頭を下げたい衝動に駆られていた。


 いや俺だって貴重なものだって分かってるよ。ダンジョンのときもあまりの飛び散り具合に頭抱えたよ。


 でもこうして仕事してる人らの苦労を目にすると罪悪感が芽生えるのも前世でサラリーマンだった故かもしれない。


 修羅場の元凶のド畜生二人は双頭竜放り出した途端に完全に他人事顔で現場見向きもしてないけどな。


 最初から「出すもん出したから後はご勝手に」スタンスだったけどさ、もうちょい思う処あるようなフリぐらいはして欲しいかなぁ!


 思い返せば王都に居た時もこんな感じだったな。レッドドラゴンなんて首中心に半分しか持ち帰らず大騒ぎになってたな。


 ギルド側からしたら怒りたいし泣きたくもなる厄介な奴らだと、こういう場面に立ち会うたびに実感するわ。


「それにしても死体とはいえドラゴンなんて僕初めて見ましたよ。なんかこういうの目にしたらファンタジーって感じしますね今更ですけど」


「今更だな。まぁ気持ちは分かるがな。なんか知らないけど魔物というのは分かるのと、スライムとかドラゴンとか誰でも知ってる魔物では感じるもの違うよな」


「ですよー。しっかしこんな怪獣みたいなの簡単に倒すとかやっぱりマジ凄いっすよねマシロさんとクロエさん」


 生で間近で拝むドラゴンに心持か嬉しそうな平成に俺はそう言って同意を示す。完全に蚊帳の外の奴だとこの場合気楽にもなるもんだ。


 素直な反応示す平成の隣でモモとターロンは解体開始された双頭竜と退屈そうにバイクに寄りかかってるマシロとクロエを交互に見ていた。


「……強いというのは十分分かってたつもりだが、マシロ殿とクロエ殿の底知れなさは驚嘆に値するな。これで本当に勇者ではないのが不思議だ」


「ですなぁ。ヒラナリのような者を見てると猶更。坊ちゃんから恐らく勇者様にも強さの格差あるかもしれないとは伝え聞いてたものですが、二人が枠外なのは信じられないですな」


「このような場で節令使殿に対して無礼千万な物言いかもしれないが、二人がその気ならこのようなとこに居らずとも実力で一勢力打ち立てる事も造作ない器かもしれないな。節令使殿の下で居候していいものなのか」


 モモが遠慮がちにそう呟く。


 流石に俺らに聞こえるぐらいの小声で表現も一国打ち立てると言わないよう配慮してるとはいえ、確かに人によっては技量不足だ小物だと受け取れかねない言い草ではある。


「いや、やはり恩義ある相手に無礼な発言だった。申し訳ない」


「気にすることはない。不思議に思うのは俺とて同じだ」


 深々と頭を下げるモモに俺は苦笑を浮かべつつそう答えた。


 誰に対しても傲岸不遜自由奔放天上天下唯我独尊な性格してて、実力でも一撃でドラゴン殺してみせるような出鱈目ズ。


 最初はギブアンドテイクでスタートした。しかし何か知らんが俺の事を妙に気に入って何となく居座り続けてる。


 安易に頼りすぎても駄目だなと思いつつも、なんだかんだでアテにしてしまうしアイツラも気にした風もなく請け負ってたりする。


 昨日のだって結果的に大量殺人やらしてしまったからな。


 暴力振るってくる相手に暴力で即解決して済々すると同時に俺的には少しは罪悪感とかうしろめたさとかも無いわけではない。


 当の本人らは「別にリュガ気にしなくていいよー。私らも微妙にムカついたから殺ったんだしー」「くくく、利害一致の禁断のバンデ」といつもと変わらぬ調子で言い放ってはあるけどな。


 腹が立つときも多いが報酬以上の働きをしてるのも確かだから始末に負えない。


 これからどこまで居候ムーヴかましつつ俺の所に居る事やら。


 闇が深そうという以外謎だらけであるが。さて前も似たような思いを抱いたが、いつかは話してくれるんだろうかこいつ等。


 そんな考えしてたからか自然と目がマシロとクロエの方に向いていた。


 視線に気づいたのか、二人がいつものような気怠そうな笑み浮かべて小首を傾げてきた。


「どしたのー?他の魔物は後日って話だけどついでに出すとか考えてるー?」


「あっ、いや別にそれは予定通りでいい。ただなんとなくお前らの強さと俺は釣り合い取れてんのかねと思ってな」


「取れてるわけないじゃんー。考える必要性ゼロなぐらい見れば分かるやつそれー」


「くくく、愚者愚問愚行の三重奏。愚かさは盲目と蒙昧を揺蕩う視野の欠落」


「ですよね」


 返事を予想出来てたので俺は逆らわずに素直に同意した。即答だったのはちょっと傷ついたがな!


 我ながら馬鹿な質問をしたものだ。ここからしばらくは弄られても仕方がないと覚悟しておくか。


「まぁでも今はそれでいいんじゃないのー?」


「なに?」


 内心身構えてたのだがマシロの返答に思わず呆けたような声が出てしまった。


 俺の間の抜けたリアクションを無視してマシロは欠伸を噛み殺しつつ言葉を続ける。


「去年も言ったけどさー、なんで付き合ってるかって、私もクロエもアンタが此処で何を成すのか興味あるからよー。私らに何かお返しするんなら精々悪足掻きして成果出してみなさいなー」


「欲がないのか無茶ぶりしてるのか分からんコメントありがとうよ」


 とりあえず当面は居座るしこっちの要望に沿うような行動はやってやるというのは確かっぽいと分かっただけ良しとするか。


 どうせ答えなぞすぐ出ないし結果もすぐには分からないのだ。気長に付き合っていくしかないんだろう。


 再び視線を外した二人を見つつ俺は軽く肩を竦めた。


 静かな会話を交わしてる最中であるが、周りは一秒すら惜しいと言わんばかりに怒声と悲鳴上げつつ右往左往している。


 もう少し粛々とした雰囲気で初日執り行う筈だったんだが、しかしこれだけテキパキと作業進んでる様子からしたら予定より早く終わるかもしれないので一長一短かもしれん。


 などと作業に加わるわけにもいかないので完全に見物人思考でそんな感想を抱いたときであった。


「作業中失礼致します!!」


 甲冑を大きく鳴らしながら兵士の一人が作業場へと駆け込んでくる。


「見て分かるだろう取り込み中だ馬鹿野郎!!」


「商人とか見物希望者は追い散らせ!こちとらそれどころじゃねーんだよ!!」


 くぼみの中で作業してた幾人かの解体係の人らが怒声を張り上げる。手に持ってる道具を今にもぶん投げそうな勢いだ。


 作業にかかわってないアランさんら職員側も声は上げなかったが苛立ち交じりの冷たい視線を反射的に向けてしまってる。


 血の一滴肉の一片が床に落ちるたびに利益が損なわれる焦りとはいえ露骨すぎやしないかね。


 理不尽な対応に怯みつつも兵士は己の職務を果たそうと負けじと声を張り上げ返した。


「見れば確かに分かりますけど、本当に一大事発生したんですよ!!作業とか言ってる場合じゃないかもしれないんですって!」


「どうしたのだ?」


 言い返されて顔を見合わすアランさん達より元から冷静であった俺が兵士の言葉にすぐ応じる。


 兵士は貴族風の男に突然声を掛けられ怪訝そうな顔していたが、俺がヴァイト州節令使だと明かすと背筋を伸ばして深々と頭を下げてきた。


 黙ってたら長々と謝罪の言葉を述べてきそうだったので俺はすかさず止めて顔を上げさした。


「それで改めて問うが一大事とは何があった?」


「じ、実は所属不明の武装集団がこちらに向かってるとの情報がもたらされまして」


「ほほう?」


「賊の数は少なくとも千を超えてる模様」


「……ほほう?」


 その報は確かに一大事であり、殺気立ってたギルド側も一瞬静まり返る程だった。


 兵士の持ち込んできた急報に俺は感情が迷子になったような複雑そうな表情を浮かべた。


 来てほしいような来てほしくないような奴らだな十中八九。


 今日も日が高いうちからクライマックスかよ畜生めが。 

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